↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神回収プログラム ~口外できぬ剣士の秘密と、姫への永誓~  作者: 呂兎来 弥欷助
伝説の真実へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/409

【Program2】3(1)

「いつも、ありがとう」

 やや照れ微笑む少女を見て、克主《ナリス》はうれしそうに笑う。

「刻水《トキナ》の役に立てるなら、どんなことだって……」

 相変わらずハキハキしない克主《ナリス》だが、明かに仲は深くなっている。見れば、刻水《トキナ》の背後には、一軒の家が見える。家の近くまで送っていく間柄であれば、刻水《トキナ》は克主《ナリス》を信用しているのか。

 ただ、恋人同士には見えない。互いにどこか遠慮し、何かを言い出せないでいる。要は、両想いであるのに、一歩踏み出せないような関係か。

「悠水《ユナ》!」

 突如聞こえたそれは、刻水(トキナ)の悲鳴とも言える驚きの声。

 克主《ナリス》は周囲を見渡す。すると、右手側にちいさな子どもがいた。刻水《トキナ》の膝の辺りをギュッと握っている。

 刻水《トキナ》は、悲しそうに左下を見る。しゃがみ『悠水《ユナ》』と呼んだ子の両肩に手を乗せた。

「どうしたの? やたらに外へ出ては駄目よって、いつも言っているでしょう?」

 悠水《ユナ》は刻水《トキナ》に抱きつく。悠水《ユナ》は五歳くらいだろうか。クリッとしたアクアの瞳、肩ほどの長さのサラサラとした白緑色の髪。その様子は、親子にも見える。

「あ……その子は?」

 克主《ナリス》は尋ねにくそうに聞く。

 刻水《トキナ》は克主《ナリス》を見上げ、すぐに悠水《ユナ》に視線を戻す。答えるかどうするか、戸惑っているのか。少しの間があく。

 刻水《トキナ》が口を開きかけたとき、悠水《ユナ》が刻水《トキナ》の腕にじゃれた。その仕草に刻水《トキナ》は笑顔になり、悠水《ユナ》をなでる。悠水《ユナ》は満足そうに笑う。

 ポツリと刻水《トキナ》の声がする。

「妹……なんです。十歳以上も離れているから、姉妹には見えないですよね。……普段はちゃんと、家の中で待っているのに」

 悠水《ユナ》をなでながら、刻水《トキナ》は克主《ナリス》の質問に答える。

 克主《ナリス》は安堵したのか、笑みが出る。刻水《トキナ》に近づいていき、しゃがみ込むと悠水《ユナ》にやさしく話しかける。

「そう、悠水《ユナ》ちゃんっていうんだ。僕はね、克主《ナリス》っていうんだ」

 すると、悠水《ユナ》は刻水《トキナ》から離れ、克主《ナリス》に手を伸ばした。

 悠水《ユナ》に答えるように克主《ナリス》は手を差し出し、握手をする。無邪気に笑うかわいい幼子を克主《ナリス》は抱き上げる。

 一瞬、悠水《ユナ》は息を呑んだが、次の瞬間には、とてもうれしそうにはしゃぎだす。

 初めは戸惑っていた刻水《トキナ》だったが、ふたりの楽しそうな光景に、笑みがこぼれた。──そのまま克主《ナリス》は、悠水《ユナ》と日が落ちるまで遊び続けた。


「悠水《ユナ》は、私たち家族以外の人と会うのが初めてなんです。かわいがってくださって、ありがとうございます」

 伏し目がちに刻水《トキナ》は言う。そうして、刻水《トキナ》は家族の話をし始める。──病弱な母と、勤勉な父がいて、幼い妹と、今はもう起き上がれない母の面倒は刻水《トキナ》がみていると。

「悠水《ユナ》にとっては、私が母親みたいなものかもしれない」

 と笑う姿は、どこか寂しげで。──刻水《トキナ》は、これからを案じしているのか。

 克主《ナリス》は、グッと手に力が入っていた。刻水《トキナ》を見つめて、強く。


 歳月はおだやかに流れ、幸せは思ったよりも永く続いていた。いつも偶然にしか会わなかったふたりが、どこかへ出かけようと話している。

 ふたりは幸せそうに笑い合い、傍から見れば恋人同士のように歩いている。克主《ナリス》が持っている荷物は、いつものように刻水《トキナ》の買い物の荷物なのだろう。刻水《トキナ》の家に向かう風景だ。けれど、ふたりの間にはぎこちない雰囲気が未だ色濃く、『友人』であるものの『恋人』までの距離は遠そうだ。

 刻水《トキナ》の家庭の事情上、そう遠くには行けないが、それは克主《ナリス》も同じらしい。遠出できないのを謝る刻水《トキナ》に、

「僕も母ひとりを置いて、遠くには行きたくないから」

 と話している。

 近場であっても、ふたりには特別な時間になる。些細な会話は、互いに少し照れを含みつつも弾んでいる。──『あそこに行きたい』、『ここがいいと思う』、『少し遠いかな』、『いつか、行ってみたい』──そんな折、克主《ナリス》は言ってはいけない言葉を口にする。

