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【18】真実を開ける者(3)

「仲がいいですね」

 琉倚ルイは立ち止り、視線が下がる。

 颯唏サツキは振り返ると笑った。

「何? 大臣、妬いてるの?」

 大臣は答えない。無表情の大臣に、颯唏サツキの声のトーンが下がる。

「そんなわけないって、言えばいいのに」

颯唏サツキ様には、敵いません」

 大臣は琉倚ルイへと歩く。

 フッと、颯唏サツキが笑う。

「そんなこと、ないよ」

 颯唏サツキ琉倚ルイの手を離し、守るかのように一歩前へ出る。

「ちょうどいい。話したいことがあったんだ、大臣と」

 不敵な笑みを浮かべた颯唏サツキに対し、大臣には不安が浮かぶ。

 颯唏サツキはクルリと琉倚ルイに向き直し、耳元で『先に部屋で待っていて』と囁いた。屈んだ上半身を起こし、にこりと笑う。

 琉倚ルイはうなずき、走り出す。


 颯唏サツキ琉倚ルイの背中がちいさくなるまで見送り、背後の大臣を見上げる。

「俺たちが話すには……相応しい場所がある。そこで話そう」

 颯唏サツキが示す場所。──そこは紗如サユキ唏劉キリュウの絵画が飾られている部屋だと、大臣には伝わっていた。




 足取りが重い大臣とは真逆に、颯唏サツキは軽快だ。

 カチャリと鍵を開け、進んでいく颯唏サツキのちいさな背を、大臣はどっしりとした足取りで付いていく。細く長い道のりを死刑台のように感じつつも、行くしかない。

 先を歩く颯唏サツキも、眼差しは真剣そのものだ。この先の幕開けの指揮は、颯唏サツキがとるのだから。


 隠し扉を開け、三方向からの光を目にする。ここが舞台だと言わんばかりに、颯唏サツキも大臣も、心して足を踏み入れる。


 珍しく颯唏サツキが絵画を見上げた。

 大臣は三歩下がった位置で足を止め、待つ。


 何分が過ぎただろう。いや、長く感じただけで、数秒だったのかもしれない。ようやく颯唏サツキが口を開いた。


「どうして、俺と母上のことは容認したの? 知らないふりをしていれば、俺も大臣が気づいていないと……安心するとでも思っていた?」

 無邪気のような、責め立てるような颯唏サツキの声が響く。

 大臣に背を向けたままの颯唏サツキは、自身の行動を嫌悪している様子だ。

「それと」

 絞り出す声は、悔しさのようにも怒りのようにも感じられるほどピリピリとして、大臣には痛い。


 颯唏サツキが、大臣へと向き合う。


「自分の子どもたちを認めて、それから……どう見ていたの?」

 颯唏サツキの瞳は大臣を捕らえ、容易には逃さないと伝えてくる。その背後にある紗如サユキの姿に、大臣は一瞬だけ瞳を奪われる。けれど、すぐに正気に戻り、再び颯唏サツキと向き合う。

「何のことです?」

 大臣は無表情のままに言ったが、鼓動は正直だ。ドクドクと鼓膜まで震えている。


 颯唏サツキの鼓動もうるさいことだろう。だが、動揺する仕草はない。

 動く唇がスローモーションのように映った大臣は、どれほど動揺していたのか。


「父上と母上のことだよ」

 容赦ない言葉を突きつけられ、大臣は強張る。

 尚も颯唏サツキの声は続く。

「父上の父親が『唏劉キリュウ剣士』だなんて、嘘だ」

 颯唏サツキの言葉に逃れられなくなる。紛れもなく、大臣が告げていた嘘だったから。


唏劉キリュウ剣士が亡くなった日が曖昧になっていたのも、()()()()の誕生日だと計算が合わなくなるから隠蔽されたんだ。『世良イヅキ』は、仮名……そうだろうな。母上の父親とされた人物の名だった。……そうですよね? 『稀霤キリュウ』様」

 嘘と偽りと真実が交ざり、大臣は冷静になった。颯唏サツキが事実を知っているわけではないと。

 颯唏サツキの憶測を大臣は問う。

「どういうことです?」

涼舞リャクブ城は由緒正しき鴻嫗トキウ城に長男を仕えさせることで、長年、鴻嫗トキウ城に忠誠を立ててきた。じゃあ? 長男を失う涼舞リャクブ城は、誰が継承権を持っていたのか。……考えるまでもない。二男だ」

 颯唏サツキは感情を捨てたかのように、淡々と話す。

鴻嫗トキウ城に身をもって忠誠を立てる長男を、涼舞リャクブ城は祭り上げていたんだ。長男の姿を誇りに思うことを、次の世にも継ぐようにと……二男に、長男と同じ音の名前を付けて。涼舞リャクブ城の最後の長男の名が『唏劉キリュウ』、『唏劉キリュウ剣士』だった。二男は『稀霤キリュウ』……大臣の、捨てた名でしょう?」

 颯唏サツキの瞳は、微かに潤んでいる。

「大臣が、涼舞リャクブ城の二男だったんでしょう?」

 ここまで言われたら、大臣は観念するしかないと諦める。今はもう、恭良ユキヅキ沙稀イサキも、この世にはいない。

「先ほど、おっしゃっていたことには事実と異なる点もありますが……それはご名答です。よく、お調べになりましたね」

 颯唏サツキがどこまで正確に把握しているかは、大臣にはもうどうでもいい。ただし、自分の犯した罪、重ねた罪を露呈されている。何を要求されても、大臣に拒否権はない。命を差し出したところで、足りないだろう。

