【Program3】1(2)
日が上がり、克主は封印決行の日を『今夜』と村人たちに告げた。『封印』とは告げずに。
浄衣をまとっている克主の他に、数人の研究員と村人たちが集まっている。人数は五十人。塚の前で入念な打ち合わせがされている。
命を張って四戦獣をおびき寄せると申し出た『誘き寄せ役』の村人が二十人。塚の中へ誘い込む『誘導役』が十人。万が一、負傷者が出たとき手当をする『救護役』が五人。
四戦獣が塚に入ってから、その入口に呪符を貼っていく『封印役』は十四人。四戦獣を目の前にして、術を読み上げる『術の施行者』は、克主ひとり。
もし、失敗してこの期を逃してしまったら『もう一度』はない。様々な思いを胸に、すべての者に緊張が走っている。
打ち合わせが終わると、視線を落としたまま克主は塚の奥、行き止まりまで歩いく。
微かな灯りに囲まれ、克主は行き止まりであることを確認するように、壁に右手を当てる。何を思っているのか。わずかな灯りでは、その表情は読めない。
しばらくすると、バタバタとした足音が聞こえてきた。どうやら、『誘き寄せ役』も『誘導役』も何とかうまくやっているらしい。『誘導役』は左右の道に紛れて彼女たちから逃げ、塚を出ていくことになっている。
克主はゆっくりと壁から手を離すと、壁に背を向ける。すると、ザッと足を止める音が聞こえ、更にいくつか足を止める音が続いた。
左手に持った巻物を克主は、ハラリと解く。声を張り上げ読み上げるは、古の言葉。ゆったりと来る者たちへと向かって歩を進める。
一方、異変を感じて足を止めていた竜称は、挑戦的に歩き始めた。
時林は邑樹を不安そうに見る。
邑樹は横目で刻水を見るが、小走りで竜称に付いていく姿を見るなり、無言でうなずく。
後方から三人が来たと感じたのか、竜称は足を早める。
奥から薄い光が見える。彼女たちに近づいてくる人物は、逆光で影となっている。徐々に近づいてきた人物は、照らし出されていく。刻水の足が一瞬止まる。けれど、次の瞬間には何もなかったかのように。
光が照らし出した人物の姿が露わになったとき、彼女たちの体はぎこちない動きしかできなくなっていた。次第に動かなくなっていく。そうして、それは生命活動にも及んだのか。彼女たちからは、苦痛の声がもれ始める。
克主は彼女たちの姿を目の前にしても、臆さない。淡々と正確に、何の迷いもないかのように術を唱え続ける。彼女たちが悶え苦しんでいく姿を、声を、脳裏に焼きつけるかのように克主はジッと彼女たちを見つめていて。
時林が倒れ、続いて邑樹も倒れた。──そして、刻水も。竜称だけは、膝をつきながらも耐え、克主を恨めしそうに見上げる。
「許さんぞ、克主。私たちはお前が再び目覚めたとき、この封印から目覚めてやる。よく、覚えておけ……」
竜称は苦しみをこらえながら言うと、両手をつく。その肘は次第に曲がっていき──ついには竜称も倒れた。
克主は竜称が倒れたのを見届けると、瞳を閉じ、術を最後まで唱え続ける。『四戦獣』を封印するために。
ヨロヨロと克主は壁を伝って歩く。必死に歩くその額には、多量の汗。反響を耳にしていた克主も無事とは言えないのだろう。
巻物はいつの間にか手にはない。その代わり、大事に握られているのは、一枚の札。術をかけた者が最後に貼らなくてはならない札。
克主は塚から出てくるなり、フラフラと座り込む。『救護役』が克主を囲むと、『封印役』の者たちは急いで塚に石蓋をする。その上から更に塚の入口を多量の札を貼った板で閉ざすと、更に数枚の札を我先にと貼る。そして、
「君主、最後の一枚をお願いします!」
『封印役』の誰かが瞳を輝かせて懇願する。
克主は握り締めていた札を名残惜しそうに見つめる。
「君主!」
『封印役』の誰かが克主を急かす。克主が顔を上げれば、誰もが期待の眼差しを向けていた。
重い腰を克主が上げ、苦渋を浮かべながら真ん中に札を貼る。
「彼女たちに、安らかな時間を」
それは、ちいさなちいさな呟き。
「うわああああ!」
克主の気持ちと反する歓喜が上がる。すると、次第に歓声があふれ始めた。歓喜は広がっていき、やがてそれは克主を称える声へと変わっていく。




