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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
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4 君には、用はないんだ

 俺は暗闇で目を覚ました。

 意識を失う直前も目の前が暗くなったので、本当に暗いのか、果たして目が役に立たなくなっているのかわからなかった。

 手を動かせば、空中にアイコンが浮き上がるのがいつもの仕様だ。俺は手を動かそうとして、身動きができないことに気づいた。


 腕が動かない。神経が麻痺しているのだろうか。顔も動かず、眼球さえ動かすことができない。

 どうやら、たちの悪い神経毒に侵されているようだ。

 自分の五体が残っているのかもわからない。

 俺はただ、待った。回復するのと、俺を麻痺させた何者かが現れるのを待った。






 目が慣れてきたのか、ぼんやりと目に映る物が見えてくる。

 糸、だろうか。細い糸が幾重にも絡まって、俺の視界を塞いでいる。

 俺を捉えた物の正体が、おおよそ予想がついた。


 まだ生きているのは、多分餌にするのだ。俺を捉えた奴が食べようとするか、子供の卵でも産み付ける予定なのだろう。すでに、俺の体内に卵が産み付けられた後かもしれない。

 考えても仕方がない。俺はなんとか眼球を動かそうとした。

 少しでも、動ける部位を確認する。


 舌が動いた。ぎこちないが、動く。毒が抜けかけているのだろうか。あるいは、完全に仕留めるための毒ではないのだろう。そもそも、体の機能が全て麻痺してしまえば、心臓も肺も止まって、すでに死んでいるはずだ。


