62 転生者との遭遇
ゲームシステム的に俺の敵である、つまり海賊たちだけが、炎に包まれる。さすがに意表を突かれたようで、獣人の大男も飛び上がった。
俺はドディアを抱き上げ、さらに「タイカ」を放つ。騎士たちは三度で死亡した。海賊たちであれば、二回では死なないだろう。いや、死んでも構わない。
炎に巻かれてのたうち回る海賊たちを尻目に、俺はドディア抱えて海賊船に走った。この国を出るには、船に乗るのが近道だ。エルフの森が危険だというのなら、選択肢はほぼ海路に限られる。もともと密航を想定していたのだ。それが、交易船でも海賊船でも、俺は大した違いは感じない。
誰にも見られていないことを確認し、甲板から降ろされていた縄梯子に飛びつく。
「ドディア、離れるなよ」
「うん」
この街に、海賊船は略奪に訪れたのではない。暗黒街を支配下に収めており、その収益を受け取りに来たらしい。ならば、地上に降りて羽を伸ばすはずだ。船の中には、人がほとんどいないはずだ。
俺はドディアを連れ、転がり込むように甲板に登った。幸いにも、本当に人影はなかった。
下では、まだ炎に巻かれて海賊たちが悶えている。海賊の体から服に燃えうつり、周囲の小屋に燃えうつり、なにやら大ごとになりつつある。
たださえ、魚人は炎に弱いだろう。いい気味だと思いながら、俺はドディアの手を掴んで海賊船の中に乗り込んだ。
もちろん、船内が全くの無人ということはないだろう。誰かはいるだろうが、俺には索敵に特化したスキルはない。狩人の技として教えてもらった技術もあるが、それならドディアのほうが優秀なはずだ。
「ドディア、人がいるかどうか、わかるか?」
「潮辛い。わからない」
ドディアの嗅覚が、海の匂いで役に立たないらしい。俺は、頼みの綱を失ってしまった。
海賊船にあえて乗り込んだのは、中に入ってしまったほうが、街の中より見つかりにくいだろうという算段をしたからでもある。だが、何よりこのまま乗っていれば、別の国に行くだろう。隠れて乗船したまま、別の国に到着した段階で、出て行って降りればいい。俺はそう考えていた。
だからこそ、海賊船にあえてのりこんだ。だからこそ、隠れる場所を探した。
できれば、船底の倉庫などがあれば、隠れるのにはもってこいだ。だが、海賊船がまともな倉庫を持っているのかどうかわからなかった。
とにかく、俺は船の下部に向かった。
なんども浸水しているのか、じめじめとした船内だったが、罪人をとじこめる牢や食料庫があった。食料庫ではすぐに見つかってしまう。
俺はさらに奥に進んだ。牢の中に何人か繋がれている者たちがいたが、俺たちが通りかかっても顔を上げる気力もないようだった。
なので、素通りする。
ついに最も深い場所に、ほぼ空の箱が置かれた部屋を見つけた。財宝などがあったら、しまうための場所なのだろう。
この場所にいれば、すぐに見つかりそうな気がする。多分、出港前に仕入れた品物を置きに来るだろう。だが、狭い部屋なので対処しやすい。それに、一日やそこらで見つかることはないだろう。
俺は空箱が置かれた部屋の扉を閉め、床の上に座った。
その上に、いつものようにドディアが座る。
「ドディア……」
「んっ?」
いつものようにと思ったが、ドディアの顔が、少しだけ緊張しているような気がする。
「エスメルが俺にしたこと、知っているよな?」
「……うん」
冒険者のエスメルは、奴隷の俺を性奴隷の代わりに犯した。俺にとっても、それは気持ちいい思い出でしかないが、ドディアはその晩、俺の元から出て行った。
「俺は……そのうちドディアとも……と思って楽しみにしていた」
「本当?」
「ああ。でも、ドディアは……違ったか?」
ドディアは、ぶんぶんと首をふる。ドディアは俺に失望して去り、騎士団に捕まったのだと思っていた。その騎士団から助けた俺を、再び見直してくれたのだと思っていた。だが、心のなかではわだかまりが残り、俺にべったりなついても、一線を越えようとしなかったのだと解釈していた。
どうやら、違ったのだ。
ドディアは獣人で、獣人は、外見以上に人間とは違う体の構造をしているのだ。俺がそれを知った時、俺がドディアから逃げ出すのではないかと恐れたのだろう。
俺は、俺の上にいるドディアを抱きすくめるように、強引に近づけた。
「俺は……ドディアが好きだよ」
「……獣人……でも?」
「ゴブリンでも構わない。ドディアは、ドディアだ」
「……嘘」
ゴブリンと比較したのが悪かっただろうか。だが、俺のこの世界での初めての相手は、ゴブリンのリンだ。どうやら、それは言わないほうがよさそうだ。
俺は、再びドディアの唇を舐めた。ドディアが気持ちよさそうに目を閉ざす。俺の舌が、ドディアの唇から、さらに俺の歯茎の内側に伸び、口腔をねぶる。
