表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/409

【Program1】5

ジン、どうしてこの男に加担したんだ?」

 ジンは偉そうな男に問い詰められている。その周りには数人の監守がいる。恐らく、中央にいるこの偉そうな男が、開発所の所長なのだろう。

 スラリと伸びた背。ジンよりも十センチほど背の高い男は、べったりと髪に油を付け、前髪をひとまとめにし左斜めに流している。年齢は三十代に見えるのに、年齢に似つかわしくない潔癖さが漂う。白い手袋をシュッと両手にしっかりと着け、しわひとつもない軍服を身にまとう。


 ジンは、来葵ライギと来た道を戻り、裏口を開けた。──そのときに、所長が目の前にいた。現行犯を見られたも同然。言い逃れはできない。

 来葵ライギと一緒にいたジンを所長が責め立てていた。来葵ライギは庇おうと前に出た。

 だが──それが所長の気に触れたのか。ゴミを見るかのような目で所長は一瞥する。ふと、顎が浮いた。次の瞬間、来葵ライギは汚物のように監守に抓まれ、死骸の山へと投げられる。


 背中の衝撃に、来葵ライギは虫ケラのような微かな声を上げた。

『あの焼印係は処罰されるだろうな』──来葵ライギの脳裏にジンの声が再生されたのか、来葵ライギの目は見開かれる。次は、己の番だと。


「ほら。お前、人を切ってみたいと……以前に言っていただろう?」

 所長はジンに長剣を渡す。──この状況では、ジンは受け取るしかない。ジンが無表情で受け取ると、所長は満足そうにジンの頭を愛おしくなでる。


 ジンは長剣を凝視する。以前の言葉を後悔しているのか。いや、そうではないのか。

 所長はさも楽しそうな笑みを浮かべている。横では、監守たちが息を呑んでいる。まるで所長に怯えているかのように。

「さぁ、遊んでおいで」

 ジンの耳元で所長が艶やかに囁き、首元に口づけをする。所長の唇が離れると、ジンはゆっくりと来葵ライギに向かって歩いていく。


来葵ライギ、私はね……君に会うために開発所ココにもぐりこんだ。どんな手段を使ってでも、たとえ虫唾が走るような男に身を委ねることになろうとも」

 所長や監守たちには聞こえないのか。ジンのちいさなちいさな呟きは、来葵ライギの鼓膜を強く強く振動させる。

「大神の命に従い、君に再会できたときは感動したよ。君は知らないだろうけれど、私は……ずっと……」

 ジンの解釈しがたい独白は続く──かと思われた。

「けれど、君の役目はもう終わった」

 冷たい笑みをジンは浮かべる。──もう、舞台から降りていいと。いや、そうするべきだと。

ジン……」

 来葵ライギは動揺する。ジン来葵ライギを『ヒト』として見てはいない。その瞳に映っていたものは、すでに『物』。急激にジンは笑みを消す。


「なれなれしくヒトの名前、呼んでんじゃねぇよ」


 人が変わったかのようなジンは、来葵ライギに長剣をスッと向ける。ポカンと開いた口に剣先を入れると、ためらいなく床まで突き刺す。

 来葵ライギは声にならない苦痛を上げた。

 ジンは長剣を抜くと、踵を返す。背後でのた打ち回る来葵ライギを無関心に。


「ねぇ、あれ……うるさいから黙らせて」

 ひとりの監守に血のべったりと付いた長剣を渡し、ジンは淡々と言う。──それは、来葵ライギの命の終わりを言い渡した瞬間。

「どうだった、ジン。楽しんだか?」

 所長は両手を広げてジンを迎え入れる。ジンは──足を弾ませて所長に飛び込むと、甘えたような声を出す。

「ん~……思っていたよりも、つまらなかった……かも?」

 そうかそうかと、所長はジンをなでる。抱き締めて匂いを嗅ぎ、至福の表情を浮かべる。そうして満足したのか、所長はジンから腕をほどき監守たちを引き連れて開発所内部へと歩いていく。


 足音が聞こえなくなり、ジンは体中を払う。ふと、目に付いたのか、赤い水たまりの先に視線を泳がせる。

「ねぇ? 来葵ライギ。『処罰を受ける覚悟』があったから、ここに戻ってきたのでしょう?」

 ジンは冷たく笑っていた。

『君と同罪で構わない』と言っていた、数時間前。あのジンの発言は、嘘の感情とは思えない言葉だったにも関わらず。──直後、来葵ライギの体はダラリとし、瞳は人形のようになった。

 ジンの目の前でおびただしい血液があふれている。来葵ライギは肉の塊に化した。


ジン?」

 ふと聞こえた声。ジンの体に緊張が走る。咄嗟にジンは、おもしろおかしいと言うように笑ってみせた。

「あ~あ、また、生臭いのが増えただけか」

「楽しそうだな」

 所長は満足そうに笑っていた。ジンはそれを見て同じように笑う。

「そりゃあ、もう」




 ジンは、何にそんなに楽しそうに笑ったのか。──所長と開発所の最後だ。忌々しい終わりを早く待ち望んでいた。


 彼は、傍観者。その命を受けた彼は、自ら手を下すことはない。天命に従うのみ。意志とは違う。彼は、来葵ライギは、琉菜磬ルナセは──忒畝トクセは眠りから覚めるように、意識を遮られるように場面は消灯する。




『傍観者は、悪を最後まで見届けよ。それが使命だ』

 ──誰の声だろう。

 知っている気がする。けれど、忒畝トクセは知らない声。


 ──そうだ。

 ジンは傍観者だと自ら言っていた。彼が最後の使命として担っていたのは、根源となった開発所を最後まで傍観することだったのか。



 しかし、直後の映像で忒畝トクセは真実を見る。

 開発所とともに命を落とすはずだった彼の最期を。




 二十代に見えていたジンは、一気に所長と同年代になっていた。所長は、更に年を重ねている。彼らの目の前には、十歳になったばかりの少女。彼女は実験台に乗っている。

 人間離れした姿を見て、所長は歓喜の声を上げた。──刹那、その少女に心臓を一突きされ、絶命した。ジンは信じられないと言わんばかりに目を見開く。倒れていく所長から目を放し、少女に目を向けたが──見えたのは、己の血しぶきだ。


 少女はコードNo.91802。ここで生まれ、育った少女だった。




 忒畝トクセは息苦しさに目を覚ます。目の前には、李色の瞳が心配そうに見ていた。

トク……」

 黎馨レイカの声は塞がれて消えていく。

 救いを求めるかのように伸びた忒畝トクセの腕は、黎馨レイカを包む。けれど、それは数秒間だけで。ダラリと力は抜け落ち、唇は離れていく。

 慌てたのは黎馨レイカだ。

 忒畝トクセが起きたと思い、手を離したにも関わらず──忒畝トクセは再び過去の記憶へと落ちていってしまった。

 ただ、それだけではなく。現状は、ベッドからも落ちてしまいそうで。


 黎馨レイカは必死に忒畝トクセを支え、ベッドに何とか戻す。ふう──と、黎馨レイカが脱力したのは束の間。今度は強く忒畝トクセに引き寄せられて、黎馨レイカもベッドに横たえてしまった。


 危険を承知で忒畝トクセは過去を見ると了承してくれたと黎馨レイカは痛感する。そっと両手を包み込み、黎馨レイカは願う。


 ──忒畝トクセ様、こちらです。


 忒畝トクセに呼びかけ、意識を探す。懸命に、懸命に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