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【86】単純な一言(1)

 翌日の夕食後、忒畝トクセ充忠ミナルを呼び止める。充忠ミナルは快く応じ、自室へと招く。

「どうぞ」

「どうも」

 互いに短い言葉だけを交わし、ローテーブルを挟んでソファに座る。これがもし、忒畝トクセの自室であればアップルティーのひとつでも出るだろうに、充忠ミナルにそういう配慮はない。ただ、忒畝トクセの言葉を待つように黙って向かいに座るだけだ。

 けれど、気まずそうにしているのは充忠ミナルの方で。座っても忒畝トクセを見ようとはしない。だからこそ、忒畝トクセはこんなことを言ったのかもしれないが。

「付き合うことになったんだって?」

 充忠ミナルは警戒したかのように、すぐさま忒畝トクセを見る。

「話しって……それか?」

「違うけど、充忠ミナルは言いにくいかと思って」

 今度は忒畝トクセの視界が逸れる。

「悪かったよ」

「何で謝るの?」

「何でって……お前が忙しいときに、抜け駆けしたみたいになったから」

 忒畝トクセが視界を戻すと、今度は充忠ミナルが視線を伏せている。交わらない互いの態度が妙におかしくなって、忒畝トクセは笑ったが──。

「何で笑うんだよ」

 充忠ミナルが居心地を悪そうにする。忒畝トクセは『だって』と言うと、

「気まずそうだから」

 とにっこり笑う。今度は充忠ミナルときちんと視線が合って。

「おめでとう」

 また違う意味で充忠ミナルは居心地が悪い。だからか、ぶっきらぼうな物言いになる。

「どーも。……で、どうしたって?」

「あ~……うん。えっと、改めて話すとなると、緊張するね」

「ってか、お前、ちょっとやつれてないか? 大丈夫……じゃなさそうだなって、たまには俺に言わせてくれるようになったのか」

 あははと忒畝トクセは乾いた笑いを返す。

「色々ありすぎて、何からどう話せばいいのか迷うんだけど……」

 そう言いながら、忒畝トクセはゆっくりと眼鏡を外す。

「僕は生まれつき視力が弱くてすぐに眼鏡をかけたんだけど、それだけでは補えなかったみたいでね」

 うん、と充忠ミナルは相槌を打つ。

「コンタクトも付けられるようにって父さんが考えていたとき、僕が……自分の瞳の色を怖がったらしくて。どうやら、自分の血を見たあとだったらしいんだよ。だから、コンタクトに色を付けて、瞳の色も変えようって、母さんが提案して……付けてくれたんだ」

 忒畝トクセの瞳の色は、悠畝ヒサセと同じ薄荷色だ。充忠ミナルが出合ったころから。それに、血の色の認識は──。

「え? 本当は赤なのか?」

 血の色が何に関係するのか充忠ミナルにはまったく伝わらず。忒畝トクセは右目のコンタクトを外す。その瞳の色を見て、充忠ミナルは言葉が出ない。

「僕の血は青い。母さんがいたころは、アクアに近い色だった。今は青と言えばいいかな……死期が近づくにつれて色は黒みを帯びる」

 充忠ミナルには、伝わっただろうか。黎馨レイカが来る前に、忒畝トクセが採血を強く拒んだ理由が。──恐らく、伝わっているのだろう。充忠ミナルの表情が後悔しているように見える。

「本来の瞳の色はアクア」

 忒畝トクセはコンタクトを右目に戻す。屈辱的な思いをした夜に、こらえきれずに涙を落した。だから、今更同じコンタクトを戻す理由はないが、わざわざ色がないものに換える理由もない。忒畝トクセの瞳の色は『薄荷色』だと、周囲は認識しているのだから。

女悪神ジョアクシンの血を継いでいるんだ、僕も」

 充忠ミナルから『え?』とちいさく聞こえて、今度は難しい表情に変わる。忒畝トクセが、あえてあっけらかんと言ったにも関わらず。──充忠ミナルの反応は正しいと忒畝トクセは思う。充忠ミナル楓珠コノ大陸の生まれであり、楓珠コノ大陸で育ってきた。四戦獣シセンジュウの伝説になじみがある。いや、克主ナリス研究所に来てからは、深く伝説のことを知っているはずだ。父の研究対象でもあったから。充忠ミナルは、特に悠畝ヒサセに目をかけてもらっていた。ときには忒畝トクセが妬いてしまうくらい。

