表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神回収プログラム ~口外できぬ剣士の秘密と、姫への永誓~  作者: 呂兎来 弥欷助
兄と罪、罪と弟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/409

【67】シロツメクサの告白(1)

 足早に城下町を羅凍ラトウは通り過ぎていく。人の少ない道を選ぶのは得意だと言わんばかりに、スイスイと歩いて船に乗り込む。


 父が一命を取り留める方がいいのか、悪いのか、羅凍ラトウには判断し難い。倫理で判断するなら当然、前者。それは理解できる。けれど、単純に良しと思えないのは、心にかかるモヤ

 正直、父が存命しているからこそ、羅凍ラトウは城に縛られている気がする。捷羅ショウラが継いで順風満帆に日々が過ぎていけば、羅凍ラトウに対して母の関心は薄れ──いや、なくなるかもしれない。

 捷羅ショウラは母の様子を見ながら、自由にさせてくれている。母の関心が羅凍ラトウからなくなれば、城から出て自由になる望みは叶いそうだ。

 身勝手なのは重々承知。だが、押しつぶされた心は悲鳴を上げていて、その悲鳴がもれないようにグッと理性が抑え込んでいる。どちらも限界を越えそうになりながら生きていて、倫理や理想や建前で父に生きていてほしいとは到底、羅凍ラトウには言えない。


 ──どうして俺は、羅暁城ココに生まれてきたのだろう。

 ──違うところに生まれていたなら。


 羅凍ラトウには、沙稀イサキ忒畝トクセも、誰も彼もが羨ましくて仕方ない。哀萩アイシュウのことを思えば、尚更。

 父が思っているように、羅凍ラトウも父の子として生まれなければという思いがある。鏡を見る度に、父と似ていると聞く度に、落胆する。外見だけではなく、己の血肉を呪うように忌み嫌っている。


 一方で城から出て、沙稀イサキ忒畝トクセたちと話していればとても満たされる。彼らは羅凍ラトウを個として見て、認めてくれているから。対等に扱ってくれるから。そういう彼らと友人でいられることは誇りで、話せる日々はとても幸せだ。


 船に揺られて思い出す。そういえば、哀萩アイシュウに初めて告白したのは、そんな彼らと有意義な一ヶ月を過ごしたあとだった。

 あれは、十九歳のときだ。そう、克主ナリス研究所の時期君主のお披露目の場として、開かれた約一ヶ月間の講義。講義を務めたのは、もちろん忒畝トクセだ。

 楽しく充実した日々はあっという間で──あんな毎日が続いたならと、夢のように思い返しながら羅凍ラトウは帰りの船に乗った。

 捷羅ショウラに帰城した旨を伝えて、その足取りで裏口から出た。向かった先は、幼少期によく過ごした棟の近く。一面には、シロツメクサがかわいらしい花を咲かせていた。その花々を呆然と見つめ、哀萩アイシュウと出会った日、笑って過ごした日々を思い出す。

 巻き戻した時が足早に再生され──羅凍ラトウが城内で過ごすようになってからの記憶は、ゆっくりと流れた。

 哀萩アイシュウが急によそよそしくなったのは、そのころだった。話しかけてもそっけない返事しか返ってこなかったり、刺々しい言葉が増えたり──以前のように笑ってくれなくなっていた。

 ちょうど捷羅ショウラの怒りの声を聞き、驚いたあとのことで。捷羅ショウラの言葉の矛先が、父だったのにも驚いたが──それ以上に内容にも、驚いて。心臓が、飛び出そうなほどバクバクといった。

 哀萩アイシュウとは結ばれたいと願うよりも、そばにいてくれればいいと願っていたのに、それさえも願ってはいけないと──諦めなければいけないと、思い詰めることになった。

 思いと裏腹に、視線は哀萩アイシュウに捕らわれ、追いかけてしまう。哀萩アイシュウ捷羅ショウラといつからか仲睦まじくなっていて、羅凍ラトウは視線を離せなくなる。──その様子を、捷羅ショウラは視線を送らずとも、知っているような気がした。

 捷羅ショウラの部屋が変ったのと同時に知った、禾葩カハナの死。その原因は、後に母から聞き──捷羅ショウラ羅凍ラトウに復讐心のようなものを抱いているのを、何となく感じるようになっていた。

