【47】答え
職場に立ち寄り、置かれている仕事の少なさに忒畝は苦々しく思いながらも仕方なくも思う。これでは君主不在の状況が継続だ。
馨民の気遣いに感謝しつつも、充忠に申し訳ない。──そこで、ハッとする。今はひとりではないと。後ろには、疑問符が浮かんでいそうな黎馨がいる。日頃から食事に疎い忒畝だが、他人を巻き込むつもりはない。
おもむろに受話器を上げる。感覚で押す内線番号は、食堂。
「もしもし、鷹? 忒畝だけど……うん、ごめん。な何か残っているもので構わないから、ふたり分用意しておいてくれる?」
控えめに言う忒畝とは真逆に、活気あふれる声が受話器からもれる。
「はい、君主! 喜んで!」
戸惑うような黎馨を半ば強引に食堂へと忒畝が連れていけば、遅いランチがきちんとふたり分用意されている。料理長の鷹としては、君主からのお願いに残り物では済ませられないと言ったところか。はたまた、腕の見せどころだと思ったのか。
忒畝を出迎えた──白いシェフコートとサロンを身に着けた体格のしっかりした男──鷹は、黎馨を一目見て、目を丸くしアハハと豪快に笑った。
「すいやせん! ふたり分と聞いて、てっきり悠穂ちゃんと来るのかと思ってしやいました!」
大きな体にしっかりとした筋肉をつけた料理長、鷹は、なぜか照れ笑いをする。日焼けが似合いそうなワイルドな顔から、真っ白な歯を光らせて。
テーブルの上に並ぶ食事を忒畝が見れば、確かに悠穂の好きな物ばかりが用意されている。
「何か残っているもので構わないって言ったのに」
「いえいえ、君主もこんなにきれいな方との食事でしたらそう言ってくれれば。そういう食事も、よろこんでご用意いたしやすのに」
『今度は、ちゃんと教えてくださいよ。俺、口固いんすから』と忒畝の耳元で言えば、鷹はそそくさと調理場に下がっていく。
──何か誤解を受けたかな?
そんな印象を残すも、折角のあたたかい料理。それならば、冷めないうちにありがたくいただかなくてはと、黎馨の手を引く。
「妹さんのための料理を、私がいただくわけには……」
戸惑う黎馨を、
「僕が用意を頼んだ食事は、黎馨と食べるための食事だから」
と押し切る。やはり、半ば強引に食事は開始される。
ほんのりと上がる料理の数々を口に含みながら、それとなく始まる会話は、これからのこと。
「僕は、きちんと返事をしないといけないね」
咀嚼していた黎馨は無言のまま、視線だけを忒畝に向ける。すると、忒畝は微笑む。
「もっと考えないと答えは出ないかもしれないと思っていた。だけどね、僕も同じ気持ちだと気づいたよ」
黎馨はゴクンと飲み込んで、慌てて水を飲む。
「だから、今度は……黎馨に協力してもらわないと先に進めない。一緒に乗り越えてくれる?」
忒畝の眼差しは真剣そのもので。それは、黎馨の待ち望んでいた答えだったのか。感極まり、瞳はじわじわとうるむ。
「はい!」
短くもしっかりとした返事をしたあとに、つぶれた瞳からはポツンポツンと雫は零れ。あふれる感情の雫は、永い永い時を経てようやく叶うという歓喜。
「これから、よろしくね」
やさしく宥める忒畝。──たちを、耳を大きくして聞いていた者がいる。鷹だ。ふたりの様子を、遠目から鷹は見守ってしまい、何やら大きな誤解をしていた。
その後、
「ごちそうさま」
と労う忒畝を挙動不審に見送る鷹と、それを疑問に思いつつも笑顔で手を振る忒畝のやりとりがあった。だが、今の忒畝に鷹の誤解を解く余力はない。
食事を終えた忒畝たちは、再び忒畝の自室へと戻ってきた。これから、大事な話をしなくてはいけない。
ガリレオ温度計が置かれている机の前で、忒畝は椅子に座る。黎馨に、その近くにある椅子に座るようにと促して。忒畝が黎馨の望んだ答えを出した以上、黎馨も忒畝の望んだ答えを話さなくてはいけない。
彼女は琉菜磬の願いを成すために時空を超えてやってきたと話していた。『同じ女悪神の血を引く者たちを救いたい』強く願いながらも、祈り、見守ることしかできなかった幼い神父を想って。
彼は何もできずに、何も救えないと責め続けていた。
開発所で作られ、男ゆえに女悪神の『力』を継がず、『失敗作』として、『Er.(Error)』の焼き印を押されていた。
右の鎖骨の下に、忒畝の左手は自然と動く。そこは遠い過去に、忌まわしい焼き印のあった場所。
黎馨はそんな彼と幼いころから生活をともにし、生きる意味を探し続けていた彼をずっと見守り、彼の苦悩をずっと一緒に背負ってきた人。
「私は、琉菜磬様を救いたいと願っていました。切なる願いを叶えたかったんです。だから、ずっと女悪神の『力』を制御する術を探して……琉菜磬様に隠れて意識だけ、時空をさまよいました。そうしてやっと、その術を知って私は歓喜にあふれました。今のように。けれど、それは絶望でもありました」
「どういうこと?」
「琉菜磬様では手遅れだったんです」
琉菜磬では手遅れ。どういう意味か。うつむいてしまった黎馨にそっと促すと、黎馨は言いにくそうに言葉を絞り出す。
「それを知ったときには……琉菜磬様の死期が、近すぎて……」
解決する鍵が琉菜磬自身にあったように聞こえ、忒畝は慎重に聞く。
「それで、黎馨は次にどうしたの?」
「はい。また意識だけで時空を何度もさまよいました。そうしてやっと、忒畝様の存在に、気づいたんです」
救いを求めるように、黎馨は顔を上げる。その表情は、懇願するような、希望の光を見つめるような。
「奇跡でした。いや、奇跡だと思いました。同じ魂を継承し、尚且つ、女悪神の血を継いでいるなんて」
忒畝はハッとする。もしかして、と。
「女悪神の、男の血?」
黎馨は大きくうなずいた。