 充忠ミナル聖蓮セイレンを知らない。だから、忒畝トクセ四戦獣シセンジュウと結び付かないだろう。けれど、悠穂ユオは知っている。悠穂ユオのことは、どう思っていたのか。忒畝トクセの妹だ。『まさか』と思っても、悠穂ユオの持つ色彩のことを似た色なだけだと気にかけまいとしたのかもしれない。そうして、長い年月が過ぎて──結び付かないまま、離れていった。

 ただ、接点があり、きっかけがあって一度でも疑問視したもの同士が急激に近づいたのなら、充忠ミナルは結び付けることができるだろう。

女悪神ジョアクシンの血を継ぐ男は……」

 回答を迷うように言う充忠ミナルは、忒畝トクセに何と声をかけたらいいのかと思っているのかもしれない。

 やはり、充忠ミナルは文献を読んでいる。記憶を捲りながら呟かれた声は、絶望をまとって消えていく。それに対し、忒畝トクセは単に文を読むにすぎない口調で続ける。

「短命。生殖機能を持たない場合が多く、持っていても『生きられる』子は授かれない」

 ああ、と悔しそうな声が充忠ミナルからもれる。右手で額を抑え、辛そうに。

 何を、どう思っているのか。──馨民カミンに告白した更なる後悔か。それとも、忒畝トクセ馨民カミンと付き合おうとしなかったことの納得か。はたまた、もっと早くに馨民カミンへ想いを伝えていればと思っているのか。

 もしかしたら、グチャグチャと様々な記憶と感情が入り交ざって、『どう』とは充忠ミナル自身が言えないのかもしれない。

「お前は……いつ知っていた?」

 苦しむ充忠ミナルの言葉に、忒畝トクセは『う~ん』と唸る。

「十……四歳くらいだったかなぁ」

「そっ……か……」

 何か腑に落ちたかのように充忠ミナルは言う。

 忒畝トクセは長年、充忠ミナルに気づかれていたかと思う。忒畝トクセ自身が四戦獣シセンジュウの伝説と繋がると知るまでは『両親のような夫婦になりたい』、『今みたいなあたたかい家庭を築きたい』と、よく『夢』を口にしていたから。けれど、知ってからそれらを忒畝トクセは諦めた。以降、一切言わなくなった。充忠ミナルは特段言わなかったが、違和感はあっただろう。

 充忠ミナルには、口外したくない過去がある。ずっと抱えている過去があるからこそ、無理に聞こうと忒畝トクセにもしない。互いにそうしてきて、話せるタイミングで話し、聞いてきた。けれど──。

「いつまで耐える気だよ?」

 今回は、聞かなかったことを悔いているらしい。

「俺は、養母に……望緑ミズカさんに育てられた。克主研究所ココに入学して、それから望緑ミズカさんに会わないで頑張ってきて……失ったとき、絶望したときにっ。俺を支えてくれたのは忒畝トクセ、お前だったじゃないか」

 充忠ミナルの後悔に、忒畝トクセは驚く。充忠ミナルが自分自身のことのように苦しみ、涙まで浮かべているから。

「正直、俺はさ自分にはない、いい家庭でぬくぬくと育ってきたんだって、お前のことずっとそう思って見下していたときがあったよ。でもさ……」

 こんなに辛そうに話す充忠ミナル忒畝トクセが見るのは、養母を亡くしたとき以来だ。

望緑ミズカさんが亡くなって、望緑ミズカさんの両親が来て。すぐに、俺との……縁を、切った。それから何年かして、俺が今の地位になるって、決まったときには……以前の関係に戻りたいと、訪ねて、きて。本当の親だとか名乗るヤツらも、来て……俺は、どんなにお前から惨めに、見られているのかなって……思ったよ」

「僕は、別に……」

「そうだよ、お前は『別に』だったんだよ。何も言わねぇで、ただ俺の近くにいて。フツーにフツーのくだらない話しして……鈍感なんだかバカなんだか、頭いいんだかバカなんだか本当、わっかんなくてよ……」

充忠ミナル、何気なくバカって二回言っているけど?」

「俺が話せばうんうんってただ聞くしさ……」

「訂正はしてくれないんだね? まあ、いいけど」

「お前と馨民カミンだけだった。同じ研究生で、ずっと変わんない目で俺を見てくれたの」

 元気の欠片もない充忠ミナルの発言に、忒畝トクセはポカンとして言う。

「そんなの、充忠ミナルも同じじゃん」

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