「今度、学会に参加するから」

 だから、この日は都合が悪い──そう克主《ナリス》は言葉を続けたが、刻水《トキナ》の足は止まっていた。

 顔面蒼白になり、微かに震えている。

「え……克主《ナリス》さんって……学者さんか何かだったの?」

 刻水《トキナ》の呟きに、克主《ナリス》は息を呑む。──口にしてはいけないことを言ってしまったと。それは、誤解を招く言葉。特に、刻水《トキナ》には。

「違う。僕は研究者を目指しているけれど、開発者では……」

 克主《ナリス》が弁解しようとしたが、すでに遅い。

「何よ! 私をいずれ開発所か戦地へ連れていくために近づいていたのでしょう? ああ……どうしよう、大変なことをしてしまったわ。私、悠水《ユナ》のことまで……貴男を信じてしまったばかりに」

 錯乱している。これまでの、おだやかな刻水《トキナ》の面影はない。

「もう、私に構わないで!」

 ヒステリックに叫ぶと、刻水《トキナ》は走っていく。逃げるように、買った物に構わずに。


 克主《ナリス》はひとり佇んだ。持っていた荷物を抱え、次第に大きく息を吸い、少しだけ息を吐き──呼吸は荒くなるものの、じんわりと込み上げる辛さに耐えるようにたまに息を止める。

 しばらくそうしたあと、克主《ナリス》は歩いていく。それは、刻水《トキナ》の家へと向かう道。家が見え一度足を止めたがまた歩き、玄関先に荷物を静かに置いた。


 そうして克主《ナリス》が去った夜、扉を開いた刻水《トキナ》は荷物に気づき、息を呑む。警戒して周囲を見渡し、おそるおそる荷物に手を伸ばす。中身を確認し、異常がないと確認したのか、途端に涙を落とした。




「克主《ナリス》! 父ちゃんの功績が認められたんだよ! 父ちゃんの研究が医学でとっても役に立つものだったんだって!」

 場面は変わり、突如、太い声の女性の声が聞こえた。

「見てよこれ! こんな大金が入るんだよ! ほら、アンタ『いつか世界で初めての研究所を建てるんだ』ってずっと言っていたじゃないか。ちいさくてもこれで建てられるよ!」

 恰幅のいい女性と青年になった克主《ナリス》の微笑み合う姿が見える。みすぼらしい生活風景が垣間見られる部屋の中で、ふたりは抱き合い、涙を流して喜び合っていた。


 場面は写真を切り取るように森の中を映し、昼と夜を繰り返してちいさな建物がひとつ建った。研究所と名乗るにはちいさなものだが、個人が立てた世界で初めての施設だと考えたら、とても立派なものだろう。

 その後も、とても苦しそうな生活風景は流れたが、克主《ナリス》が緋倉《ヒソウ》に時折顔を出しても、刻水《トキナ》に会うことはなかった。


 人々の声が雑多に聞こえ始める。どのくらい歳月が流れたのか。場所は緋倉《ヒソウ》なのだろうが、その光景はだいぶ変わっていて。古めかしい雰囲気ながらも、新しい建物が緋倉《ヒソウ》には増えていた。

 行き交う人々が見える中、ひとつの色が妙に目立って見える。──白緑色の髪だ。この少女は、刻水《トキナ》で間違いない。

 刻水《トキナ》は周囲をキョロキョロと見渡していた。警戒して見渡しているのとは違う。誰かを探しているのか、人々を見ては視線を外し、歩き続けている。

 ふと、刻水《トキナ》が声にならぬ声を出し、スッと腕を伸ばした。

 刻水《トキナ》に腕を捕まれた人物は足を止めて振り返る。──その人物は大きな丸い眼鏡をしていて。相変わらず、琥珀色の髪を無造作に伸ばしていて。

 刻水《トキナ》は克主《ナリス》の腕をつかんだまま、次第に赤面していく。一方の克主《ナリス》は言葉が浮かばないのだろう。ただ、刻水《トキナ》を見つめている。

 雑踏の中、刻水《トキナ》は恥ずかしそうに声をやっと出し始めた。

「ごめんなさい。私……貴男のことを誤解してしまって……ひどいことを言った。すごく、傷付けてしまった。それなのに、貴男は……」

「刻水《トキナ》さん」

 克主《ナリス》は刻水《トキナ》の言葉を遮ると、やさしく微笑む。

「僕は、貴女と話ができた日々が楽しくて、幸せでした。あの日からも一日として貴女を忘れられなかった。貴女への想いが……募っていくばかりでした」

 更に顔を赤くした刻水《トキナ》につられ、克主《ナリス》も赤面していく。それでも、克主《ナリス》は懸命に想いを伝えようとする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。