92 お前がいなくなってから、探しに行った。
俺は、乗り込んだホライ・ゾンの海賊船で、懐かしい男と出会った。楽しい思い出ではない。その男とは、仲間でありながら、戦いばかりしていたのだ。
きっかけは、戦闘隊長の座をかけてだったこともあれば、獣人の娘、ドディアをかけてだったこともある。
俺が負けたことはなかった。だが、獣人を弱いと感じたことはなかった。
「いつか、戻ってくることはわかっていた。ホライ・ゾンの旦那から、逃げられるはずがない。戻ってきたら、一番にぶち殺してやろうと決めていた。だから、ここで待っていた」
「お前、俺に勝ったことはないだろう。どうして、俺をぶち殺せると思うんだ?」
「俺は、強くなった。ホライ・ゾンの旦那の血を誰よりも飲んだ」
「それはよかった。ホライ・ゾンは干からびて、死にかけか?」
だったらありがたい。だが、そうはいかないだろう。
「旦那を侮辱するな!」
獣人が甲板を蹴った。
踏みつけられた板が割れる。すさまじい脚力だ。
一瞬で俺の目の前にいた。
獣人の手斧が、俺の頭上に振り下ろされる。
強い衝撃と同時に、血が舞った。
「オウキュウテアテ」
頭上で声が聞こえた。カマキリのアリスがスキルを使用したのだ。
「魔法で癒してくれよ」
「贅沢言わないでよ。私の魔力なんて、スズメの涙なのよ」
「かなり痛いんだが」
「避けないからでしょ」
「反応できなかった」
「情けないわね。私は避けたわよ」
「複眼だからな」
頭に一撃をもらった直後に、俺は後退して距離をとった。アリスと口論によって激しく応酬しながら、俺もアイテムボックスから武器を取り出す。銅の剣だ。獣人相手に鉄の剣は勿体無い。
下がった俺に、獣人が追い打ちをかける。俺は銅剣を突き出し、獣人の腹を抉ろうとした。
突き出した俺の腕を決められる。関節が逆側に折られそうになる。
「……一つ聞きたい。どうして、ホライ・ゾンの血を飲んだもの同士が戦えるんだ? 仲間であれば、恨んでいても戦いにならない。それが、ホライ・ゾンの血の呪いじゃないのか?」
「……さあな。お前は、旦那を裏切ったってことじゃないのか?」
「それができるぐらいなら、『血の呪い』だなんて言われないだろう」
俺は、ホライ・ゾンの呪いからに解放されている。だが、それを悟られるのは避けたかった。ホライ・ゾンの油断を誘いたかったのだ。そのため、あえて、呪いを解除していないことを強調するために、獣人に問いかけた。
「俺が知るか」
獣人が力を込めた。腕が悲鳴を上げる。俺は、腕にかかる負荷を和らげるため、体を回転させた。
甲板に叩きつけられる。アリスが転がった。
「アリス、無事か?」
「無事じゃないわ。治療して」
「僧侶だろうが」
「レベル3なのよ」
「わかったよ。メディ」
下級の回復魔法で、潰れかけたアリスの鎌が修復される。俺が獣人に向き直った時には、アリスは再び俺の頭の上にいた。
「本気で、俺を殺す気か? ホライ・ゾンが黙っていないぞ」
「構うものか。まずいことなら、旦那が止めるさ」
「そうか。わかった。ヒエ」
「何をする気か知らないが、そんな小手先の魔法で……」
俺が魔法を使ったと察した獣人が、大きく踏み出した。俺は、獣人の足元、甲板に氷の範囲魔法をかけていた。
踏み出した瞬間に、獣人の足が滑る。
大きく股を開けて、股間を強打する。
「……がっ」
「ヒエ」
さらに追い打ちをかける。獣人の脚を凍らせる。
「……くっ……くそっ……」
「ここまでにしないか。強くなったのはお前だけじゃない。俺も一緒だ」
「そんな、上から物を言える勝ち方じゃねぇだろうが。魔法がなければ、お前なんてどうにでもなるんだ」
「魔法も含めて、俺の強さだよ。悔しけいなら魔法対策をしておくんだな」
「くそがぁ……おい、ドディアが会いたがっているぞ」
「まだこの船に乗っているのか?」
「いや……お前がいなくなってから、探しに行った。所詮人間と獣人では体のつくりが違う。結ばれることがあっても、幸せにはなれない。そう言ったんだが、聞かなかった」
「……そんな格好で語るな。滑稽だ」
「うるさい。助けろ」
