表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神回収プログラム ~口外できぬ剣士の秘密と、姫への永誓~  作者: 呂兎来 弥欷助
伝説の終わり──もうひとつの始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

171/409

【90】幸せの光景

『夜明け前に海の上から絢朱シンジュの方角を見ていただくと、幻想的な光景が見られることでしょう』

 鴻嫗トキウ城からの招待状には、何とも興味深いことが書いてあった。深夜、忒畝トクセはバルコニーへと出る。


 一ヶ月ほど前に悠穂ユオが目を覚まし、一週間前には職務に復帰した。思ったよりも目覚めも回復も遅いようだったが、

「私は大丈夫だから。ほら、充忠ミナルさんと馨民カミンさんとみんなで結婚式に行ってきて!」

 ずいぶんゆっくり休んだからと悠穂ユオは言った。母のことも、聖水セイナのこともどうにか切り出そうと思っていたら、

「私、お兄ちゃんのこと大好きだからね! ずっーと、ずっと好きだから!」

 と職務中に突然来て言い出し、忒畝トクセを驚かせた。

「どうしたの、急に」

 忒畝トクセが冷静に問うと、悠穂ユオは急に大人しくなり、下を向く。

「思ったの。お父さんが亡くなったとき、お兄ちゃんのこと……。何も悪くないのに責めちゃったから。あのときだって、私、お兄ちゃんのこと大好きだった。だから……今回、その、お兄ちゃん大変で……辛かっただろうし……」

 父が亡くなってから二年。その間に悠穂ユオはすっかり大人になったと実感し、もう子どものように抱き締めて頭をなでたら失礼かもしれないと寂しくもあった。今の悠穂ユオは現実を受け入れる準備があると判断し、聖水セイナのことを親戚だと話した。悠穂ユオは一瞬驚き。しかし、母と一緒にいた女性だと気づけば、忒畝トクセが説明するまでもなく。そして、

聖水セイナさんのことも、お兄ちゃんが留守の間は私がよくお話する。だから、ね、お兄ちゃん。お兄ちゃんはね、私にとっては大切な、大好きなお兄ちゃんだから! もう、何も心配しないでいいからね!」

 照れをごまかすような早口で悠穂ユオは言い、それは、母に似ていた。

「ありがとう」

 母の記憶がなくても、悠穂ユオは母に似ている。妹と母が重なり忒畝トクセは微笑む。

「僕も悠穂ユオのこと大好きだし、これからもずっと大切な存在だよ」

 その表情、声は父、悠畝ヒサセと重なるもの。──そうして、久しぶりに兄妹で父の墓参りをして、今に至る。


 暗い波を目にしていても、悠穂ユオを迎えに行った帰りとはまったく違う心持ちだ。無事に終わってよかったという安堵。それと、これから起こる見知らぬ現象を楽しみだと、まるで新たな人生の幕開けのような気持ち。

 まだ夜が明けない。けれど、絢朱シンジュの方から神秘的な光が見えてきた。絢朱シンジュまではまだ遠いが、美しく海が光輝いている。思わず、その美しさに見入りそうになったとき、忒畝トクセは何かを思い出し船の内部へと戻る。


充忠ミナル、起きて!」

 小声で言うが、起こし方はやさしくない。まだ寝ぼけている充忠ミナルに、

馨民カミンも起こして、すぐにバルコニーに来て!」

 コソッと言うなり、忒畝トクセはまたバルコニーへと戻る。すると、そこには──まるで朝日が海から出てくるかのように海面が輝かしい光を放っていて。幻想的な光景に息を呑む。

 ほどなくして、充忠ミナル馨民カミンが来た。目の前の光景にふたりは驚いているが、忒畝トクセは招待状を指さす。

「え? ああ、これのことなのか?」

「わあ、すごい……きれい……」

 充忠ミナル馨民カミンも息を呑み、見入る。


 やがて海の幻想的な光は徐々に消えていき、通常の海へと戻っていく。今度は朝日が辺りを照らし始める。




 絢朱シンジュに着くと、いつになく街は賑わっていた。いつも厳かな街が、緋倉ヒソウよりも賑わっている。『海胡カイウが光を取り戻した』と、街中お祭り騒ぎだ。

 街の人たちが言う意味はさっぱりわからないが、喜びはヒシヒシと伝わってきた。この街の人たちも皆、これから行われる沙稀イサキ恭良ユキヅキの婚礼を祝福しているのだと、忒畝トクセたちは肌で感じる。