ドディアの体内から、舌とは思えないうねうねとした何かが伸びてきた。俺の舌に巻きつき、俺の口の中を犯す。
食道から、胃の中までさらわれるように、ドディアの触手にも似た器官が伸びた。
確かに、これをやられたら、人によっては嫌いになるだろう。だが、胃カメラを経験済みの現代人である俺には、ただちょっとこそばゆいだけだ。むしろ、気持ちいい。誰にされても、ということはない。
やっているのがドディアだから、というのもあるだろう。となると、俺は相当ドディアが好きなのだということになる。
カロン少年の思い人、奴隷になったファニーの肖像画が俺の脳裏に浮かぶ。だが、それはあくまでカロン少年の思いだ。俺のではない。
浮気にもなるまい。俺は、ドディアの蹂躙を受け入れ、ドディアが飽きるまで、胃から小腸の奥まで、好きにねぶらせた。
俺の体の中で、異物が暴れている。俺に口を押し付けているドディアの顔は、とろけそうに見える。こんなにいやらしいドディアを見たのははじめてだ。
俺はいま、なにをされているのだろう。そう思っていると、突然倉庫の扉が開いた。
俺はドディアを引き離そうとして、扉を上げた者に視線を奪われた。
猫だった。なんの変哲もないただの猫が、長靴も履かず、サーベルもさしていない猫が、二本足で立ち、扉をあけていたのだ。
「ああ。性交中だったかニャ。悪いことをしたニャ。でも、人の船に勝手に入り込んで、最初にやることなのかニャ」
猫が喋った。俺には、そう感じられた。
海賊船が停泊している街は、港街だけあって猫が多い。猫がいることは不自然ではない。だが、喋る猫ははじめてだ。俺の持つ自動翻訳機能は、言語を持たないはずの種族の言葉すら変換する。その意味では、猫と会話ができても不思議ではないが、他の猫は話をしたりしなかった。
ドディアの、舌と思われる長い器官をつっこまれている間は口が利けないので、俺はドディアに猫がいることを知らせ、ゆっくりと引き離した。
俺の口から、うごうごと蠢く奇妙な触手のようなものが引き出され、ドディアの口に収まって行く。てらてらと光っているのは、俺の胃液とかだろうかと思うと、なんとなく気持ちが悪い。
俺の中から触手を引き出したあと、ようやく俺は尋ねた。
「俺には、猫が話をしているような気がするが」
「うむ、その通りだニャ」
「ドディア……猫が話している。聞こえているか?」
「……うん」
ドディアもしっかりとうなずいた。ならば、ここにいるのは猫で、しかも話ができる猫だ。
「……猫って喋るんだな。さすがは異世界。それと、俺たちはまだ、性交渉なんとしていないぞ。それは、これからだ」
俺が言うと、ドディアは真っ赤になって俯いた。さっきまで、積極的なのはドディアだったはずだ。顔を赤くしてうつむきたいのは俺だ。だが、猫ははっきりと否定した。
「猫は喋らないニャ。おいらが話す言葉を理解できるのは、あんただけだニャ。それと……そっちのお嬢ちゃん、獣人だニャ。この世界じゃ、獣人の性交渉はああするんだニャ。あんた、このねーちゃんに犯されていたのも同然だったんだニャ。もっとも……舌の短い人間相手に、獣人が本当に満足できるのかどうかは、おいらも知らないニャー」
「……『この世界』」
色々と聞きたいことが次から次へと重なったが、俺はまず、猫が口にした一言に食いついた。
俺がいる場所を『この世界』と言う以上、他の世界があることを知っているのだ。猫の知識ではない。人間が持っている知識とも思えない。
「うん、おいらは、別の世界からきたニャ。あんたと一緒だニャ。上から見ていたニャ。海賊たちに使ったのは、「タイカ」だニャ? 開発者も、もうちょっと気の利いた名前をつければよかったニャ。試供品のゲームなんで、デザイン料をケチったのかニャー」
「……別の世界。俺と……同じ……どうして、猫なんだ?」
「ニャ? そんなことも知らないのかニャ? ひょっとして、同郷の者と会うのは、はじめてかニャ? あんた、いつきたニャ? 2年前じゃないのかニャ?」
俺がこの世界に来てから、一年は経過していない。俺と猫は向き合い、互いに視線を外さず、その場に座り込んだ。
足を投げ出しておすわりする猫を見て、可愛いと思わなかったのはこれがはじめてだった。
俺は猫のララと向かい合い、この世界に来たきっかけを話した。
ララという名前は現在の飼い主がつけてくれたが、元の名前は言いたくないとのことだ。元の名前を知られたことで、知り合いに笑われたのだという。
