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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

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43/195

43 私たちが生きて帰れるかどうか、たぶんカロン次第だ

 メルたちを追って出た下級悪魔は三体だ。ありがたいことに、通路に開いた部屋への入り口は、俺がいる階段の上からは距離がある。聴力の弱い下級悪魔では、たとえ近くの部屋の中にいたとしても、加勢に出てくることはないだろう。

 俺は、タイカの魔法を立て続けに放った。


 二度、下級悪魔が燃え上がる。次にヒエを放つ。悪魔たちの熱を冷ますのが目的ではない。悪魔の皮膚を柔らかく、脆くするのが目的だ。

 下級悪魔が、体の表面に氷をまといながら俺に腕を伸ばした。

 もとより、魔法だけで片がつくとは考えていない。

「カウンター」

 戦士レベル5で習得したスキルを使う。


 俺に向かって腕を伸ばしていた悪魔が、俺すら気づかないうちに、俺の剣に貫かれていた。

 悪魔に弱点となる部位はないらしく、心臓にあたる場所を貫いても簡単には死んでくれない。だが、三度の魔法が効いたらしく、俺の前に膝をついた。

 足で蹴り飛ばす。


 他のスキルと同様、カウンターにも一定の効果時間があるようだ。後続の二体も同じように懐に入ると同時に剣で貫き、弱ったところを足で蹴たおし、とどめを刺した。

 俺の中でファンファーレが鳴り、勇者レベル14に上がったことがわかった。

 喜んでいる余裕も、ステータスを確認している暇もない。俺は、倒れる下級悪魔をまたいで階段を降りた。


 階段から降り切らずに一番下の段で待っていた仲間たちを見つけた時は、真底ほっとした。

 その最前列にいたドディアが、仲間たちを器用にすり抜けて、俺に抱きついた。


「カロン」

「ああ。無事だ。怪我もない」


 俺はドディアに抱きしめられながら、状況を尋ねる。状況といっても、通路に何体いるか、という情報以上にはあるはずもない。


「二体だ。どうする? このまま、突っ切るか?」


 エスメルが俺を見上げた。リーダーはエスメルだが、この場合は俺の判断が優先だということだろう。


「さっきのように囲まれたら、次は対処しきれない。一番近くの部屋に入ろう。その中に何人いても、そのぐらいなら、倒しきれる」

「わかった」


 俺は、多分常識ではおかしいことを言っている。だが、もはや誰も突っ込まなかった。

 俺に先頭が譲られた。まあ、当然だろう。

 階段を降り切った先の五メートル地点に部屋の入り口がある。


 通路に2匹の、まったく同じ姿をした下級悪魔がおり、まるで談笑しているかのように向かい合い、壁に背を預けていた。

 全員で動けば見つかるかもしれない。だが、ばらばらになれば、俺が一緒にいない方に死人がでる。


 俺はステータスを確認する。MPが半分に減っていたが、HPはほとんど減っていない。魔法に頼って戦ってきたことを意味している。仕方がない。まともな武器が鋼鉄の剣一本しかないのだ。手持ちの剣が折れて銅剣で戦うことになったら、さらに苦戦する。

 俺は、体勢を下げて移動し、最も近い部屋に入った。 






 部屋の中で五体の下級悪魔を倒し、俺たちは部屋を占拠した。

 さすがに、これ以上の強行軍は危険だと判断した俺は、休憩を申し出る。当然のように女たちに了承され、全員が疲れた様子で座り込んだ。


「くそっ! こんなもの!」


 俺が通路からさらに下がった部屋の入り口で座り込んでいると、エスメルが背負っていたリュートを振り上げた。

「フラッシュ」

 誰も止められない。そのタイミングだったので、俺はエスメルに補助魔法を放った。部屋に中が明るく照らし出される。フラッシュは消費MPが1しかなく、とても便利だ。だが、現在は全回復するのが1分遅れたという後悔も生じた。


 リュートを床に叩きつけようとしていた手元が突然光り、エスメルがのけぞって目をこすりながら怒鳴った。


「カロン! 何するのさ!」

「カロン、火をつけたい。いいかい?」


「ボヤ」

 下級悪魔に見つからないために松明を消していたのだ。シルビスが突き出した松明の先端を、狙いすまして魔法を放つ。松明が赤々と燃えだした。


「シルビス、私の話が終わっていないよ」

「いいだろ。どうせ、大した話じゃないんだろうし」

「これのせいで、全滅するところだったんだ」


 エスメルが手にしたリュートをシルビスに突きつけた。床に叩きつけられる寸前で、俺が邪魔をしたところだ。さすがに、もう壊そうとはしなかった。


「でも、全滅はしていない。それでいいじゃないか。それに、弦楽器の弦を、ダンジョンの中で張りっぱなしなのはよくないんじゃないか? 弦を外しておけば済むことだ。それをしなかったのはエスメルで、リュートの責任じゃない」


