★〖0〗大切な『もの』
「ご苦労であった」
深い闇に浮かぶふたつの光は、響く音に驚くようにシュッと細くなる。その分強い光を放つが、照らすは周囲のわずかな距離。
音の正体は、それだけ強大な力を持っているのだ。まばゆい光を押さえ付けるほどに。
「さて、お前たちは……」
音は消え、同時に淡い光が細い光の周囲に出現する。フワッと膨らみ弾け、ふたつは人間の子どものような個体に変化した。
「あ、あの……」
二体は己ともう一方の姿を落ち着かない様子で見、戸惑いを浮かべ同時に発する。だが弱々しい声は、どこからともなく響く音に覆われた。
「ほう、下界で修行に励みたいか」
幼い姿の二体は大きく目を開け、となりを見合う。そうしてすぐ向き直り、懇願するようにうなずく。
「女神に憧れ、まさか下界の者にも憧れを抱くとは……想定外ですね」
二体がまた目を見開き、神殿の出入口を向く。そこには『月と太陽の神』がいた。
ちいさな二体は見えない存在に深く一礼し、『月と太陽の神』のもとへと駆けていく。
黒髪をパタパタと揺らす二体に、『月と太陽の神』は慈しむような眼差しを向ける。懐くように手を伸ばす二体の頭をポンポンとなでた。
「行くのでしょう? 壬、癸」
『月と太陽の神』が問うと、幼い姿の二体はギュッと『月と太陽の神』にしがみ付く。
『月と太陽の神』は背をそっと包み込む。
「己たち十干にも、きちんと別れをしてから行きなさい」
ふんわりと『月と太陽の神』が手を離せば、二体は強い眼差しを向けた。そうして二体は向き合い、互いの手を取り神殿の出入口へと向かっていく。
二体は偉大な存在と『月と太陽の神』に深く深く一礼し、神殿から姿を消した。
「寂しそうだな」
神殿の出入口を見つめていた『月と太陽の神』に、音が押し寄せる。
精霊体だった二体の帰還は、神格ある者とは違う。大神の命だったからこそ天界への道が開かれていた──が、困難だったはずだ。
「そうですね……人間界で言うなら同期でしたから……そのせいでしょうか」
「案ずるな。すでに十干の穴は埋めてある」
壬、癸も新たに任命を受けている存在がすでにある。大神のすることだ。疑問はない。
ない──はずだが、『月と太陽の神』は言葉をこぼす。
「望む姿に、されたのですね」
大神の力──いや、大神そのものが偉大だと『月と太陽の神』は言う。つまり、大神に後手はないのだ。
「人間に惚れ込んでしまった……と言えば、女神と同じなのでしょうか」
いつになく『月と太陽の神』は感傷的に吐き出す。──それを、弾けるような大きな笑いがかき消した。
「そろそろ戻ってくる」
大神の言葉で『月と太陽の神』の顔つきが神の表情へ変わる。大神の意図は──。
『月と太陽の神』は微笑する。
「『女神回収』のプログラムが、いよいよ完結するのですね」
終止符を打つ者たちの帰還を、『月と太陽の神』は大神とともに待つ。
キラキラと一筋の光が現れた。光は空間を切るかのごとく一筋になり、広がり、真っ白な空間となる。
だが、それは刹那のこと。光が消えた場には、三体の姿があった。
「よく戻った」
大神からの言葉に、まっすぐ闇の奥深くを見つめるは、『義憤の神』。
残るひとりは幼女を抱え、幼女は抱えられている女性にすがるように抱きつく。
「案ずるな」
『義憤の神』が二体に言葉を投げる。──それは、強い意志だ。
『月と太陽の神』は見守る。『義憤の神』が連れ還ってきた者たちには、神格がない。
ある種、『女神回収』のプログラムが発動されるきっかけになった場面に似た緊迫感。いや、当時といる者は同じだ。
固い空気を、音が切り裂く。
「この私と違えるつもりか?」
「お望みとあらば」
一触即発の雰囲気に、『月と太陽の神』は身震いを覚えそうになる。刹那、大きく響いてきたのは音──いや、実に愉快だと言わんばかりの笑い声だ。
「すべては意のまま……手の中のこと、だろ」
『義憤の神』がポソリと、さもつまらなさそうに言う。大笑いをしている大神には届かないだろうが、『月と太陽の神』にとっては更に居心地が悪い。
もしかしたら、大神にはこんな状況でさえ愉快なのかもしれない。しばらく笑い声が場を覆い、その後、満足そうな音が響き渡る。
