7 出荷されなかったんだな
俺はズンダと共に山を降りた。
オオカミのほとんどはズンダに殺され、バッキラも行方不明だ。バッキラはまともに戦って倒せる相手ではないと考えられていたため、俺はアイテムボックスにしまったまま黙っていた。
俺の力はゲームに由来するものだ。自力でレベルを上げてきたとはいっても、数日で元の五倍以上のHPを得ている。長年狩人として生きていたズンダより強いとは、思いたくなかったのだ。
ズンダはオオカミの群れを退治する依頼を受けており、群れを消滅させた以上、報酬を受け取る必要がある。だから、一度山を降りる必要があったのだ。
ズンダは殺したオオカミを解体し、肉と皮に分けた。実に見事な手腕だ。
肉は燻製にし、革は束ねて持ち帰るらしい。売れば、かなりの収入になるそうだ。
ズンダは実に嬉しそうだった。
山を降りるのに1日半かかったが、俺1人だったら、さらに数日かかっていただろうし、悪ければ山をおりられなかった可能性もある。
山を降りる途中で、平地に張り付くような家々が見えた。
あれが、ズンダを雇った村なのだろう。
ズンダは、遠く離れたサロワリ村から雇われた、一流の狩人だという。わざわざ遠くから雇われたのだ。オオカミの群れを1人で相手にするだけのことはあるということだ。
山を降り、平地に出る。
さらに半日歩くと、粗末な家々が見えた。
炊事の煙が登っている。
人間が生活している。
文化がある。文明もあるかもしれない。
ひょっとして、魔物が出るが近代的な世界かもしれない。
俺は、期待と不安でお腹が痛くなりそうだった。
家が見える一帯まで、一つの村だと教えてくれた。村だということは、俺の認識では、一つの行政単位だということだ。民家と思われる家も、敷地は広く農地が多く、閑散として見える。
ズンダは堂々とした様子で村に入り、緊張した様子もなく歩いていた。一番大きな家に、迷わず入っていく。自分の村ではないはずだ。度胸があるのか、この世界の常識がこうなのだろう。
「おい、平気か? 勝手に入って、怒られないか?」
村に入ってから村長の家と思われる建物まで、誰にも会っていなかった。閑散とした村の中では、道中で人に会わないことぐらいはあるだろう。敷地が広いのは、裕福なのではなく、人間の数が少ないのだと感じた。
人はいるだろう。だが、活気はない。息をひそめるように生きている。
ズンダに動揺した様子はない。これが村の常態なのだと知っているのだろう。
「平気だよ。俺が雇われたのは、ここの村長だからな」
「……へぇ。やっぱり、ズンダは凄いや」
「へっ。当然だぜ」
すっかり打ち解けたズンダは、照れたように頭を掻いた。
オオカミの血を落としたズンダは、凹凸の少ないのっぺりとした顔をしていた。体からは不釣り合いなほど、顔が大きく見える。血を落としても、顔は赤かった。酒か、あるいは日焼けか、ズンダの顔は普段から赤いのだ。
俺の感覚だが、ズンダはブ男だ。それでも、俺は嫌いになれなかった。むしろ、ブ男だからこそ和む、特有の空気を持っているような気がする。
とりあえず、ズンダは褒めておけば大丈夫だ。付き合いは短いが、一緒に過ごした時間は濃厚だ。
2人して村長の家に入る時に、靴を脱がなくてもいいことに戸惑っていると、ズンダが不思議そうな顔をした。
「どうした? 早く行こうぜ」
「いいのか? 靴のままで」
「何言っているんだ。当たり前だろ」
「……そうか」
ズンダの顔が日本人的なので、すっかり日本にいるつもりになっていたが、ここは多分異世界だ。
俺も靴のまま建物に入る。ちなみに、俺が履いている靴は動物の革製だ。靴とは言っているが、装備品としては壊れたサンダルと表示されている。
穴が空いているわけでもなく、壊れているとは俺は思わないが、ゲームシステムの判定上は壊れているのだろう。しかも、靴ではなくサンダルだと言われている。機密性の問題なのだろうか。
俺は、服を着ているではなく、粗末な布切れをまとっているだけらしいので、同じ理由だろう。
村長に会うとはいえ、ズンダの付き添いだ。あまり服装を気にする必要はないだろうし、気にしたところで繕いようがないため、そのまま進む。
「おーいっ! 俺だ!」