 鴻嫗トキウ城に到着後、会場へと三人は案内された。会場は鴻嫗トキウ城の敷地内、婚約発表をされたバルコニーの周辺だ。

 鐘が響き渡る。白のモーニングを着用した沙稀イサキが司祭に先導されて入場し、右側で待機。ほどなくして恭良ユキヅキも姿を現した。淡い桃色のウエディングドレスに身を包んだ恭良ユキヅキは、これ以上のない幸せを表情に浮かべている。

 となりにいるのは、大臣だ。恐らく会場にいる誰もが驚いたが、緊張している大臣を見て、当然自ら志願したわけではないのだろうと察する。そうなれば、大臣をこの役に使命したのは、誰か。推測するに恭良ユキヅキだろう。推測通りならば、意見できる者はいない。

 沙稀イサキの視線は一直線に恭良ユキヅキに注がれている。護衛のときの沙稀イサキからは想像できないような、やわらかい微笑み。尚且つ、照れるのを隠し切れないまま、それはそれはうれしそうに恭良ユキヅキを待っている。

 大臣の腕に置かれていた、恭良ユキヅキの手がスルリと離れる。

「ありがとう」

 微かに聞こえる程度の声。参列者には、やはり恭良ユキヅキの願いだったのかと周知される。けれど、恭良ユキヅキは動じることなく。ゆっくりと沙稀イサキに向き直し、差し出されている手を取る。

 結ばれる手は、交わされる微笑みは、見ている誰もを幸福で包む。数秒であるのに、永久を誕生させる。永遠を刻み、時は流れていく。

 ふたりが誓いの言葉を交わし、指輪の交換をしていく。その姿にこの場の者たちは魅了される。物語の始まりかのような、息を呑む美しい光景。

 本来ひとつである者同志が求め合い、ひとつになっていくような感覚に陥る。手を取り、微笑み合い、結ばれていく。一連の流れが実に自然なことに思え、感動すら覚える。神秘的な現象だ。


 挙式を終える鐘が響いた。ふと、忒畝トクセは幻想的な空間から現実に戻ったが、視界に映していた人物に驚く。

 忒畝トクセが無意識に見つめていたのは、ルイだった。ルイの微笑む先には──瑠既リュウキがいる。当たり前のように、ルイ瑠既リュウキに寄り添う。

 いや、当たり前なんだと忒畝トクセは思い直す。ルイは『お兄様の婚約者』と恭良ユキヅキは言っていた。沙稀イサキ恭良ユキヅキの立場が──これまでの出生と変わっても──ふたりが結婚したのだから、恭良ユキヅキにとって義姉になることは変らない。そういう意味でも、ふたりが結婚したのは、誰から見ても本当によかったのだろう。

 おかしいのは自身だと忒畝トクセは律する。貊羅ハクラの容態が回復に向かったときから、忒畝トクセルイの今のような笑顔を見たいと思っていた。あれから気にしないようにして、忘れたつもりでいたのに、この期に及んで再認識してしまったとは。

 忒畝トクセが会いたいと願っていたのは、ルイだった。それを、忒畝トクセは思い出したくなかった。それなのに、ルイの笑顔を遠目で見て鼓動が高鳴っている。忒畝トクセに向けられたものではないのに。

 恥じるように忒畝トクセルイから視線を外す。馬鹿げている。婚約者のある人を想うだなんて。まして、その婚約者に向ける表情に見とれていたなんて。恋愛対象に入ることが、まずあり得ない。何をどう考えてみても、『ない』しか答えは出ないのにと自らの感情を疑う。

忒畝トクセ、披露宴は向こうに移動だってよ」

 充忠ミナルの声に、悪夢は吹き飛ぶ。

「ああ、ありがとう。行こうか」

 きれいな挙式だったねと、新郎と新婦の話題で盛り上がりながら正門へと移動する。これから、鴻嫗トキウ城内で披露宴だ。


 披露宴の会場には、丸いテーブルがいくつも並んでいた。最大四人がひとつのテーブルに座れるように、椅子が配置されている。席は自由なようで、すでにたくさんの席が埋まっていた。その中に捷羅ショウラ羅凍ラトウ凪裟ナギサの姿もある。だが、忒畝トクセは違和感を持つ。

 四人座れるはずなのに、椅子がひとつ空いている。羅凍ラトウも結婚したはずだと忒畝トクセは思ったが、遠出ができない事情があるかもしれないと思い直す。

 捷羅ショウラ羅凍ラトウに会ったら一言だけでも祝いたいと思っていた忒畝トクセだったが、出遅れてしまい──。

忒畝トクセ?」

「早く来いよ」

 馨民カミン充忠ミナルが呼ぶ。

 忒畝トクセは呼ばれるがままに着席。そのまま親友たちとの会話を楽しみ、新郎新婦の入場を待つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