「幼子を抱く者は『美の神』、『美の神』が抱く者は『愛の神』とする」
「仰せのままに」
『義憤の神』は胸に手を置き、会釈する。
神上りしてきた人を大神が神と認めたならば、誰もが従う。分離はしたが、女神が戻った。
『女神回収』のプログラムの終結だ。
「私が『美の神』だなんて、いいのかしら」
ポソリと『美の神』は囁く。能力を分離したとは、知らないのだろう。
「いいんだ、俺の妻だからな」
「何よ、それ」
『美人が好きだって言っているみたい』と『美の神』は笑う。『義憤の神』は横目で見、おだやかな表情を浮かべかけた瞬間、
「全治全能の神なれ」
音が場を沈めた。
『義憤の神』は奥を見据える。
「それは『月と太陽の神』ではないのか」
すかさず『月と太陽の神』は一歩前へ出、口を挟む。
「私は妻の代行をすると、申し出たのです」
それは精霊が帰還する前のこと。
『月と太陽の神』は続ける。
「妻も……これまでの記憶をすべて失い、帰還するかもしれません」
『生と死の神』は神格を持ったまま下界にいるが、一度も天界に帰還せず転生を繰り返している。
影響は、『月と太陽の神』にはわからない。
最悪を仮定した『月と太陽の神』は、『生と死の神』の役割を代行すると決心していた。理由は──。
「あんなに愛されているとは、思いませんでした」
『月と太陽の神』は誰に言うでもなく、想いがこぼれた。
『生と死の神』は、何代の『琉菜磬』を見てきたのだろう。
『月と太陽の神』は、これまで『生と死の神』の心を知ろうと歩み寄らなかった。
無で神となったゆえだが、長い時をこれまで無で過ごしすぎてきた。
『女神回収』のプログラムから帰還し、天界から妻を探し、眺めた。そうして、これまでを妻は見てきていて、待っていたと気づく。
『琉菜磬』の神上がりは、妻の加護だったのだ。
「今度は、私が待つ番です。妻を支える番です」
この場にいる皆に宣言する。たとえ『生と死の神』が記憶を失い帰還をしても、愛すると。
『月と太陽の神』はゆるやかに歩き出す。そうして止まったのは『美の神』の前。
「歓迎いたします。『美の神』、『愛の神』」
『月と太陽の神』は柔和な笑みを浮かべるが、対面する『美の神』は露骨に慌てた。
「わ、私はただの人間で……神だなんて、そんな……」
「そうですか。ですが、私も元は人間でした」
「え」
「神を伴侶に持つのも同じです」
『美の神』が美しい瞳をより大きくする。
かつての『愛と美の神』を知る『月と太陽の神』には、古い記憶が蘇った。面影は──心だ。
「似た境遇として……そうですね、『友』になりませんか」
「友?」
「そうです。昔そう言ってくれた人が、私にはいたので……そうですね。『守りたいと思っているものを守るために』」
「守りたいと思っているものを、守るため……」
「ええ。そう思えば、重荷も少しは軽くなりませんか?」
「そんな風に……私はなれるのでしょうか」
『月と太陽の神』は手をスッと差し出す。
「あなたでしたら、必ずなり得ます。……私が困ったときには、どうか力をお貸しください」
「わ、私が、お力になれることがあれば……」
『美の神』は腕の中の幼い神を下ろし、おそるおそる手を握る。
『月と太陽の神』は微笑む。古い友との約束は、長い時を経て更新された。
「よい友でありましょう」
かつての言葉を返す。
「はい。……よい友でいてください」
交した握手は、友の証。
友は、姿や立場が変わっても変わらない絆。
「よかったね」
『愛の神』が『美の神』に微笑む。
「ありがとう、私の娘に産まれてきてくれて」
「私こそありがとう。お母さんになってくれて」
二柱は抱き合い、新しい神として成長していくことをともに誓う。そして、二柱は『義憤の神』を見上げる。
「ありがとう、私たちを諦めないでいてくれて」
微笑む二柱を『義憤の神』は眺める。
幼き姿にこれまで付きまとっていた負の感情は、ない。
「ありがとう」
『愛の神』が無垢な笑顔を向ける。
邪気は、すっかり消えている。言葉通り、生まれ変わった存在だ。
「感謝すべきは、俺の方だ」
二柱を包み、感謝を伝える。
「そろそろ、ですね」
『月と太陽の神』が『生と死の神』の帰還を告げる。刹那、キラキラと光が舞う。
