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26ll宮 7:五里霧中

「兄様、代わって」

 瑠既リュウキのことは変わらずきちんと『兄』と呼び──いつの間にか対面に座っていて、冷やしていた氷を瑠既リュウキの手から奪った。


 瑠既リュウキの頭の中はグチャグチャだ。

 まとまるわけがない。

 沙稀イサキは家を出てから、恭良ユキヅキの誕生日をすっぽかした。それを境に、沙稀イサキは家族の行事に一切参加していない。

 盆も正月も、自分たちの誕生日も──沙稀イサキはまったく姿を現さなかった。


 そういえば、瑠既リュウキ沙稀イサキの家に行くようになって、半年くらい経ったころだったか。違和感を覚えた日があった。

 沙稀イサキが持つには珍しい物が目に付いた。まさかと思いつつも嫌な予感がし、

「ほどほどにしておけよ」

 と忠告をしたが──思い返せば、このときにはもう手遅れだったのだ。


 手遅れではないのはいつだったのか。

 浮かぶのは、沙稀イサキが家を出る前。あの子──琉倚ルイが訪ねてきたことがあった。

 瑠既リュウキは何となく見てしまっていたが、沙稀イサキ琉倚ルイを連れて一目散に階段を上って行った。

 ──別れたって言ってたけど、復縁したのか。

 なんて暢気に見ていたら、恭良ユキヅキと鉢合わせしている。一度、沙稀イサキは立ち止まったが、すぐさま自室へと進む。

 その様を、瑠既リュウキはそそくさと通り過ぎたと感じた。加えて、『琉倚ルイにやましい気持ちがあるのか』と沙稀イサキのことを勝手に思った。

 けれど、琉倚ルイ沙稀イサキの微妙な変化に気づいていたのだろう。

「ごめんね。帰るから」

 途端に琉倚ルイは、沙稀イサキの手を離して走り出す。

 琉倚ルイが走り出したのに、沙稀イサキは追って行かず──恭良ユキヅキ沙稀イサキに駆け出していた。

「お付き合いって……両想いな人たちだよね? 沙稀イサキ兄様、あの人が好きだったんだ」

「前の話だから」

 沙稀イサキ恭良ユキヅキに背を向け、琉倚ルイを追った──ように瑠既リュウキには見えていた。


 あのときの瑠既リュウキは、沙稀イサキ琉倚ルイに振られたと思っていたのだ。


 しかし、根底がまったく違っていたら、瑠既リュウキの想像はひっくり返る。


 琉倚ルイを追ったというより、恭良ユキヅキから()()()のだとしたら?


 ──あのころから恭良ユキヅキのことを?


 けれど、違和感はもっと前からあったような気がした。違和感を瑠既リュウキは辿る。

 そうして、更に遡る。


 ──もしかして、バレンタインのとき?


 あの年は恭良ユキヅキが初めて母と一緒に、バレンタインデーのチョコを楽しそうに作っていた。

 瑠既リュウキはもらわなかったが、沙稀イサキにはあげていた。瑠既リュウキはどのみち要らないと、沙稀イサキを横目で見たが──沙稀イサキは、妙に幸せそうな表情をしていた気がする。

 当時はかわいがっている妹からもらったら、そんなにうれしいものかと思っていたが。


 こんな事態となった今では、当時が違和感でしかない。


 ──いや、あのとき俺たちは十二歳だった。恭良ユキヅキはまだ……。

 まだ、恭良ユキヅキは六歳だ。考えれば考えるほど、頭が痛くなる。


 もし、この仮説が正しいなら、様々なモヤモヤしか浮かばない。

 ただ、人をいつから好きだったかなんて曖昧なものだとも瑠既リュウキは思う。沙稀イサキに『いつから』と聞いたところで、沙稀イサキ自身も明確な答えを言えないかもしれない。


 グルグルと頭の中を様々なことが駆け巡っている。

 瑠既リュウキは違和感として初めて認識した場面へ戻る。あれは、沙稀イサキが珍しい物を持っていると、瑠既リュウキが何気なく手に取った日。


 裏返したら、雪の結晶のちいさなシールが貼ってあった。


 ブルルと手の中の物が震えた。

 物珍しくまたひっくり返せば、小型犬を模したそれに文字が表示されていた。


 魚の絵文字と、『にあいたい』。


 突如、自宅でも同じ物を見たと、映像がフラッシュバックした。──そのときも瑠既リュウキは、流行り物が家にあるなんてと物珍しさで手に取った。

 裏には、ちいさな魚のシールが貼ってあった。自身の物でなければ、両親の物でもないだろう。そうなれば、持ち主はひとりしかいない。

 だから、『恭良ユキヅキって海が好きだっけ?』と思い、何だか腑に落ちなかった。


 ガッと手元に衝撃が走り、フラッシュバックから戻ると、沙稀イサキが慌てて瑠既リュウキの手の物を取っていた──と、同時。腑に落ちなかったものが合致して、違和感になった。

