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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王

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32/195

32 ゴブリンを使役するだけで、ミノタウロスを倒せるはずがないだろ

 5日後、俺は再び、闘技場で出番を待っていた。周囲には30人のゴブリンがおり、俺の指示に従っている。もとから俺をゴブリン王だと思っているゴブリンたちは従順だったが、俺がゴブリン部隊を率いてミノタウロスを倒したのことはゴブリンたちにも知られていたらしく、より従順だった。


 俺の正面には鉄格子でてきた扉があり、最後の前座の剣奴たちが大土蜘蛛を相手に苦戦していた。

 魔法ボヤがあれば、勇者レベル1でも倒せる相手だが、巨大化したクモの不気味さに、なかなか剣奴たちは踏み込めずにいた。


 剣奴たちと大土蜘蛛が拮抗状態で膠着し、観客のブーイングとともに、物が投げ入れられた。

 剣奴たちと大土蜘蛛の双方になげこまれた小石がぶつかり、観客にいらだって立ち上がりかけた大土蜘蛛と、冷静に隙を伺っていた剣奴たちの間に明暗が分かれた。


 剣奴たちが突っ込み、大土蜘蛛を圧倒する。暴れる大土蜘蛛の足にひっかかれて何人かが血しぶきをあげたが、勝敗には影響しなかった。

 剣奴たちの勝ちだ。5人の剣奴が挑み、1人が死亡、1人が重態だった。


 次は、俺の番だ。

 大土蜘蛛の死体が片付けられていく。一方、勝った剣奴たちが、俺が出番を待っている場所に引き上げてきた。

 目の前の試合会場では、次の対戦カードの詳細が述べられている。


 剣奴たちの次だということは、俺は剣闘士の中では、一番初めの対戦なのだろう。王に向かってアピールするには、メインを努めなければならない。剣闘士の中の一番手の試合というのは、俺にとっては喜ばしいことではない。


