表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
335/409

【30】居場所(1)

 決意を胸に大臣の部屋に入った颯唏サツキは、職務に手を付ける前に『話したいことがある』と告げ、ポツポツと話し始めた。

 一通り黙って聞いた大臣は、なるほどと言うように口を開く。

「そうですか、レキ様が……そうお考えになっていらしたとは……」

レキニイには負けた」

 沈んだ声を出す颯唏サツキに、大臣は軽やかに笑う。

颯唏サツキ様がそんなことを言うなんて、珍しいですね」

 一瞬瞳を大きく開けた颯唏サツキは、

レキニイには負けたことしかないよ」

 と、すぐに瞳を細めた。

「寂しいですか?」

「そうだね」

 颯唏サツキは静かに同意する。

 感慨深く言う姿に、大臣も感傷的になる。大臣自身も、慣れた人物と離れる寂しさを知っているからだ。

 しかし、颯唏サツキの寂しさはそれだけではないようにも思え、大臣は肩に手を置く。

 何でも話してきた間柄だ。

 颯唏サツキには大臣が励まそうとしてくれていると伝わった。

「始めるからさ……無理しないで。ゆっくり休んでね」

 置かれた肩の手に、手を重ねる。

「ありがとうございます」

 サラリと手をどけ、職務へと大臣も戻る。


 これから瑠既リュウキも顔を出す。一線を引いたまま職務をするのだと、颯唏サツキも大臣も心得ている。




 そうして新しい年を迎えたすぐのこと。颯唏サツキはホールで、ある人物を見かけ足を止める。

 漆黒の艶やかな髪。美しい顔立ちも耳も、隠すような長さは、ずっと変わらない。

 目的にしていた長身の人物を目に、息を呑む。

 大臣に許可は取ってある。

 颯唏サツキは決心を揺るがせないように、グッと拳を握った。美しい姿を見上げながら近寄り、口を開く。

羅凍ラトウ

 颯唏サツキの声に羅凍ラトウは驚き、振り向いた。

「付き合ってほしいところがある」

「はい」

 新しい年は城内で過ごすことが通例だった。どこへ行くのだろうと思いながら、羅凍ラトウは了承しただろう。

 一方の颯唏サツキは、羅凍ラトウの返事を確認して満足そうに笑む。クルリと体の向きを変え、正面口へと歩いていく。


 颯唏サツキのあとに付いていった羅凍ラトウは、突き進んでいく背中を見つめていた。

 ふと、視線を右前方に向ける。

 ──今日は馬車がない……と、いうことは、再建中の涼舞リャクブ城に行くのではないのか。

 羅凍ラトウの考えが正しいと物語るように、颯唏サツキは城外へ出、門をくぐったあと、涼舞リャクブ城とは逆の左側へと歩いていく。

 この方向は絢朱シンジュかと、羅凍ラトウは昔の記憶を掘り起こす。

克主ナリス研究所にでも、行くのですか?」

 楽しげに駆けていった颯唏サツキ羅凍ラトウは追いつき問うが、

「秘密~」

 と、軽い返事を颯唏サツキはした。

 ──いい加減だな。

 羅凍ラトウは外出を楽しむようにひとり笑う。昔は自身も軽快に外出を楽しんでいたと、懐かしむように歩く。


 着いた先は案の定、絢朱シンジュだった。

 羅暁ラトキ城の城下町ほどの賑やかさはないが、久しぶりの港街に羅凍ラトウの心は弾む。

 時刻は昼よりも前。まもなく、楓珠フウジュ大陸行きの船は出航時刻を迎えるころだ。

 ──克主ナリス研究所に行くのも久しぶりだ。

 先日、颯唏サツキのいとこ、凰玖オウキ克主ナリス研究所に行くと羅凍ラトウの耳にも入ってきたばかり。

 颯唏サツキが行くとしても不自然ではない。

 羅凍ラトウ克主ナリス研究所に行くと疑うことなく、颯唏サツキの渡航手続きを見守る。


 渡航手続きを終えた颯唏サツキは、羅凍ラトウに笑みを投げる。それを合図と羅凍ラトウは受け取り、再び歩き出す。


 だが、渡された渡航書の行先を確認して、羅凍ラトウは足を止めた。颯唏サツキが予想していたかのように振り向く。

 ふたりの視線は合い、羅凍ラトウの表情は渋く変化していく。

「乗れません」

「乗れ」

 船を見ようともしない羅凍ラトウに対し、颯唏サツキはまっすぐに言う。


 サァッと漆黒の短い髪が揺れた。


 これまで鴻嫗トキウ城にいたのは、羅凍ラトウ自身の意思だ。だが、颯唏サツキは、羅凍ラトウにも変わるべき時がきたと思っている。


 ──あの短髪は、本当は……。俺が戻せる、再生できる『家族』は……。

 颯唏サツキは思いを揺るがせないように強くはっきりと告げる。

「俺の……最後の命令だ」

 風が強く吹いた。

