60 エルフの正義
俺とドディアは、港町キョンラノの倉庫にいた。
奴隷として、死刑囚としてしか、普通は港町には入れない。だが、入れないことには、外国に行くこともできない。
俺の密入場を助けた奴隷商人ギュルノの口添えもあり、俺が密航してこの国を出るのに、あまり人相風体が良くない男たちが手伝ってくれることになった。
たぶん、俺のいた元々の世界では、マフィアとか、暴力団と呼ばれる人たちだ。
すでに奴隷で死刑囚の俺に、社会的な評判を意識する余裕はない。俺は密航の手助けをしてもらう代わりに、男たちの仕事を手伝うことになった。
俺を王都から連れ出したエルフのロマリーニは先に街で宿をとっているはずだが、表立って街の中を歩けない状況では、エルフを探すこともできない。
俺とドディアは、最初の仕事として倉庫の見張りを言い渡された。
一つの倉庫を指定され、朝まで見張っているように言われた。ただ、それだけだ。
食料も渡されたし、待遇は悪くない。
剣闘士として暮らしていたことや、冒険者に雇われてダンジョンに潜ることから比べれば、驚くほど楽な仕事だ。
倉庫には木の箱が積み上げられていたが、俺とドディアだけでは使いきれないほどのスペースもある。室内なので寒くもない。実に快適だ。
楽な仕事にくつろいでいると、なにやら倉庫が囲まれていることに気づいた。気づいたのはドディアだ。
食事をして、一緒に横になっていると、突然飛び起きて警戒し始めたのだ。
銅剣を持ち、低く構えていた。
「……人間だな」
「うん」
俺はドディアに指示を出し、木箱の間に隠れた。ドディアも、少し離れて隠れている。俺の合図で飛び出す予定だ。
倉庫の扉が開いた。
俺を雇ったのは、マフィアの親分であることわかっていた。その親分だろうか。
「おかしいな。ただの倉庫だ。今晩、この場所で子供の奴隷のオークションが開かれると聞いたんだが……」
外は夜となっていたのではっきりとはわからないが、どうやらマフィアではないようだ。
「……オークションの客か?」
俺は、木箱に隠れたまま尋ねた。多少は驚かせるだろうが、子供のオークションそのものが違法なはずだ。顔を見られたくはないだろう。
「違う。どこでやっている? 隠すと為にならないぞ」
どうも、俺の勘はあてにならない。オークションの客ではなく、取り締まる側のようだ。
「場所は聞いていない。俺たちの仕事は、この倉庫に見張りだ。大人しく出て行ってくれれば、なにもしない」
「そうは行くか。知っていることを残らず吐いてもらうぞ」
重い足音が、倉庫の中に入ってくる。足音が重いのは、重量がある、つまり武装しているのだろう。
「なにも知らないと言っただろう。特に、オークションについてはな」
「信じられるか。こんな時間に見張りがいるのも怪しい。どうせ、この品もご禁制なんだろう」
倉庫に入ってきた人影は、10人ほどだろう。先頭の一人が剣を抜いたのがわかった。振り上げる。木箱を壊そうというのだろう。それは困る。倉庫の荷物を守るのが俺の仕事だ。
この段階で、本当に俺とドディアが倉庫の荷物を守る為にこの場所にいると信じているわけではない。たぶん、オークションの邪魔をさせないよう、偽の情報が流されたのだ。俺は、偽の情報に誘われた衛兵たちを引き受ける係りなのだろう。
だが、表面上の命令は荷物の見張りである。荷物さえ守れば、なにをしようが責められる筋合いはない。
「フラッシュ」
剣が振り下ろされる直前に、俺は魔法を放った。衛兵の顔に向けて、光の束を投げつける。
夜であるから、相当に眩しい。
男はのけぞった。
「ドディア、行け。殺すな」
「ガゥ」
返事が野生化してしまったが、とにかくドディアは理解した。
