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【84】苦渋の判断

 鴻嫗トキウ城から届いた結婚式の招待状に返信を送ったころ、今度は羅暁ラトキ城からの婚約、それに続いて婚儀が執り行われたという発表が忒畝トクセの耳にも入った。

 元々、梓維シンイ大陸は封鎖的な大陸で、独自で商いをして発展してきた大陸。貊羅ハクラのときも大陸は閉鎖して婚儀は執り行われたと忒畝トクセは父、悠畝ヒサセから何となく聞いたことがある。

 幼いころから交流がある捷羅ショウラ羅凍ラトウの幸せな姿を祝えなかったのは寂しいが、大陸には大陸の、国には国の風習がある。それに、立場を重視したいのであれば、大陸の封鎖で婚儀が執り行われたのは納得できる。それは、梓維シンイ大陸における羅暁ラトキ城の権力誇示。忒畝トクセは貴族ではないが、忒畝トクセ沙稀イサキが婚儀に参列すれば、捷羅ショウラよりも立場が上だ。だからこそ、他の大陸のことは除き、梓維シンイ大陸での立場をはっきりとさせることも、大陸を統治する上で有効な手段でもある。

 忒畝トクセは立場も権力も重視しないが、世の中みんながそうではないと理解している。だからこそ、たった一日の大陸封鎖で平和が保たれるなら、それでいいのではないか。個のちいさな感情は、個でいずれ修復すればいいのだからと割り切る。幸せが増えるのは、喜ばしいことだ。

 それに、現状の忒畝トクセには招待されない方が都合よかった。まだ先の沙稀イサキ恭良ユキヅキの婚儀には間に合うだろうが、まだ悠穂ユオも『龍声リュウナ』も目覚めていない。

 忒畝トクセ悠穂ユオの部屋に向かう。


 ──悠穂ユオは……母さんの死をどう受け止めるだろう。

 悠穂ユオが眠りにつく前、忒畝トクセはそれとなく母が消えるだろうと話している。けれど、見届けた者として、きちんと話すべきだろう。答えは出ているのに、迷っている。父が亡くなったときのように、悠穂ユオがまた大きなショックを受けるだろうからと。


 父、悠畝ヒサセが亡くなったのは、悠穂ユオがまだ十六歳のときだ。忒畝トクセは懸命に治療に挑んだが、努力空しく悠畝ヒサセは急激に痩せていく。その悠畝ヒサセの姿がいたたまれなかったのだろう。悠穂ユオは次第に姿を見せなくなった。

 悠畝ヒサセは倒れてから亡くなるまで、あっという間だった。意識混濁を起こしたあとは朦朧として、昏睡状態になり息を引き取った。看病してきた忒畝トクセでも、悠畝ヒサセが亡くなると心の準備ができないほどの短い期間。けれど、見届けた身として妹に連絡を入れた。駆け付けてきた悠穂ユオは、父の枕元で後悔を繰り返して泣き崩れた。

 忒畝トクセは若干十八歳ながら、喪主であり、克主ナリス研究の君主になる者だった。やるべきことは数多くあり、悲しみに暮れている間はない。

 忒畝トクセは感情を置き去りにする。そうでなければ、悲しみの渦に沈んでしまうから。しかし、割り切ろうと行動しても、四十七代目君主に就任したと公言するときは辛かった。十四歳のときに、継ぐ資格を得たときには、こうして継承すると想像もしていなくて。


 数日後、忒畝トクセは手際よく悠畝ヒサセの葬儀の準備を進める。けれど、悠穂ユオの姿がなく。恐らく、悠穂ユオは自室にこもっている。そうであるなら、忒畝トクセが直接行った方がいいだろう。ただ、妹が気がかりであっても、指揮をとっている忒畝トクセは場を抜けるわけにはいかない。