 喉に力を込める。震えた声が出た。

 俺の視界の先で、何かが動いた。

 声に反応したのだろう。失敗だ。すぐ目の前に、いるとは思わなかった。

 俺は、糸でできた薄いベール越しに、巨大な土蜘蛛が蠢くのを見ていた。

 クモが地面にいると考えると、俺はぶら下げられている。


 クモの目は八つあった。その目が、俺の顔の近くで覗き込んでいる。

 しばらく覗き込み、納得したかのように、再び背を向けた。

 生きた心地がしない。

 実に残念な死に方だ。


 いや、まだ死んではいない。

 俺は、今度は音を出さないように気をつけながら、指先と足の指に力を入れてみる。

 時間はかかった。少しずつ、動くようになってきた。

 完全に動けるようになるのには程遠い。しかし、俺には時間がなかったのだ。






 巨大な土蜘蛛が、俺を覆うように乗りかかってきた。尻に毒針があるのがわかる。再びあれで刺されれば、間違いなく俺は死ぬまで、目覚めることはない。

 もう、限界だ。

幸いにも、体の動きが多少は戻っていた。逃げるぐらいはできそうだ。

もっとも、現在は俺の体は糸で幾重にも巻かれており、まずはその糸をなんとかしなければ、逃げることはできない。


 魔法は使えないだろうか。唯一の攻撃魔法ボヤでなら、クモの糸を焼きはらえるかもしれない。

 だが、そもそも腕が動かないのだ。アイコンに触れることができない。

 実に不便だ。このまま、ゲーム仕様のために死ぬのだろうか。

 一か八か、俺は叫んだ。

「ボヤ」

 巨大な土蜘蛛の頭部が火に包まれた。オオカミは全身を火で包むことができたが、火で包める大きさには限界があるのだろう。


 何より、魔法名称を唱えるだけで魔法が発動することは、新しい発見だ。これなら、武器を振り回しながらでも魔法が使えるかもしれない。

「ボヤ」

 今度は自分の周りに魔法を使う。敵以外に魔法をかけられることは、オオカミ肉のステーキで確認済みだ。

 土蜘蛛の糸は燃えやすいらしく、俺は全身を炎で包まれ、地面に落ちた。幸いにも地面は柔らかく、受け身を取れる程度には体も回復していた。


 土蜘蛛が叫んで前足を振り上げていた。

 俺に尻を向けている。先端から、毒を送り込む牙のような挿毒管と、糸の射出を入れ替えられるらしい。器用でうらやましい限りだ。

 糸が吐き出される寸前、俺は再びボヤを使った。

 クモの尻が炎に包まれる。


 びっくりしたように飛び上がり、地面に落ちる。ただ落ちただけだ。本当にびっくりしたのだろう。

「ご飯はお預けだ。このまま、俺の経験値になれ」


 地面に落ち、無様に潰れかけているクモの前に立ち、俺は武器を手に取った。  

作ったばかりの石斧だ。粗末であろうとなかろうと、現在の主力武器だ。

土蜘蛛が情けない声をだす。俺を捕縛し、美味しくいただこうとしたのだ。躊躇することはない。

 俺は念のために再びボヤを叩き込み、弱ったところに石斧を振り下ろした。

 尖った石より、石斧の威力は数段上だ。


 一撃で確実に弱らせる。

 そのあと、何度も殴り続け、ついに土蜘蛛は動かなくなった。

 頭の中でファンファーレが鳴り響く。

 レベルが勇者3に上がったのだ。


 随分苦労したような気がする。

 命がぎりぎりで助かった俺は、座り込んでステータスを確認する。

 カロン 勇者レベル3 HP35・M35となっている。1レベル上がるたびに、HPとMPは1・5倍になっているようだ。

 新しい魔法は習得していなかったが、スキルとしてガマンというのを覚えていた。


 説明は出ないが、なんとなく想像できる。

 今回のように窮地に陥っても、ガマンで体を無理やり動かしたりすることができるのだろうか。

 毒を解除するスキルの方がありがたかったが、なんでもガマンで耐えられるなら、かなり重宝するスキルとなるだろう。


 俺は、かなりの回数のボヤが使用できることと、唱えるだけで魔法が発動できるのであれば、すぐにでもオオカミの群れと再戦が果たせそうなことに興奮を覚えながら、土蜘蛛の巣を脱出した。






 外に出ると、夜が明けようとしているところだった。

 一晩中クモに囚われていたのだろう。

 あのクモが獲物をすぐに食べる習性をもっていたら、俺は間違いなく食われて死んでいる。

 生きて地上に出られたのは、幸運だったのだ。

 穴から出ると、俺は再び地面に座り込んだ。


 力が抜けたのだ。

 腹も減っていたが、残った食料は山菜と焦げたオオカミの肉が一つあるだけだ。

 最後のオオカミの肉をステーキにしてしまったら、山菜しか残らない。

 まず、食料を確保することにしよう。


 レベルも3になったことだし、ひょっとしてアクアワームにも勝てるかもしれない。

 あれ自体は食べたいとは全く思わないが、川に行けば魚がいるだろう。魚を取ろうとすれば、またあの凶暴な水棲虫に襲われるかもしれない。

 俺は空いた腹を抱えて、川を目指すことにした。


 方向なんてわからない。多分、クモに引きずられて、知らない場所にいるのだ。

 途中でオオカミに出くわしたら、今後こそ大量のステーキ肉に変えてやる。

 空きっ腹を抱えながら歩いていると、どうやら水の音が聞こえてきた。

 涼しげな、流れる水の音に惹かれて移動していると、滝壺から流れ出る大量の水が作る大きな川ではなく、流れは激しいが跨いで渡れる程度の小川に出てしまった。


 どうやら、本格的に元の場所には帰れなくなったらしい。

 もともと戻る必要はない。ただ、残念なのは滝壺の底にいた巨大なサワガニだ。

 あれを地上におびき寄せてこんがり焼けば、さぞかし美味かったのに違いないのだ。






 俺は森の中でぬかるんだ場所を見つけると、泥をこねて器を作った。

 できた泥の器にボヤを何度か使うと、表面にひび割れができたが、陶器のように固く、崩れなくなった。

 ボヤは最初から使える低位の魔法という位置づけなので、あまり威力はない。

 対象を燃え上がらせるようだ。生物であればきついだろう。3回でオオカミが死んでしまうほどだ。

 まだ出会っていないが、動物とは全く違うモンスターなどには効くのだろうか。というか、そもそもいるのだろうか。


 疑問は多いが、とにかくボヤを連発し、なんとか俺はオオカミの肉と山菜の鍋を完成させた。

 器と箸も作った。

 火を焚きつけるのも魔法だ。

 結果として、調味料がないため味気ないが、空腹の俺にはにはしっかりと満足できる、鍋料理が完成した。


 少し泥の味がした。

 一度の使用で鍋は崩れてしまったが、個人的には大満足だ。

 満腹感も手伝って、素晴らしい達成感が得られた。

 うん。ここはもう、ゲームの中ではない。

 食事の後、腹を軽く下して脱糞したのだ。水のような便が出た。これがゲームだったら、実装する前に開発者を誰かが止めるはずだ。


 では、ゲームの中でなれば異世界かといえば、そこまでは結論を出せなかった。

 オオカミには目が6つあったが、それだけといえばそれだけだ。山菜もキノコも俺の知らない種類だったが、採取すると『食用』と表示されるので、迷わず鍋に入れた。俺に、山菜に関する知識などない。都会育ちだ。