 ただ自由になりたいだけではない。半年以内に国王の目に止まらなければ、死刑にされるのだ。

 俺は、拳を固めて深呼吸した。武器は、ダンジョンで拾った鋼鉄の剣だ。ゴラッソに確認したが、どんな武器を持っていても問題ないそうだ。


 俺が自分に気合を入れていると、剣奴たちが俺の横を通ろうとした。

 見知った顔があった。どうやら、ゴラッソの剣奴たちらしい。

 剣奴たちとは、1名を除いてあまり親しくはしてこなかった。


 俺の横を通り過ぎても、目をあわさないように伏せた。

 だが、1人の声が、俺の気を引いた。


「しっかりしろ、エレン。医療所まで行けば、きっと助かる」


 『エレン』は、唯一の剣奴としての友達の名だ。初めての試合で一緒に出場し、共に生き永らえたが、俺だけが妖術師として監禁されてしまった。それ以降、会っていない。


「気休めはよしてくれ。生き残っても……回復するとは思えない。あの蜘蛛、毒をもっていやがった」

「エレン? エレンなのか?」


 闘技場から、俺を呼ぶ声がする。1人の声ではない。合唱している。観客たちが、俺の登場を待っている。

 だが、俺は闘技場に背を向けた。背を向け、立ち去ろうとしている剣奴たちを呼び止めた。


「ああ。俺はエレンだ……カロンか?」


 エレンを引きずるように連れていた剣奴たちが足を止め、やや強引にエレンを振り向かせた。

 2枚目と言っていい顔立ちをしていたエレンの顔は腫れ上がり、二目とは見られない有様だった。顔色も悪く、足から大量の出血をしている。

 背後で俺を呼ぶ。だが、俺は背を向けたままだった。


「エレン、大丈夫なのか?」

「大丈夫なものか。だけど……心配なんかするな。俺は、ただの剣奴、カロンは剣闘士だ。もう、対等でもなんでもない。情けなんか、かけるなよ」


「同じ、奴隷だ。それに、俺のほうがもっと悪い。死刑囚だぞ」

「……ああ。それも聞いた。だが……カロンにできることは、戦うことだけだ。客が待っている。行けよ」

「戦うだけじゃない」


 俺は、エレンの傷を癒そうとした。癒そうとして手を伸ばし、剣奴たちに阻まれた。


「おい、カロン、何をする気だ?」

「助ける。友達だ」

「……妖術師の疑いをかけられていると聞いた。剣奴に、手を当てて傷を癒すことができるはずがない。やはり、カロンは妖術師なのか? それを、認めるのか?」


「どっちでもいい。今やらなきゃ、エレンが死ぬだろうが」

「……カロン、辞めろ」

「しかし、エレン……」


 エレンは首を振る。俺に、背を向けた。


「お前は、お前がやるべきことをやれ」

「エレン、約束は守る。それは、俺がやるべきことだ」

「……そうか」


「エレンを必ず、娼館に連れて行くからな」

「……カロンはもう、行ったのか?」


 エレンが振り向いた。やはり、こういう話には乗ってくる。相変わらずだ。


「ああ。だから、エレンも連れて行くからな。それまで、絶対に死ぬな。顔が腫れていても、金さえ払えば気持ちよくしてくれるんだ!」

「大声で言うなよ。恥ずかしい」

「いいな! 絶対だぞ!」

「……ああ。これで、死ねなくなった」


 エレンの声に、少しだけ力強さが戻ったことに安堵して、俺は、俺の名前を連呼する闘技場に向かった。

 俺は好かれているのではない。俺の死に様を求められているのだ。






 鉄格子の扉が上がり、俺はゴブリンたちと共に闘技場に飛び出した。

 すでに、俺に挑戦するために、5人の人間が待ち構えていた。

 冒険者チーム、黄ばんだブーケの5人だ。


 彼らが捕獲したミノタウロスを俺が倒したから、挑んできた。ならば、挑戦者はあちらで、俺が迎え撃つ立場だというのは確かなのだろう。

 冒険者たちは、前衛が2人、中堅が1人、後衛が2人という編成だ。前衛の2人は、1人は剣を持ち、1人は巨大な戦斧を持っている。


 中堅は柄の長いメイス持ち、頭巾のようなものを被っている。山伏をイメージさせるが、この世界の僧侶なのかもしれない。後衛の1人が女性で、山高帽にローブを着ているところを見ると、魔法使いなのかもしれない。もう1人の後衛は、木の枝に布を貼ったものを持っている。スリングと呼ばれる、小型の投石機だろう。遠距離攻撃はやっかいだ。


「全員止まれ! 正面の2人は俺が引き受ける。全員で敵の背後をとれ!」


 叫んでから、俺は走り出した。ゴブリンたちの怒声が上がる。俺がまっすぐ進むのに対し、ゴブリンたちが弧を描くように動き出した。


「舐めるな小僧!」

「メル、強化魔法を!」


 斧を持った男が前に出る一方、剣と盾を持って距離を測るように動いていた男が、背後の魔法使いに声をかけた。

 魔法使いが魔法の詠唱に入る。俺は、なるほどと思った。

 通常、魔法には詠唱が必要なのだ。人間の言葉ではない。というか、ゴブリンの言語すら翻訳する俺の同時通訳システムが意味を翻訳できないのだ。


 そもそも、言葉ではないのかもしれない。口に出している音声そのものが魔法的な何かであれば、それはそもそも言語ではないのだ。ただの音の集まりで、意味すら持たず、ただ法則だけを持っているのかもしれない。


 俺にはわからない。結論を出す前に、前に突出した斧を持った男が、俺の目の前にいた。

 男の斧が振り下ろされる。

 俺には、ずいぶんゆっくりに見えた。この間戦ったミノタウロスのほうが、ずっと早かった。だが、あの時より俺のレベルが4も上がっている。この男が弱いのではないかもしれない。


