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【37】回顧──弐(1)

 黒いマントがなびき、遠ざかるのを瑠既リュウキはしばらく見ていた。そして、ふと夜空を見上げる。


 瞬く星がよく見え、静けさを強調させた。平穏を守ることができたのに、何かがどうしようもなく虚しい。

 どんなに遠く、高く見上げても、瑠既リュウキが探し求める姿は見つけられない。

「まぁ、俺たちの場合は……魂の一部を共有しているはずなんだけど……」

 すがるように左手で剣の柄を握る。


 剣を振るっていたとき、残像のように湧き上がってきた遠い記憶。それを確かめるかのように、左手を開いて凝視する。

 まだ、剣を扱った感覚が残っている。


 瑠既リュウキは深いため息を吐く。


 鴻嫗トキウ城の危機を聞いて駆け付け、恭良ユキヅキを罵倒したところで──沙稀イサキは姿を見せなかった。

 当たり前のことなのに、項垂れる。沙稀イサキの死を、どうしても受け入れられない。

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 遠い記憶は、ぼんやりとした淡い残像なのに、不明確な部分ばかりであるのに──深い後悔が、心をえぐる。

 強く拳を握る。

 瑠既リュウキはまぶたを開け、恭良ユキヅキの部屋へと歩き出した。




 朝日が昇る前のことだ。鐙鷃トウアン城に鴻嫗トキウ城から使者が来て、鴻嫗トキウ城が襲撃を受けたと聞いた。

 大臣から避難の伝達を受けたと使者は言ったが、瑠既リュウキは使者を返したあと、鴻嫗トキウ城と並行するように歩く。


 突き当りの一室を開け、目線よりも少し高い位置に飾られた一本の剣を見上げる。聖剣と祭った、沙稀イサキが愛用していた剣だ。

 時間が一分でも惜しいという気持ちと、昔から守られていたという気持ちが交錯する。

 剣を握ってしまえば、自らを犠牲にしてきたような沙稀イサキを、裏切ってしまうのではないかと感じる。

 ──お前がいない今、俺が今更剣を握ることに……お前は怒りをぶつけるか?

 踏ん切りがつかない。

 答えを求めるように瑠既リュウキは剣を見つめ続ける。沙稀イサキが生きていたなら、断固として握らせはしないだろう。

 ──それとも、その怒りを抑えてでも……俺の出した答えに、協力してくれるか?


 視線を下げれば、絵本童話が視界に入る。これは、祖母が瑠既リュウキの婚約を祝って、その婚約者に送った物だ。

 沙稀イサキの剣を飾るとき、ルイの了承を得てここへと飾ったが──供え物のように感じる。


『約束は守るものです』

『大神の怒りは、誰も止められません』

 朗読したのは、沙稀イサキが結婚する前日だった。


『大神は悪魔の子とともに、愛の神を地へと堕としました』

 地に堕ちる覚悟は、とっくにできている。


 ──供え物……誰への?


 浅かった呼吸が、ふと深くなる。その感覚に戸惑うが、瑠既リュウキの手は剣へと伸びていた。

 しっかりと柄を握り、迷いは消える。


「『戦いの神は堕ちた愛の神を追って、地へと堕ちていったのでした』、か」


 部屋から出ると、ルイが入室を迷っていたように扉の前にいた。ふと落ちた視線の先を感じ、瑠既リュウキは口を開く。

「俺は充分生きた。……充分すぎるほど。だから、自分の家族くらいは守れないと生きている価値はない」

「それなら、私も行きます」

 強い口調の瑠既リュウキに対し、ルイの口調も負けていないほどしっかりとしている。

「私は貴男の妻です。最期まで、添い遂げさせてください」

 瑠既リュウキの覚悟はルイに伝わっていたと感じる。命を落とすかもしれないと、ルイも思っているのだろう。だからこそ、瑠既リュウキがここにいると思い、来たのか。

 普段なら瑠既リュウキは誤魔化した。

 だが、このときは素直にルイの気持ちを受け止め、うなずく。幸せだと、笑みをこぼして。


 ふたりは鴻嫗トキウ城へと歩き始める。鐙鷃トウアン城から鴻嫗トキウ城の裏口まではすぐそこ。

 塀のような木々が見えようとしたとき、

「俺も行きます」

 と、背後から幼い声がした。ふたりはピタリと止り、振り返る。

 そこには、まだ幼いレキがいた。しっかりとした目つきは、守りたい人がいると明確で。瑠既リュウキには、幼いころの沙稀イサキが重なった。

 息子なのに、と瑠既リュウキは思わず苦笑いしそうになる。年齢が近いせいだと流そうとしながらも、人生の分かれ道だった年齢は消えてくれない。


「お前まで行ったら、鐙鷃城ココは誰が守る?」

 レキの肩に右手を乗せ、少しだけ鐙鷃トウアン城へ戻る。すると、

「いいの。行って、レキ

 今度は娘の声が聞こえた。

 驚いて瑠既リュウキが顔を上げると、ツインテールの──彩綺サイキが、いや、三人の娘たちがいる。

「お父様、レキを連れていってください。私たちは鴻嫗トキウ城に万が一が起こったとき……生き恥をさらしてまで生きていたいとは、思っておりません。それが、お父様の血を継ぐ、私たちの誇りです」