 颯唏サツキの長いクロッカスの髪は風に乗り、羅凍ラトウの黒いマントは風に激しく叩かれた。




 ――同時刻。


 鐙鷃トウアン城には来客が来ていた。来客は三人。両親と息子のようだ。

「お義父様の騎廼キノ様まで」

 鐙鷃トウアン城の二女、彩綺サイキは頬を赤く染めながら三人を出迎える。

 幼少期から変わらず、クロッカスの長いツインテールだ。黄色のドレスを着る姿は、明るい性格が表れている。

 騎廼キノと呼ばれた男性は彩綺サイキの父、瑠既リュウキと同年代。後ろで束ねた黄枯茶色の短めの髪と、かしこまる雰囲気が上品だ。

 彩綺サイキ騎廼キノと歩いている。これでは、息子と義父とどちらが婚約者なのかと首を傾げたくなる。

 けれど、息子も温和な性格なのだろう。そんな光景を、婚約者である騎廼キノの息子と妻は、微笑ましく眺め歩を進めていた。


 彩綺サイキの正面に瑠既リュウキルイの姿が見えてくると、

「お初にお目にかかります」

 と、騎廼キノが足早に近づき深く頭を下げる。

 続けて騎廼キノの息子と妻も頭を下げたが、

「勘弁してください」

 と、瑠既リュウキは苦笑いをした。すぐ頭を上げてほしいと告げる。


 地位は来客の出身、欣羅キンラ城の方が鐙鷃トウアン城よりも上。しかし、瑠既リュウキは最高位の鴻嫗トキウ城の出身だ。いつまで経っても、出身を考慮して誰もが瑠既リュウキに対応する。

 貴族としては当然の対応であろうと、瑠既リュウキには違和感しかない。鐙鷃トウアン城の人間になったと自覚している分、厄介だと辟易している。


 瑠既リュウキの言葉に騎廼キノがクスリと笑う。騎廼キノに追いついた妻が、

「失礼ですよ」

 と一言。そんな厳しい妻の声にも、騎廼キノは笑ったままだ。

 夫婦の様子に、ルイが微笑む。

 彩綺サイキは両親のいる後方の扉を開け、騎廼キノたちを率先してエスコートしていく。

 祝福を示す絵画が飾られた場には、年始で帰省していたレイを始めとした姉弟たちがおり、立ち上がって一礼をする。

 騎廼キノたちは、また深々と一礼し、歓迎に感謝を表す。

「座ってください」

 うれしそうに言う彩綺サイキを、瑠既リュウキは微笑ましく見守る。


 二家族は着席し、和やかに会食を始めた。




 会食は終始笑顔が絶えなかった。

 騎廼キノたちは飾ることなく接してくれ、気さくな印象を瑠既リュウキは受けた。

 彩綺サイキ鐙鷃トウアン城を継ぐ。

 結婚後は鐙鷃トウアン城で暮らすようになる婚約者に対し、『いいのか』と瑠既リュウキは問う。

 すると、

欣羅キンラ城は、兄が継いでいます。ご安心ください」

 と婚約者は答え、彩綺サイキと微笑み合う。

 そんなおだやかな娘の姿は、瑠既リュウキにとっては意外だったが、幸せになると思えば一安心だ。


 長女のレイが嫁いでいき、レキへの求婚がきて、彩綺サイキはいつの間にか心に決めた人がいた。

 それぞれがそれぞれに、個の道を歩いている。

 親として、子どもたちが手を離れパートナーを見つけ幸せになっていくのは、この上なくうれしい。

 うれしいが、ふしぎだという感覚に囚われる。


 瑠既リュウキアヤにいたままであれば、沙稀イサキと再会していなければ、倭穏ワシズと結婚していたならば、この目の前の光景はなかったのだ。


 会食を終え、彩綺サイキも婚約者も『ありがとうございます』と両親たちに一礼をする。

『幸せになれ』と言うのが、瑠既リュウキの精一杯だった。レイたち姉弟は、満面の笑みだ。皆、自身の幸せかのように、彩綺サイキの新たな一歩を喜んでいる。

 姉弟たちで喜びを分かち合ったあと、彩綺サイキはいそいそと騎廼キノたちを客間へと案内していき、解散となった。


 瑠既リュウキルイと自室へと向かう。

 ベッドに座り、キッチリとした首元をゆるめる。

「まだ凰玖オウキが婚約も決まってない……のが意外だ」

「ふふ……私に似て、のんびり屋ですから凰玖オウキは」

 ルイの言葉を聞き、瑠既リュウキは違和感が解消される。


 幼少期の彩綺サイキは、どこか大人びているような印象があった。クールな印象もあり、沙稀イサキと似た雰囲気だと思っていた。

 だが、沙稀イサキも婚約後、恭良ユキヅキの前では顔の筋肉がゆるんでいたと思い出す。

「なるほど?」

 瑠既リュウキの自己完結が言語化し、今度はルイが口を開く。


瑠既リュウキ様……いいのですよ?」


 ルイはなぜか悲しげな表情を浮かべている。

 何のことかと、瑠既リュウキに疑問符が浮かぶ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