表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/409

【15】願わぬ再会(2)

「どうして、こう……瑠既リュウキって服装に関心がないのかなぁ。絶対、もっと……」

「もっと?」

 冷静につっこまれて、倭穏ワシズは慌てる。頭の中で瑠既リュウキに好みの服装を着せて楽しんでいたとは、恥ずかしくてとても言えない。どんな服かと聞かれるのがオチだ。

「な、何でもない」

 ぷうっと倭穏ワシズの頬は膨らむ。

 頬が膨れていても、怒っているわけではない。照れてふて腐れるだけだ。そんな倭穏ワシズを見て、瑠既リュウキは笑う。

「お前もその派手な服、何とかなんねぇの? お水の同伴してるみたいじゃん」

「お水って! ちが……私の服装は、踊り子の仕事の影響で……」

 反論するが小言になり、声は消えていく。ブツブツと言っていると、倭穏ワシズの脳裏に別のことが浮かんできた。

 今度は、フイッと瑠既リュウキから顔を背ける。

瑠既リュウキって、ジュンちゃん……好みでしょ」

「はぁ?」

 唐突な言葉に、瑠既リュウキは気の抜けた声を出した。

「だって、ジュンちゃん……きれいなかわい~色の髪の毛だしさっ。スッと細いしさ、清楚だしさ」

 瑠既リュウキは声を出して笑い出す。

「何よ?」

「はい、はい」

 倭穏ワシズのヤキモチを瑠既リュウキは笑って流す。からかわれている感覚に襲われた倭穏ワシズは、心が不満で埋まっていく。

「あ~、ムカつく」

 しかし、その口調はまったくムカついていない。猫なで声がそれを証明している。心が満たされるような言葉を返してほしいだけにすぎない。

 ただ、その要望に応えるような相手ではない。かえって、油を注ぐ。

「俺のことより、お前こそ。椄箕ツグミに手ぇ出して、ジュンを悲しませるようなことはするなよ」

「当たり前じゃない!」

 勢いよく返ってきた返答に、瑠既リュウキは再び声を出して笑った。完全に倭穏ワシズの反応を楽しんでいるだけだ。

 そんな楽しそうに笑う瑠既リュウキを見て、

「もう。……父さんに似てきたね」

 倭穏ワシズはポツリと言う。

「何?」

「何でもない」

 瑠既リュウキはジッと倭穏ワシズを見るが、倭穏ワシズは遠くをぼんやりと見ている。そして、急に寂しそうな声を出す。

「あ~あ、あと一ヶ月くらいであのふたりは……短期バイトだから辞めちゃうんだ」

「い~じゃん」

 倭穏ワシズの顔が上がり、視線が合うと、頭をなでる。

「いつでも会いに行けるだろ?」

「うん。……そうね」

 倭穏ワシズはうなずくと微笑んだ──のは束の間。

「あっ! あれ買ってないかも」

 突然、倭穏ワシズは叫ぶ。瑠既リュウキの持っていた買い物袋を、

「見せて!」

 と催促し、中をガサガサと漁る。


 一通り見ると、ため息をついた。

「買いそびれしてたか?」

 瑠既リュウキの問いに、倭穏ワシズは情けない表情を浮かべた。その表情に、瑠既リュウキは半笑だ。

「俺が……」

 行ってくると言おうとしたが、視線が偶然捉えてしまったものに釘付けになった。

「あ~、あれ限定物なんだよね! 私ちょっと行ってくる。瑠既リュウキ、悪いけどここで待ってて」

 倭穏ワシズが早口で言ったことに対し、返事はない。ぼんやりする瑠既リュウキに、倭穏ワシズはもう一度声をかける。

「ね?」

「あ? ああ」

 瑠既リュウキが返事をすると、倭穏ワシズは急いで走り出す。──同時に瑠既リュウキもおもむろに足を踏み出していた。


 視線の先には『瑠既リュウキ』という名に反応して、立ち止った人物がいた。──沙稀イサキだ。

 聞き覚えのある──いや、決して忘れることのできない名。沙稀イサキは立ち止り、ゆっくりと振り向いた。その名の人物を、確認するようにじっくりと見る。

 全体的にやや長めである短い紫色の髪。体格は沙稀イサキと似ているように見えたが、身長は十センチほど高いと思われる。見知らぬ派手な女性と話していると思い、見ていたら『瑠既リュウキ』が振り向き、視線は合ってしまった。

