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4▶神樂 2:由来

「僕も」

「だよね! 絶対合格したい」

馨民カミンは平気でしょ?」

 はははと忒畝トクセが笑うと、馨民カミンがうれしそうに笑みを返す。

忒畝トクセもね!」

 家の前に着いた馨民カミンが『またね』と手を振る。

 忒畝トクセも『またね』と手を振り返し、となりの家へと入っていく。──ふたりは家族会がなくても頻繁に会ってきた幼なじみだ。


「ただい……」

「おかえり!」

 家に入るなりギュッと抱き締められ、忒畝トクセの声は途中で消える。

 抱き締められている人物が誰なのか忒畝トクセにはすぐわかる。こんなに感情的に抱き締めてくる大人は、ふたりしかいない。

 抵抗せず身を任せていると、今度はグッと体を離される。

 きれいな目鼻立ちは、母で間違いない。

 大きく見開かれた藤鼠色の瞳に、忒畝トクセはジッと見つめられた。

「大丈夫だった? いつもみたいに、問題解けた?」

「うん、僕はあんまり緊張とか……」

「あ~! よかった~!」

 再びギュッと忒畝トクセは抱き締められ──正直、苦しいが、母がこうして一喜一憂してくれるのが忒畝トクセはうれしい。

 ふと、スリッパで歩く音が聞こえ、忒畝トクセは父が来たと感じる。

悠李ユリさん、忒畝トクセをつぶさないでくださいね」

 パッと、抱き締められていた腕が忒畝トクセから離れた──と思ったのも束の間。今度はフワッと体が浮く。

悠畝ヒサセくん……私、大事な息子をつぶしたりしないわよ」

 藤鼠色のふんわりとした三つ編みが忒畝トクセの頬をくすぐる。母の腕に居心地のよさを感じつつ、父の声がした方を見れば、妹も一緒だ。

「お兄ちゃ~ん!」

 やっと会話ができるようになった妹が手を伸ばす。忒畝トクセは自然と笑みを浮かべていた。

悠穂ユオ、ただいま」

 思わず手を伸ばす。

 その刹那、また忒畝トクセの体が少し浮いた。

「おかえり、忒畝トクセ

 今度は母に変わり、父に抱き上げられている。

 父に見つめられ、忒畝トクセはなぜか気恥ずかしくなった。

「ただいま」

 父は、忒畝トクセの憧れだ。

 父はやさしい。怒ることがあるとすれば、怪我をする危険があるときくらいだっただろうか。

「体に負担をかけないでくださいね、悠李ユリさん」

 母に寄りそうと、父は囁くように言った。母とも仲睦まじく、怒った姿を思い出す方が難しい。

 でも、きっと母はムッとした表情を浮かべている。照れ隠しだ。

 そろそろまた兄弟が増える。妹か、弟か。忒畝トクセにとっては、まだ答えのないこと。近頃の一番の楽しみだ。

 ストンと椅子に座らせられれば、アップルティーのいい香りがしてきた。父の大好きな紅茶の匂いだ。

「お疲れ様。さぁ、みんなでケーキの時間にしよう」

「わ~い! ケーキ~!」

 妹のうれしそうな声に、忒畝トクセの頬がゆるむ。

悠穂ユオ、お兄ちゃんが食べさせてあげる」

「ほんと~? わ~い!」

 父のとなりに座った妹がピョンと椅子から飛び降り、忒畝トクセに駆けてくる。危ないと忒畝トクセは慌てたが、

「お兄ちゃん大好き~!」

 妹がキュッとつかんでくれば、不安は吹き飛び。

「僕も。悠穂ユオが大好きだよ」

 飛び込んできたような妹を大切に抱き締める。

「となりに座って食べようね」

「は~い!」

 やさしく言えば、妹は忒畝トクセの腕から離れ、大人しく座った。


 白緑色の髪と薄荷色の瞳。

 忒畝トクセと同じ色彩であり、父とも同じ。


 かつて、伝説の女神とされた者の血を継ぐと言われ、それが苗字の由来と聞く。父が末裔であり、最後のひとりだったらしい。

