42 もう、妖術師でもなんでもいいよ
どうやら、俺たちが踏み込んだダンジョンは、魔物たちのアパートであるらしいと、ついに結論づけた。構造からしてほぼアパートだし、各フロアに同じような魔物が集まっているのは、種族が違うと近所づきあいが難しいのだと理解できる。
俺が魔物で、このアパートのことを知っていたら、ぜひ入居したいと思うだろう。扉がないので、プライベートを守れないのが少しだけ残念だが、魔物になって守らなければならないプライベートが存在するとも思えない。
ならば、俺たちは魔物たちが快適に暮らしているところに殴り込みをかけた、狂気殺人者という感じになる。
地下の15階に入ると、魔物がアンデッドからスライム系に変化した。スライムは粘体と呼ばれる体を持ち、単細胞生物のように不定形の体をしているが、実際には細胞核すらもたないという不思議生物である。生物、であるどうかも疑わしい。ほとんどのスライムは炎が弱点らしく、俺のボヤで簡単に仕留めることができた。
スケルトンを捕獲している最中に俺のレベルが勇者11に上がったが、スライムに占拠された一室を熱消毒していると、レベルが早くも12に上がった。順調だ。もちろん、熱消毒というのは粘体であるスライムを痕跡ごと消滅させることで、間違いなく戦闘行為なのである。
スライムばかりのフロアに入ってから、ドディアとコボルトの出番はなくった。剣で傷つかない相手なのでしかたがない。スライムには様々な種類がいて、金属を腐食させるものもいるとなれば、迂闊に攻撃するわけにはいかないのだ。
結局、俺がほとんど焼き払った。
過去にメルが来た時も、スライムの階層ではメルの魔法か、炎で追い払ったらしい。メルの魔法もそう連発できるわけではないので、ほとんど逃げ回るように走り抜けたとのことだ。ある意味、ダンジョンの難所なのだとメルは語った。
だが、俺の魔法でほとんど片付けられてしまったので、少し凹んでいた。
中には、炎を苦にしないスライムもいたが、俺は氷魔法も持っている。ヒエという魔法で、威力は高くないが範囲魔法である。
魔法使いになった時に習得したものだ。ますますメルを落ち込ませることになったが、それも仕方がないと諦めるしかない。
もともと、まともに戦闘をするつもりがなかったエスメルとムーレからは、俺がいて助かると好評だった。
雇われた身なので、精々頑張るとしよう。
スライムたちをほぼ一人で片付けていたおかげか、スライム階を抜けるまでに、俺はレベルが13に上がった。
21階に降りようとした手前で、メルが全員を呼び止めた。
「どうした、メル?」
「異常じゃないけど、その前に、ここから下の階層について教えておいたほうがいいと思って」
「ああ。それは大事だね。そろそろ、出る魔物が変わる頃だろうからね」
メルはうなずいて、近くにあった部屋の入り口を指した。さすがに、全部の部屋を回って魔物たちを殲滅して回るといった、対テロ部隊のような行動はしていないので、特に気になる部屋以外は素通りしている。
気になるか、そろそろ休みたい、という状況である。メルが入り口を指したのは、間違いなく後者だ。
いつものように俺一人で殺菌処分のようなことをして、6人を招き入れる。
メルが話し出した。
「私が前に来た時は、スライム階は早く抜けたいってことで、まっすぐ進んで……この下のフロアで痛い目にあった。スライムは厄介だから、侵入者を疲れさせてこの下に強い魔物を配置するっていう、根性の悪い奴がこのダンジョンを作ったんだと思う」
俺は、たまたまではないかと思ったが、全員が真面目な顔をしてうなずいたので、あえて指摘しなかった。この下の階に強敵がいるのは間違いないのだろうから。
「で、下には何がいるんだい?」
「下級悪魔、の巣がある」
「……まいったね」
エスメルが天を仰ぎ、シルビスが祈りに似たポーズをとる。ムーレが舌打ちをし、ドディアとコボルトは、よくわからないが俺を見ている。
「強いのか?」
俺は尋ねた。
「ああ……強い。下級悪魔っていっても、魔物と変わらないっていうか、魔物だ。どうして悪魔って呼ぶのかっていうと、そう呼びたくなる外見をしているのさ。力はミノタウロス並みで、知能が低い。視力や嗅覚、聴覚も弱いから、やり過ごすこともできるだろう……前回の時は?」
「うん。最初は戦ったけど……正直言って、ほとんどはやり過ごした。息を止めて、松明を消して壁に貼り付けば、あいつらは気がつかないことが多い。たまたま見つかったら、一旦視界から外れるまで逃げる。カロンは、多分戦いたいって思っているんだろうけど、ミノタウロスと比べて、それほど弱いわけじゃない。カロンだって、ミノタウロスに楽勝だったわけじゃないだろう。しばらくは、やり過ごすんだ」