 俺が言うと、エスメルは口をへの字に曲げて、どっかと座った。リュートの弦を外しはじめる。少なくとも、壊す気は失せたということだろう。


「メル、この下も、下級悪魔なんだろう?」

「うん。この下まで、かな。さっきは、運が悪かったんだよ。あんなこと、もうない。だから、大丈夫」

「だといいけどねぇ」


 シルビスの口調も、八つ当たり気味だ。シルビスは、エスメルのせいで全滅しかけたと思っているのかもしれない。


「じゃあ、その下は?」

「教えてもいいけど、エスメルの許可がないと」


 リーダーはエスメルだ。妹のメルでも、きちんと気を使っている。安易に尋ねた俺が間違っていたのだ。エスメルはだが、手を休めなかった。


「私のことはいいよ。ここで聞いている。私たちが生きて帰れるかどうか、たぶんカロン次第だ」

「……わかった。この下から……いの部屋よりもっと下に行くと、ガーゴイルがたくさんいるフロアが続くよ。でも、そこは難しくない。ガーゴイルは、近づかないと襲ってこないし、以前は、遠くから私が休みながら魔法で壊したよ。通路にいるやつだけ殺せば、部屋からは出てこないし」

「よかった。なら、この階と下の階を抜ければ、一安心だな」


 俺が言うと、メルは曖昧に首を振った。


「もっと下、30階に行くと、少し建物の様子が変わるんだ。ミノタウロスは、その階のボスみたいだった。私たちが捕まえて、引きずりだして、そのあとは、どうなっているかわからない。もういないかもしれないし……たぶん、もっと下にいく階段があったと思うけど、私もそれより下は行ったことがないの」

「最悪、今回はスケルトンを担いで帰るってところかね」


 シーフのムーレが肩をすくめる。これだけ苦労している割には、報酬が少ないと思っているのだろう。もともと、報酬などもらえる予定がない俺には、実入りのことなど関係ない。

 そのはずだが、ここまで苦労を共にしたのだ。エスメルたちには、報われて欲しいと思わなくもない。


「カロン、今回は、あんたは見張りをしなくていい。休みな。あれがきたら起こす。あんたがいないと、どうにもならない」

「いいのか?」


 エスメルが、ようやくいつもの調子を取り戻したようだ。


「当然のことだよ。生き延びるには、それが最善だ」

「稼ぐためにもね」


 僧侶のシルビスとシーフのムーレも次々に言う。メルはなにも言わず、俺と目が合うと、小さく頷いた。

 ドディアは関係ない。ずっと、俺にしがみついて震えていた。どうやら、怖かったようだ。ちなみに、コボルトは失禁のショックから、部屋の隅で小さくなっている。


「この子がこんなに怖がるなんて……」


 俺がドディアの頭を撫でると、ドディアは俺の手を握り、筋肉質な胸に抱いた。


「ダンジョンに潜って強くなりたいって言っていたけど、その目的がコボルトだったんだ。いまは、ただ好きな男にいいところを見せたいだけだし、そうそう頑張り続けられないってことだろ」

「なるほ……冗談だろ?」


 エスメルの言葉に納得しかけた俺は、途中で言葉の意味を理解し、即座に問い返した。


「冗談を言える気分じゃない。この場でドディアを抱けなんて言わないよ。無駄口叩いてないで、とっとと休みな」


 エスメルは、自ら部屋の外に出た。部屋の外といっても、まだ室内だ。通路まで、もう一部屋あるのだ。

 俺は申し訳なく思いながらも、少しだけ眠った。外で恐ろしい悪魔が徘徊しているといっても、疲れれば眠れるものだ。


 もっとも、俺が起きた時、ドディア以外はひどい顔をしていた。眠れなかったようだ。ドディアだけは、俺に抱きついたまま、熟睡していたのだ。

 俺はステータスを確認し、MPが全快しているのを見ると、ほぼ休めなかったらしいエスメルに言った。


「行こう」

「ああ。こんなところじゃ、どれだけ休んでも休んだ気がしない」

「生きた気もしないよ」


 メルがぼやきながら立ち上がる。

 俺たちは、ダンジョンの探索を再開した。






 残り二階分のフロアをなんとか抜け、地下21階、ガーゴイルのフロアにたどり着いた。

 俺は、通路にひしめく悪魔的な姿の像を前に、硬直した。


「メル、話が違う」


 俺が振り返ると、この世界本来の正当な魔法使いは、小さくなって謝罪した。通路には、たいした数は出ていないと言われていたのだ。現在は、足の踏み場もないほどの悪魔の像が並んでいる。部屋の中に居た分も、まとめて出てきてしまったかのようだ。