各々は振り返る。失ったもの、得たもの、変わらなかったものを。
大切な『もの』を。
『女神回収』のプログラムを。
辺りが白く輝き、大きな音が辺りを包んだ。
「さぁ、新たな世を創造するがいい」
■後書き■
胸がいっぱいです。
まずは、ここまでお付き合いくださった方々にお礼を。
ありがとうございます。
そして、長い時間をともにした、この作品のすべての登場人物に感謝を。
ありがとうございます。
初めて完結したときは、燃え尽き症候群のようになってしまいましたが、真逆のような感覚です。
いよいよ、彼らを私から手放してあげられると感じています。
寂しいというより『今まで長い間ありがとう!』と思っています。
……とはいえ、本編から外した話を番外編で書いたり、これまで書きたいと思いつつも本編完結を優先にして書かなかったIF編や本編よりも前の話などを、書くと思います。
イラストの修行を開始するので、その合間に書く小説の他、ポツポツ……というペースになると思いますが。
さて、この物語は私が当初想定した話とまったく異なる話となったわけですが、執筆にあたり一番役に立ったと思っているのは宗教に関しての読み物です。
あ、私は個別に信仰しているものはありません。どちらかといえば一種のアレルギー反応を起こしますっていうくらい、信仰に関しては苦手意識があります。
なので、そういう話はしませんのでご安心ください。
そして、これ以下はあくまでも私個人の考え方ですので、何かを否定したり、何かをお勧めしたいというものでもありません。
「へ~、呂兎来は『こういう風に考えている』んだ」
くらいに思っていただけたら幸いです。
色んな巡り合わせで、偶然様々な宗教の思想に触れる機会が二十代のころは多かったんです。別に宗教を学ぼうとしていたわけではないんですよ。たまたま、そこに行き着いただけです。
昔から『生きるとは何か』『死とは』と考える傾向が強かったので、そのせいかもしれません。
『生きる』を考えるには、『死』を考えなければ浮かび上がってきません。逆もまた然りです。
ある種、『生きる』を考えることは『死』を考えることだとも思っています。切っても切り離せないことであり、縁遠いものではなく、どちらも常に隣り合わせにあるものだと思っています。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉がありますが、仏教の教えです。
「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉はキリスト教の教えです。
色んな教えを読み解くと、行き着く先はどれも同じだと感じます。
私の解釈の話です。
『己の心をおだやかに過ごすアドバイス』であり、すなわち『幸せに生きることへのアドバイス』だなぁと思うのです。
「他人を許しなさい」己が苦しまないために。
「執着を手放しなさい」己が苦しまないために。
負の感情から解き放たれて、明るい方向を見て進みなさい。幸せであるために。
人間は、誰でも幸せに生きればいいのですよ。
そんな、やさしさあふれる言葉の数々だと思って色々と読み漁ったら……すっかり人間変わった気がします。
この物語は、輪廻転生していくお話でした。
涅槃は様々な宗教の考えでもあります。だからか、この物語を書かなかった間に私が色々な宗教の思想を読み漁っていたのは、必然だったのかもしれないな……と創作を復帰したときに思ったのです。
そう思えば、必要なものは必要なタイミングで巡ってくるというご縁の考え方とも驚くほどマッチします。
そうです。創作中止する前、私はこの物語を『完成させられなかった』のです。『最後まで書けなかった』のです。
根本の教養がなかった。だから強制的であったとしても、私は創作から退いたのだと思います。一度、創作から退き、私は『生きること』を学ばねばならなかったのだと思います。
創作を復帰し、様々な考えを落とし込んでいって、ようやく構成でき、この度晴れて最後まで書き切れました。これまで構想はぼんやりとあっても、きちんと落とし込めなかった部分まで、しっかり書いたつもりです。