「下級悪魔がそんなに強いなら、そいつを1匹捕まえたらどうだ?」
俺が尋ねると、エスメルが首を振った。
「ミノタウロスの時は、メルが眠らせたって聞いている。下級悪魔は、魔法での状態異常がほとんど効かないらしい。たまたま寝ている奴を見つけたら、しばりあげるのはありだろうけど、途中で暴れ出したらどうにもならない。割に合わないね。逆に、ミノタウロスなら簡単に寝るし、薬で眠らせ続けることもできる。狙うなら、ミノタウロスが安全だ。それに……ミノタウロスを倒したって男の力は、じっくりと拝見した。まともな奴じゃ、とても敵わないってこともね」
最後の意見は、俺に対する褒め言葉だろう。
「問題は、一度捕まえて連れ出したミノタウロスが、またいるかっことなんだけどね。私の時は、他のミノタウロスは見かけなかった。たまたま30階に住み着いていただけなら、潜っても、いないかもしれない」
メルの言葉に、エスメルが顔をしかめる。
「その時は、下級悪魔に挑戦してみるかい? それとも……もっと深くに潜るかい? どうだい、メル、以前のパーティーと比べて、深くまで潜れると思うかい?」
「私が雇われたパーティーのほうが、バランスはよかった。でも……今はカロンがいる。剣も魔法も使う化け物が一緒なら、よほど大量の魔物に囲まれなければ、なんとかなると思う」
「俺は、化け物か?」
勇者のつもりだったのに、とは言うまい。
「間違いないよ。もう、妖術師でもなんでもいいよ。無事に帰らせておくれ」
僧侶のシルビスの言葉は、真に迫っていた。
俺たちは、いよいよ下級悪魔が徘徊するという地下21階のフロアに到達した。ここから、下に5階層は同じような魔物がいるという。
階段から通路に出た途端、山のような筋肉をした、角の生えたたくましい姿に肝を冷やした。
角のある巨大な影、というとミノタウロスも同様だが、こちらは大山羊を直立させ、上半身だけ人間風のものと差し替えたような風貌をしている。その人間風の体が、たくましく大きく、黒いのだ。
毛に覆われた尻からは長い尾がのたうち、背中には飛ぶのに使えそうもない翼がある。
なるほど、悪魔だ。
警戒して松明を消しておかなければ、いきなり戦闘になったかもしれないが、俺と鉢合わせした下級悪は、俺を正面に見ていながら、気づくことなく背中を見せた。
俺の背後の連中も、硬直しているのがわかった。
足元に、液体が広がるのがわかる。
コボルトが失禁したらしい。
気持ちはわかる。気づかないふりをしておこう。
ほとんど真っ暗な暗闇だったが、下級悪魔の体がほんのりと青白い光を放っていたため、誰がどこにいるのかだけは、辛うじて判断できた。
「進むぞ」
声には出さず、息だけで言う。誰も俺の体をつかんだりしなかったので、進まなければいけないことはわかっていると判断し、俺は壁際に張り付くように前に進んだ。
壁に張り付いて、というのは、あらかじめ打ち合わせてをしてあった動きだ。メルが前回潜った時、何度か手痛い目に遭いながら、下級悪魔たちは通路の真ん中を歩きたがる習性があることに気づいたのだ。
唯一の例外はすれ違う時に互いに譲り合うらしい。というと、可愛らしく聞こえるが、その度にぶつかりあって殺し合うような種族がいるはずもなく、当然のことだろう。
下級悪魔は聴覚も嗅覚も弱いと聞いているが、用心に越したことはない。足音も立てず、息もできるだけしないように配慮しながら、俺はゆっくりと進んだ。
21階、22階と通り抜ける。
23階は、この悪魔の住処の中間に当たる場所だ。
歩いているだけのはずだが、非常に疲れを感じた。
この世界に来た当初から思っていたことだが、俺の疲労というのは、すべて精神的な疲労であるらしい。肉体は、疲労しないのだ。ただ、筋肉痛だけはやってくる。
23階の通路を移動している最中、何かが、切れる音がした。
ちょうど、俺の目の前に下級悪魔がいた。
悪魔がぴくりと反応し、動きを止める。
音の正体は、俺にはわかっていた。エスメルがいつも担いでいるリュートの弦が切れたのだ。撥弦楽器の弦は、特に切れやすい。いつも張られた状態であれば、何のきっかけもなく切れることも珍しくない。
だが、タイミングは最悪だ。
下級悪魔は立ち止まり、きょろきょろと頭を動かしていた。
俺は立ち止まり、その様子をじっと見守る。下級悪魔自身が光っているので、こちらからはよく見えるのだ。
俺に追突して来たものがいないので、全員同じ気持ちだったのだろう。