ズンダは大声をあげながら、どんどんと進んでいく。
さすがの貫禄だ。
俺がどきどきしながらついていくと、一番奥の部屋に村長らしい壮年の男を見つけたズンダは、男の正面にどっかりと座った。
村長の前に、剥がしたオオカミの革を積み上げる。これをなめして、敷物や服、あるいは鎧にするらしい。
山中で殺したオオカミの皮を剥ぐのを手伝ったが、尖った石しかもっていない俺は役に立たなかった。やり方を教えてくれ、ズンダの持っていた鉈のような大きな曲刃を貸してもらって挑戦したが、俺がはいだ皮は売り物にならないらしい。初心者はもっと小さなナイフで慣れてからやれと言われた。ズンダは熟練の腕を持ち、ナイフなど初めから持ち歩いていなかったのだ。
「依頼は終わったぜ。オオカミの群れは消滅だ。皮はここにある。肉も燻製にして、こっちの坊主に持たせてある。報酬以外にも買取の希望があれば、相場で売ってやる」
ズンダは俺を指差した。皮はズンダが、肉は俺が運んだ。アイテムボックスを使用すれば楽ができたが、ズンダはアイテムボックスを知らないようだった。この世界に存在しないのであれば、俺がどうしてそんなものを使用できるのか、という説明がまったくできない。
俺は、ゲームシステムに由来すると思われるものは、隠しておくことに決めた。
従って、ズンダから借りた背負い袋にオオカミの燻製肉を詰め込み、山を降りてきたのだ。
ちなみに、オオカミの皮を剥いで肉をすっかり燻製にするために、バッキラを討伐してから、さらに山の中で3日を過ごした。
山の中での暮らし方をその間にズンダに教わったのだが、人間の街があるというのなら、好んで実践したいとは思わなかった。
ズンダは一流の狩人らしく見事な体力だったが、俺も全く疲労しなかった。
それが、ダメージを受けない限りHP減少しないためか、勇者レベル5のおかげか、あるいはこの肉体の本来の所有者であるカロン少年の肉体が優れているのかは、俺にはわからなかった。
言われた通り、俺は燻製肉が入った袋を、村長の前に置いた。
「……確かに素晴らしい戦果だが、オオカミの群れを消滅させたとどうして言い切れる? オオカミを全滅させたんじゃないだろう?」
「ただの群れじゃなかった。バッキラがボスで、オオカミを率いていた。そのバッキラがどこかに行っちまったなら、もう今までみたいな犠牲は出ないよ」
「だが……あんたの証言だけではなぁ」
「おい、村長、そんなこと言って、報酬を踏み倒すつもりか? 疑うんなら結構だ。確かめに、村人を山に入れればいいだろう。俺はこの家で待たせてもらう。一月でも二ヶ月でも、好きなだけ時間をかけるがいいさ」
ズンダは居直った。間違いなくオオカミの群れを消滅させたという自負があるのだろう。大量にオオカミを殺し、その近くで燻製肉を作り続けていたのだから、オオカミの群れはなくなったと思ってまず間違いはないし、森の危険な生物はおおよそ把握していたので、狩人でもない村人が森に入る危険も承知しているはずだ。
俺が知っている森より、百倍ぐらいは危険な場所だとはっきりわかったが、慣れれば避けるのは難しくないらしい。
その慣れるまでに、数えきれないほどの人間が死んできたらしいが、現在生存している狩人は、過去の犠牲をしっかりと生かしているのだという。生かせないような者は、すでに死んでいるということだ。
「わ、わかった。そこまで言うなら、間違いないだろう。疑って悪かった。あんたのことは信じているが、今回の被害は酷かったんだ。この村の狩人が全員殺された。群れがなくなっても、しばらく住み着いてくれる狩人が見つかるまで、オオカミ対策は欠かせない。ズンダさんがいついてくれれば、安心なんだが」
頭を下げた村長に溜飲を下げたのか、ズンダは笑って言った。
「バッキラが相手じゃ仕方ないさ。俺の村にも狩人は少ない。まあ、こっちの村の狩人が誰もいなくなったってことは、狩人仲間から見たら、お宝の山ができたようなものだ。村に帰ったら言っておくよ。こっちに移りたい奴もいるだろう。まあ……そういう奴は、腕のいい狩人がいる場所で食いっぱぐれているような奴だから、期待はできないがな。中には、経験を積めばいい狩人になる奴もいるかもしれない」
「そうなればいいが」