 忒畝トクセは苦渋の決断をした。馨民カミン悠穂ユオを呼んできてと頼んだ。すると、すぐに悠穂ユオは来た。目を真っ赤に腫れさせたまま。

 悠穂ユオには、段取りよく物事を進める忒畝トクセを信じられなかったのだろう。忒畝トクセを凝視して、じんわりと涙をためた。

「お兄、ちゃん……」

 このとき、忒畝トクセ悠穂ユオを抱き締めて一緒に泣けばよかったのかもしれない。だが、そうやって感情を優先させることは、忒畝トクセにはできなかった。

悠穂ユオ、これを祭壇に」

 悠畝ヒサセの遺影を渡す。忒畝トクセとしては、葬儀の重要なことを妹に任せようとしたのであって。それは、一緒に葬儀の用意をすれば、悠穂ユオも落ち着くと思ったからであって。忒畝トクセが、忙しさで感情を見ないで済んでいたように。

 けれど、悠穂ユオとしてはまったく考えが違ったのだろう。息を呑むように忒畝トクセから遺影を受け取り、トボトボと祭壇へと歩くと、ポツンと立ち止まった。

 忒畝トクセは妹の異変に気づかなかった。悠穂ユオを信頼していたから。──それも、災いとなったのかもしれない。

「もう……みんなやめてっ!」

 悠穂ユオが叫んで遺影を放り出し──ガシャン、と何かが割れた音は、忒畝トクセの耳に大きく響く。

「こんなことしたって……何も役に立たないんだよ?」

 妹の叫び声に、忒畝トクセは目を疑う。額の割れた遺影が床にあり、悠穂ユオは──祭壇の上に乗って、こともあろうか花々を荒らし始めている。

 すぐさま忒畝トクセは走り出す。そうして、悠穂ユオの両手を背後からつかむ。

「やめるんだ、悠穂ユオ!」

 暴れる悠穂ユオを抑え、体の向きを反転させた。

「取り乱したい気持ちは……わかるけど! 現実なんだよ、これが!」

「違う! お父さんが亡くなったなんて嘘っ! 絶対にそんなはずないもんっ。また『おはよう』って笑って起きてきてくれるもん!」

 真っ赤に腫れた目から、ボロボロと涙が落ちる。それでも尚、忒畝トクセは現実を妹に見てもらおうと必死だった。

「いいかい? 悠穂ユオ、僕はね昨晩も父さんといたんだ。それで、父さんが亡くなっていることは、変わらなくて……」

「あ~、そうだ! お兄ちゃんは『君主』になったのがうれしいんだよねっ? ずっとず~っと、お父さんの跡を継ぐのが夢だったものねっ! どぉ~お? そうなんでしょ?」


 パシンッ


 誰かが悠穂ユオを叩いた。直前、押し退けられた忒畝トクセが驚いて右前方を見ると、いたのは充忠ミナルだった。

悠穂ユオちゃん」

 名を呼んだだけなのに、充忠ミナルの声には充分に怒りが込められていて。珍しく忒畝トクセの思考が停止した。

悠畝ヒサセ君主が亡くなって辛いのは……悠穂ユオちゃん、君だけじゃないんだ。忒畝トクセだって、辛いに決まってるじゃないか! 憧れて、慕っていた人だ。……わかるかい? ここにいる全員が君と同じように辛い思いを抱えて、それでも! 悠畝ヒサセ君主を『お疲れ様』と……見送ろうとしているんだよ」

 よく見れば、充忠ミナルも瞳に涙をいっぱいにためている。

 悠穂ユオは、再び号泣した。座り込んだ悠穂ユオを、忒畝トクセは抱き締める。──が、悠穂ユオはスルリと忒畝トクセの腕から抜けて、馨民カミンのもとへと走っていった。

充忠ミナル

 忒畝トクセに呼ばれ、充忠ミナルは慌てて目を拭う。

悠穂ユオを叩いたこと、あとできちんと謝ってね」

「でも、あれは……」

「『でも』じゃない。僕は、妹の悔しさや無念な気持ちくらいは受け止められる。だから、充忠ミナル悠穂ユオに手をあげていい理由にはならないし、どんなことがあったにしても、男が女性に手を上げるなんて許されていいことじゃない」

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