表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/409

【Program2】6

「『龍声リュウナ』という名前は、私が付けたんだ」

 洞窟の奥でパチパチとちいさな炎が燃えている。竜称カミナは眠る龍声リュウナにやさしいまなざしを向けた。

「生きる気力を失いかけたときがあってな。あれは、末の妹から話を聞いたあとか。……背後から魔物が迫っているとわかっていたのに、腕を上げることも、足を動かすことも億劫になってな」


「お姉ちゃん、危ないッ!」

 竜称カミナが話していたはずなのに、急に龍声リュウナの声が聞こえてきた。そうかと思えば、青空が見え、場所はいつの間にか岩肌の目立つ荒野になっている。

 魔物を背にしている竜称カミナの体がピクリと声に反応した。意識を取り戻したかのように竜称カミナが振り返ると、魔物が八つ裂きにされている。肉片と血しぶきの奥から見えてきたのは、幼い少女──龍声リュウナだ。

 竜称カミナは目を見開く。それもそうだ、少女はすでに『覚醒していた』。それも、きちんと自我を保って。

 色んな衝撃が竜称カミナの心を乱したのだろう。

「おい!」

 はっきりとは聞こえないが、竜称カミナは助けたことを一方的に責めているようだ。一方の龍声リュウナは驚き、口をパクパクさせ、次第に下を向いてしまっている。時折、一言、二言、詰問に返すのがやっとという状態。

 竜称カミナには許せないことがあったのだろう。

「私を『姉』と呼ぶな!」

 ふと、聞こえた鮮明な声。竜称カミナの中では、亡き妹たちから責められているような衝動に駆られたのかもしれない。

 けれど、龍声リュウナにとっては理不尽極まりない。知らない年上の女性を、他に何と呼べばいいのか。

 困った挙句、龍声リュウナからこんな言葉がもれた。

「ごめんなさい。私はコードNo.91802。あなたは?」

 悲しげに笑っている。──その笑みを見て、竜称カミナも悲しみに包まれたのか。声を失ったかのように、言葉は出ない。




刻水トキナと初めて会ったとき、私は龍声リュウナに助けられたときのことを思い出した。龍声リュウナに助けられたあと、知ったのは、コードNo.だ。コードNo.は、開発所で『作られた』という証。言ってしまえば、利用されるためだけに作られた命だ。龍声リュウナには、戦地に来る前にも『普通の生活』と呼べるものはなかったのだろう」

 再び、周囲は薄暗くなっていて、頼れる灯りは焚のみ。


『私は竜称カミナだ。今度からは『龍声リュウナ』と名乗りなさい』

 どこからか聞こえたような、やさしい声。


「私は自分の名前をもじって『龍声リュウナ』と名付けたんだ。女悪神ジョアクシンの血を継ぐ娘たちは『神の祝福を受けた』という証として名前の最後に『な』を付けるのが習わしだからな」

「そんな理由があった……の?」

 静かに聞いていた刻水トキナがポツリと聞く。すると、竜称カミナは首肯してから、ふうとため息をついた。

「本家の、次期当主だった者として恥ずかしいが、私は同じ血を継いでいる者は皆、誇りを持ち生きていると思っていた。この地に来てから愕然としたよ。……私は、何と無知だったのかと」

 竜称カミナは、刻水トキナや他の者たちのように、ひっそりと暮らしてきたわけではなさそうだ。どちららかと言えば、教育環境がかなりよかったのかもしれない。

 スッと、刻水トキナの手が竜称カミナの手を覆う。

「貴女が悪いのではないわ」

「お前は、龍声リュウナのようだな」

「え?」

「こんな状況になっても、他人を思いやることができる。なかなかできることじゃない」

 竜称カミナが言うと、刻水トキナはクスクスと笑う。竜称カミナが面食らっていると、

「貴女も、よ?」

 と微笑む。

 フッと竜称カミナは笑い、『これは憶測だが……』と口を開く。

龍声リュウナの覚醒のきっかけは母親の死かもしれないと私は思っている。開発所のヤツらは、覚醒に至る経緯を知らないだろう。恐らくは事故だ。龍声リュウナの物心ついてすぐ、龍声リュウナの前でだったのではないかと思っている」


