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【19】出発(2)

 大きな声に反射的に振り返った青年は、指をさされているにも関わらず、会釈をした。船に乗る前に会ったと気づいたようだ。

「先ほどはどうも」

 にこやかな笑顔を見せる。

「さっき、って?」

 瑠既リュウキはいつの間にか倭穏ワシズの後ろにいた。倭穏ワシズは左後ろに顔を向ける。

「さっき、瑠既リュウキを捜してるときに会ってね。正午便はまだ出てないかって、この子に聞かれたのよ」

「この子?」

 いぶかしげに言った瑠既リュウキをよそに、倭穏ワシズは会話を楽しみたくて仕方ないようだ。

「ね~、名前、聞いてもいい? 私は倭穏ワシズっていうのよん」

 子どもをあやすような口調だが、青年は『瑠既リュウキ』という名を聞いたことがあると思っていた。そのせいで少しの間があいた返事になる。

「あ、僕は忒畝トクセと言います」

「じゃ、『トクちゃん』ね。ね、どこに行くの?」

「えと、鴻嫗トキウ城まで」

「やっだ~、トクちゃんってば、お偉いさんみたぁい」

 あははと大袈裟に笑う倭穏ワシズに、忒畝トクセも笑って返す。

「別にそんなことないよ」

 尋問のように立て続けに聞かれているにも関わらず、忒畝トクセはなごやかだ。しかも、勝手に付けられた愛称にも、気にするそぶりを見せない。

 ふたりの会話に冷や汗をかいたのは、瑠既リュウキだ。肝を冷やすとは、まさにこのこと。

「ちょい、倭穏ワシズ

「ん?」

 会話を止めた瑠既リュウキを、倭穏ワシズはふしぎそうに見る。手招きする瑠既リュウキに近寄った倭穏ワシズは、

「ほら、『忒畝トクセ』なんて言ったら、あの研究所の……な、大概にしておけ」

 と、ヒソヒソ話をされた。

「ん? ……あ!」

 瑠既リュウキの言葉に倭穏ワシズは何かを思い出したようだ。瑠既リュウキの言いたいことが伝わったのか、再び忒畝トクセの方に向くと、

「そぉ~だ、トクちゃん、『忒畝トクセ』なんて珍しい名前、克主ナリス研究所の君主と同じじゃん! 私ってば、他にはいないと思ってた。珍しい名前だよね~」

 と、また、あははと笑う。

 その光景に、瑠既リュウキはまったく笑えない。残念ながら瑠既リュウキの意図は、倭穏ワシズに伝わっていなかった。瑠既リュウキの様子はさておき、言われた方はというと、

「そうだね。僕も同じ名前の人に会ったことはないかな」

 と、相変わらず笑顔だ。

 ふと、倭穏ワシズは固まる。どうやら、会話が噛み合わなかったと気づいたらしい。そして、今更気づく。

「え?」

 倭穏ワシズのマヌケな声を、風がバルコニー中に広げる。

「え?」

 相手の反応を見た忒畝トクセは、ふしぎそうな表情を浮かべている。

 波の音が響き、風がふたりの声を流していっても、先ほどまで盛り上がるように会話していたふたりは、微動だにしない。

 瑠既リュウキは飽きれ果てて言葉を挟む。

「俺の連れが失礼をいたしまして、申し訳ない」

 かしこまって謝り、倭穏ワシズの肩を軽く叩く。

「な、大概にしとけっつたろ?」

 その表情は引きつっている。

 倭穏ワシズは一度、瑠既リュウキを見、すぐに視線を忒畝トクセに戻すと、

「あ~?」

 と、声にならない声を出した。

 倭穏ワシズの目の前にいる小柄な青年は現在、世界二位の地位を誇り、楓珠フウジュ大陸を治めている克主ナリス研究所四十七代目君主の忒畝トクセで間違いなかった。

 今日は時間を確認するまもなく、仕度だけをして飛び出してきた。よって、緋倉ヒソウに着いてから時間を確認する余裕がなかった──だけで、倭穏ワシズにとんだ勘違いをされてしまった。


 数分間、倭穏ワシズは言葉にならない言葉を瑠既リュウキに言っていた。忒畝トクセには理解不能だったが、瑠既リュウキにはきちんと伝わるようで、

「何でわかったかって? そりゃ、同じ大陸なんだし……」

 や、

「許してもらえるのかって? 大丈夫だろ。俺らと違って、心の広~い方なんだろうから」

 など、会話が成立している。そうしているうちに、倭穏ワシズの混乱はおさまったのか、

「で、瑠既リュウキはどこに行くの?」

 と、何事もなかったかのように言葉が出てしまった。話の流れで出た言葉に、倭穏ワシズはハッとしたが、瑠既リュウキは怒らなかった。

 忒畝トクセを見、

「この方と一緒」

 と、答える。

「は?」

 あまりにも意外な答えに、倭穏ワシズは再びマヌケな声を出す。それに苦笑いをしたのは、忒畝トクセだ。

「あの……普通にしてくれるかな? その方が僕も気が楽だから」

 瑠既リュウキは一瞬、首を傾げたが、

「そぉですか? じゃ、お言葉に甘えて」

 と言い、忒畝トクセのとなりへと移動する。そして、右肘を甲板につき、

忒畝トクセと一緒」

 と、倭穏ワシズに答えた。

 忒畝トクセは呼び捨てにされたにも関わらず、気にしていない。先ほど気にかかった『瑠既リュウキ』という名を頭の片隅で探している。

 かえって、瑠既リュウキ忒畝トクセの反応に違和感を覚えた。

 ──何かを、確信された?

 忒畝トクセに確信されるようなことは、今まで面識がないのだから、ひとつしかない。出生に関することだと断言できる。瑠既リュウキの持つクロッカスの色彩の意味を、克主ナリス研究所の君主が知らないわけがない。

 微妙な空気がふたりを囲う。

 しかし、そんな微妙な空気を倭穏ワシズが読めるはずもなく、

「えと……鴻嫗トキウ城で、間違いない……の?」

 と、理解に苦しみながら再確認をする。

「そ」

 左手で倭穏ワシズを指さし、正解だと円を描く。

「だ~い正解」

 瑠既リュウキは拍手までし始める。こんなにふざけても、倭穏ワシズの混乱は膨らむ一方だ。

「ええ? だって、世界一偉いトコでしょ? 何しに? 何、なぁ~に?」

 世界で何かが起き始めたとパニックになるほど、大混乱し始めた倭穏ワシズ

「まぁ……付いてきちまったしな。着きゃあ、わかるよ」

 だから聞かれたくなかったんだよ、という思いと、説明が面倒そうだ、という思いが瑠既リュウキの中で交錯する。浮かんだのは、苦笑い。

 その苦笑いは忒畝トクセに見られ、忒畝トクセは何かを思い出したような顔をした。

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