 オオカミの目以外に、異世界に来たと強く感じさせることはなかった。ゲームシステム上の魔法が、実際に使えるということぐらいか。

 はじめにオオカミに襲われたように、回復もできずに集団で襲われるという事態にならないかぎり、数発のボヤで退けることができた。

 オオカミを3回で死亡させるという魔法は、動物にすればかなりの脅威なのだとわかる。石斧で思い切り殴られるより痛いのだろう。






 土蜘蛛の巣から脱出して、食事をして(脱糞して)ゆっくりと休むと、MPは最高値の35まで回復していた。

 ボヤにして17回放てる数だ。

 オオカミをボヤだけで全滅するには至らないだろうが、俺を襲った罰に、群れを見つけ出して襲撃して追い払うには十分に思えた。

 そこで、俺はオオカミを探すことしにした。


 オオカミを探すには、同族のふりをすればいいはずだ。

 オオカミの遠吠えを真似て、俺は森に向かって吠えた。

 すると、背後で重いものがどさりと落ちた音がした。

 振り返ると、巨大な大蛇が鎌首を持ち上げていた。


「あっ……昼寝中だったかい? 起こしちゃったかな? 君には、用はないんだけど……」


 アナコンダ、よりもはるかに太い胴体をしている。牙から紫色の液体が滴っているところを見ると、毒持ちのようだ。

 これだけの巨体で、毒を必要とする理由がわからないが、巨大な蛇が身を守る必要のある生物も、この森にはいるということだろうか。


 油断した。

 蛇はどこからかわからないが、鋭い警告音のような音を発している。どうやら怒っているようだ。謝っても許してもらえそうな気配はない。きっと、さっきの謝罪も通じていない。

 巨体に似合わない勢いで、蛇が跳躍した。

「ボヤ」

 俺に向かって開けた口の中が、炎で溢れる。


 とっさに、俺は避けていた。

 地面に蛇が転がる。口の中を焼かれたのだ。苦しくて当然だ。

「ボヤ」

 俺はさらに頭部を焼いた。蛇の巨体を包み込むほどの火は出ないが、頭部は人間の頭を丸呑みできるぐらいしかない。ということは、この蛇は、大人の人間を丸呑みできる。


 俺はさらに3度ボヤを放つ。

 苦しいのだろう。長く太い胴体が、ばたばたと暴れる。俺は、避けるのにも真剣にならなければならなかった。

 苦しませたいわけではない。気の毒だとは思うが、俺にはこれ以上の攻撃手段がない。

 どうやら、蛇にとっても致命傷になっただろうぐらいには弱ったが、まだ体は暴れている。

 俺は石斧を取り出し、首から先を切断した。


 胴体が横倒しになり、あたりが静まり返る。期待したが、レベルアップの音は響かなかった。だんだんレベルアップがしにくくなるのは仕方ない。次の楽しみとしておこう。

 予期せぬ敵に無駄に疲れた俺は、その場にへたり込んだ。


 確か、蛇も食えるはずだ。毒ももっていたが、頭部を燃やしてしまったので、毒を取り出すことはできそうにない。蛇革のバッグとか、この世界では流行っていないだろうか。そもそも、バッグを使う誰かがいるのだろうか。

 動かなくなった蛇の亡骸も戦利品だ。俺は蛇をまるごと、アイテムボックスに放り込んだ。アイテム名は、『蛇の死体』と出た。そのままだ。






 昼間に作った鍋を食べきれなかったので、そのままアイテムボックスにしまっておいた。取り出すと、まさに食べ残したままのオオカミ鍋が出て来た。

 実に便利だ。真空パックもかくやという便利さである。

 夕食は鍋の残りで済ませ、俺は適当な岩場の陰で横になった。

 また何かに襲われるかもしれない。


 だが、一日歩き回り、眠るのに適した場所というのを発見できなかったのだ。

 大蛇は、俺の遠吠えに合わせたように落ちて来た。きっと、木の上にいたのだ。 

 ならば、木の上も安全ではない。

 山小屋とか、炭焼き小屋でもあれば、人間らしい形状の生物はいるだろうと期待もできるのだが、あまりにも山が深いのか、そもそも人間がいない世界なのか、俺は結局、泊まるのにふさわしい場所というのを見つけることができなかった。

 熟睡できなくてもいいから、とにかく横になる場所が欲しかった俺は、大きな岩場を背にして横になったのだ。


 背中から突然襲われることだけはないだろうという判断である。

 安全ではないことは理解していたが、腹もいっぱいだった俺は、次第に眠くなった。

 顔を上に向けると、緑の天井の間から、星々の明かりが漏れ入って来た。これだけ自然が美しい世界では、星はどれほど鮮明に見えるのだろうと、俺は呑気に考えながら、眠りに誘われた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 初級魔法で陶器ができるなんてめちゃゲームっぽいような というか効果時間長過ぎでしょう
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