 突如、暗転する。


 遠くからうっすらと繰り返し誰かの名を呼んでいる。

 聞こえるのは、竜称カミナの声だ。


刻水トキナ!」

 ハッと、息を吹き返すように刻水トキナはまぶたを開く。その風景は、いつも寝床にしている洞窟。刻水トキナは仰向けで横たわっていた。

 刻水トキナは顔を歪め、痛みに右腕をピクリと動かす。その腕には布が巻かれ、刻水トキナのものと思われる血で染まっている。

「私は……」

 痛みに耐え、刻水トキナがそう呟いたときだ。ふと、竜称カミナの奥にもうひとり、姿が見える。その姿は、刻水トキナ竜称カミナ同様、覚醒している。ただし、面影はうっすらと残るもので。彼女は、美少女だっただろうと推測が容易なほど、顔のパーツの配置が美しい。身長も竜称カミナより拳ひとつ分ほど高いだろうか。

 彼女の姿を見た途端、刻水トキナは思い出したのか、息を吸い、口を開く。

「そうだ、私は魔物に囲まれて……ありがとう、助けてくれたのは、貴女だったのね」

「礼はいい。手遅れにならずによかった」

 低音でも透き通るような声。声もとても美しい。

「一匹だと思って、油断したわ……私、囲まれて……」

「いや。あれは、はめられたんだ。四方八方に囲まれても君は、諦めずに戦おうと決めていた。華麗な戦いを見ていたが、フェイントに君がひっかかったから……見ていられなくなってね」

「いいえ。鮮やかだったわ。薄れゆく意識の中だったけれど、覚えているわ。この地に来て、あまり経っていないようだけど……貴女の戦い方は、かつて見たことがないほど、見事だった」

「ほう」

 刻水トキナの話を聞き、竜称カミナが唸る。けれど、言われた方は無関心だ。

「それじゃあ、お大事にね」

 踵を返す。

「待て」

 止めたのは竜称カミナだ。

 彼女は足を止めたが、振り返らない。

「このまま私たちと行動をともにしてくれないか」

「断る」

 即答。振り返り、こう告げる。

「誰にも縛られたくはないんだ」

 彼女の返事には強い意思が感じられる。強い眼差しにも。

 竜称カミナもそう感じているのか、口は開かれない。──代わりに聞こえたのは、幼い声。

「一緒にいて」

 いつ、ふたりの間に来たのか。龍声リュウナは、まっすぐに彼女を見ている。彼女と同じように、強い眼差しで。

「お前は……」

 言葉が詰まる。恐らく、彼女も初めて龍声リュウナを見たときの刻水トキナ同様、その幼さに動揺しているのだろう。

 一方の龍声リュウナは、きょとんと首を傾げる。髪が揺れ、ちらりと見える焼き印。

「なぁに? 私は、龍声リュウナ

 手を差し出し、無邪気に笑う。

 彼女もコードNo.を見ただろう。けれど、それを見なかったというように彼女は美しく微笑む。

「わかった。ともにいよう。私は、邑樹スミナという。よろしく」

 邑樹スミナは、龍声リュウナの手をやさしく取った。


 再び突如、暗転。


「魔物たちが……焦っている」

 龍声リュウナの声だ。

「彼らも、この地を必要としている」

 いつにない、悲しい声。

「でも、私たちも、この地を譲れないのさ。生憎ね」

 今度は竜称カミナの声、それは、やさしく諭すようなもの。


 朝焼けなのか、夕焼けなのか。荒野に龍声リュウナ竜称カミナが佇んでいる。


『そうだろう?』と言うように、竜称カミナ龍声リュウナに視線を送る。それを受け取ると、龍声リュウナに元気が戻った。

「そうだね! 私たちは、この地を守らなくっちゃ! みんなが……待っていてくれているもんね」

 竜称カミナが首肯すると、龍声リュウナは気合を入れるように両手を空に伸ばす。その姿を見て、竜称カミナは少し寂しげに笑う。

 その微妙な変化を、龍声リュウナは気づいたのか。──ふと、一瞬見えたのは、竜称カミナが指輪を投げ捨てた風景。

「お姉ちゃん。元の生活に戻っても、ずっと、ずっと一緒にいようね」

 龍声リュウナ竜称カミナを『姉』と呼んだのは、出会ったとき以来だったのか。竜称カミナは一瞬驚いたように息を止めたが、

「ああ、龍声リュウナ

 と、やさしく微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