俺の魔法で視力を奪われたのは、先頭の一人だけではない。おおよそ半分が目を抑えて苦しんでいた。
俺も飛び出す。俺はあえて、殺傷能力に劣る銅剣を取り出し、衛兵と思われる男たちを殴りつけた。
ドディアが翻弄し、俺が殴ると、面白いように男たちが吹き飛ばされる。
逆に殴られても、ほとんど痛くない。最近、竜兵とか恐竜とか、とんでもない連中に遭遇していたために自信をなくしていたが、勇者レベル17である。弱いはずがない。
まともに剣すら使わず、剣を握った拳で男たちを倉庫から叩き出した。
「まだやるか?」
「き、貴様……まさか……指名手配の……カロン……」
衛兵たちは逃げなかった。その場で立ち上がろうとする。
考えてみれば当然だ。これは、喧嘩ではないのだ。男たちは自分の任務を果たそうとするだろう。10人いて、二人を相手に逃げ出すというわけにもいかないのだ。俺の認識が間違っていなければ、衛兵が何人集まろうと、俺を抑え込めるはずがない。
「……ドディア、こいつら逃していいのかな」
「人間、まずい」
「だそうだ。よかったな。これ以上やると、本当に死ぬぞ。何もなかったと報告しろ。それであんた達の顔も立つはずだ」
まだ、死者は出ていない。俺が見下ろすと、衛兵たちはのろのろと逃げ出した。どうにもならない相手であることを認識したのだろう。
夜が明け、真っ先に飛んできたギュルノに、俺は殴られた。
「なにをする? 俺は、しっかりと見張りをしたぞ」
「てめぇ、衛兵を逃しただろう。一人や二人じゃなく、全員生かして返したそうじゃねえか。街じゃ、お前の話題で持ちきりだぞ」
「……俺は、ここを見張れとしか言われていない。たまたま来た衛兵を、皆殺しにするわけにはいかないだろう」
「皆殺しにさせるために、お前をここに配置したんだ。察しろよ」
「そんなこと、わかるはずないだろう。俺は、血に飢えた殺人鬼じゃない」
「……違うのか?」
「どうしたんだ? どうして、そんなにがっかりされる?」
ギュルノは、俺とドディアがせっかく守り通した木箱に座り、頭を抱えた。
「いや……別にお前らは、何も悪くねぇんだ。言われたとおりにやっただけだもんな」
「そう思っているが……」
「こっちの目論見と違ったてこった。『衛兵殺しの凶戦士』で売り込もうと思ったが、思ったより腰抜けだったってことだ」
「殺す必要はなかったし、この街の衛兵に恨みはない。腰抜け呼ばわりは心外だな」
「ああ。そうだろうよ。だが、おかげで、密航しなくてもよくなるっていう条件をふいにしたかもしれねぇぜ」
密航しなくてもよくなる、とは、どういうことだろう。さすがに聞き捨てにできない。俺は先を促した。
「お前らを、大頭ホライ・ゾンの船に乗せてやろうと思ったわけよ。堂々と船に乗れるし、密航みたいにこそこそしていなくてもいい。衛兵殺しだって肩書きがありゃ、間違いなかった。だが、肩書きがなきゃ、ただの子供二人だ。いい機会だったんだが」
「ゴブリン王、とかじゃ駄目かい?」
「誰がそれを信じるよ。大頭からしたら、ただの冗談だ」
「い、今から、衛兵を……」
「殺しに行けるのか?」
「……いや。恨みはないし……」
「ああ。そうだろうな。それに、倉庫に踏み込まれて殺したのと、昼間に堂々と出て行って殺したのじゃ大部違う。昼間に殺した方がお前らの価値は上がるが……大頭が来るまでに、捕まって殺されちまうかもしれねぇ」
ギュルノは諦めたようにため息をつくと、床の上に降りた。悪人だが、俺たちのために便宜を図ろうとしたのは事実なのだろう。悪いことをしただろうかと思い、俺はそれ自体が勘違いだと気づく。俺に、殺さなくても済む衛兵を殺せと言っているのだ。いい奴なんかではない。
