表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神回収プログラム ~口外できぬ剣士の秘密と、姫への永誓~  作者: 呂兎来 弥欷助
『第二部【後半】幻想と真実』未来と過去に向かって

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

294/409

【8】一途な想い

 羅凍ラトウに付き添われた颯唏サツキは、絨毯の色が変わる手前で立ち止まる。

「ここまででいい」

 颯唏サツキの足元を見て、羅凍ラトウはその意味を悟る。親族、もしくはそれに近しい者しか入ってはいけない区域だと。

「かしこまりました」

 羅凍ラトウは一歩下がり、一礼をして来た道を戻っていく。颯唏サツキはその様子をしばらく横目で見、足を踏み出す。

 そうして数メートル歩き、母の部屋の手前で左折した。


 颯唏サツキは、母のもとへは行かなかった。紫紺の絨毯を無駄に歩いて時間を稼ぎ、中庭へと向かう。


 遠くに、庾月ユツキが見えた。

 となりにいる男の黒い髪の毛は、羅凍ラトウの髪の毛のように美しくない。瑠既リュウキを『父』と言い表したが、クロッカスの色彩を持っているわけでもない。

 笑顔の庾月ユツキのとなりにいる人物がレキだったらと、恨めしい。どうして、レキではないのだろう。疑問が悲しみに変わっていく。

 レキだったのなら、鴻嫗城ココを継ぐ姉の夫として、王として、申し分ないとずっと思っていた。想像は理想になっていたと気づく。現実を幻想であればいいと見つめながら。

 それでも、庾月ユツキは幸せそうだ。終始笑顔を咲かせ、不釣り合いだと颯唏サツキが見ている人物を、愛おしそうに見つめている。

 颯唏サツキには、どこがいいのかさっぱりわからない。弱々しそうに見え、自信なさそうに見え、一ミリも仲良くできそうにない。

 項垂れそうになる。

 冷たくあしらえば、姉が悲しむのだろう。姉が好きだからこそ、悲しませたくないからこそ、感情の矛盾を抱える。

 ──人を好きになるって、どういうことなんだろう。

 姉もレキも大好きだが、姉の表情を見ていると、颯唏サツキが抱く『好き』とは違う気がする。けれど、いくら考えたところで、九歳の颯唏サツキにはわからない感情だ。

 ──結婚は仕来り上、感情だけでできるものではない。だから、結婚とは別なのかもしれない。そうだ、この人物と結婚するわけでもない。

 颯唏サツキはそう割り切ろうと、その場を離れた。




 一夜明け、母と大臣、瑠既リュウキルイ、それにいとこたちまでもが集まった中、颯唏サツキの心に嵐が吹き荒れる。

 朝食どころではない。

『婚約』という言葉だけがはっきりと耳に入ってきて、あとは夢でも見ているかのよう。言葉がまったく頭に入ってこない。

 瑠既リュウキ庾月ユツキの父変わりのように、相手側とも庾月ユツキとも大臣とも話しをしている。リュウとは別に、知らない恰幅のいい男がひとりいる。リュウの親族であろうその恰幅のいい男は、瑠既リュウキと親しげだ。瑠既リュウキが楽しそうに笑っている。こんな笑顔は初めて見た。

 母は最初に話したきり、黙々と食べている。ルイはなぜか微笑ましく見守っている。いとこたちは──席が一番遠いレキの様子はわからない。ただ、いとこの女性陣たちは、どこかはしゃいでいるようにも見える。

 颯唏サツキはひっそりと席を立つ。そうして、こっそりと母に耳打ちした。


 食事を終えたら、誰かが颯唏サツキ恭良ユキヅキがいないと騒ぐだろうか。それとも、朝食の席に同席しない羅凍ラトウが気づくだろうか。

 羅凍ラトウは騒がないだろう。

 要領がいいと言うよりも、知恵が働いてごまかすのがうまい。立ち回りは悪い。保身を考えていない。身分が上の者の望みを優先するところがある。ごまかしが嘘だとバレたら、羅凍ラトウの立場が悪くなることばかりだ。見ている方がハラハラする。


 ──だから、なるべく早くに戻らなきゃ。

 ゆったりと歩く母に手を引かれながら、颯唏サツキが見上げれば視界にあるクロッカスの色彩に安堵する。


 中庭に到着し、ストンと座る母のドレスにしがみ付く。

「母上、どうして姉上はお嫁に行かれるのですか」

「だって、庾月ユツキは女の子ですもの」

 颯唏サツキよりもはるかにちいさい花たちが、『おかしい』と笑うようにユラユラと揺れた。

 ムッとした颯唏サツキは母にもたれていた上体を起こし、抗議するように言う。

「姉上は、鴻嫗城ココの跡継ぎのはずです! それならば……婿を取るものだと思っていました。姉上がずっと鴻嫗城ココにいてくださると思っていたからこそ、俺は……」

 二年前、鴻嫗トキウ城を出ることを黙認したのに──と、涙ぐむ。

 颯唏サツキの背に手がまわり、グッと引き寄せられる。


 母に抱き締められ、『いい子』だと言われるかのように頭をなでられる。


 颯唏サツキは『いい子』である自信がない。二年前まではいたずらをして回ったし、色々と庇ってくれているのであろう伯父に『ありがとう』の一言も言えていない。何より、嫉妬してばかりだ。