 俺は斧を見ながらかわし、半身で踏み込んだ。鋼鉄の俺の剣が、男の着ていた鎧を滑る。

 胴当てをしていたのだ。俺の剣とぶつかり、硬質な音が上がる。

 俺の横に、剣と盾を持った男が回り込んだ。俺は横滑りした剣を、真横に出現した剣士に叩きつけた。

 盾で剣が防がれ、俺の体に熱い痛みが走る。


「大地の精霊よ、剣士ピラトンに力を!」


 魔法使いの声が響いた。同時に、悲鳴をあげる。ゴブリンたちの槍攻撃が決まったのだ。


「痛いじゃない! お尻をつつくなんて最低よ!」


 メルと呼ばれた魔法使いは自分の尻を抑えたが、常に背後をとるように指導したのは俺だ。今回の相手はミノタロスとは違う。闇雲に暴れるようなことはしないだろう。

 正面からは攻めず、常に背後をとるように、背後をとることができたら、迷わず攻めろと指示している。魔法使いが尻を突かれたのは、俺の指導の賜物だ。


 つつかれただけで済んだのは、ゴブリンたちの槍は木を削っただけのものなので、よほど勢いよく突かないと、傷を負わせられないのだ。

 俺は、一旦大きく退いた。胸が熱い。たぶん、怪我を負った。スキル、オウキュウテアテを発動させる。魔法を使用するのはもったいない。たぶん、長い戦いになる。俺は、そう感じていた。






 負わされた傷を直し、再び俺は斧を持った戦士と剣士に挑んだ。

 2人の男に交互に剣を叩き込む。2人の動きは、決して早くはない。力もそこそこだ。俺のほうが強い。だが、隙がない。鎧や盾の違いもあって、傷を負わせられない。

 ミノタウロスを捕獲したというのは、伊達ではないのだ。


 スキルを使うことも考えたが、相手はこの2人だけではない。俺の見える範囲で、僧侶と思われる男とスリングを持った男が、魔法使いを守るようにゴブリンの相手をしている。ゴブリンは、相手の正面にいるために、距離をとって踏み込まずにいる。俺の指示した通りだが、これでは膠着状態だ。

 俺は再び距離をとった。


「……やはり、強いな」

「いや。ゴブリン王こそ、割と本気で強いな。驚いたよ」


 先ほど、魔法で力を上乗せされた剣士ピラトンが言った。斧を持った戦士は、敵と話をする気分ではないのだろう。強い目つきで俺を睨んでくる。


「ゴブリンを使役するだけで、ミノタウロスを倒せるはずがないだろ」

「ああ。そうだな。てっきり、ひどく汚い手を使ったのかと思ったが……やるものだ」


「では、ここからは、ひどく汚い手を使うよ」

「なに?」

「スキル、コンシン」


 俺はスキルを発動させた。コンシンは、限界を超えた力を発揮するスキルだ。肉体の限界を超えるため体への負担が大きいが、攻撃行為に限らないため、使い勝手がいい。つまり、剣を振り下ろす動作だけでなく、距離を詰めることにも使える。

 俺は地面を蹴った。一瞬で、俺は斧を持った戦士の頭上にいた。


 剣を振り下ろす。

 鋼鉄の剣が、戦斧の柄で止められる。鋼鉄の柄だ。いくらコンシンの力を持ってしても、へし折ることはできない。

「ザン」

 俺は、相手に気づかれないように小声で魔法名を唱えた。呟いただけでも、威力は変わらない。俺が振り下ろした鋼鉄の剣の軌道と同じ位置に、戦士の肩が裂けた。血が飛び散る。


 俺は、叩きつけた剣を支点に、男の頭上を超えた。

 魔法使いが正面に、僧侶の背中が見える。


「キトン、避けろ!」


 俺は魔法使いの山高帽を踏みつけ、僧侶の背中に迫った。剣士の叫びに、僧侶が振り向く。一瞬、遅い。俺は鋼鉄の剣を振り下ろした。キトンと呼ばれた僧侶の首筋に剣が吸い込まれ、骨と筋肉を切り裂く感触を手に伝えた。