「その大頭に、衛兵殺しを紹介すると、賞金でももらえるのかい?」
「おお。よく気づいたな。いままでに何人か紹介したが、そこに気づいたのは、お前が初めてだ。そうとう、汚い金儲けを見てきたらしいな」
「俺は奴隷だ。金は稼がない」
「自分で稼いだとは言ってねぇ。お前の周りには、ろくな大人がいなかったらしい。俺も、そのろくでなしの一人だ。ホライ・ゾンの大頭は、脛に傷のある奴が好きなのさ。弱みを握っておけば、裏切らないからな。そういう奴を大頭の船に乗せて、そいつが役に立てば、俺の評価も上がるって寸法だ」
「そうか……評価が低くても、その船に乗ることができれば、俺はいいよ」
「それじゃ、俺の旨味がねぇ。それに、大頭がお前みたいな子供を乗せるとは思えねぇ。よっぽど、いかれた肩書きがなきゃあな」
「……それが、『衛兵殺し』か?」
「ああ。他にも、『胎児食らい』とか、『切り裂き魔』とか、なんでもいいが」
「その大頭が来るのはいつなんだい?」
「さあな。船で移動しているから、正確にはわからねぇ。後3日ぐらい先じゃねぇかな」
「……わかった。なんとか頑張ってみる。俺たちは……堂々と外を歩いちゃいけないんだろ?」
「まあ、そうだろうな。手配書が回っている。だが、服を着替えて、顔を隠せ。そうすれば、よっぽどの間抜けでないかぎり、簡単にはみつからねぇ」
俺とドディアは、くたびれて半分破けた服しかもっていない。ギュルノが袋のような布を投げてくれた。
頭からすっぽりかぶると、フード付きのローブになった。魔法使いみたいだ。
やはり、根はいい奴なのだろう。悪人ではあるが。
大頭が港に入るまでにいい肩書きを考えると約束し、俺とドディアは姿を変えて、港の倉庫から外に出た。
この世界で街の中を歩くというのは、冒険者エスメルに連れられて宿屋に行ったぐらいで、自分の意思で歩くというのは初めての経験だった。
ドディアにしても、捕まって運ばれてはしても、自分の足では歩いていないし、そもそもこの国では街に入れない。
俺は緊張しながら町並みを眺めていたが、それは衛兵に顔を知られているという緊張ではなく、初めてこの世界の街を、自分の意思で堪能しているという興奮からくるものだった。
ドディアはそうでもないらしく、俺の腕にただぎゅっと捕まっていた。異世界から来た俺とは、街に対する思い入れが違うのは仕方のないことだ。
「まずは、エルフを探そう。こういうことには、俺より詳しいだろう」
「うん」
ドディアが反対しないことはわかっていたが、あまりにも素直だと、なんとなく罪悪感がある。ドディア自身に余裕がないのだ。ひょっとして、俺についてくるのが辛いのではないかとも思ってしまう。そのうちに、ゆっくり聞いてみよう。
俺は、とにかく宿屋らしい看板をさがす。エルフであれば、宿泊していればすぐに誰かの記憶に残るはずだからだ。
予想したとおり、エルフのロマリーニを見つけるのは簡単だった。
一人で食事をしているところに話しかけた。
「俺だ。カロンだ」
ロマリーニはびくりと体を震わせた。
「遅かったですね。昨日、衛兵が港の方で怪我をしたと聞きました。カロンさんですか?」
「ああ。訳ありでね」
「食事をしますか? それとも、落ち着けるところに行きますか?」
お互いに、顔は合わせていない。俺はドディアとともに、ロマリーニに背中を向けて椅子に腰掛けていた。ロマリーニも振り返ることなく、食事を続けながら話していた。
俺に合わせているのだろうと思う。
「落ち着ける場所があるのか?」
「二階に、私が泊まっている部屋があります」
「なら、そうしよう。先に行け。後を追う」
「わかりました」