 レイ凰玖オウキの肩に手を置いて、宣言するように言う。

 凰玖オウキは、姉の声に強くうなずく。まだ十歳になっていない凰玖オウキでさえも強い意志を表し、

「参ったな」

 と、瑠既リュウキレキから手を離してしゃがみ込む。


「親父は、家族を守るためなら『勝利する』しか……ないってのか」

 一言だけ言い、瑠既リュウキは子どもたちを見上げる。


「わかった。命に替えても……なんて、言わねぇよ。必ず、生きて戻る」

 瑠既リュウキの断言に、娘たちは笑顔で返す。瑠既リュウキも笑顔で返し、立ち上がる。

レキ、行くぞ」

「はい」

 レキの返事にふたりは歩き出す。

瑠既リュウキ様」

 おだやかな声はルイだ。声は疑問形にも聞こえたが、動揺で揺れたわけではない。単に、肯定してほしいだけだ。

 瑠既リュウキは声の主に顔を向ける。

ルイ姫は……俺が駄目って言っても来ちゃう人でしょ? だから……一緒に来てください。無様なところは見せない」

『たぶん』と、瑠既リュウキは付け加える。

 ルイの表情が明るいものとなり、三人はまるでどこかへ出かけるかのような楽しげな雰囲気となる。


 残された姉妹は、鴻嫗トキウ城に向かう両親と弟を和やかに見送った。そうして、姿が見えなくなったころ、ふいに表情を変えたのは長女のレイ

「お父様は、いつから剣を?」

 沈んだ姉の声に、凰玖オウキレイを見上げる。

「まさか……あのお父様に限って、剣なんか……」

「えっ!」

 震える声の凰玖オウキに、彩綺サイキは驚きの声を上げる。長姉と同じように、彩綺サイキ鴻嫗トキウ城の裏門への道を見つめる。

「きっと、信じているのよ」

 強く言う彩綺サイキの表情は、とても晴れやかだ。

「お父様の握っていた剣……叔父様の剣だもの」

 悲しみで曇っていたレイは、彩綺サイキの言葉を信じ、願う。明日も、昨日と同じような平穏を迎えられるようにと。




 鴻嫗トキウ城は妙に静かだった。淡いクリーム色の壁が刻む細やかな彫刻が、やけに不気味さを演出している。

 瑠既リュウキは歯がゆさゆえに舌打ちをし、ひとりごちる。

「二度あることは、三度あると言うけど……」

 嫌な予感ほど、外してくれない。それを、これほど悔しく思ったことはない。

 鴻嫗トキウ城が襲撃を受けたと聞いても、心のどこかでは大丈夫だと思っていた。

 その思いさえも足を踏み入れてから気づいたと、瑠既リュウキの心は乱される。


 ただ、そんな後悔の念さえ、一瞬にして打ち砕く声が聞こえてきた。

 赤ん坊の泣き声だ。


 ──颯唏サツキ

 瑠既リュウキは駆け出す。一心不乱に。


 冷静に考えるならば、理解し難い行動。これでは飛んで火に入る夏の虫だ。

 けれど、颯唏サツキの名を何度も心の中で繰り返し、無我夢中で瑠既リュウキは走っていた。


 気がつけば長い廊下に出ていた。いつの間に階段を駆け上がってきたのかも、覚えてはいない。ただ、バルコニーが見え、深層部まで来たと瑠既リュウキは現在位置を把握する。

 沙稀イサキの部屋を通過し、振り向きたい思いが湧いた。なのに、なぜか顔は正面を向いたままだった。


 そうして正面に誰かが見え、瑠既リュウキの足は自然とゆるむ。立ち止ったが、息は思ったほど上がってはいない。

 怪訝に見ていたが、見知った人物だとわかると問いかける。

「大臣、何して……」

瑠既リュウキ様こそ……遣いを出したはずですが」

「俺の生家だ。尻尾を巻けるか」

 手短に言うと、扉を開けろと視線で訴える。だが、扉を背でより庇った。

「今は開けられるような状態ではありません」

 大臣が背で塞いでいるのは、颯唏サツキのいるであろう部屋。赤ん坊の声は部屋の中から聞こえている。

 奇襲されたと気づき、避難させるにも体調の優れない恭良ユキヅキを歩かせるのは限界だったのだろう。だからと言って、恭良ユキヅキから颯唏サツキを取り上げることもできなかった。

 実に、恭良ユキヅキに甘い大臣らしい行動だと納得する。


 だが、この状況下で赤子の泣き声は非常にまずい。侵入者の耳に入れば、目的地を案内するようなものだ。

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