「それは、脅しですか?」

 大臣の声が震える。

 颯唏サツキは息を呑み、はっきりと答えた。

「違う」

 スッと、颯唏サツキは背を向ける。颯唏サツキの背が震えている。涙をこらえているのか、大臣に見られたくないのか。

 うつむいた颯唏サツキが、紗如サユキ唏劉キリュウの描かれた絵画を見上げる。


「もう……罪を消化してってこと」

 少なくとも鴻嫗コノ城にはいられないと大臣は感じていて、颯唏サツキの言葉に疑問を抱く。視線は、自ずと絵画へと向く。

「大臣は自ら十字架を科したのかもしれない。だけど、俺は……生まれながらに……。それを責めるわけじゃない。だけど、知ってしまった以上は……」

「その罪も、私の罪にすぎません」

「違う! 俺の罪は俺にしか背負えないし、消していけない!」

 颯唏サツキは体中で叫んだ。

「それは、大臣……大臣の罪も同じだ」

 颯唏サツキが振り向く。ボロボロとこぼれた涙が、次々に頬から落ちていく。堰を切ったかのような涙を、颯唏サツキは雑に拭う。

涼舞リャクブ城の再建は、手伝ってもらう」

 悔しさの滲むような視線。

 大臣に言える返答は、ひとつしかない。それを言えば、何についての返答か──理解していても、否とは言えない。

「はい」

 この返答は、琉倚ルイ颯唏サツキの婚約を認めるものだ。大臣が回避したかったこと。認めてしまえば、すべての罪を颯唏サツキに被せてしまう気がしていたから。

 だが、そうではないと、颯唏サツキが先ほど否定した。だから、大臣にはもう止めることができない。

 大臣は立ち尽くす。いくら颯唏サツキが己の罪だと言ったところで、枷を付けた責任は変わらない。いつになく大臣の頭がまったく働かないでいると、颯唏サツキが呟いた。


「目の前で生家が堕ちるのは辛かったことだろう。きっと、俺よりも再建したいと願っていたのは……稀霤アナタだったはずだ」

颯唏サツキ様、貴男は……」

 疑惑を持ち、大臣は視線を上げる。──そこにいるのは紛れもなくクロッカスの色彩を持った『颯唏サツキ』。大臣は、また混濁を起こしたと我に返る。

「互いに、今の話は口外しない」

 颯唏サツキの涙はいつの間にか乾いており、無邪気に指を口元で一本立てている。

「ね?」

 子どもらしい表情。それは、声までも。

「わかりました」

 底知れぬ不安を抱えながら、颯唏サツキは戦っていると大臣には思えた。重ねてしまった罪と罰のもたらした結果だ。

 大臣は、颯唏サツキの進む道を支えていこうと決意する。


 上機嫌になった颯唏サツキと、神妙な心持ちになった大臣は絵画の飾られた部屋を退室する。

 部屋を出たあとの颯唏サツキは、以前に戻ったようだった。楽しそうに笑い、

「じゃあ、結婚式を楽しみにしてるからね」

 と、大臣に言った。

 颯唏サツキには、まだ年齢が足らないという自覚がなさそうだ。

 まだ幼いはずの背中は、妙に頼もしい。長いクロッカスの髪は、踊りそうなほど跳ねて賑やかに動いた。




 大臣と別れた颯唏サツキは、肩の荷が下りたかのような解放感であふれていた。懇願していた琉倚ルイとの結婚を、大臣がようやく認めたのだ。

 ようやく終わりが見えてきたかのように、道が開けた気分だ。すごく清々しい。

 犠牲になった涼舞リャクブ城を再建するだけでは懺悔にはならない。琉倚ルイ涼舞リャクブ城で生き生きと過ごすことこそが、颯唏サツキにとっては償いなのだ。だから、颯唏サツキは人生を捧げようと誓った。


 自室の部屋を開けるなり、颯唏サツキは大人しく椅子に座る琉倚ルイに飛びつく。

「さ、颯唏サツキくん?」

 動揺する琉倚ルイに対し、

「うれしいんです」

 と、颯唏サツキは言う。そう言い、喜びつつも、颯唏サツキには大臣にも卑怯な手段を使ったという自覚がある。けれど、目的のためなら手段は選ばないと何度も認識し、この道を進んできた。だから、後悔はない。


 作業を再開しようと琉倚ルイは待っていたと知りつつ、結局、颯唏サツキは図面を出さなかった。

 夕食に誘い、そのまま琉倚ルイを引き止める。更には、寝室へと招く。


 入室を戸惑う琉倚ルイに、颯唏サツキは両手を広げて微笑む。

「大丈夫です。俺、痛くしない自信はありますよ」

 爽やかな口調だったが、言葉とあまりにも不釣り合いで──琉倚ルイは赤面する。

 すっかり身を石にしまった琉倚ルイ颯唏サツキは迎え歩き出す。琉倚ルイは目を丸くして颯唏サツキを凝視している。

 目の前で照れ笑いを颯唏サツキがし、つられて琉倚ルイも笑ってしまった。


「よかったです。笑ってくれて」

 颯唏サツキは幸せそうに微笑み、唇を重ねた。

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