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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
海底の王国と人魚の姫

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84/195

84 逃亡中の犯罪者が、私を襲おうとしている

 使用されていない使用人部屋の一つが、エルフのロマリーニの手引きによって俺の部屋となった。

 豪華ではない、狭い部屋だったが、それはピノの部屋と比べればのことである。闘技場で与えられた、石だけのビジネスホテル並みの部屋とは大違いの、ごく普通の部屋だった。


「この部屋から出ないでくださいよ。誰もこの部屋に入らないようにすることは容易ですが、どこに出歩いているのかわからないあなたを、どこにあるのかわからない無数の目から隠すのは容易ではありませんから」


 ロマリーニは、扉の向こうに出していた首を引っ込めながら言った。


「わかった。食事をもってきてくれるなら、そうする」


 俺は言ったが、本気ではない。ホライ・ゾンと戦うために必要なことなら、姿を見られる危険を犯しても外に出るつもりだった。


「さて……お姫様のことはどうするんでしたっけ? まだ、顛末を聞いていなかったように思います。あなたの体内に溜まった魔将軍の血を排出しないと勝てないというのであれば、娼館に連れていくことはできませんが……手引きはできます。最近は、デリバリーというサービズが流行っているのですよ」


 異世界に来て、ずいぶん俗な言葉を聞いた気がする。


「ピノと話した。ピノは……王子を本気では嫌っていた。俺を追いかけて来たんだ。俺を追いかけて、尾ひれを捨てて、足を得た。尾びれがあっても地上には来られるのに……俺が他の女と交わるのが嫌だから……人間と同じ体になって、やってきた。どうして……ピノを裏切ることができる?」


「しかし……あの子……ピノとあなたは呼んでいますが、本当の名前はフローレアですが……口を利けません。大部分、カロンさんの妄想でしょう。あなたの妄想で、これから先人間として生きていかなければならないお姫様を、不幸にすることが許されるのですか?」


 俺はエルフをにらんだ。嫌味なのは相変わらずだ。頑固なのは輪をかけたようだ。


「ピノの本当の名前なんかない。フローレアという名前は、ウィル王子がつけたものだろう。ピノはその名前を嫌っていた。ピノは口が利けないんじゃない。声が出ないんだ」

「同じことでしょう。声が出なくて、意思疎通をどうやってしたんです? 海底の民は、文字を持たないはずです」


「……声が出なくても……俺には聞き取れる。ゴブリンとも、コボルトとも話したんだ。どちらも、そもそも言葉を持っていない種族だ。ピノが伝えようという意志さえあれば、俺は話すことができる」

「……それでは……カロンさん、あなたは、この世界の全ての種族と意思疎通ができるというのですか?」

「そうかもしれない。違うとは言えないな」


 俺が最初に投獄されたのは、ゴブリンと話したことがきっかけだ。この世界にどれだけの種族、どれだけの言語があるのかわからないが、その全てと通じられるほどには、翻訳機能は万能であるはずだ。

 大したことではない。ゴブリンを操ってゴブリン王として君臨しても、結局は何も変えられず、俺は国を捨てた。


 コボルトが強力な魔物になることを止められず、放置してきた。

 半魚人は皆殺しだ。

 海底でピノと知り合った。すぐに言葉が通じたのは、何よりの収穫かもしれない。だが、俺が考えているより、エルフに与えた衝撃は大きかったようだ。


「……まさか……神人と通じることも……神代の武器を使うことも……いや……まさか……」

「ロマリーニ、どうした?」

「……いえ。とにかく、それが本当かどうかは、いずれ検証する必要があります。あなたは……その……ピノさんとは通じたのですか?」


 この場合の通じたか、とは、性的に交わったかという意味だろう。俺は首を振る。


「俺がホライ・ゾンを倒せなければ、ピノが死ぬ。それほどの呪いだ。ピノの体内に呪いを長い間入れておきたくない。後5日でホライ・ゾンがこの国を襲うそうだ。ホライ・ゾンと戦う直前まで待ちたい」

「それは結構。五日間のうちに、あなたの気持ちを変えて、フローレアさんを心変わりさせ、この部屋に娼婦を連れてきたとしても、文句はありませんね。私には、それが最も正しい解決法にしか思われませんのでね」


「……好きにすればいいさ」

「ええ。また、お茶の時間に来ます。この部屋には誰もこないでしょう。変に物音など立てないようにお願いします」


 その場合には、誰が来ても責任は持てませんと宣言し、ロマリーニは扉から出ていった。






 相変わらず、ゆっくりと休める時が少ない世界だ。あるいは、俺だけかもしれないが。

 俺は、与えらた使用人の部屋で、転がり込むようにベッドに上がり、横になった。

 毎日の睡眠以外、惰眠を貪ったのはいつ以来だろう。思えば、剣闘士をやっていた頃は、まだ落ち着いていた。


 毎日が追い立てられるということもなかった。好きな時に訓練し、雇われてダンジョンに行き、一月に一度、命のやり取りをする。考えれば酷い生活だが、剣闘士をやめて以降のことを考えると、あのころは幸せだったのだろうと思う。


