【Program】終着──広がる白い景色と繋がる来世
銀白の地に体をつけて、どのくらい時間が経ったのだろう。色彩を忘れ、腐敗していく痛みもなくなり、嗅覚も温度も感じなくなって。
あとどれだけ意識があるのか。こうなっても、願うことはただひとつだけ残っている。
祈りを繰り返すだけの意識に、何かが聞こえる。
雪を踏み、何かが近づいてくる。
足音がたとえ野犬だとしても、仕方がない。体はすでに動かないのだから。
恐怖よりも、一心に祈りだけを。叶わないだろう祈りを繰り返す。
足音が聞こえなくなった。
いや、何かが聞こえたような気がする。
「琉菜磬様ぁ!」
ヒステリックな叫び声は、歓喜を呼ぶ。
動くはずのない左腕で何とか応えようと、一目見ようと目玉を向ける。
──ああ、求めていた人が……いる。
片目はとうにない。残る片方も見えるのは、ほぼ白。ぼやけていて、ほとんど何も見えない。──けれど、見えないはずの瞳に、鮮やかな色彩が映った。
それは、羨望の眼差しを向けた血の色に似た、蘇芳色。長い長い、黎馨の美しい髪の毛の色。
黎馨は今にも崩れてしまいそうな体に駆け寄っていて、両手で琉菜磬の左手を包んでいた。
「貴男のもとへ戻って参りました。もう……もう、片時も離れはいたしません!」
「ぇ……い、ぁ」
『黎馨』と声にならぬ音。
何とか発したそれに、黎馨は大粒の涙を落とす。
「琉菜磬様ぁ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
黎馨は必死に琉菜磬を呼ぶ。すぐそこに近寄ってきている死を、わずかでも遠ざけようとするように。
「私はずうっとここにおります。そして、生まれ変わっても……いつまでも、貴男のそばにおります」
強く琉菜磬の手を握り、意識の薄れゆく彼に声が届くようにと続ける。
「琉菜磬様。もう、大丈夫です。どこにも私は行きません。もう、貴男は苦しみから解放されていいのです。許されるのです。何も……何も、もう縛られることはないのですよ」
彼は再びこの世に生まれてくるのだと、胸に刻む。魂は巡るのだと。
短い時間で別れを覚悟するほど、琉菜磬の体の状態はひどい。生きているのが信じられないほど。だからこそ、黎馨は言ったのだろう。──別れの言葉を。慈悲を込めて。
「おやすみなさい、琉菜磬様」