宗教とは別に、何かの物語で『生まれ変わり』思想を幼いころから知っていて、私の中に染み込んでいました。元々、『生まれ変わりはあるだろう』『あったらいいな』と思って育った節があります。
だからこそ、輪廻転生は『物語だけの設定』だけではなく、私にとっては『リアル』な感覚です。この物語は現実世界とかけ離れた独自の世界、いわゆる異世界ですが、節々にリアリティを感じられる世界でもあるかな……とも思っています。
もし、リアリティを感じていただけたなら、あなたの大切な『もの』を感じられていたら……いいなと高望みですが思います。
これまでも私はポツポツと発言していますが、『幸せだけの話』を長い間『辛い』と感じていました。
長年、『幸せになっていいのかな』と苦しんだことが影響しているのかもしれません。
信じられないかもしれませんが、心が救われるのは、必ずしも『幸せな話』だけではないんです。言うなれば、暗闇にいると輝かしい太陽は眩しすぎて目がくらみますよね。そういう感覚に似ています。
私は、そういう人たちが救われる話を書きたかったんです。この物語が、そうなればいいなと願っていたのです。
『生きていていいんだ』とか、『私もがんばろう』とか、『私でも幸せになれるかな』とか、何でもいいんですけど、
「今だけじゃないよ」
って思えるような、ちょっとだけでも誰かの心を軽くできるような、そんな物語にしたいと思いを込めて執筆してきました。
辛くなると、視野ってどんどん狭くなるんです。
広くとか、遠くとか、未来とか、見えなくなってくるんです。
人生って色々とあるじゃないですか。
いいときもあるし、悪いときもあるし。でも、どん底って感じるときって、やっぱり辛いでしょう?
時には自暴自棄にもなるかもしれない。『今しかない』と思えばね。
だから、
「あ~、前世で私何かしちゃったのかもしれないな~」
と思えばちょっと他人事だし、
「あ~、来世で楽したいから、今がんばってみようかな~」
と思えば『未来』のために踏ん張れるかもしれないし。
自分に巡り巡ってくると思えば、言動も変わるかも知れないし。そうしたら、『何だか見えていたものが変わったな』ってなるかもしれないし。
少しのことで、考え方で、見方で、感じている世界が変わることもあるから。思い詰めないでいられるかもしれないから。
自分を好きになれるかもしれないし、笑顔が増えるかもしれないし、幸せでいいんだ~! って思えるようになるかもしれないし。
生きるって有限で、辛いことも楽しいこともあるから『人生はきっとおもしろい』。
そんな、思いを込めて執筆していました。
長い駄文にお付き合いありがとうございます。
さて。
登場人物の答え合わせ……要りますか?
とりあえず、第三部の『救いの代償』の章は、これ以上名前変えたりしたらややこしそう……と、あえて第一部と同じ名前にしました。
『その先に』は変えていますけど……わかる範囲かなと思うので、と言いつつ、要望がありましたら記載しますので、お気軽にお声かけください。
完結しましたが、また第一部から読みたい! って思っていただけたら、とても幸せだなぁと思います。
一応、完結まで読み切っていただくと、また第一部の始めに戻って読めるようにと書いたつもりです。いや、しっかり終わった感は否めませんが……第二部【前半】を読み終えたあととかだと……第一部の始めには戻れないというか、戻りにくいというか……。
ええ、途中で読むのをやめると、ただ辛いっていう所も多々ありましたからね……。うん、人生、何が起っても頑張って生き抜きましょう! という願いも込めて。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
願わくば、彼らが読んでくださった方々の中で引き続き生き続けますように。
それでは、また……。
番外編やIF編などを書いたときにはお読みいただけたらめちゃくちゃうれしいなぁ!
本当に本当にありがとうございました!!!!!
2024年8月27日 執筆完了
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沙稀 第一部【56】未来へと続く道 イメージ