 羅凍ラトウ自身が、何かをしたわけではない。捷羅ショウラもそれを理解しているはず。──けれど、理屈だけですべて片付くわけではない。

 哀萩アイシュウの気持ちは、わからない。本当に捷羅ショウラが好きなのかもしれない。だけど、捷羅ショウラは──羅凍ラトウに見せ付け、羅凍ラトウの想う人から想われるという満足に浸るために、必要な演技をしているにすぎないのだろう。

 キリキリと胸が痛む。幾重にも諦める理由が重なっていて。好きだという想いが消せなくて。また笑顔が見たいとか、そばにいられればいいとか、そんな思いが膨らんできて。──結局、諦められずに想いを膨らませてしまって、告白しない方が苦しくなってきてしまっていた。

 そんな思いを出会ってまもない沙稀イサキに露土してしまって、なのに沙稀イサキは、

羅凍ラトウって、自分に素直なんだね」

 と言ってくれた。そう? と聞き返せば、

「うん。羨ましいくらい。俺には絶対に真似できない」

 と、意外な言葉が返ってきて。──告白してもいいのかと、背中を押してもらえた。


 深呼吸をする。あの沙稀イサキに羨ましいと言ってもらえたのだからと、勇気をもらい決心できたと思い出して。哀萩アイシュウに告白をすると心に決め、草原に腰を下ろす。


 ──玉砕すれば、きっとスッキリする。


 告白しないという選択肢は、もう彼の中にはない。尚且つ、受け入れてもらえるという望みも彼は持っていない。

 おもむろに手を伸ばし、一本のシロツメクサを摘む。

 懐かしい時間を再び刻むように、茎で円を描く。一度止まり、今度はクルクルと茎を巻きつける。すると、ちいさなシロツメクサの花が、大きく見えた。

 シロツメクサを編んで作ったものを見つめて、徐々に鼓動が早くなる。望みは持っていないが、これには一大決心を込めた。


 ──結果なんて、わかってる。だけど……。


 言わなければ、前には進めない。前を向くこともできない。

 告白しないで胸にそっとしまい込めていたら、どんなによかったか。いや、好きだと気づかないで、子どものままこの場で。彼女とふたりでずっと過ごせたのなら──どんなに、よかったか。

 ずっとそばにいたかった。いてほしかった。

 それだけでいいと願っていた。それだけを望んだ。

 一生をともに過ごす象徴が、結婚だ。だけど、結婚は望めないから望まない。だから、プロポーズもできない。


 これは、諦めるための手段。


 凛と咲き誇る手の中のシロツメクサを見つめ、彼の瞳が潤みかけていたとき、

「おかえり」

 と、背後から想い人の声が届いた。

 一ヶ月振りに聞く声に、一瞬で瞳は乾く。いや、乾いたのは瞳だけではなく、口の中まで水分は失っていった。

「もう……わざわざ克主ナリス研究所から手紙を送ってくるなんて。しかも、ここに呼んで。……どうしたの?」

 彼女の声に羅凍ラトウの鼓動は高鳴る。いつまでも聞いていたいその声に、心を揺らしてはいけないと、羅凍ラトウはなるべく自然に立ち上がる。──手の中にシロツメクサで作ったちいさな物を隠して。


 立ち上がれば一面に背の低い緑が広がり、所々に白が点在している。白くて丸いちいさな花を咲かせたシロツメクサたちが。

 彼女と向かい合うと、距離はおよそ四メートル。互いに腕を伸ばしても、手は届かない。

「ただいま」

 いつものように笑おうとしたのに、顔の筋肉が言うことをきかなかった。彼女に戸惑いの表情が浮かぶ。

 それはそうだろう。遠方から手紙を出すのも、彼女を呼び出すのも、強張った表情なのも、すべてが羅凍ラトウらしくないのだから。

「何?」

 彼女の不安そうな声に、羅凍ラトウは隠していたものを差し出す。蔦のように編んだ丸い部分を親指と人差し指で持って、彼女に受け取ってと言うように。

 輪の上部に咲く白い花越しに、青と緑の──彼女を象徴するような色合いが、視界を染める。

「はい」

 ちいさな花をシンボルとした、おもちゃのリングのようなもの。それを目の前にして、彼女は青空のような瞳を大きくした。

 彼女は羅凍ラトウの言葉を待っているのか、ただぼんやりとちいさな花を見て──羅凍ラトウに標準を合わせるように視界を上げる。

 羅凍ラトウの顔は、急激に熱を上昇させていく。

「あ……えと、その……初めてあげたのが冠だったから、告白するときはこれを渡そうと思って……た。俺、哀萩アイシュウが好きだ」

 何度か伏し目がちになりながらも、懸命に哀萩アイシュウを見続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