表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神回収プログラム ~口外できぬ剣士の秘密と、姫への永誓~  作者: 呂兎来 弥欷助
『第三部 因果と果報』救いの代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

367/409

11▶弟 2:接触

 期待しないときの方が、喜びは大きい。だからだろう。昨日は『後日でいい』と満足だったのに、心のままに行動していた。

「強いんだね」

 彼女を見つけた途端に声をかけていたのだ。

 振り向いた彼女は目を丸くしている。髪の毛と同じ色の大きな瞳に吸い込まれそうだ。

「どうして古武道を選んだの?」

 返答がないのに更に話しかけると、

「母に……勧められて」

 視線を逸らした彼女はポソポソと話す。その様は、羅凍ラトウの人気の高さを知っているからか。周囲に気づかれたくない、そんな雰囲気が漂っている。

 ──彼女にとっては、迷惑な存在なのかもしれない。

 会話は終わってしまうのかと、羅凍ラトウが憂いたとき、

「あなたは?」

 と、興味を示してくれた。

 うれしくて洗いざらい話したくなったが、この場で彼女に迷惑をかけたくないとも過る。嫉妬は怖いのだ。羅凍ラトウは咄嗟に話題を収束させる。

「そのうちね」

 にっこり笑ってしまったのは、うれしさのせい。浮かれていると自覚する。気があると周囲に悟られ、今後話す機会を失いたくないと願う。

「ああ……俺、初めてなんだけど教えてくれない?」

『黒装備って強いんでしょ?』と付け加える。体のいい口実だ。ここで一度引くと決めたが、折角話せたのだ。次を約束しない手はない。

「まぁ……」

 ポツリと一言。いいとも嫌とも言わない。

 ふと、彼女の視線が上がる。振り返れば山男の登場だ。

 授業の受け持ち人に、興味を持った真意を知られるだろうこの状況。できれば見られたくない。ちょうど切り上げようとしていたところだ。さっさと退散するに限る。

「いいけど」

 消えそうなほどちいさな声は、そんなときに聞こえた。瞬時、羅凍ラトウは向き直る。

 彼女は変わらず羅凍ラトウを見ていなかったが、了承してくれた。うれしさがじわじわ込み上げ、つい頬がゆるむ。

羅凍ラトウっていうんだ。よろしく」

 去り際、周囲に聞こえないよう囁く。知っているだろう。それでも名乗っておきたかった。

 もっとそばにいたかったが、今日ではない方がいい。話せて、次の約束までできたのだから充分だ。

 グルリと回って対角線上に腰を下ろす。ここなら彼女を見ても、中央を見ているように見えるだろう。

 もしかしたら待機場所に決まりがあるのかもしれない。考えてみれば初心者が初日から有段者といるのは不自然すぎた。もっと自然に彼女の近くにいられるように注意しなければ。

「今日は加入者がいるぞ」

 先ほど場の空気を変えた山男が全体に呼びかける。羅凍ラトウには嫌な予感がした。

 予想通り手招きをされている。先ほど彼女といたときではなく、グルリと回っている最中に発見されたと願いたい。

「よろしくお願いします」

 中央へ行き一礼すれば、黄色い声混じりで歓迎される。正直、居心地はよくない。

 モヤモヤした気持ちが湧き上がる中、羅凍ラトウは閃く。現状を利用しない手はないと。

「先生。俺、初心者なんです。でも、もう七学年だし……できれば有段者に教えてもらいたいんですけど」

 前言撤回。見られていただろう方に全振りして、賭けに出る。

 研究授業を受け持つ先生にも、大人の事情があるだろう。羅凍ラトウを巻き餌に使えたなら、有利なこともあるはず。

 いわば駆け引きだ。

 引く手数多の羅凍ラトウが、ここにとどまる理由があれば安心材料になるはずだ。

 羅凍ラトウにとっては、この場で彼女を指導役に指名してもらえると助かる。先ほど彼女に直接申し出たわけだが、それとは別に。第三者からの指名があれば、彼女も周囲の目を気にせず羅凍ラトウに教えやすいだろう。


 互いに有益──と思っていたら、誰かをポツリと呼んだ。

 はっきりと聞こえなかったが、恐らく──と見渡す。

「頼んだぞ」

「はい」

 憂鬱そうに返答したのは彼女だ。

 羅凍ラトウには希望通りの展開。笑みが浮かびそうになるが、必死にこらえる。


 パンパン!