「妹に、そこまで許してるんだ」

 沙稀イサキは否定しない。

 ザワザワと感覚が瑠既リュウキの胸を占領していく。

「ほどほどにしておけよ」

 忠告をしたが、顔は見られなかった。『そんなはずはない』、『沙稀イサキには別に彼女がいるはずだ』──そんな都合のいい思い込みを、思い込みだと気づきたくなかった。




 いつから沙稀イサキ恭良ユキヅキがそういう関係だったか、瑠既リュウキには見当が付かない。


 ただ、沙稀イサキの言動を思い返してみれば、沙稀イサキは必死に恭良ユキヅキを遠ざけようとしていたのではないか。


 家を出てから、沙稀イサキ恭良ユキヅキにもう来るなと言ったことがあった。

 沙稀イサキが抱えた想いを隠せなくなっていたのだとしたら、恭良ユキヅキを守る手立てだったのかもしれない。


 ギュウッと胸が張り裂けそうになる。




 目の前では憎らしい者が、懸命に変わり果てた片割れを慈しんでいる。

「ゆ……きづ……」

 片割れが、どうやら意識を取り戻したらしい。

沙稀イサキ、ここにいるよ」

 求めるように動いた手を、ちいさな手が握っている。そのまだ幼い手が、どれだけ沙稀イサキの命の灯火を強いものにするのかと瑠既リュウキは感じ、居ても立っても居られなくなった。


 瑠既リュウキには憎らしくてたまらないのだ。沙稀イサキ()()()張本人なのだから。

 憎しみに支配されそうになる。父が沙稀イサキにしたように、瑠既リュウキも手を出したい衝動に駆られる。


 だが、それは沙稀イサキが最も望まないことだ。


 瑠既リュウキは無言で立ち上がり、二階へと向かう。場を去る以外、感情を抑える手段がない。


 ──しばらく、沙稀イサキは家にいる。


 話す機会を急ぐ必要はない。明日でも、明後日でもいい。一先ず、沙稀イサキが生きる延びることが最優先だ。


 母がこれから医師を呼ぶだろう。

 原因は沙稀イサキが適当に答えるだろうから、父は席を外すかもしれない。

 恭良ユキヅキは──考えない方が自身のためかと、瑠既リュウキは思考を強制的に遮断した。




 夕飯になり一階に降りると、瑠既リュウキが想像した通り医師が来たようだった。沙稀イサキはスヤスヤと眠っている。

 恭良ユキヅキが多少ソワソワしている程度で、日頃と大きくは変わらない。それなのに、瑠既リュウキは苛立ちが募る。

 沙稀イサキがあんなに大けがをしているのに、恭良ユキヅキは喜びで落ち着きがないのだ。沙稀イサキがいると、それは好意のある異性が近くにいたら、うれしいのだろう。しかし──。


 ──大事な人が自分のせいであんな状態になったら、普通は悲しいものじゃないのか?


 チラリと見ても、悲しみの『か』の字も感じられない。

 医師が診て、今は眠っていて、大丈夫とはわかる。けれど、瑠既リュウキは食事が思うように喉を通っていかない。


 そうこうしているうちに恭良ユキヅキは食べ終わったようで、

「ご馳走様でした」

 と食器を下げるなり、沙稀イサキへと一直線だ。

 事態をどう聞いたのやらと、瑠既リュウキは呆れてしまう。


 すると、しばらくして──沙稀イサキの声が聞こえたと思ったら、

「こうしていると、少しは元気になるかと思って」

 と、弾むような恭良ユキヅキの声が聞こえた。

「確かに、ね……」

 ちいさな声でも、何てうれしそうな声を沙稀イサキは出すのかと、瑠既リュウキはむしゃくしゃする。

「ご馳走様」

 半分も食べられていない食事を瑠既リュウキは下げる。こんな場面を一秒でも聞いていたくない。


 恭良ユキヅキ沙稀イサキから離れるなら、風呂のときだろう。瑠既リュウキはその機会を待つことにした。

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