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【39】決別と行く末(1)

 あれから何時間が経過していたのか。椅子に座り、ベッドに伏せたままいつの間にか眠ってしまっていた瑠既リュウキは、また現実へと戻ってきた。

 目が熱く、頭が痛い。──寝起きは最悪だ。ずっしりと重い上半身を起こす。

「やっとお目覚めですか」

 幼いころに聞き慣れた声が、耳を通過する。──大臣の声だ。眠っている間に入ってきたのだろう。声をかけられても、瑠既リュウキには返答する気力が出ない。

「お目覚めですか?」

 この声には驚き、まぶたが上下に開いて上半身が起き、首まで勝手に動く。──そこには沙稀イサキもいた。

「現実は変えられない。悲しみ尽くして故人が生き返ることがあるのなら、今ごろ俺もそうしている」

「どういう……」

「戦地で心と、剣士としての生命を失った元相方が……先日、久しぶりに会い元気になってくれたと思っていたのに、絶命していた。今朝、埋葬の手続きを終えたところだ」

 そういえば、この部屋に向かう途中で大臣は言っていた。『王が亡くなった』と。そして、瑠既リュウキの知らない、沙稀イサキの元相方も。──つまり、倭穏ワシズだけが被害者だったわけではないという事実。

「何があったんだ? 俺がいなかった間に」

「奇襲にあった。今回命を落とした者、負傷した者の責任は、すべて俺にある」

 よく見れば、沙稀イサキの瞳はわずかに赤い。それは、悲しみからなのか、悔しさからなのか、後悔からなのか。瑠既リュウキの頭はグチャグチャで、結論は出ない。

『戦地で』という言葉に、ぼんやりと瑠既リュウキは想像だけの過酷な情景を思い浮かべる。過去の沙稀イサキは、戦地へ赴いていたのだろうかと。

 まとまらない頭は、思ってもいない感情を吐き出す。

「お前のせいじゃない。それに、そーゆー上辺だけの言葉は聞きたくない」

 後ろめたさから顔を背ける。そのとき、

沙稀イサキ様!」

 と、大臣の声が聞こえた気がした。──ほぼ同時に右の肩を強く押され、上半身は反転する。間近で見るのは、リラの瞳。

「俺のせいだ。特に……この人の場合は! 俺は立場がありながら、ユキ姫を危険にさらした。その結果、どうにも助けられずに出してしまった犠牲がこの人だ! だから、俺を責めろ。憎しめ」

 次第に滲む瞳を見ていたはずなのに、涙を落としたのは瑠既リュウキの方で。唇は自制ができないほど震える。

「コイツは俺にとって……倭穏ワシズは俺と一緒に地獄に落ちてくれるような、ヤツだった。わかってる。俺は、卑怯者だ。ルイ姫を俺のいるようなところに引っ張っちゃ駄目だって、諦めた。倭穏ワシズは……コイツならって……」

「それなら這い上がれ」

 リラの瞳はまっすぐと強く、瑠既リュウキを捉え続ける。

「お前が今、自分のいるところが地獄だというのなら、這い上がれ。好いた人を引きずり込まないなんて、当然だろ。男なんだから! 男なら、たとえ好いた人が地獄にいたとしても、救い上げる。……そうだろ?」

 沙稀イサキがまだ何かを言いたそうで、瑠既リュウキは待つ。だが、沙稀イサキはもどかしそうに右手を強く握ると、瑠既リュウキの肩から左手を離し出ていってしまった。

 沙稀イサキの姿を追って扉の方を向いた大臣が、振り向く。瑠既リュウキを見て苦笑いを浮かべる。

「あれでも……瑠既リュウキ様を励ましているのですよ?」

「わかってるよ」

 瑠既リュウキは慌てて涙を拭く。

「だって、俺たち……双子だもん」

「おや。双子というのはあんなに長く離れていても、感覚は昔のままでいられるのですか?」

「俺はさ……」

 後ろ髪を引かれるように、瑠既リュウキ倭穏ワシズに体を向き直す。

「双子シンドロームってあるじゃん? 俺はさ、昔から……もし、沙稀イサキが死んだら俺も死んじまうのかなって思ってたんだよ。だからもし……もし、そうなら。きっと逆もあんじゃん。そう思ったらさ、何が何でも、どうあろうとも、生きていなきゃいけねぇなって……」

