表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神回収プログラム ~口外できぬ剣士の秘密と、姫への永誓~  作者: 呂兎来 弥欷助
『第二部【後半】幻想と真実』未来と過去に向かって
288/409

【4】信念

 颯唏サツキレキと頻繁に剣技に勤しむようになってから、庾月ユツキは公務で外出が増えた。庾月ユツキの護衛には、正式に羅凍ラトウが選ばれる。


 何ヶ月か経ち、庾月ユツキは十三歳になった。

 この年で城の行く末を見つめ、宮城研究術師になると決意した。克主ナリス研究所にあいさつに行くと大臣に告げる。

 早々に決定された日取り。寂しがる颯唏サツキレキが宥め、庾月ユツキは笑顔で羅凍ラトウ鴻嫗トキウ城を出発する。


 通り慣れているかのような足取りの羅凍ラトウの背中を見上げ、船の手続きまで見届けたところで庾月ユツキはクスリと笑う。

「慣れているのね」

 ドキリとした羅凍ラトウに返す言葉はない。無言のまま視線を伏せていると、

「助かるわ。ありがとう」

 と微笑み、搭乗する。


『初めて船に乗るから』と庾月ユツキはバルコニーへと足を運ぶ。羅凍ラトウは一度周囲を見渡して庾月ユツキの一歩後ろを歩いた。

 一直線に端へと歩いていく。

 風にあたりたかったのだろうか。はしゃぐ笑顔はなく、スッと遠くに視線を投げている。──羅凍ラトウは声をかけず、周囲を警戒することに意識を注いだ。




 庾月ユツキにとっても沙稀イサキの死去は、大きな変化だった。様々なことが変化し、空っぽになったような心の空洞を埋めるものがない。

 恭良ユキヅキ颯唏サツキの出産のときに大きな代償を払い、それから体調を崩し寝たきりに近い状態になっている。それこそ、父が亡くなってから何度会っただろう。両手で足りるかもしれない。漠然と庾月ユツキは振り返る。

 父が倒れてからは伯父に引き取られたかのように、庾月ユツキ鴻嫗トキウ城にはいなかった。

 父が亡くなりしばらくして、庾月ユツキは大臣に呼ばれ鴻嫗トキウ城に戻る。そのとき、『父は戦争孤児だった』と颯唏サツキには話すと言われた。

 当時、まだ七歳だった庾月ユツキに決定権はない。大臣が『そう』といえば、従うしかなく──けれど庾月ユツキは、事実は揺るがないと信じた。

 庾月ユツキは、父が倒れる前に継承者としてたくさんのことを聞いていた。鴻嫗トキウ城は『姫』が継ぐ城だと父が言った矛盾は忘れられるものではない。『姫』だったはずの母からは、一言も継承について聞いたことはなく、庾月ユツキは父に鴻嫗トキウ城の造りを教えてもらい、深部まで連れていってもらっていた。

 父が倒れる前の記憶があまりにも鮮明で。そこにいる恭良ユキヅキはとても朗らかな母だったというのに、面影はまるでない。

 鴻嫗トキウ城に戻ってきてからというもの、恭良ユキヅキ庾月ユツキを見てもぼんやりとしたまま。娘と認識されていないようにさえ感じる。けれど、颯唏サツキには昔のような笑みを向けるのだ。

 それは、庾月ユツキにとって父の死が大きかった以上に、母には抱えきれないことなのだろうと思えて──庾月ユツキは娘でいることを手放し、父の愛した鴻嫗トキウ城を『鴻嫗トキウ城の姫』として守り、継承しようと胸に刻んだ。

 だから、大臣がどう舵を取ろうとも、庾月ユツキには構わない。庾月ユツキの中には変わらない事実が残っている。

 それに、大臣には大臣の考えがあると信じ、目をつぶる。颯唏サツキには──弟には、いつか話す機会がくるとも信じて。


 七歳で母が寝たきりに近い状態となったことで、宮城研究施設は伯母のルイを筆頭に、いとこたちが手伝い、維持してくれた。庾月ユツキも見様見真似から始め、何とか凰玖オウキとふたりだけで運営ができるようになってきた。