俺は、給仕に出てきた店員に後でくるよう告げると、黙ってエルフの食事を待った。エルフが二階に上がり、俺とドディアはその後を追った。
一人部屋だ。ベッドが部屋の大半を占めている。こっちの世界にもビジネスホテルがあったのかと、俺は懐かしく思った。考えれば、闘技場の俺の部屋も似たようなものだった。色々な意味で懐かしい。
「随分、無茶をしましたね」
部屋に入るなり、ロマリーニはベッドに腰掛けながら俺をにらんだ。闘技場で働いていた時には、見たことがない目つきだ。
「そうかな。衛兵は殺していないし、大きな怪我もさせていないはずだ」
「この街の、衛兵に戦いを挑んだこと自体が問題ですよ」
「仕方ないだろう」
「命を狙われましたか?」
「いや。荷物の番をしていた」
「なら、どうして衛兵に逆らったりしたんです?」
どうもロマリーニの思考が、俺が狙った方向とは違う。俺は首を振った。考えを整理したかった。
「意味もわからず、守っていた荷物を傷つけようとしたんだ。邪魔するのが同然だろう」
「それは子供の理屈ですよ。衛兵が理由もなく、そんなことをするはずがない。もし衛兵が正義に反することをしたのなら、それを訴えるべき相手は裁判官とこの街の町長であって、暴力ではありません」
「……俺を王都から強引に逃がした割には、随分な平和主義者だな」
「エルフは自然に従って生きています。自然はこの世界のルールだからです。人間の社会の法は、人間自身が作ったルールでしょう。それに従わずにどうします」
「王都の法は関係なしか?」
「あなたに死なれるわけにはいきませんでした」
「なら、法も時によって破る必要があるのだろう」
「取り返しのつかない理不尽な死からは、逃れることも必要でしょう。世界が魔王に滅ぼされる前に、力を集めなければいけません。ですが、昨日は違うはずです。カロンさんは命を奪われようとしていたわけではないし、捕まったとしても、釈放される方法はあったはずです」
「指名手配されていたのに?」
「絶対に逃れられない絶望が目の前に迫るまで、あなたは意思を曲げなかった。そのあなたの姿を見て、私は魔王に立ち向かえるのはカロンさんしかいないと思ったのです。いまのあなたは、ただの犯罪者だ。私は……王都に戻ります。もう一度、しっかりした人を探します。この世界の命運を託せる人を」
ロマリーニは立ち上がり、部屋の扉を開けた。外に向かい、手を伸ばした。出て行けという意味だろう。
「……俺は、失格という意味だな」
「ええ。私の目には、そう映りました。もう、カロンさんに魔王に立ち向かえとは言いません。好きに生きてください。エルフの国に行く必要もありません」
「……そうか」
ひどい言われようだ。俺は、拳を握りしめた。何も言い返せない。ロマリーニは潔癖主義者なのだろう。わずかでも汚れれば、途端に価値のないものに見えるのだ。
だが、その兆候はあった。俺が竜兵に負けたときから、本当に俺でいいのか、悩んでいるように見えたこともある。
いずれ、ロマリーニとは別れることになっただろう。少々別れ方が気に入らないが、仕方がない。
俺はドディアの手を引いて、ロマリーニの部屋を出た。ドディアは閉ざされた部屋の扉に向かって牙を向いていた。素直に感情を表せるのが羨ましい。
「ドディア」
「ん?」
「ドディアは……俺のこと、嫌いにならないよな?」
「……カロン、だから」
どういう意味なのか、よくわからなかった。俺だから嫌いにならないのか、俺はもともとしょうがない奴だから平気という意味なのか。
だが、まだ嫌われてはいないことは理解できた。ドディアは言葉よりも、体を擦り付けてくる態度で表した。
俺はその場で、しばらくドディアを抱きしめていた。




