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女神回収プログラム ~口外できぬ剣士の秘密と、姫への永誓~  作者: 呂兎来 弥欷助
思い出

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【42】それぞれの──サイドA

 愛娘にせがまれ、瑠既リュウキがしゃがむと、

サイ、めー! よ?」

 と、レイが駆け付けてくる。瑠既リュウキは首を傾げるが、ルイが仲介に入った。

彩綺サイキ、どうしたの? もしかして、中庭に行きたいの?」

 コクリと彩綺サイキがうなずくが、レイは頬を膨らませる。

レイはお父様を困らせちゃ駄目って言ってくれたのよね?」

 う~と呻き始めたレイと同様、彩綺サイキも泣きそうになり──瑠既リュウキはふたりを両手でなでる。

「うんうん、わかった。レイ、ありがとうな。彩綺サイキ、困ってないから安心しろって。な?」

瑠既リュウキ様」

 ポツリと呟いたルイ瑠既リュウキが見れば、申し訳なさそうな顔をしている。連れていってあげようと、夫婦で暗黙の会話を交わす。

レイ彩綺サイキ、一緒に中庭で待っていましょう」

 パァッと笑顔の咲く彩綺サイキと、名残惜しそうに瑠既リュウキを見るレイ

「行っといで」

 瑠既リュウキレイにこっそりとやさしく言えば、目を大きくして。内心は、妹と気持ちが同じだったようで、戸惑いながらもうなずいた。

 中庭に行く妻子を瑠既リュウキは見送るが、レイ瑠既リュウキと離れたくないと言いたげに、何度も何度も振り返りながら歩く。

「危ねぇって……」

 苦笑いしつつも、かわいらしい仕草に頬はゆるむ。


 こうして、瑠既リュウキは見送ったあと結局いつものごとく、ひとり出生の手続きに大臣のもとへと向かう。そして、恒例行事のように命名書を広げた。

「おめでとうございます」

 『凰玖オウキ』と見た大臣は、どこか業務的だ。

「ありがとう」

 瑠既リュウキの対応も素っ気なくなる。いや、大臣は何かを言いたそうに見える。その様子は、長女をレイと名付けたと言ったときのような──けれど、大臣が口にしないのなら、瑠既リュウキもあえて聞きはしない。

「それじゃ」

 これで、と瑠既リュウキは告げて早々に廊下へ出る。


 今頃、ルイは子どもたちと中庭に着いただろうか。そっと中庭の見える長い廊下を歩く。右手は一面のガラス張り。遠目から今終わったと手を振って向かおうか──と、そのときだった。気配を察し、足を止める。

 前方に知らない人物がいた。──いや、知らない人物ではなく、忒畝トクセだ。中庭を眺めていた忒畝トクセがゆっくりと瑠既リュウキを見上げる。

 数年ぶりに会った。結婚式以来だ。互いに成長が終わった状態で会っていた。だから、たった数年で知らないと感じるのはおかしい──けれど、忒畝トクセの外見は、変わり果てていた。

 ガラスから差し込む光に、忒畝トクセは溶けていきそうだった。ただでさえ瑠既リュウキよりも低い背が、より低く感じる。体型も痩せたというより、やつれた印象だ。

 何より、白緑色の髪が──白髪に見える。それに、大きなアクアの瞳になぜかギョッとした。忒畝トクセの瞳の色は、アクアだっただろうか。

 忒畝トクセだけが、異次元から浮かんで映されているような、そこに存在しない幻影のように感じられて、瑠既リュウキは息を呑む。

 ふと、忒畝トクセは窓からゆっくりと離れ、瑠既リュウキと向き合う。

「どうしたの? 神妙な顔しちゃって」

 存在を肯定したくて、瑠既リュウキは言葉を投げる。

「いや。何か言うのかな、と思って」

 忒畝トクセの妙な言葉に、瑠既リュウキは重い口調で返す。

「何か……言いたいんじゃあないの?」

 まるで、己の中の幻影が具現化したかのようで、瑠既リュウキは何年もくすぶっていた思いをぶつける。すると、忒畝トクセは視線を外し、言いにくそうに言った。

「それは、逆。瑠既リュウキの方でしょ? 僕は何も……」

ルイ姫に会いに来たんだろ。会わないで、何も言わないで帰るのか?」

 幻なんかじゃないと認識し、言葉を遮る。目の前の忒畝トクセの姿が幻でないのなら、目的がひとつしか考えられなくて。それは、命がけの行動にも思えて、亡き者を思い返して、どうしようもなくなったから。

 しかし、忒畝トクセ瑠既リュウキを睨むように見上げた。

「会いに来たわけじゃない」

 素早く否定した言葉は、肯定にも受け取れて──それに忒畝トクセ自身が気づいたのか、忒畝トクセはすぐさま口調を改めた。

「幸せそうだから……よかった、と思って」

「『よかった』って表情でもねぇけどな」

 言った矢先に忒畝トクセの表情は曇り、瑠既リュウキは率直に返す。その言葉に、忒畝トクセが一瞬ムッとした表情を浮かべたように瑠既リュウキには見えた。

 ──おっ?

