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【17】真実を閉ざした者(2)

「お前にはわからないんだよ~! とか何とか、責めてもいいよ?」

 レキは笑い、

「言ったな?」

 と、颯唏サツキの背後から首元に腕を回す。

「ありがとう、颯唏サツキ

 やわらかいレキの声に『フン』と颯唏サツキは冷たく返した。




 一ヶ月が過ぎていった。

 颯唏サツキは朝を迎える度にため息をつく。部屋を見渡し、高級な家具を目に焼き付けるように見、やわらく軽い布団に頬を埋める。

 無性に辛い。

 琉倚ルイはあれから一度たりとも来ていない。颯唏サツキの心配をしたのかもしれないが、もう来させないために言っただけだったのだろう。

 体よく断られたのだ。


 琉倚ルイ鴻嫗トキウ城へ来ると言って、颯唏サツキが来ることを拒んだ。──それが、事実として颯唏サツキに重くのしかかる。


 涙があふれて笑えなくなる。こんなはずではなかった。こんなに好きになっていたなんて、計算外だ。


 止まれないと走ってきたのに、道がなくなってしまった。でも、路頭に迷ってしまった悲しさではない。なのに、次の策を練らなくてはと考えられるほど、冷静でもいられない。

 こんな状態を笑ってしまいたいのに、笑えず、颯唏サツキはボロボロと涙を落とす。今日もまた、食事は喉を通らないのだろう。


 しばらくして落としていた涙が止まり、颯唏サツキはフラフラと洗面台へと向かう。顔を洗い、鏡を見て悪態をつく気力さえもわかない。


 ──このままではいけない。

 止まってはいけないと言い聞かす。

 道がなくなったのなら、作らなくてはならない。

「前を向け」

 後退は許さないと鏡を見つめて自身を戒める。何もしなければ、奈落に落ちていくだけだ。




 颯唏サツキが無理に食べるようになって数日、久しく話さなかった大臣から声がかかる。

 まだ、颯唏サツキは打開策を考えられていない。呆然とする頭を何とかしなくてはと食べ始めたものの、それだけだ。

 それこそ──婚約話でもされたら、どうでもいいと二つ返事で了承してしまうかもしれない。どう対抗しようかと思案しつつ颯唏サツキは大臣の部屋に付いていったが、思いがけない言葉を聞く。

「明日、琉倚ルイが来ると言っています」

 ドキリと鼓動が大きく跳ねた。

「本当に?」

 大臣が困惑する表情を浮かべた。それほどまでに颯唏サツキは、嬉々とした表情をしていたと自覚する。

 冷静に『わかった』と言えたらよかったのにと自戒する。感情が駄々洩れだ。

「どっちの姿で来てくださるんだろう……」

 けれど、抑えることが難しい。

 それは大臣も同じようで、渋々と答える。

「相応しい姿で来なさいと申し付けてあります」

「大臣から連絡したの?」

「まさか。……琉倚ルイから連絡がきたのです」

 大臣の嫌がる理由を颯唏サツキは理解している。琉倚ルイは、大臣にとって特別な存在なのだ。

「傷付けないよ、琉倚ルイ姫のこと……俺……」

「話は以上です。あとは、琉倚ルイと話していただければ結構です。大丈夫ですよ、琉倚ルイも利用されるくらいの認識と覚悟はあるはずです」

 颯唏サツキは大臣を見上げるが、大臣は颯唏サツキを見ようとしない。颯唏サツキは退室する。

 わかってはいた。大臣が、颯唏サツキが出ていくようにと仕向けたと。




 一日が終わり、ベッドに入っても颯唏サツキは眠れなかった。半信半疑だ。

 琉倚ルイは『相応しい姿で来る』と言っていたが、琉倚ルイにとってはどっちが相応しい姿なのだろう。そう考えるだけで浮き立つような気持ちになってしまう。いや、会えると思うだけでもうれしい。