知能も決して高くないはずだ。そのまま、行き過ぎてしまうことを祈った。
だが、さらに運が悪いことに、たまたま一室から姿を見せた下級悪魔が、通路にいた下級悪魔とすれ違おうとした。
先に立ち止まった悪魔は気づかず、動かない。通り抜けようとした悪魔が、通常より大きく動き、俺たちの誰かとぶつかった。
「ひっ」
ぶつかった誰かの声だ。悪魔の体から出る光で、俺はぶつかられたのがエスメルだと見て取った。
先に足を止めた下級悪魔が、声の発生源に向けて、長い鉤爪を振るうのがわかった。俺の手には鋼鉄の剣があったが、間に合わない。
「ザン」
俺がとっさに唱えた魔法は、下級悪魔の手首から先を切り飛ばした。
「タイカ」
立て続けに魔法を放つ。二体の下級悪魔が、同時に炎に包まれる。
「やるぞ!」
もはや、後には引けない。俺は燃え上がって標的になっている下級悪魔めがけて突っ込んだ。
体格的には弾き飛ばされても当然だが、俺の体当たりに、二体の下級悪魔がバランスを崩して転倒した。
「ドディア、コボルト! やれ!」
俺が叫びながら剣を振り下ろす。下級悪魔の一体に切りつける。背後から力強い返事が上がった。
何度か切りつけると、悪魔の首がもげた。
振り返った時に、俺の胸に五本の鉤爪が振り下ろされた。
「カロン!」
名前を叫んだのが誰かはわからない。目の前には、巨大な下級悪魔と、銅剣を握りしめて襲いかかるドディアの姿があった。下級悪魔は、ドディアを無視して俺を殺そうとした。実に光栄だ。そんなに、強く見えたのだろうか。
「ザン」
俺が唱えると、下級悪魔の首筋に、深い傷がざっくりと口を開いた。
悪魔からもらった傷をそのままに、鋼鉄の剣を振り上げ、振り下ろす。
背後からも銅剣を突き立てられた二体目の下級悪魔は、苦しげな声をあげながら、床に倒れた。
「フラッシュ」
俺が魔法を唱えると、何回か使用したただ光る魔法のことを察知して、エスメルたちは顔を伏せた。俺自身も直視すると目をやられるため、目を伏せながら、前後を確認する。
下級悪魔たちが、通路に開いた部屋の入り口から、顔を出していた。
様子を見に出てきたのだろうか。
その様に、俺の全身に鳥肌が立った。
「囲まれる。ドディア、先頭を行け。俺が後ろを守る」
「わかった」
ドディアが、一刻も早く抜けようと走り出す。コボルトが追った。ドディアも、銅剣で倒せる相手ではないことを理解しているのだろう。コボルトは、いつもの頼もしい態度が嘘のように、まるで怯える子供が保護を求めるかのように、ドディアの後を追った。
「シルビス、メル、急げ」
「も、もう無理……こんなことになって……抜けられない」
「諦めるな! なんとかなる」
弱音を吐いたメルは、床にへたり込んでいた。俺は強引に立たせると、同じように呆けていた僧侶のシルビスを立たせた。ドディアの前方に、二体の下級悪魔が立ちふさがる。さすがのドディアも、立ちすくんだように見える。
「タイカ」
俺が魔法を放つと、下級悪魔がまとめても燃え上がる。
横合いの部屋への入り口から、太い腕がエスメルの上に襲いかかった。
「ザン」
腕が飛ぶ。腕をなくした下級悪魔が、怒りもあらわに姿を見せる。
「コンシン」
俺は全力で石畳を蹴りつけると、宙を飛んで距離を詰め、力を腕に移す。
飛び出した下級悪魔の首を切り落とす。
「急げ!」
エスメルがしかりつけ、メルとシルビスが抱き合うように走る。シーフのムーレは意外とたくましく、下級悪魔に石を投げつけていた。威力はほとんどないが、仲間たちを狙う悪魔の意識を引きつけている。
「メル、階段にも、やつらは来るのか?」
ダンジョンに入り、追い詰められるのは初めてだった。階段まで行けば、見逃してくれるのではないかと淡く期待をした。
「間違いないよ。階段を登れないなら、こんなところに住んでいない」
俺の期待は、淡くも打ち砕かれた。
ドディアの前に立つ下級悪魔も、タイカの一撃では死ななかった。燃えながら、ドディアに襲いかかる。ドディアもコボルトも懸命に避けている。
「ヒエ」
俺は、距離に関わらず狙った対象に発動する自分の魔法に、心底感謝した。ドディアを狙っていた悪魔たちが凍りつき、燃やされた直後だからだろうか、足から崩れ、倒れた。
俺はスキル、コンシンを発動させたまま剣を振るい、一気にドディアに追いついた。その間に二体を斬り伏せ、スキルの効果が消えたのを感覚で知った。これで、しばらくは使えない。
「ドディア、下に行け。階段の下で待て」
「カロンは?」
「ここで、食い止める」
俺は、後から続くメルたちに迫る、下級悪魔を見据えた。