 ただ、それは瑠既リュウキの思い違いだったのか、次の瞬間には忒畝トクセはまたガラスの向こうの光景を見ていた。

「子どもが……一目見たかったんだ。ルイ姫の子は、かわいいだろうなと思って」

 瑠既リュウキは違和感を覚える。忒畝トクセがあんまりにもしんみりと言ったから。その行動は、まるで死期を悟っているかのような──と、瑠既リュウキの思考を中断させるように、忒畝トクセ瑠既リュウキを見て微笑んだ。

「かわいいね」

「そりゃあ……どぅも」

 忒畝トクセの笑顔に瑠既リュウキが動揺していると、

「じゃあ」

 と、忒畝トクセは背を向ける。

「えっ? おい、ちょっ……」

 歩く忒畝トクセに、瑠既リュウキは言葉を止める。

 ──俺が止めたって……。

 足を止める気配はなさそうだと、瑠既リュウキは意を決する。急いで中庭へと走る。


 全力疾走など、いつぶりだろう。そうだ、これで人生三度目だ。


 一度目は、初めて発作を起こしたとき。心臓が弱いとわかって、禁止された。二度目は十四歳、ヨシに見つけてもらう前。あのときは、ここにいるままなら生きていないのも同じだと必死で逃げるためだった。

 禁止された意味は理解している。保身のためであり、周囲に心配をかけないため。けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を間近で見て、話して、それを()()()()()とは()()()()

 誰しもが最期を意識して、後悔を残さないようにと行動できるわけではないから。できるわけがないと、知っているから。

 きっかけは、知らない。忒畝トクセから言い寄ったのか、ルイから言い寄ったのか──互いに惹かれ合ったのか。

 ルイ瑠既リュウキが帰城するまで、表舞台には立たなかったという。それならば、忒畝トクセとの接点など、本当に限定的で。それなのに、忒畝トクセルイは恋に落ちたのだ。

 忒畝トクセの生まれが、育ちが──ルイの生まれが、育ちが違っていたのなら、結ばれたのは、ルイ瑠既リュウキではなかったかもしれない。ルイが産まれてすぐに求愛したのは瑠既リュウキで、幸い物心ついたルイが拒否をしなかった。それだけだ。

 厳密に言えば立場的には拒否できなかったわけで──事態が、瑠既リュウキに味方をしただけ。

 味方──だったのだろうか。一時は、鴻嫗トキウ城に戻ってこなければとひどく後悔したこともあった。だからこそ、瑠既リュウキは衝動的に全力疾走をした。最期を意識している者が、自らを消そうとしていたのが、ひどく許せなくて。

ルイ姫! 忒畝トクセがっ、忒畝トクセが……来てた。追えば……会える、かも、しれない」

 息を切らす瑠既リュウキの姿以上に、ルイ瑠既リュウキが叫んだ内容に驚いたのだろう。ルイはバッと立ち上がったが、激しくうろたえている。

 それはそうだ。他の誰でもない、瑠既リュウキが必死になっているのだから。

ルイ姫! 早く!」

 ビクンとルイは体を震わせ、呼吸を荒げ叫んだ瑠既リュウキに背中を押されるように走り出す。

 ──間に合えばいい。

 瑠既リュウキは妻の背中を見送る。ただ、気を張り詰められていたのは、数秒で。ゆるゆると瑠既リュウキはしゃがみ込む。そして、今更ながらに悔いる。どうしてあんな行動を、と。

 苦しみの中で、何とか呼吸を整えようとする。ガサガサと何かが近づいてくる足音が聞こえると思えば、それは娘たちで。不安そうにのぞき込むふたりの娘を前に、瑠既リュウキは苦笑いだ。

「お父様、誰のお話?」

 四歳になったレイ凰玖オウキを抱え、瑠既リュウキにふしぎそうに問う。

「お前たちのお母様の『大切な人』だ」

 瑠既リュウキレイの頭をなで、重そうな凰玖オウキを抱き上げる。二歳になった彩綺サイキもなでると、三人の娘に囲まれて幸せだと笑った。




 一方、忒畝トクセを追っていたルイは、正面入り口前でようやくその姿を捉えていた。忒畝トクセは、今にも馬車に乗ろうとしている。

 ルイはより早く走ろうと、体を前のめりにして走る。──そのとき、ルイの気持ちとは裏腹に、馬車のドアが閉まっていった。

忒畝トクセ様ぁっ!」

 ルイは叫んだ。足を止めずに。

 しかし、馬車は無情にも走り出す。

「待ってくださいっ! お話ししたいことが、あるんですぅっ!」

 体中でルイが叫んだ声は、馬車にも届いているはず。


 だが、馬車は加速し、止まることはなかった。

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