「で、でも、ほら……遠くから攻撃すれば、一緒でしょ。ムーレも、一緒に」


 下級悪魔相手の戦闘を嗅ぎつけ、本当に部屋から出てきたのかもしれない。あるいは、ここまで潜ってきた別の冒険者が失敗したか、嫌がらせに置いていったのかもしれない。どちらにしても、一体ずつ慎重に倒していく、という数では無い。メルはムーレを見るが、丸顔のシーフは顔をしかめた。


「ああ。でも……石が」


 シーフのムーレはスリング、いわば投石を武器とする。石はどこにでも転がっている。弓矢と違って貫通力には欠くが、慣れた使い手にかかれば、恐るべき威力を発揮する。ただし、石がない場合もあるのだ。例えば、整備された階段の上とかである。

 俺は、この世界に来た当初、アイテムボックスの仕様を確認するため、大量に石を拾ったことを思い出した。


「石なら持っている。使ってくれ」


 俺が次々に石を取り出す。その手を、エスメルが掴んだ。


「どこから出した?」

「あ、アイテムボックス……」

「そりゃ、いったい……いや、いまさら驚いても仕方ない。もういいよ。後で聞く。ムーレも、そんなにまとめて石を渡されても困るだろう。やっぱり、この場合の主力は魔法なんだ。メル」


「……先に、カロンにやらせてよ。私が魔力を使い切ってから交代じゃ……自信無くしそう」

「だ、そうだ。カロン、いいかい?」

「ああ。タイカ、タイカ、ヒエ」


 俺が続けて魔法を使うと、通路にいたガーゴイルはまとめて崩れた。下級悪魔にも使用したが、ガーゴイルの皮膚は青銅らしい。つまり、金属だ。熱膨張中に突然冷やされて縮んだため、勝手に体が崩壊したのだろう。

 範囲魔法だったため、通路は綺麗になった。


 部屋から出てくることもないらしく、俺たちは楽ができた。ちなみに、タイカ一回でMPの消費は10、ヒエが8だが、勇者レベル14の俺のMPは170だ。確かに減るが、あと5階降りればいいのなら、ミノタウロスにところまではいけるだろう。

 結局、かなり楽をして五階分を降り、とうとう地下30階に降り立つ。

 俺のレベルは15に達し、メルがひどく落ち込んでいた。






 メルに言われていたとおり、地下30階に至り、明らかに建物の様子が変わった。

 これまでマンションのような構造をしていたが、地下30階はどうやらセレモニーホールのようだった。作りが似ているというだけで、ここで結婚式をやったわけではないだろうが。


 階段を降りた俺の目の前には、両開きの大きな扉がある。これまで、構造的に長い通路を踏破しなければ下の階には行けなかったが、どうやら、ここからは好きな階を選べるらしい。

 地下30階に降りて、正面に巨大な扉があり、すぐ横に、下への階段があったのだ。


「メルは、前回はこの扉を試したんだね?」

「うん」


 リーダーであり、姉でもあるエスメルに問われて、メルは素直に頷いた。


「で、この先にミノタウロスがいた」

「うん」

「で、いまはいるかどうかはわからない……下の階は試した?」


 エスメルも気になっていたのだろう。俺が見ていたのと同じ階段を指差した。


「ううん。私たちの場合は、このフロアに着いたら、そこの扉から大きないびきが聞こえてきたの。だから、寝ているならチャンスと思って、こっそり忍び込んで、準備万端整えて、起こして、戦って、弱らせて、また眠らせたのよ。1匹で限界。とても、下の階まで見に行く余裕はなかったわ」


「ふむ……この扉の先に、またミノタウロスが出現しているかどううか、ね。カロン」

「わかった」


 まあ、どうせ俺だと思っていた。俺は、扉に近づく。ガーゴイルを全て俺の魔法で始末したので、MPはほぼ空だ。回復させたいところだが、この扉の先も気になるのは確かだ。

 休憩するのは、扉の中を確認してからでいいだろう。

 俺は、そっと扉を開けた。

 中は暗闇に包まれ、何も見ることができない。俺は、背後で固唾を飲んでいる女たちに、松明を要求した。


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