表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
320/409

【23】色(1)

 稀霤キリュウは客間に案内をされ、ひとりの時間を持ち緊張感が切れた。泥のように眠り新たな日を迎えたが、何やら騒々しい。


 使いの者が留妃リュウキが呼んでいると声をかけてきた。

 稀霤キリュウが使いの者に付いていくと、昨日、留妃リュウキと謁見した王の間に案内された。

 入室すれば、留妃リュウキが棺の中をのぞいて立ち尽くしている。稀霤キリュウの気配に気づいたのか、顔を上げた留妃リュウキは悲しげに微笑んだ。

 案の定、伯父が息絶えているのだろう。


 留妃リュウキの近くまで着けば『発見したのは、城内の剣士だったのよ』と、涙とともにポツリと落ちる。

 棺に入った伯父を見て静かに涙を落とす留妃リュウキからすれば、晴天の霹靂。けれど、予期していた稀霤キリュウに驚きはない。

 どうりで騒がしかったわけだと納得する。


 だが、一方で心がざわついてくる。

 見ている方が痛々しいのだ。


 棺を目の前にする留妃リュウキの姿が、数日前の己の姿と重なる。

 兄は鴻嫗城ココに来てからS級を取得し、鴻嫗トキウ城の剣士たちを統括していた。

『若造が』と言いたくとも、誰も背けなかったのだろう。日頃温厚な分、剣を握った兄は別人のようだった。

 兄の死後、稀霤キリュウが対面したのは何日後だったのか。稀霤キリュウは正確な日付を知らない。

 兄が死去してから、伯父が剣士たちを統括していたと判断するのが妥当だろうか。兄の来る前に戻っただけだが、現状は不在になってしまった。


 稀霤キリュウは遺体となった伯父を見入る。

 この人の最期が、自害になると昨日までは思わなかった。


 しかし、困った状況になった。

 まさか命が残り、しかも留妃リュウキ鴻嫗城ココにいるようにと声をかけてもらえるとは思っていなかった。命が残ったと判断したときは、夜には放浪していると思い込んでいた。

 伯父の遺体を目にしなければ、こんな困惑は抱かなかっただろう。知らないと、済んだ話だ。

 けれど、こんな留妃リュウキをとなりにしては、稀霤キリュウまで投げ出せなくなる。昨日の時点で伯父を引き止めておけばよかったと後悔しても、後の祭りだ。


『私のせいで』


 留妃リュウキは言葉にこそしなかったが、そう思っていると稀霤キリュウにはヒシヒシと伝わってきた。

 非常に困った。

『それでは、さようなら』と放り出せない。


「この人の自害を、公表するわけにはいきません。密葬させていただきます」

 拠り所を失ったように感じていたが、留妃リュウキは気丈だ。稀霤キリュウのことを、まったくあてにしていない。

「すみません」

 留妃リュウキが呟く。──と、堰を切ったように留妃リュウキは号泣する。


 彼女は、何かを成すためには大きな犠牲を払わなければいけないと知っていたのだろう。後悔のない、自責だ。

 だからこそ、稀霤キリュウは言ってしまったのかもしれない。

「私が、鴻嫗城ココにいます」

 留妃リュウキが涙を落としながら稀霤キリュウを見上げる。

「貴女が……『鴻嫗城ココにいなさい』と、私に言ったのです」

 少なくとも稀霤キリュウは、留妃リュウキの一貫とした行動に誠意を感じていた。保守的な貴族とは異なるような、自由を求める姿に惹かれていた。

 同志になりたいと、思わされていた。


 留妃リュウキは驚いたかのようにきょとんとし、稀霤キリュウを見上げる。そうして、申し訳なさそうに伯父を見、

「そうね」

 と、留妃リュウキは悲しげに微笑んだ。




 伯父の密葬が執り行われる。内密で行うのは、通常よりも手がかかる。

 詳細は、また後日ということになった。


 念のため、稀霤キリュウは剣士の志願をしておいた。失うはずだった命だ。遠征に出て命尽きても思い残すこともなければ、命も惜しくない。


 王の間を出てから、稀霤キリュウは『あ』と立ち止まる。部屋を用意してほしいと言うのを忘れてしまった。

 声にならない声とともに、ため息はもれる。


 昨日与えられたのは、就寝用の簡易的な部屋だった。──戻る場所を失ってしまった。

 身を置く場所と思考を凝らし、浮かんだ行き場はひとつ。紗如サユキが静養している部屋しかない。


 ──そういえば、気にかけてくれた礼を言っていない。

 鴻嫗トキウ城にいることになったのなら、留妃リュウキの大切にする娘とも、ある程度良好な関係を築いておかなくてはならない。

 二度と会わないでいられると思ったのにと不服を言っている場合ではないと、仕方なく稀霤キリュウは知っている道を辿る。




 目的地に着き、稀霤キリュウはためらう。紗如サユキは姫だ。あんなに自由奔放で、人を振り回すが、鴻嫗トキウ城の姫だ。使用人のひとりくらいは付き添っているだろう。

 一昨日が異例だっただけだ。


 だが、ここにきて思い悩んでもどうにもならないと開き直る。

 使用人に会ったら、礼を伝えに来たと言えばいい。そうだ、紗如サユキに一先ず今日を凌げる部屋を用意してもらえばいいのだ、と。


 稀霤キリュウは名案だと言わんばかりにひとりで納得し、紳士的なノックをする。すると、『どうぞ』と、警戒心のない紗如サユキの声が返ってきた。

 誰が来ても警戒する必要がないくらい使用人がいるのか──と、扉を開け入室した稀霤キリュウはすぐさま後悔をする。

「どうして、こう……何日も使用人がいないのですか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