「感謝しなくてはいけませんね」

 大臣の声が、あまりに近くて瑠既リュウキは驚く。

「では、これからも貴男に生き続けていただくために……まずは顔を洗って、着替えていただきましょうか」

 目の前に出されたのは、鴻嫗トキウ城の嫡子に相応しいような立派な衣服。周到な行動に瑠既リュウキが見上げると、大臣はにっこりと微笑んでいた。




 地下を出るとすでに昼を回っていた。

 大臣が気を遣ってくれたのか、恭良ユキヅキとは会わず、食事は沙稀イサキとふたりきり。

 沙稀イサキは相変わらず不機嫌そうで、特にこれと言った会話はない。けれど、時折視線が合っては、

「何?」

 と、沙稀イサキは不機嫌を増し、

「いやぁ?」

 と、瑠既リュウキの機嫌は増すのだった。


 昼食後は淡々と沙稀イサキが何かを話したが、瑠既リュウキの頭には入ってこない。呆然としているのは、沙稀イサキも重々承知のようで、

「とにかく、大臣が来るまでは俺もお前の部屋で待機する。いいな、俺は単にお前の見張り役。そういう存在でお前のそばにいると思っていろ」

 と釘を刺す。──決して、双子の弟としてそばにいるわけではないと。

 そう言った割には落ち着かないのか、

「風呂に入って、着替えをしろ」

 と、沙稀イサキは世話を焼く。

 瑠既リュウキは言われて風呂場に足を入れるが、何とも形容しがたい顔が鏡に映った。

 また涙が滲み、シャワーで流す。また涙は頬を流れ、浴槽に顔を浸す。──こんなにゆっくりと風呂場にいるのは、いつぶりか。ふと、そんなことを思って我に返り、浴室をあとにする。

 フカフカのバスタオルに身を包むと、懐かしいやわらかさに腰も足も砕けて、横になってしまいそうになる。それを何とか座り込むだけでとどめ、うずくまる。

 懐かしさに引きずられて、記憶をさまよいそうになる。地に足がつかないような感覚で、現在に戻ろうとするが、深い悲しみで立ち止まりそうになる。

 沈んでは浮かび、浮かんでは沈み、停滞しそうになりながら、もがく。


 コンコンコン


 強めのノック音に意識を戻し、慌てて置いてある服を着て出る。すると、なぜか沙稀イサキは目を見開いて、急いで何かを取り、

「座れ」

 と言ってきた。

 素直に従うと、頭部はやわらかいもので覆われ、あたたかい風が髪をなでる。

「風邪をひくつもりか」

 うんざりしたような冷たい口調。──それなのに、その言葉で瑠既リュウキはようやく生家に戻ってきたような感覚が沸いた。




 夕方が近くなり、沙稀イサキの言う通りに部屋を出る。案内されるままに歩いたが、沙稀イサキの様子にふと、来た道を見る。そこは、地下に続く階段の前。

 沙稀イサキは足を止め、誰かを待っているかのようだった。

 視線の先には、遠くに大臣の姿が見え──その奥に見慣れた男の姿も見えた。


 瑠既リュウキは息を呑む。

 口を堅く結び、首は下がっていく。


 沙稀イサキが去っていく気配がした。下を向く視界に、沙稀イサキの遠のく足が見える。

 しばらくして、

「一緒に来てください」

 と聞こえた。大臣だ。──行き先は、見当が付く。


 地下の階段を下り、しばらく三人で歩く。着いた先は予想通り、倭穏ワシズの体がある場所だった。

 大臣が扉を開け、ヨシが入り、瑠既リュウキも続く。ヨシはヨロヨロと倭穏ワシズの枕元へと行く。

 いつになく、ヨシの背中がちいさく見える。

 しかし、かけられる言葉などない。

 大臣は扉を閉め、立ち止まってしまった瑠既リュウキのとなりに並ぶ。そして、深々と頭を下げる。

「この度は大切なお嬢様を……取り返しのつかない事態に。申し訳ございません。こちらでできる限りのことはさせていただきます。もちろん、どんなことを尽くしても、決して許されることはありませんが……」

「ああ、当然だな。そちらの王子様に遊ばれた結果がこれか!」

 大臣の言葉をヨシは途中で遮り、憤りを露わにする。その言葉に瑠既リュウキは口を開かずにはいられない。今までヨシに、こんなにも他人行儀に扱われたことはないのだから。

ヨシさん、そんな言い方!」

「本当、こ~んな城の王子様だったとはな」

 瑠既リュウキの言葉は聞きたくないというように、ヨシは言葉を被せる。

 想像をしていなかった言葉に、瑠既リュウキの思考が停止する。アヤで過ごした年月は、何だったのかと。

 あたたかい思い出だけが駆け巡り、反論する言葉が出ない。

 ヨシ瑠既リュウキの感情を一滴も汲もうとはせず、蔑んだ目を向ける。

「もう、二度と家には来ないでくれ」

「なっ?」

 ──何を、言われているのか。

「当たり前だろ」

 ヨシに見えて、本当はヨシではないのではないか。そんな思いすら、瑠既リュウキには浮かぶ。

 一方のヨシは、ぐったりとした倭穏ワシズをしっかりと両手で支え、

「じゃあな」

 と、足早に出ていく。

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