 場を締めるような音が大きく鳴った。

「今日は基礎練習だ。試合はなし。基礎は大事だからな」

 見学で受講扱いにすると言っていたのに、基礎練習では見学ともいかない。けれど、自分で蒔いた種のようなものと考えを改める。

 彼女とまた話せるのは次回だと思っていた。指導役に抜擢してもらったのなら、これから話せる。願ってもいないチャンスの到来だ。

 先ほど指名してくれた効果は早速出ている。誰も羅凍ラトウに話しかけようとしてこない。

「ありがとうございます」

 ざわめく中でボソリと言った真意は伝わっただろう。まっすぐ彼女のもとへ向かう。

「よろしくお願いします」

 並んで座り、彼女に微笑むと、

「よろしく……」

 多少皮肉めいた口調で返ってくる。こんな反応を返されても、かわいいとしか思えないのだから、恋は厄介だ。

 彼女には悪かったと思う反面、大手を振ってそばにいられる。些細なことなのに、幸せで仕方ない。

「防具とかは今度の休みに買いに行くんだ。だから、今日は基礎の『き』からお願いします」

「わかったわ」

 そう言うと彼女は『胴』をスルスルと外し、今度は『垂れ』に手を回す。羅凍ラトウは妙にドキドキし、なぜか申し訳ない気持ちになって視線を逸らす。

 すると、

「先生、走り込みに行ってきます」

 と、いつの間にか立ち上がった哀萩アイシュウは言っていた。

 言われた方は『行ってらっしゃい』とサラリと言っている。

「じゃ、行きましょうか」

 てっきり竹刀の持ち方や素振りの練習をするかと思っていた羅凍ラトウは唖然とする。はっきり言って、彼女が走り込むイメージはまったくできない。

「行かないの?」

 立ち上がらない羅凍ラトウを見て、彼女はヤキモキしたのだろう。負の感情が伝わってくる。

「行きます」

 同意し、すぐさま立ち上がる──と同時、

「とりあえず、今日は十キロにしておきましょうか」

 なんて振り返らずに言う。

 さすがは有段者。ある種、試されている気もする。

「はい」

 教えてほしいと頼んだ身。基礎体力に自信がないわけではないが、彼女の気を少しでも惹けるよう頑張りたい。


 校庭に出ると彼女は走り出す。想定よりも速い。

 やはり彼女は、羅凍ラトウを試したのだろう。体力作りをしているわけでもない素人は、日頃から体力作りをしている人に付いていくだけで大変だ。

 羅凍ラトウのような不純な動機で古武術をしているわけではないと思い知らされる。正直、男女の体力差で何とかなると思っていたが、日々の積み重ねは大きい。だらしない姿を見せないようにするだけで精一杯だ。

 ただ、どんなにキツくとも弱音を吐くわけにはいかない。彼女に教えを乞うた。気を引き締めて遅れないよう走る。


 幸い、羅凍ラトウの真摯な態度がよかったのか、次回受講する日を聞けた。苗字ではなく、名も知れた。

 何より、彼女の笑顔が見られた。


 羅凍ラトウにとっては、何よりの収穫だった。




 翌朝、心地よい筋肉痛を覚え、羅凍ラトウは目覚める。昨日彼女と過ごした時間を思い出し頬がゆるむ。目覚めは、悪くない。

 彼女の名は『哀萩アイシュウ』というらしい。昨日は寝るまで何十回思い出したことか。

 ポソリと声に出し、かわいらしいと舞い上がる。

 哀萩アイシュウが次に研究授業を出るのは来週だと言った。連日会えたこの数日間は、夢のような時間だった。数日会えなくても、また日常に戻るだけ。そう思いつつも夢心地は醒めず、上機嫌で家を出る。


 昨夜、眠りに落ちるまでも哀萩アイシュウの声や表情が頭から離れず、フワフワとした気持ちだった。目覚めてからも、授業中もずっと続き、心が満たされ幸せだった──のに。


 目の当たりにした光景に、スッと地に足がついた。


 昨日は研究授業を終え、哀萩アイシュウの着替えを待った。いつになく強引なことをした。一緒に帰りたくて。

 哀萩アイシュウはとても驚いていたが、素直に気持ちを話せば了承してくれ、帰り道を歩いた。クラスや年齢を聞くのに成功し、同い年とも確認できた。

 だから、一目だけでも哀萩アイシュウを見られればと、彼女が通るかもしれない道に寄った。遠目から少しでも見られればよかったし、運がよければ一言でも話せるかもしれないと、そんな想像をしていたのに。


 こんな場面に遭遇するとは想像していなかった。


 軽率だった。その一言に尽きる。

 今更ながらにして、昨日哀萩(アイシュウ)がとった態度の本質を知る。


 初心者だから教えてほしいと言ったときの、あの戸惑ったような態度は、不安だったのだ。

 羅凍ラトウ自身、哀萩アイシュウ羅凍ラトウのことを知っているだろうと推測した。だから、ああいう態度をとられたと自惚れた。──そう、自惚れたのだ。今更、後悔しても遅い。


 自惚れたからこそ、第三者に指名してもらえれば周囲は気にならないと思った。強引に一緒に帰りたいと言ってもいいと大丈夫だと思った。


 けれど、哀萩アイシュウは──羅凍ラトウといる姿を見られたら、気分を害する者がいるかもしれないと──第一印象が、それだったのだ。


 そんな不安が、的中するだなんて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