 眠れず長い夜のはずなのに、時間は走り去るように去っていき、朝がやってきた。颯唏サツキは外が明るくなり始めるころにはベッドから出て、気合を入れて身支度を整える。琉倚ルイに会うと思えば、髪の毛一本にも余念がない。

 朝食をとり、レキに電話を一本入れる。『今日は急用があるから稽古はできない』と伝えれば、レキは詮索せずに了承してくれた。


 何時に来るとは聞いていないが、颯唏サツキが勝手に正面口で待っていると、約束通り琉倚ルイは来た。

 馬車から降りてきた琉倚ルイは、初対面の時と同様にフリルの多いドレスを着、髪はサイドの一部だけを留めている。ウェーブの強くかかる髪は、フワフワと軽そうで──颯唏サツキは夢でも見ているかのような錯覚に落ちそうになる。

 剣士ではなく、姫としての姿で来てくれたと、喜びもひとしおだ。

「ようこそお越しくださいました」

 駆け寄る颯唏サツキに、琉倚ルイは初対面のときのように警戒した様子を見せた。だが、それでもいいと颯唏サツキは満足だ。こうして、本当に琉倚ルイが来てくれたのだから。

「話していた物をお見せしたいのですが……俺の部屋では嫌ですか? あの、ただ、あまり持ち出したくないもので……鍵を閉めるのに抵抗があるなら開けておきますし、何なら! ドアだって……」

 琉倚ルイがクスクスと笑い、颯唏サツキの言葉が消える。

「大丈夫です。ちょっとは……颯唏サツキくんを信用して来たので、颯唏サツキくんの部屋でも。ドアも閉めてくれていいですし、それだけ大事な物を見て話すのであれば、鍵を締めてもらって大丈夫です」

『たぶん、力量では勝ちますよ』と琉倚ルイは続けた。

「そう……ですよね。いや、でも少しは信用していただいていて、うれしいです」

 颯唏サツキ琉倚ルイに手を差し伸べるが、琉倚ルイは首を横に振った。


 かくして颯唏サツキは、琉倚ルイを自室へと招き入れる。これから本題に入るというのに、琉倚ルイが自室にいると思うだけで緊張し、動作が固くなる。

 けれど、舞い上がりそうにもなり、口角が自然と上がってしまう。自室のソファに琉倚ルイが座って颯唏サツキを待つなど、想像してこなかった。ドキドキする鼓動を喜びつつも、目的を忘れないようにと背筋を伸ばす。

 琉倚ルイに見てもらいたい物は、颯唏サツキがひとりで行った日に持って行くかを迷い、置いて行った物だ。分厚い封筒を手に取り、琉倚ルイの待つダイニングテーブルへと向かう。

 一呼吸して封筒から紙の束を取り出し、颯唏サツキはテーブルの上へと並べ始める。

「これ……」

 颯唏サツキが広げた用紙の数々を見て、琉倚ルイが息を呑む。琉倚ルイは一目見て、沙稀イサキがしようとしていたことがわかったのだろう。

「そうです。すべて、父上が」

 食い入るように琉倚ルイは広がった光景を見つめている。その体は、微かに震えていた。

沙稀イサキ様が」

 喜びと驚きが混ざる声に颯唏サツキは近づき、ひざまずく。琉倚ルイを見上げ、囁く。

「俺のこと……父上に似ているとは思いませんか?」

 だから、少しでも好きになってはもらえないか──そんな言葉が出そうになって、颯唏サツキは苦笑いを浮かべる。

「いや、外見だけの話で。やっぱり、それだけじゃ足りませんか? 別に、俺は……俺のことを見てほしいだなんて……」

 取り留めのない言葉を発していると自覚し、言葉を止める。本題は、気持ちの話ではない。

「あ、いや……すみません。えと、ああ。これです」

 咄嗟に颯唏サツキは広げた数々の紙に視線を投げる。そして、そのうちの一枚を手に取った。

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