沙稀イサキ~?」

 恭良ユキヅキの声だ。人々のざわめく中でも、恭良ユキヅキの高い声はよく通る。

沙稀イサキ?」

 耳にした名を瑠既リュウキも確認するように呟く。──その低音の声に沙稀イサキは我に返り、咄嗟に恭良ユキヅキに返事をする。

「はい。今、行きます」

 沙稀イサキは駆け寄ろうとする。しかし、沙稀イサキの言葉に、瑠既リュウキは疑問を抱かずにはいられなかった。

「おいっ」

 瑠既リュウキは駆け足になり、勢いのまま沙稀イサキの左腕をつかむ。

 離れた恭良ユキヅキたちの場所からは、瑠既リュウキの姿は見えない。それを知らず、沙稀イサキは急いで瑠既リュウキの手を振り払う。

「お前がそういう気持ちなら……帰ってきたくないのなら、帰ってくるな」

 沙稀イサキの瞳は、鋭く瑠既リュウキを捕らえていた。発せられたのは、噛み殺すような冷たい声。

 瑠既リュウキは声が出せなかった。沙稀イサキは背を向け、走り去っていく。その背中をただ見ているしかできない。──荷物を投げて、追いかけたい衝動に駆られていた。叫んで呼び止めたいとも思っていた。しかし、そのすべての行動を奪うものが瑠既リュウキを捉えていた。

 この短い髪。これを見て言われた言葉は、そう思われても仕方はない言葉。決別の証。過去と決別したと思いながら、瑠既リュウキは何年も過ごしてきたのだから。


 ──そう、決別だと思って──




瑠既リュウキ?」

 名を呼ばれ、倭穏ワシズが戻ってきたと瑠既リュウキは気づく。

倭穏ワシズ……」

 倭穏ワシズはひとつにまとめた髪から垂れる、長く黒い髪を揺らす。

「え……どうして? 今の、沙稀イサキ様……だったよね? 瑠既リュウキ、知り合いなの?」

 興奮気味に話すその様子から、やりとりを多少見られていたと瑠既リュウキは察する。素直に答えるか、否か──瑠既リュウキは悩みながら言葉を出す。

「知り合いも何も、俺と沙稀イサキは……」

 だが、それ以上は言えず、言葉は途中で止まってしまった。しかし、倭穏ワシズは続きの言葉を待ち、ジッと瑠既リュウキを見ている。何かを言わなくてはならない状況の瑠既リュウキは、

「なぁに? 俺がいるのに、いい男だから紹介しろって言うの?」

 と、いつもの口調を意識して話を逸らした。




リュウ、これ三番テーブルさんな」

 ヨシはキッチンから料理を出すが、返答はない。違和感を覚え、視線を向ける。案の定、瑠既リュウキはぼうっとしていた。

「あー、言わんこっちゃない」

 ポンと、瑠既リュウキの腕を叩く。ハッと我に返った瑠既リュウキに、ヨシはニヤリとして言う。

リュウ、風邪ひいたな。今日はもう休んでていいぞ」

 ポンポンと更に腕を叩く。

 お疲れと叩かれた瑠既リュウキだが、そう言われても体調は悪くない。

「過保護だな。大丈夫だよ」

 すぐに心配するんだからと苦笑いする。すると、

「過保護くらいがちょうどいいんだよ。ほら、あのふたりもいるからよ」

 と、ジュン椄箕ツグミヨシは呼んだ。

 ──確かに、ヨシさんの言う通りだ。

 人手が足りているとは言い難いが、店に立っている間に上の空になるなら、足手まといになる。

ヨシさん、悪い。今日は言葉に甘える」

「おう! しっかり治せよ」

 上がった片手に、瑠既リュウキも片手を上げ、奥へと下がる。




 慌ただしい音が遠ざかっていき、瑠既リュウキは悪かったなと反省して自室へと入る。

 しかし、何度、切り替えようと思ってみても、どうしても思い出してしまっていた。偶然会った、見た、あの姿を。

「今ごろ、アイツは……船の中か」

 船──瑠既リュウキが船に乗ったのは、一度きりだ。いや、乗るつもりなどなかった。ただ、あのときは──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