 思い出すのは、この世界に来てからのことばかりだ。以前の世界のことが、はるか遠くの対岸のできごとであるかのように、ぼやけて感じる。このまま、俺はこの世界の人間になってしまうのだろうか。

 それも、仕方のないことかもしれない。


 俺は、受け入れつつあった。

 目が覚めたら、元の世界に戻っている。ということは、もはや期待していなかった。

 眠りに落ちる。まだ、昼間だ。実にいい気分だ。






 俺は、物音に気付いて目が覚めた。

 ゆっくり惰眠をむさぼる、ということがすでにできない体になってしまったのだろうか。それとも、寝ていたから解らないだけで、かなりの時間を眠って過ごしたのだろか。

 足音だ。


 俺はベッドから降りて、耳をすませた。

 俺がいる部屋の前で止まる。ドアノブが動く。

 俺は、アイテムボックスから剣を取り出した。

 扉が開く。何者かはわからない。傷つけてから後悔しても遅い。俺は、そっと扉の陰に移動した。


「あらっ? ここに居るということだったけれど、どこに行ったのかしら?」

「こっちですよ。チェルキーさん……でしたか? 王子様の部屋ではありませんよ」


「ああ……驚かせないでよ。びっくりしたわ。もちろん、ウィルの部屋ではないことはわかっていたわよ。別に、あなたを誘惑に来たわけでもないわ。残念?」

「いいえ。チェルキーさんが王子目当てなのは知っています。余計な危険を冒すとは思いません」


 チェルキーも、まず美女といっていいだろう。白くきめの細かい肌に、茶色い髪を結い上げている。目元も鼻筋もすっきりとしていて、見目麗しい。だが、それだけだ。ピノのように、不思議に惹きつけられるような魅力は感じない。ピノに惹きつけられるかと言えば、多分そうだと、いまなら感じる。海底で一緒に過ごしていた時は、あまりにも奔放な性格に、魅力どころではなかったのだ。


「危険? あなたが、私たちに何かできるとも思いませんわ」

「……仮にも、俺も男ですよ」


 チェルキーが笑った。俺は、カロン少年の実年齢を思い出した。ただの子供だと思われても仕方ないかもしれない。


「あらあら、勇ましいこと。拾われただけの執事見習いなんて……どこかの娼館から払い下げられた女で我慢するしかないのでしょうに。私が仮に、全裸であなたの前で寝ていたとしても、私をものにするのは叶わなくてよ」


 チェルキーは楽しそうに言ったが、俺は、その言葉に意味はないのだと感じた。チェルキーは、ただ言葉を操って楽しんでいるだけだ。これが貴族、あるいは王族の楽しみ方なのだろう。相手にしていられるほど、現在は暇だが、そんなことをしているなら、ゆっくり寝直したいところだ。


「何か用があって来たのでなければ、お帰り願えますか?」

「冷たいのね。いっそここで、叫んでもよろしいのよ。逃亡中の犯罪者が、私を襲おうとしているって」

「俺は何もしていない」


「疑わしいのはどちらかしらね。王子を愛して、愛されつつあった女と、口もきけない女に欲情して、牢に入れられた若い男……どらちを信じる? ああ……ごめんなさい。関係ないわね。あなたを殺したがっている男がいて、その男は将来王になるのだから」

「王の妃……それがお望みなのでしょうね」


「もちろんよ。そのために……手伝って頂戴な。言いたいことはわかるでしょう? 邪魔なのよ、あの女……」

「フローレア……ですか?」


 それは、ウィル王子がピノにつけた名前だ。人魚の感覚では、信じられないほど格好悪い名前らしい。そんなな名前をつけるウィル王子は、とても気持ちが悪いらしい。

 求婚した相手にそこまで嫌われるウィル王子に同情しないでもないが、ピノを譲るつもりはない。

 ピノは、もし俺がピノを振ったら、心変わりして、王子に嫁ぐだろうか。


 そうは思えなかった。ピノは、無邪気な反面、非常に激しい気性の持ち主でもある。俺を決して許さないだろう。きっと、俺を殺しにくる。

 童話の人魚姫とは違う。俺がピノを裏切ったら、ためらわずに俺を殺しにくるだろう。きっと、そうしなければ自分が死ぬからではなく、激情にかられて。


「協力して頂戴。あなたも、望んでいることのはずよ」


 察しがついた。


「依存はありません。ですが、条件があります」

「何かしら?」

「5日、待ってください。その時、俺はフローレアと契ります」

「それはダメよ。3日後には、結婚式が行われるのだから」


 随分急な話だ。突然のことに、俺は開いた口が塞がらなかった。

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