「母上、母上は……ずっとそばにいてください」

 ギュウッと母にしがみ付く。

「そうね、私はずっと貴男のそばにいるわ」

 ドキリとする。

 力が抜けた。


 ──また、母上が混濁している……。


 おそるおそる離れる。でも、母に気づかれてはいけない。そんな気がずっとしている。

「どうしたの?」

「ううん、何でもない」

 母の手をギュッと握る。


 母が混濁する原因を颯唏サツキは知っている。母が肌身離さない()()のせい。この()()のせいで、颯唏サツキは途端に母が怖くなる。子どもらしく、いられなくなる。

 姉は知らないのだろう。伯父も大臣も、恐らくは。

 大臣は諦めている。伯父は狂ったと例える。

 姉は、父が生きていたころのようだと言う。確かに、母と姉と三人でいると、父は生きていて城内のどこかにいるかのように話す。

 ドクリドクリと鼓動が呼吸を苦しくして、颯唏サツキは母が怖くなる。姉はその様子に気づいたのだろう。三人では会わないようにしようと言った。それきり、母は『父が生きていて』『城内のどこかにいる』ようには話さなくなった。だが──。

 颯唏サツキはたまに、父が城内のどこかで生きているのではないかと思う。だから、墓参りには行かない。

 けれど、それはないと母が肌身離さない()()が証明する。きっと、今も母の胸元にあるのだ。長い、リラの色の髪の毛の束が。

 颯唏サツキは母に『どんな父だったのか』と聞いたことはない。母の中では、父は生きている。たとえ、時折『颯唏サツキ』を『沙稀イサキ』だと、混濁することがあっても。

 父が死去して九年だと聞いている。

 九年経っても、母は一途に父を想い、その死を受け入れられないのだ。どうしたら母を、癒せるのかがわからない。

 罪の意識がある。

 母は、父がこの世を去るときにそばにいられなかった。そのとき、母は分娩室にいた。死因を大臣に訊ねたとき、その前から長い間、父の意識はなかったと言っていた。母が父を見送れなかったのは、颯唏サツキのせいではないと言った。

 けれど、ずっと消えない。

 もし、父の死の間際に母が立ち合えていたのなら、母は時間がかかっても受け入れられたのではないかと、颯唏サツキは自身を責めずにはいられない。


 やさしい日差しと花々に囲まれ、母に抱き締められていても、颯唏サツキの心は晴れなかった。




 しばらくして、母をエスコートするように部屋まで送り、一息つく。浮かれる足取りで笑みをこぼす母は、少女のようだったと颯唏サツキは思い返す。


 稽古場に足を運べば、颯唏サツキの姿を見つけた羅凍ラトウが、にこりと笑みを投げてきた。案の定、颯唏サツキの予感は当たっていたらしい。

 羅凍ラトウのごまかしが嘘とバレる前に戻れてよかったと稽古を始める。


 颯唏サツキが聞かなくとも、父の話をしてくれる人は何人もいた。父の幼少期からの教育係だったという大臣、いとこのレキ、それに、なぜか護衛の羅凍ラトウ

 何より、同じ子ども立場で話してくれた姉は、颯唏サツキにとって大きな存在だった。


 そんな姉が『嫁ぐ』など、颯唏サツキにとっては身の引き裂かれる思いだ。次第に体が動かなくなる。

 ──稽古に身が入らないなんて。

 昨日のことを思い出し、身震いする。レキに怒られると。


颯唏サツキ様」

 低音の通る声が鼓膜を震わせた。顔を上げれば、一段と輝かしい整った笑顔が向けられている。

「今日は、本でも読みますか? そうだ、絵本童話はどうでしょう? 俺、一度だけ見たことがあるんですよ」

「絵本童話……」

 颯唏サツキ様はご存じですか? と続ける羅凍ラトウに、言葉が詰まる。颯唏サツキも見たことはある。あれは、いつだったか。

 けれど、絵本童話は母の所有物で、落ち着いて寝たであろう母の部屋にわざわざ行きたいとは思わない。

「知っている……。ただ、絵本童話はまた今度にしようよ。今日は……そうだな、モンブランが食べたいな!」

「では、そうしましょう」

 羅凍ラトウといると颯唏サツキは安心する。危ういこともするが、父の死を、きちんと受け止めている大人だから。

 ──どうやって乗り越えたんだろう。

 産まれたときから父がいないのに、颯唏サツキにもまだ父の死を受け入れられていない。


 まるで食通かのように、モンブランについて話を弾ませる羅凍ラトウに、颯唏サツキは『一緒に食べよう』と友達のように誘った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