 凰玖オウキは優秀だ。将来は克主ナリス研究所に行きたいと夢を語るほどに。


 ふと、父が生きていてくれたならと思うことはある。けれど、口にはしない。一番言いたいのは、颯唏サツキか伯父か、大臣なのか──と、鴻嫗トキウ城の姫らしくあろうと父に誓う。そうすることが、父が一番喜んでくれることだと信じて。


 だからこそ、庾月ユツキ克主ナリス研究所にあいさつへ行くと決めた。書類に不足があろうが、克主ナリス研究所の代表者は鴻嫗トキウ城に泥を塗らないようにするためか、何も言わずに処理をしてくれていた。

 常々世話をかけてきた。だから、直接礼を言いたかった。


「海って広いのね」

 庾月ユツキは海に見入ったかのように言い、船の中へと戻っていく。

「そういえば、庾月ユツキ様のご両親がご結婚されるとき……この海は光輝いていたのですよ」

 羅凍ラトウがポツリと言えば、庾月ユツキは微笑を浮かべ、

「そう……伝説ではなかったのね。私も、見たかったわ」

 と、どこか懐かしそうに言った。




 食事の時間になれば羅凍ラトウは迎えに来て、見渡すことなく食堂へと案内する。庾月ユツキと同じようなペースで食べて雑談をするでもなく、だからこそ庾月ユツキはまじまじと羅凍ラトウを観察する。

「どうしましたか?」

羅凍ラトウって、モテたでしょう?」

「いいえ、まったく」

 即答に庾月ユツキは目を丸くし、あははと笑う。

「そう……羅凍ラトウって、罪な人なのね」

 あまりにも庾月ユツキは楽しそうに笑い、羅凍ラトウは『笑いすぎです』と言いながら微笑ましく眺めた。


 庾月ユツキが多少の子どもらしさを取り戻したころ、船は楓珠フウジュ大陸の港街、緋倉ヒソウへと辿り着く。あまりにも雑多で、あふれんばかりの人々が行き交っていて、庾月ユツキは立ち尽くしてしまった。こんなに多くもの人々の声が賑わう街に来たのは初めてだ。

 目が回りそうになる庾月ユツキを尻目に、船を降りてからも羅凍ラトウは動揺せずにしっかりとした足取りで導く。その様子に庾月ユツキは、

「懐かしそう」

 と思うがままに口にする。

 元々、梛懦乙ナジュト大陸の出身ではないと思われていたと判断していたのか、羅凍ラトウは微笑む。

克主ナリス研究所の君主とは……幼なじみみたいなものだったんです」

 すると、庾月ユツキは見当違いなことを言った。

「あら、羅凍ラトウ克主ナリス研究所にいたの?」

 思わず羅凍ラトウは笑う。

「いいえ。父同士が友人だっただけですよ」

「そう……羅凍ラトウはお父様とは友人だったのよね?」

 いつしか耳にしたことを庾月ユツキは言っただけだが、羅凍ラトウは返答に困ったらしい。

「え……と……。そう、ですね。よくしていただきました」

 庾月ユツキ沙稀イサキ鴻嫗トキウ城の王だったと知っている。一概に沙稀イサキとの仲を言うのは得策ではないと羅凍ラトウは一瞬で判断したのか。

 内心、庾月ユツキは残念に思う。庾月ユツキ自身、七歳までの記憶では父と母の関係性を明確化するには難しく、正確性に欠けるのだ。

 ──羅凍ラトウになら聞けるかなと思ったのに……。

 ぷうっと膨らみそうな頬を抑え、目的地を見据える。城を出て、羽が伸びていたらしい。『鴻嫗トキウ城の姫』に戻ってきちんとした振る舞いをしなくては──と、思ったとき、庾月ユツキは雷に打たれたような感覚に捕らわれた。


リュウ、気ぃつけろよ!」


 その、名を聞いて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