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【48】過去生との決別(2)

 けれど。


 ──でも、それはきっと『僕らしく』はない。


 忒畝トクセは微笑する。

 黎馨レイカの想いも、わかってしまった。彼女は琉菜磬ルナセの願いを叶えたかっただけではない。彼女自身の願いも叶えたかったからこそ、現世にまでわざわざ来た。──彼女も、子どもを願い、憧れていたからこそ。どんな形であれ、琉菜磬ルナセの忘れ形見を望んだのだろう。

「もう、一緒にいるのはやめた方がいいと思う」

 忒畝トクセ黎馨レイカの腕を離す。手早く着衣を身に着け、黎馨レイカに白衣をかける。

琉菜磬ルナセはずっと、君の帰りを待っていた。君は僕の妻ではなくて、琉菜磬ルナセの妻だ。そばにいるのは僕じゃない」

 揺るがずにまっすぐ黎馨レイカを見る忒畝トクセの瞳。──そこに『琉菜磬ルナセ』はいない。

「そう……ですね」

 黎馨レイカは視線を下げ、悲しむ。落ちる涙は、忒畝トクセのやさしさを感じ悔いているからなのか、それとも、琉菜磬ルナセの存在が消えてしまうことへの怯えか、はたまた両方か。

 嘆き悲しむ姿を前に、忒畝トクセ黎馨レイカが来たもうひとつの理由を口にするのをやめた。これまで彼女に触れたあと自己嫌悪していたからこそ謝った忒畝トクセだったが、黎馨レイカの望みに気づいた以上お互い様だとも思える。それに、彼女の望む気持ちはわからなくない。

 黎馨レイカは静かに涙を流している。

 琉菜磬ルナセが想い焦がれていたことは、黎馨レイカも想い募らせてきたこと。互いに寄り添い、支え合ってきた仲睦まじい夫婦だった。死しても離れたくないと、琉菜磬ルナセの痕跡を何か残したいと、忒畝トクセにかけた。

『奇跡でした。いや、奇跡だと思いました。同じ魂を継承し、尚且つ、女悪神ジョアクシンの血を継いでいるなんて』──黎馨レイカはそう言っていた。忒畝トクセに愛おしい人の、その面影を重ねたのだろう。そうして、身の危険を冒してでも時空を越えて未来──現世──に行きたいと琉菜磬ルナセにせがんだ。恐らく『琉菜磬ルナセの願いを叶えたいから』とだけ告げて。

 忒畝トクセは、琉菜磬ルナセに死が差し迫っても彼女を求めていた光景を見ている。その風景だけではなく、気持ちが伝わってきた。───黎馨レイカを、彼に返さなければいけない。下手をすれば、これからのことだけではなく、過去が変わる可能性も生じてしまう。ふたりは寄り添ったまま、琉菜磬ルナセは孤独に包まれずに死の瞬間を迎えるはずだっただろうから。

黎馨レイカ……」

「ごめんなさい」

 忒畝トクセが諭そうとすると、黎馨レイカはぬれる瞳を向ける。

「ごめんなさい、忒畝トクセ様。私……」

「もう、いいから」

「違うんです!」

 強い否定に忒畝トクセは驚く。すると、黎馨レイカは号泣しながら懺悔をした。

「私、本当は克主研究所ココに産まれて、克主研究所ココで育つはずだったんです! 私ではなくて……私の生まれ変わりが忒畝トクセ様とこの数値を取ったり、血清やそのあとのことも……。なのに、いないんです、ここに、私が……」

 理解が追いつかない。頭が真っ白になりそうになりかけ、忒畝トクセはひとつの結論を導く。

「つまり……黎馨レイカが時空を越えてきたことで、未来が変わった、と?」

 黎馨レイカはうなずく。

「たぶん、そうです。初日は『未来の私と会ってはいけない』と思っていました。けれど、こんなに忒畝トクセ様がないのをふしぎに思い……食堂でいくら見渡してみても、『私』はいませんでした。お願いです、忒畝トクセ様……どうか、『私』を見つけてください。そして、見つけたら……決して『私』を離さないでください」

 止まらぬ涙に、忒畝トクセは了承の返事しかできなかった。思い当たる人物など、浮かばないのに。




 黎馨レイカが落ち着いたころ、充忠ミナル馨民カミン忒畝トクセで彼女を見送った。

「お世話になりました」

 とお辞儀をしたあと、黎馨レイカはふんわりと忒畝トクセに抱きつく。

「両親にも会えてうれしかったです。ありがとうございました。忒畝トクセ様」

 そっと告げられた言葉に、忒畝トクセはドキリとした。過去を見てから何となく、充忠ミナル馨民カミンもどこかで見たような気はしたが、まさか養父母だったとは。

 ──どうりで。

 クスリと笑い、忒畝トクセ黎馨レイカを包み込む。

「こちらこそ。間に合うといいね」

 慰めるように頭をなで、忒畝トクセは祈る。

「え、本当に帰っちゃうの? 噂は?」

 見つめ合って微笑むふたりを、馨民カミンは呆然と眺めて呟く。充忠ミナルは首を傾げ、

「まぁ、吉報とならずに残念だけど……『噂は噂』ってことか」

 と、ため息交じりに答えた。

 今は手を振り合っているふたりの会話の内容は、親友たちには理解不能。だが、黎馨レイカが来たときとは、明らかに空気が変わっているのは伝わっていた。

 忒畝トクセから放たれる空気は『恋愛』というよりは、『博愛』。充忠ミナル馨民カミンがよく知っている忒畝トクセに戻っている。

 駆け出していた黎馨レイカは一度振り向くと、深々と三人に頭を下げて克主ナリス研究所をあとにした。



 彼女は琉菜磬ルナセのもとへと急いだ。

 死の世界へと逝く大切な夫を、その瞬間を独りにしないために。彼の願いを忒畝トクセへと託し、その願いが叶うことを信じて。

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