 ただし、知る者は少ない。それでよかったと忒畝トクセは思う。

 この平穏が愛おしく、永遠に続いてほしいと願うから。




 およそ一ヶ月後、合格発表は紙での通知を受ける。


 大丈夫と思っても、実際に合格通知を手にするまではドキドキするもの。ほどよい緊張感を持ちながら、忒畝トクセは日々を過ごした。


 そして、通知はやってくる。

 忒畝トクセの場合は両親が勤務しているため、父から手渡された。きっと、馨民カミンも同様だ。


 忒畝トクセは受け取った封筒をドキドキしながら開封する。

 そうして、三つ折りにされた一枚の紙を注視しながら開く。


 文字を見て、パッと笑む。

「合格したよ!」

 うれしそうな笑みを両親に向ける。

 忒畝トクセの弾んだ声に、わぁと歓喜が上がり、両親にも笑顔が咲く。妹はまだ理解できないのか、目をパチクリする。

「来月から学校に行くんだよ」

 妹に視線を合わせ、忒畝トクセはとにこにこと告げる。


 その光景を、両親は顔を見合わせ微笑み合う。

 恐らく、両親は忒畝トクセの合格を事前に知っていたに違いない。


 おだやかな空気の中、電話が鳴る。

 忒畝トクセは不意に顔を向けた。パタパタと母が駆け、受話器に手を伸ばす。

「はい……あら、酉惟ユイ?」

『ええ、元気よ』と続く。終始にこやかに話は交わされ、電話は手短に終わった。

 カチャリと受話器を置いた母が忒畝トクセを呼ぶ。

馨民カミンちゃんも受かったって」

 母の満面の笑みに、忒畝トクセも満面の笑みになる。信じていたが、やはり事実となれば喜びは格別だった。




 そうして迎えた、初登校の日。忒畝トクセは鞄を背負い、自宅を出る。試験の日のような堅苦しい格好ではなく、ラフな格好で。


「おはようございます」

 忒畝トクセがとなりの家へと顔をのぞかせると、

忒畝トクセくん!」

『おはよう』とウェーブのかかった小豆色の髪が波打った。同色の瞳がつぶれる。──馨民カミンの母、釈来シャクナだ。

 釈来シャクナは父と幼なじみだったらしい。だからか『おばさん』ではなく、忒畝トクセは物心ついたころから、

釈来シャクナさん、おはようございます」

 と、名で呼んでしまう。

 釈来シャクナがまた、にこりと笑顔になる──と同時、

「おはよう!」

 今度は馨民カミンが飛び出してきた。すると、すぐに後ろから泣き声が交ざった言葉が聞こえる。

「お姉ちゃん! 行っちゃ嫌!」

忒畝トクセ! 早く行こ!」

「え? あれ? 馨凛カリンちゃん?」

「ああ、もう! いいの!」

「駄目だよ」

「だって! 馨凛カリンったら、つかんだら離さないのよ?」

「それは、馨民カミンのことが大好きだからでしょう?」

 怒ったような馨民カミン忒畝トクセは宥める。

トク兄ちゃん~! お姉ちゃん連れて行かないでぇ~……」

 涙声の幼子を釈来シャクナは抱き上げる。

「こら、馨凛カリン忒畝トクセくんを悪者みたいに言わないの」

「だってぇ~……」

 ヒック、ヒックと我慢するような声に、忒畝トクセはギュッと胸が痛くなった。

馨凛カリンちゃん、僕ら、ちょっと学校に行ってくるんだよ。……そうだ、何年かしたら、馨凛カリンちゃんも行くでしょう?」

 玄関を飛び出した馨民カミンとは対照的に、忒畝トクセは玄関から身を乗り出す。

「ね? そうしたら三人で一緒に行けるよ?」

 妹をあやすように言うと、馨凛カリンはじぃ~っと忒畝トクセを見た。ボロボロとこぼした涙をグイグイと手で拭う。

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