村長は立ち上がり、壁際に置いてある箪笥のような木製の家具から、ひと抱えの包みを取り出した。
「これが報酬だ。それと、皮と肉も欲しいが、金は直ぐに用意できない。物々交換でもいいかね?」
「ああ。物によるがな」
「わかった。なら、村の者にも声をかける。3日ほどもらいたい。その間は、うちに泊まってもらって結構だ」
「おう。助かるぜ。こっちの坊主もいいだろ? まだまだ見習いだが、体力はあるから、いい狩人になるぜ」
「それは構わないが……カロンには帰る場所があるだろう。家に戻ったらどうだい? お母さんが心配しているぞ」
俺は名乗っていない。だが、村長は俺の名前を知っていた。
「なんだ。カロンはこの村の出身か? わざわざ俺を雇ったぐらいだから、この村にはまともに狩りができる男が誰もいないと思っていたよ」
「その通りだよ」
村長は、剥がされたオオカミの皮と燻製肉を物色しながら答えた。
「うん? カロンがいるだろ? バッキラだけは、俺でもどうにもならんよ。カロンが奴を引き受けてくれなければ……」
「ズンダさん、その話はいいでしょう。あのバッキラはもう出ません。それでいいじゃないですか」
俺がバッキラを殺したことは、ズンダにも秘密だった。この世界での、俺の強くなり方は反則だ。歴戦の狩人にそれを悟られるのが恥ずかしかったのだ。
「ふぅん。まあ、いいが……でも、家があるのか……カロンぐらいの歳でまだ村に住んでいるってことは、出荷されなかったんだな」
「買い手がつかなかった。出来損ないだよ」
俺は、つい村長を睨みつけてしまった。『出来損ない』とは、間違いなく俺に言った言葉だ。俺自身はそうかもしれない。だが、カロンという少年の体力はたいしたものなのだ。
「じゃあ、用無しだろ。どうだ坊主、俺とくれば、狩人の技を仕込んでやるぜ」
「いや。その子の母親は、まだ諦めていないよ」
「そうか。二束三文でも、売れないよりはましってことか。残酷だな」
「仕方ない。そうしければ、生きられない世の中だ」
俺のことを言っているのに違いない。だが、俺には話が見えなかった。
「……あの……出荷って?」
「ああ。気にすることはない。それに、このズンダさんと一緒に山に入れるぐらいには強くなったんだ。ひょっとして、生き残れるかもしれないぞ」
村長は俺を慰めようとしているらしいが、話が全く噛み合わない。
俺は、別の世界から来たので1から分かるように説明して欲しいとは、言うことができなかった。
知っていて当然のことなのだろう。
俺がどう思われても平気だが、カロン少年の名誉を考えなければならない。ただでさえ『出来損ない』などと正面切って言われてしまうのだ。村では肩身がせまい思いをしていたのだろう。
「俺は……母さんのところに戻った方がいいですか?」
「当然だ」
「それが規則だ。坊主が生きて戻るまで、俺が狩人でいるとは限らないが、戻って来られるのを信じているぞ。まあ、生き残って、まだ狩人になりたいって気持ちがあればだがな」
ズンダの言葉は優しいのだろう。だが、意味がわからない。
「……では、とにかく帰ります。家があるのなら、そこに行くべきでしょうし。でも、場所がわかりません」
村長とズンダは顔を見かわした。確かに、カロンである俺が、家を知らないということなどあるはずがない。
村長は俺に家までの道順を教えてくれたが、俺のことを頭の弱い子だと思っているのが明白だった。
村長の家に滞在することになっていたズンダが、俺に報酬の一部を渡してくれた。
青銅でできていると思われる青い貨幣が、俺の手に30枚ほど握らされた。
「母親にとられるなよ。間違いなく、それはお前さんの力で手に入れた報酬なんだからな」
「うん。ズンダさん、ありがとう。俺……狩人になってもいい」
「ああ。待っているぜ」
ズンダがにっかりと笑う。俺は、この世界で生きて行くなら、本当にズンダに弟子入りして、狩人になるのも悪くないと思い始めていた。
本来の俺は運動不足の虚弱体質だが、カロン少年の体はきっと鍛えられている。その割にひょろりと細いが、きっと食べ物に恵まれなかったのだ。これから、きっとたくましい若者になるのだ。
だが、この時なぜか、俺はもうズンダに会うことはないのではないかと感じていた。