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【25】当時よりも深く

 捷羅ショウラの挙式が羅暁ラトキ城でなされたあと、城下町でパレードが行われた。婚礼の機会を使い、捷羅ショウラがじきに王位を継承すると認識させる意図があったのか、それはそれは盛大なものだったようだ。──と、いうのも。同時刻に羅凍ラトウは、参列者のいない挙式を城内でしていた。


 オウムを野生に戻した数日後、沙稀イサキの挙式に参列した。

 ハルカは体への負荷を考慮し、羅暁ラトキ城に残ることになった。気が軽くなったが、欠席理由を告げなくてはならず、気が滅入る思いもした。


 その後、忒畝トクセが来たが、ゆっくりは話せず。沙稀イサキが来て、少し気力をもらえた。




 沙稀イサキを見送り、羅暁ラトキ城に戻ってきた羅凍ラトウは、廊下に差し込む光が妙に腹立たしかった。運命に逆らいたいと生きてきた羅凍ラトウの足音は、苦しみに耐えるように心の中にも響いてくる。

「辛そうね」

 高い声に、視線を伏せていた羅凍ラトウは顔を上げる。声の主は、凪裟ナギサだ。

「久しぶりだね。……こうして話すの」

 互いに顔を合わす機会は以前より増えた。とはいえ、凪裟ナギサは兄の妃だ。見かけても羅凍ラトウから話しかける気は起きない。

 だが、こうして偶然ふたりきりで会い、数ヶ月前に戻った気になる。凪裟ナギサと同じく旧友の沙稀イサキに会ったばかりということもあったのだろう。凪裟ナギサが笑顔でうなずけば、羅凍ラトウの心から棘がスルスルと抜けていく。

 羅凍ラトウは瞳を閉じ、

「懐かしいね」

 とおだやかに言う。

 大人びた印象を凪裟ナギサは受けたが、『そうね』とバルコニーに右腕を差し出す。移動を促された羅凍ラトウは相槌を打ち、ふたりはバルコニーへと移動していく。


「大丈夫?」

凪裟ナギサは?」

 逆に心配をされ、凪裟ナギサは返答に詰まる。気まずそうに動く視線からして、羅凍ラトウの様子を心配しているのは、捷羅ショウラなのだろう。

 何と言えば羅凍ラトウの本心を聞けるのか、そんな本音が聞こえてきそうだ。

「幸せ?」

 旧友を困らせるつもりは、羅凍ラトウにない。質問を投げかける。それを察してか、凪裟ナギサは首肯した。

「幸せよ。捷羅ショウラはやさしくしてくれるし、それに……」

「それに?」

 凪裟ナギサが過去に想いを寄せていた人を、羅凍ラトウはよく知っている。同じ剣士として尊敬もしている。だから、捷羅ショウラが勝ると思えず、つい、聞いてしまった。

 兄にはトラウマがある。過去の繰り返しは羅凍ラトウもごめんだ。兄のトラウマは、羅凍ラトウのトラウマでもある。

「落城したとき、覚悟したから……今が夢みたいで」

 そう言う凪裟ナギサは、結婚後もドレスを身に着けていない。次期王妃というよりは、変わらずに宮城研究術師だ。

 哀萩アイシュウがいなくなり、翌日には凪裟ナギサが来て──宮城研究室を一任されたのかと、容易く想像できる。

 そういえば、凪裟ナギサは貴族として生きる道を一度絶たれていたと、今更ながらに思い返す。

 凪裟ナギサは城に尽くす者として生きていくと、捷羅ショウラの傍らで歩いていくと早々に決意をしているようだ。

『夢みたい』

 凪裟ナギサの言葉が、羅凍ラトウの中にぽっかりと浮かぶ。

 様子からして本音なのだろうが、理解ができない。


 ──ああ、哀萩アイシュウが言っていたのは、こういうことだったのかな。


羅凍ラトウがそんなだから』

 人の感情は、状況で変わる。たとえ、一度決意したことであっても、状況により心は、思いは変化していくのが自然だ。

 頑なに変わらない方が、周囲の変化を察知していかない方がよほど不自然であり、おかしいことなのかもしれない。

 思い出した哀萩アイシュウの言葉が、当時よりも深く胸に刺さる。


「そっか」

 いつまで経ってもこだわっていれば、受け止めようとしている人を傷付けることがあるのだろう。しみじみと羅凍ラトウは、最愛の人の言葉を噛み砕く。

 一方の凪裟ナギサは、妙に感慨深いと感じたのか。返答に迷ったようで、唐突なことを言う。

「ねぇ、羅凍ラトウには……何年か前に、別の婚約者がいたんでしょう?」

 何を言うのかと羅凍ラトウは目を開く。まったく興味のないことで、頭の回転が蛇行した。

「ああ、昔ね。ただ、その話のときは、まだ相手が婚姻の年齢に達していなかったらしいよ。話だけあったっていうか……母上は相当喜んでいたけど。でも、丁重に四、五年前に断られたって聞いて、終わりだよ」

羅凍ラトウを指名しておいて断るって……誰だろう?」

「さあ? でも、羅暁城ウチも兄上が独身で、俺が結婚するわけにはいかなかったし……断ってくれて都合がよかったみたいだよ。まぁ、婚約者がいたっていうのも断られたっていうのも、本当かどうかは知らないし、相手は誰だか知らないままだけど……別に、興味ないしね」

 淡々と羅凍ラトウは知っている限りを話す。すると、凪裟ナギサはふ~んと唸った。

羅凍ラトウって、意外と受け身なのね」

 グッサリと突き刺さる。実に不本意だ。

 幼少期から羅凍ラトウは受け身から変わろうと、何年も何年も足搔いてきた。その足掻きは、『無駄足掻き』だったと、とどめを刺された思いだ。

「ほしいと思って足搔くものほど、手に入らないだけだよ」

 言い訳だと自覚していても、言わずにはいられない。

『らしくない』──凪裟ナギサの表情がそう訴えているように見えて、羅凍ラトウはその場を立ち去る。


 ──そうだ。父上に呼ばれていたんだ。そろそろ時間か。


 貊羅ハクラから声がかかるのは、非常に珍しい。

 雨でも降るのかと皮肉に空模様を気にしつつ、羅凍ラトウは向かうことにした。

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