表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
214/409

【24】断片的な数ヶ月

羅凍ラトウ様、おめでとうございます」

 城内で人にすれ違う度に祝福の言葉を浴びたのは、結婚してから一ヶ月ほど経ったころだ。


 ──今なら、わかる。父上の抱き続けてきた思いが。


 祝いの言葉に返答せず、表情は失われていく。


 城外でも同じ言葉を聞くのかもしれないと思ったのか、城内で籠るようになった。

 無口になった。

 何より、笑わなくなっていた。


 ──きっと、子どもが産まれても、その子に愛情は湧かないんだろう。このまま父上と同じ道を歩いて……。


 つくづく父に似ていると痛感し、心が悲鳴を上げる。外見は愚か、己の意に反した結婚をし子を授かるとは、貊羅ハクラの人生そのものだ。


 ──どこをどうすればよかったのか。変えられたのか。


 いくら悔いたところで、時間は戻らない。




「お久しぶりですね」

 ハルカと久しぶりに会ったのは、婚約した日だ。ハルカはうれしそうに微笑んでいた。だが、再会したのはハルカの姉、禾葩カハナが亡くなったとき以来で──羅凍ラトウはぎこちなくとも笑えなかった。

 ただでさえ作り笑顔が苦手だ。だから当たり前だろうが、羅凍ラトウ自身はそこまで図太く開き直れない。

「ごめんなさい、ちょっと待っててくれますか。案内する部屋を、確認してきます」

 何を言っても傷付ける。──恐れ、羅凍ラトウはあいさつすら言えずに客間を飛び出した。

 慌てた様子の羅凍ラトウの背中を見たハルカが、『変わってないな』と照れて笑っていたことも知らず。




「はっ?」

 珍しく羅凍ラトウが母の前で反抗的な声を出したのは、ハルカに会う直前のこと。哀萩アイシュウと別れてから愬羅サクラの部屋に行き、しばらくしたころだった。


 愬羅サクラは『聞こえなかったの?』と言うように、冷たく続けた。

「婚約者なんですから、同じ部屋で過ごしなさい」

 もっとも──といえば、もっともで。羅凍ラトウは思いをこらえるしかなかった。すると母は『ベッドはサイズアップをしておいたから』と羅凍ラトウを見ながら、優雅に扇子で仰ぎ、クスクスと笑った。

「ありがとうございます」

 礼の言葉しか選択肢のない羅凍ラトウは、皮肉をたっぷり込め返答する。

 母は『ハルカを待たせているのだから、早く行きなさい』と、ようやく退出を許可した。散々、遅いと言い散らかし時間を消耗させていたのに。

 羅凍ラトウは長時間の監禁からようやく放たれたが、行動の制限は継続され──ハルカを待たせている客間へと向かう。

 苛立ちを収めようと努める。ハルカは物静かだ。大人しい。威圧する気はない。

 ため息しかでない。

 ハルカはどちらかといえば、ではなく、羅凍ラトウの苦手なタイプの女性だ。


 そうして久しぶりに会ったものの、結局、どう接したらいいのかわからないまま羅凍ラトウは一分と持たずに客間を飛び出す。

 けれど、自室へと向かう足に迷いが生じている。


 ──俺は失礼な態度をした。これから同じ部屋で過ごすなんて、ハルカさんの方が嫌に決まっている。


 はた、と足が止まる。

 いっそ、嫌われて破談になればいい、と。


 そうして踵を返し、ハルカを自室に案内をしたが──ハルカの反応は、予想と真逆だった。

 好みが分かれ、嫌がるだろうと思っていた羅凍ラトウの自室を、

「珍しい物が多いんですね!」

 と、ハルカは喜んだ。


 苦手だろうと羅凍ラトウが判断したクジャクの羽やオウムにさえ、ハルカの関心は向けられた。


 ──俺に、ひとりになる空間は……もうないのか。

 幼少期を振り返り、『あのころはよかった』と嫌味のように思っていると、

「でも、私がここにいて……羅凍ラトウ様は、本当にいいのですか?」

 と、意外なことをハルカが言う。

 見透かされたように感じ、言い知れぬ罪悪感が湧いた。

「落ち着かないでしょ、こんな部屋」

 ハルカの落ち着いた雰囲気にはまったく合わないと、羅凍ラトウは続ける。すると、

「確かに、私には合わないかもしれません」

『でも……』とハルカは続け、羅凍ラトウがドキリとする。

羅凍ラトウ様を知れる気がして、私はこの部屋が好きです」




 現在、羅凍ラトウの部屋に、長年飼育していたオウムはいない。

 ハルカの妊娠が判明してから、羅凍ラトウが野生に戻した。


 極彩色がきれいだと、いつも眺めたオウムだった。己の存在をはっきりと誇示しているような姿に、羅凍ラトウは憧れていた。

「お前のことを……俺が、ずっと閉じ込めていたのかもしれないな」

 沈痛な面持ちで籠に手を入れ、オウムを手に乗せた。

「折角、羽根があって自由に飛べるのに。ごめんな。もう、行っていいんだよ」

 オウムは羅凍ラトウを見上げ。首を傾げる。

 羅凍ラトウは微笑み、腕を高く上げる。


 オウムは空を見上げてから一度、羅凍ラトウを振り返った。自由に憧れている羅凍ラトウが、己を放つように腕を動かすと、やがて大空へと飛び立っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