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【73】迫る終わり(2)

 船のスピードがゆるみ、梓維シンイ大陸へと着く。ふたりは船を降りた。羅暁ラトキ城へ急ごうと、忒畝トクセが右に歩き出そうとしたとき、

「こっちだ」

 と、羅凍ラトウの声が降ってきた。忒畝トクセが振り向くと、羅凍ラトウは真逆に歩いている。

 その光景に忒畝トクセは戸惑いながらも、羅凍ラトウとはぐれるわけにもいかず、一先ず付いていく。

 城下町は緋倉ヒソウのようにたくさんの人であふれているが、しばらくして様子が一変した。羅凍ラトウに付いていくと、人がどんどん減っていく。その少なさに忒畝トクセは驚く。

「ここは……裏道?」

「まぁね。城下町は慣れているから」

 戸惑いつつ発した忒畝トクセに対し、羅凍ラトウの声は弾んでいる。人目に付きにくい道を通るのは、羅凍ラトウの得意なことだ。

 その自慢気な様子に、思わず忒畝トクセは笑ってしまう。

「それは、あまり口外できないね」

 指摘を受けて、羅凍ラトウはきょとんとする。

「あ? ああ、そうか」

『公以外、外出は禁止』が貴族の常識。羅凍ラトウはそれを再認識して、笑った。




 景色は町並みから草原へと変わり、羅暁ラトキ城が近づく。

「あ……ごめん。こっち」

 羅凍ラトウは道なき道を進む。──習慣でつい裏口の方へ来てしまったと気づいて。忒畝トクセを呼びに行き、一緒に帰城したのに裏口から入るわけにはいかない。

 忒畝トクセは城と並行して歩き始めた羅凍ラトウに疑問が浮かんだが、理由を察するとちいさく笑って付いていく。歩き始めた道は舗装されてなく、道でもない草むら。だが、森の近くで育っている忒畝トクセには苦ではない。

「習慣って、こういうときに出るんだね」

 急いでいたのに、緊迫していたのに、つい笑ってしまう。

「だね。習慣って恐ろしいものだと痛感したよ」

 苦笑いしながら謝る羅凍ラトウに、忒畝トクセは大丈夫だと答えて進む。すると、ほどなくしてきちんと舗装された白い道に辿り着き、その一本道を歩いていく。羅暁ラトキ城へ続く長い一本道だ。


 城内に入ると、羅凍ラトウは前方を一度見る。そうして、一歩後退し、道を忒畝トクセに譲る。

 羅凍ラトウの行動に忒畝トクセが前方へ視線を向けると、到着を待っていたかのように捷羅ショウラの姿があった。

「お越しいただきありがとうございます、忒畝トクセ君主」

 右側の階段を降りてきた捷羅ショウラは一礼をすると、

「こちらです」

 と、忒畝トクセを導く。

 会釈をし捷羅ショウラに続いて忒畝トクセは歩き始めるが、ふと振り返る。そこには見送る羅凍ラトウがいて、ふいにふたりの視線は合う。

 忒畝トクセは『ありがとう』と口を動かし、にこりとして手を振る。その仕草に、羅凍ラトウはうれしそうな笑顔を浮かべてちいさく手を振り返す。

 忒畝トクセもつい頬がゆるむが、ゆっくりしてはいられない。前を向き直し、小走りで捷羅ショウラの背を追う。


 二階へと上がっても、捷羅ショウラ忒畝トクセと会話する様子なく歩いていく。──静かだ。忒畝トクセはあまりの静けさに違和感を覚える。

 捷羅ショウラ羅凍ラトウも『父が危篤』だというのに、悲しむそぶりを見せない。辛い心情が見えないというよりも、伝わってこない。立派な態度だといえばそうなのかもしれないが、取り繕っているわけではないように感じてしまう。捷羅ショウラ羅凍ラトウも、日頃の様子と変化がなくて。


 父と息子──それは忒畝トクセにとっては悠畝ヒサセとの関係で。捷羅ショウラ羅凍ラトウにとっては、貊羅ハクラとの関係だ。

 忒畝トクセにとっては唯一無二のもの。捷羅ショウラ羅凍ラトウにとっても、そうであるはずなのに、決定的に何かが違う。

 忒畝トクセには決して理解できないこと。こうあるべきと他人が口出しをすることではないと忒畝トクセは充分理解している。だからこそ、城内の静けさが妙に忒畝トクセの胸に刺さる。

 捷羅ショウラ羅凍ラトウも、貊羅ハクラを助けてほしいとは言っていない。けれど、忒畝トクセは迷わない。貊羅ハクラを助けるのは、己の意志。


 ひとつの扉の前で、捷羅ショウラはていねいに会釈をすると、一歩後退した。貊羅ハクラの部屋に到着したようだ。

 忒畝トクセも会釈を返す。──結局、捷羅ショウラは言葉を発しなかった。捷羅ショウラらしいと言えば、実に捷羅ショウラらしい。業務的で無駄がない。

 よく言えば、捷羅ショウラは『貊羅ハクラの息子』ではなく、『個』としてすでに独立している。


 忒畝トクセは視線を捷羅ショウラから扉へと動かす。一度だけ深く呼吸をし、気を引き締め扉を開く。

 扉が開かれた先で見た光景に、忒畝トクセは息を呑む。奥には瀕死の貊羅ハクラがいて──悠畝ヒサセが亡くなる前の姿と重なる。

貊羅ハクラ様!」

 忒畝トクセの叫び声が室内を埋め尽くす。胸を詰まらせた忒畝トクセは駆け寄りベッドに横たわる貊羅ハクラを見つめる。貊羅ハクラは生死をさまよっているのか、うわ言を言っていた。

 突如、ピンと糸が張り詰める感覚が忒畝トクセを襲う。同時に、じわじわと背を這うような悪寒も。

 忒畝トクセはグッと奥歯を噛み締める。


 ──もう、恐れはしない。


 視線で気配を追う。すると、いつの間にか貊羅ハクラの枕元に、竜称カミナがいた。

 貊羅ハクラを見下ろす竜称カミナはフッと笑い、忒畝トクセに視線を向ける。

竜称カミナ……」

 忒畝トクセ竜称カミナを疑うように見る。竜称カミナは、貊羅ハクラの命を奪う気はない。──本当に、推測が正しければ。信じたい。正しいはずだと思いながらも、貊羅ハクラを思うと気が気ではない。

 どう切り出すべきか──忒畝トクセは慎重に言葉を選ぶ。

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