 倒れる僧侶を超え、俺が地面に降りる。目の前に、ゴブリンたちがいた。


「俺は味方だ」

「ゴブリン王万歳!」


 同じ人間なので、俺と冒険者の区別ができないかと思ったが、ゴブリン語を話したからかもしれないが、俺を認識し、叫んだ。

 その先で、観客たちも叫ぶ。血に興奮しているのだ。半分ぐらいは親指を下に向けているが、アンチというのはつきものだろう。


 俺は振り返らず、ゴブリンたちの中に突っ込んだ。ゴブリンたちは道を開け、俺を通す。俺の背後でゴブリンの悲鳴が上がった。

 俺はさらに前に飛び、地面に転がった。


「火の精霊よ。焼き尽くせ」


 地面に張り付くように振り返ると、俺に踏み倒された魔法使いがゴブリンたちを炎で包んでいたところだった。

 前列のゴブリンたちが数人、炎に包まれる。しかし、どうやら焼き尽くすほどの火力はない。


「散れ! 訓練通りに! タイカ」


 魔法使いが炎の魔法を使ってくれるのなら都合がいい。俺が魔法をつかっても、敵の魔法使いが誤作動させたと思うに違いない。

 ゴブリンたちが左右に散り、俺の範囲魔法で冒険者5人が炎に包まれた。観客の興奮が絶頂に達する。血と炎は、観客たちを興奮させる2大要素だ。


 倒れた僧侶はすでに動けない。スキル、コンシンの効果は切れている。

 俺は鋼鉄の剣を持って再び距離を詰めた。

 魔法使いは燃える体で僧侶をゆさぶっていたが、俺の接近を前に悲鳴をあげて後退した。

 剣と盾を持った剣士ピラトンが前に出る。その背後で、戦士が片腕で戦斧を振り回している。2人の間で、スリングで投石を続ける男がいた。


「妖術師が」

「俺はなにもしていない。魔法使いの仲間が、魔法をしくじったんだろ」

「お前!」


 ピラトンが吠えた。俺に向かって、隙のない動きで距離を詰める。

 俺も前に出た。剣士の剣が、俺の肩を貫いた。


「ガマン」

「なに?」


 俺のスキル発動の声を聞き、訝しんだのだろう。ピラトンが問い返した。俺はスキルのおかげで、負傷しても動きが鈍らず、剣を打ちおろす。ピラトンは丸腰だ。唯一の武器は、俺の肩に刺さっている。だが、盾がある。ピラトンが俺の剣を盾で受け、俺が魔法ザンを発動させる。


 ピラトンが血を噴きあげ、背後に倒れる。尻餅をついた。

 俺は肩の剣を抜きながら、ピラトンの顎を蹴り上げた。

 スリングを持った男の引きつった顔を殴りつける。


「火の精霊よ。私に力を」


 地面に倒れていたと思った魔法使いが、俺に向けて火の玉を放った。

 とっさに剣で打ちはらう。俺の上半身が炎に包まれた。爆発を伴う。俺の体が吹き飛ばされた。

 地面に転がり、起き上がる。目の前に、戦斧を持った巨体の戦士が迫った。俺に向かって、斧がふりおろされる。


 避けられない。俺は、防具をほとんど持っていない。仕方ない。

「ザン」

 俺はもっていた剣を振り上げながら、魔法を使用した。斧が俺の頭に落ちる寸前、軌道が外れて斧が地面に刺さる。腹を裂かれた戦士が、体を曲げて倒れる。


 俺は立ち上がった。

 冒険者たちも、まだ生きている。まだ動いている。だが、立っている者はいない。


「やれ!」


 ゴブリンたちが襲いかかった。

 客席から悲鳴が上がる。

 冒険者たちが蹂躙される。

 俺は、鋼鉄の剣を持つ腕を上げた。

 歓声はなく、俺に対して明らかなブーイングが浴びせられた。


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