【過去編──神々の歌】
赤い実食べた
其の実はどちら
神が与えし救いの力
それとも
悪魔が差し出す契りの果実
ふしぎな果実はふたつ
どちらを食べた
どちらを選んだ
赤い実食べた
其の実はどちら
「竜称、そろそろ家の中にお入りなさい」
「はぁい」
大きな家の玄関先で、少女はやわらかく返事をする。白緑色の髪の毛が、美しく輝く。
少女は上品で清楚で美しい。
「ほら、ふたりとも。お母様がお呼びよ」
やさしい鈴のような声は、少女よりも幼いふたりにかけられた。そのふたりの幼女は元気に返事する。夕日を背に、手と手を取り合って。
ふと、より幼い方が少女に手を伸ばす。──少女はにこりと笑って手を握る。
少女が手を繋ぐと、その幼女は再び歌を口ずさむ。
「赤い実食べた」
「その実はどちら」
弾む声に、もうひとりの幼女の声が重なる。
「神が与えし救いの力、それとも」
少女は瞳を閉じ、微笑む。そうして、家の中で歌は響いた。
急激に空は明るくなり、暗くなる。──少女は母と教会に来ていた。
十字架の上にあるバラ窓と、その下部の両サイドに位置する縦長のステンドグラス───神如の教会だ。
母と度々少女は訪れる場所なのか、落ち着きを払っている。
少女は聖堂の片隅で、熱心に祈りを捧げる幼子に目を奪われた。ふと横顔が見えて、息が止まりそうになる。何とか押さえたものの、母の振袖を強く握ってしまっていた。
「どうしたの?」
母の声に少女はハッと手を離す。少女は声を出せず、けれど指をさすのは、はしたないとできなかったのか。──結果、少女は首を横に振るだけ。
黒衣──リヤサを着用し、丸い首飾りであるパナギアと十字架を首から下げた神父に呼ばれ、少女は母とともに十字架の前へと歩いていく。
十字架の目の前で神父が立ち止まると、その横に目を引くような赤い髪の毛を持った少女がどこからか現れた。
「娘の黎馨です」
「初めまして」
にこりと微笑む黎馨に母と少女は一礼する。
少女は黎馨を凝視した。年齢はさほど変わらなさそうだが、少女には黎馨が幼く映っていたのかもしれない。
黎馨の笑顔は、穢れを知らなさそうで。
ふと、あの歌が流れる。『赤い実食べた』──赤い、実。
母娘は、日が暮れる前に教会をあとにしようとする。そのとき、少女は何気なく聖堂の中を振り返った。聞こえたのは──。
「琉菜磬」
神父の声。
神父の声で幼子は、ようやく頭を上げたのか。神父のもとへと駆け寄っている。
彼の髪は、真っ白なのに。嫌味なほどに光を反射させている。
先ほど彼の横顔が見えたとき、その瞳の色は少女と同じ──アクアの色をしていた。
「赤い実食べた」
教会を出て、少女は歩きながら歌い始める。
「その実はどちら」
母は、より軽快に歌を重ねる。
母娘は手を繋ぎ、楽しそうに揺らして歩き続けた。──これは、『女悪神』が堕ちた由来とされる話が込められた童謡。
赤い実食べた
其の実はどちら
神が与えし救いの力
それとも
悪魔が差し出す契りの果実
ふしぎな果実はふたつ
どちらを食べた
どちらを選んだ
赤い実食べた
其の実はどちら