「仕方ないな。ボヤ」
「ちょっ……殺す気か!」
「もちろんだ」
足が燃え上がった獣人を置いて、俺はアリスとともに船長室に向かった。
船の中とは思えない豪華な部屋で、ホライ・ゾンは俺を待ち受けていた。
「……ようやく戻ったか。カロン、我が戦闘隊長よ」
真っ黒い肌をした、きざな優男の外見をした海の悪魔は、俺をゆっくりと手招いた。
俺は銅剣を握ったままの腕を下げ、ホライ・ゾンに近づいて行く。
大丈夫だ。ホライ・ゾンは、俺の敵だ。俺は、ホライ・ゾンを殺さなければならない。ホライ・ゾンを殺さなければ、俺を信じて待っているピノが死ぬのだ。
俺は自分に言い聞かせながら、自分の認識を再確認しながら、距離を詰めた。
「海の民を皆殺しにしたところまではよかったが、まさか、海底にさらわれるとはな。海底の王国に行き着いたのだろう。さすがに、私もその事態は見抜けなかった。知っていたら、海底の連中を虐殺する、またとない好機だったのだがね」
「……そうでしたか。俺のことは、忘れられてしまったかと思いました」
「はっは。カロンのことを忘れるものか。こんな珍しい魂をした君を忘れるほど、私は忘れっぽくはないつもりだよ」
「俺の魂は、珍しいのですか?」
「ああ。この世界の魂とは思えないほどだよ」
ホライ・ゾンは、俺が異世界から転生してきたことを知っているのだろうか。あまりにもあからさまな言い方だ。知っていたとしても、何ら不思議はない。ホライ・ゾンに飼われているララという猫が、俺と同じ転生者だ。
俺のように死んだ体に入ったのだとして、アリスと同じように僧侶だろうか。アリスの言うことを信じるなら、この世界に転生した段階では全員死にかけの体に入るので、よほど運がいいか、たまたま僧侶職でスタートしていないかぎり、再び死亡するのがおちだということだった。
猫のララの職業については聞かなかった。もちろん、いまは重要なことではない。ホライ・ゾンが猫と話ができるかどうかはわからないが、話をしていたとしたら、異世界から転移してきたことは知っているはずだ。
「残念ですが、海底では誰も殺していません。あなたの命令なく、周囲の人間を傷つけるほど、俺は血に飢えてはいない」
「それは残念だな。では、そのうちに正式に、命令で海底に送り込もう。楽しみにしているがいい。今日はもう、休んだらどうだ? 連中は一晩、戻ることはあるまい。戻ったら、カロンの帰還祝いをするとしよう」
ホライ・ゾンは、きざではあるが、嫌なやつではない。ただ、魔将軍として、人間の敵であることは間違いない。
「残念です」
「んっ? どうした?」
「短い間だが、世話になった」
「ああ……そうか。海底には、忌々しい魔女がいたな。私の血から解放される方法を知っていたのか?」
俺の持つ銅剣が、ホライ・ゾンの胸に吸い込まれていた。
胸を突き、肉を抉り、肺に穴を空けた。ただし、人間の体であれば。
俺の突き立てた銅剣は、根元までがホライ・ゾンの洒落たスーツの胸に吸い込まれていた。
だが、血は出ていない。
「私の血から解放される方法は知っていても、海底の魔女は、私を殺す方法は知らなかったのか?」
ホライ・ゾンは俺に突き刺されたまま、俺の手首を掴んだ。凄まじい力だ。自分の腕が潰れるような錯覚をおぼえ、俺は銅剣から手を離す。
ホライ・ゾンは俺の手首を離さない。
「タイカ」
ホライ・ゾンの全身が炎に包まれる。
黒い悪魔は腕を一閃した。俺の体が宙を飛び、壁に叩きつけられる。
俺が放った炎は消えていた。
「相変わらず、面白い魔法だ。どんな法則なのか……」
「『妖術』とは言わないのか? 人間の国では、そう言われた」
「人間たちは、そう言うだろうな。カロンの力は、どちらかといえば私たちに近い。カロンは、魔族ではないのか?」
「……人間だ。ヒエ」
ホライ・ゾンの足元が凍る。床がきしむ。黒い悪魔が、穏やかに床を蹴った。
気がつくと、俺の目の前にいた。
俺は、とっさに下がろうとして、背中が壁についた。
逃げられない。ホライ・ゾンの手が振り下ろされる。長い鉤爪を持つだけの手が俺の頭に振り下ろされ、俺は死を意識した。