「おいらは、あのゲーム機のモニター参加者だったニャ。100人限定で募集されて、おいらも参加したニャ。当然、こんなことになるとは思わなかったニャー。気がつくと、猫として産れるところだったニャ。知っている奴が、死んだコオロギに生まれ変わったニャ。たぶん、この世界に飛ばされて、魂が入っていない体に入り込んだのだと思うニャ。おいらが入りこんだこの猫は、きっと死んだ状態で産れるところだったニャ。おちらはましだニャ。何しろ、死んだコオロギに入りこんだおいらの友達は、この世界に来た直後に、もう一度踏み殺されたんだニャー」
「俺のこの体も……オオカミに襲われて、死んでいたはずだった。ひょっとして、もう死んでいたのかもしれない」
「どちらにしろ、瀕死だったわけだニャ。羨ましいニャ。人間の体なら、やりたい放題のはずだニャ。おいらは、シーフレベル2だニャ。2年かけて、ようやくレベル2にしか上がらないニャ。ゴキブリやネズミ相手にどれだけ奮闘しても、経験値なんか、しれているニャー」
猫のララは苦々しく言ったが、外見が猫なので、逆に可愛らしく見える。
「俺がこの世界に来たのは、一年ぐらい前だな。俺は、発売日に例のゲーム機を予約していたが……発売中止になったことを知った。一部、誤配送があったとニュースでやっていた。俺のところに届いたのは、その一つだ」
「……そうかニャー。おいらたちがまとめて異世界に飛ばされたってのに、開発は続けたのかニャ……そりゃ災難だったニャ」
「そうだな。俺は、勇者レベル17だ。それほどいい思いはしていないよ。生まれが田舎だと、この世界じゃ、街に入るのに奴隷になるしかないらしい。俺は、今でも奴隷だ」
「勇者? そんな職業、実装されていなかったはずだニャ……いや、開発がおくれたから、その謝罪も込めて、実装したのかもしれないニャ。勇者ニャ……そりゃ、うらやましいニャ。でも、この世界の人間に、奴隷とかがいるなんて知らなかったニャ。おいらは、猫で産れてずっとこの船でくらしていたから、人間の一般的な知識はないんだニャー」
ララは顔を洗いながら言った。その動作に、意味があるようには見えない。多分、本能的に行ってしまっている動作なのだろう。
「ついでに言うと、奴隷で死刑囚だ。この国では、俺は犯罪者だ」
「犯罪者ニャ? なにをしたニャ。異世界に転生して、浮かれたかニャ?」
「それならよかったが、違う。俺は、この世界の言葉がわかる。たぶん、自動翻訳機能のおかげだと思うが……そのおかげで、ゴブリンとも話ができた」
「へぇぇ……だニャ。ゴブリンは船の中にはいないから、見たことがないニャ。そんなのもいるのかニャー」
「ああ。普通はゴブリンと話がなんかできないらしいが、俺はゴブリンとも話ができた。おかげで、俺は妖術師として、死刑判決を受けた」
「……ひどい話だニャー」
「まったくだ。だから、俺はこの国から逃げることにしたんだ。この船のことは詳しいんだろう? 同郷のよしみで、助けてくれ」
「もちろんそのつもりで来たニャ。ただ、おいらは猫なんだニャ。できることには限界があるニャ。手は貸すけど、あまり期待はしないほうがいいニャ。ほら……来たようだニャ」
猫のララが黙ると、木の板が軋むような音が聞こえて来た。足音だろう。誰かが近づいているのだ。
「だ、誰だ?」
「この船の船長だニャ」
「獣人の奴か?」
「あれは、上陸時の現場指揮官だニャ。本当のキャプテンはこっちだニャー」
俺は緊張した。港であった獣人を見て、俺は強いと感じたのだ。竜兵ほどではないだろうが、簡単に勝てる相手には見えなかった。それより上ということだろう。
足音が止まり、倉庫の扉が開いた。真っ黒い肌をしたすらりとした男が、俺を見下した。
「ララ、ここにいたか。この坊主、どうした?」
「密航希望だニャー。海賊の仲間にはなるのは嫌らしいニャ」
「なら、殺してもいいな」
「おい、ララ。助けてくれるんじゃないのか?」
「約束はしてないニャ。努力はしたニャ」
「ぜ、全然、努力なんかしていないじゃないか」
「……港で、俺の配下を可愛がってくれたというのは、坊やか?」
突然、黒い男が表情を変えた。どうやら、俺が港で暴れたのを報告した奴がいたらしい。
ララは助けてくれそうにない。俺は一か八か、正直に言うことにした。
「ああ。ドディア……この獣人の娘は俺の連れだ。この子に乱暴をしようとしたから、全員、燃やして来た。死んではいないと思う」
「ふむ……密航なら殺すところだが、海賊になるのなら船に乗せてやってもいい」
「本当に?」
俺のことを密航者だと紹介したのは猫のララだ。俺が睨むと、ララは横を向いてごまかした。
「ああ。俺はこの船のキャプテン、海の魔将ホライ・ゾンだ。魔王の配下、七魔将の一人だと言っても、人間は知らないだろうがな」
俺は、黒い男の自己紹介に凍りついた。




