31 冒険者の大半は呑んだくれだ。
冒険者と約束した日に、約束通り戻ってきた俺は、約束通りに魔物を引き渡し、約束通りに街に戻り、約束通りに、娼館に連れて行ってもらった。
普通の奴隷は堂々と娼館に行ったりはしない。まず、そもそも金がないため、自分の金で入ることができない。だが、ドギーは俺が預けてあった金をあらかじめ引き出してあった。さらに、剣闘士として(ゴブリンを使役して戦う剣闘士として)、カロンの名前はすでにある程度広まっていたこともあり、俺はそこそこの娼館に通された。
カロン少年の性の相手は、ずっとメスゴブリンが勤めていた。結論から言うと、やはり人間はよかった。
俺は剣闘士として再び闘技場の自分の部屋に戻った。
部屋では、ゴブリンのリンとゴラッソが待っていた。
リンは、俺をみてキョトンとしていたが、軽く挨拶をすると、俺だと認識した。もともと、名前をつける習慣すらない種族である。個体の識別をすることもほとんどないだろうし、個人の顔など覚えないだろう。俺がゴブリンと言葉を交わせるのでなければ、リンが俺だと気がつかなかっただろう。
「戻ったな。もう少し遅かったら、ビックチャンスを逃すところだったぜ」
ゴラッソは笑って、俺の肩を叩いた。相変わらず、でかい爺さんである。
「次の闘技会の試合が決まる前に戻れるよう、帰ってきたんだ」
「いい心がけだ。剣闘士になると、自分が奴隷だって忘れる奴も出てくるが、カロンはそこまで愚かではなかったということだな。突然ちやほやし始める周りも悪いんだが。何しろ……普通に奴隷をやっていたら、こき使われて鞭で打たれるようなご婦人が、喜んで足を開くんだからな」
「……そ、そんなに?」
「なんだ。カロンも興味が出てきたか。まあ、ゴブリンと同棲しているって聞いたときは、よっぽどの変態かと心配したが、人間の女にも興味がでてきたのなら結構だ。ミノタウロスの試合を見て、お前を一晩買いたいって話は結構きている。お前が冒険者に雇われなければ何人か紹介したが、なに、そんな顔をするな。これから、嫌ってほどこんな話はあるだろうさ。だが、もう試合が近い。カロンに女を紹介するのは、次の試合が終わってからだ。どれ、服を脱げ」
「……じいさんも、俺の体を狙っているのか?」
「違う。怪我がないか、ちゃんと鍛えたか確認するんだ。剣闘士は、訓練が義務ではなくなる。場合によっては試合から外すし、もう使いものにならないと思ったら、まず勝てない相手をぶつけて始末する。カロンも、そうならないように気をつけな」
剣闘士は怠けるのも自由だが、完全に自由な身分になる前に体が衰えたら、公開処刑されるということか。やはり、厳しい世界だ。
高貴なご婦人方に買ってもらえるというのは魅力的だが、やはり強くなることを優先しなければならないだろう。今回も、ダンジョンに潜ったのはほんの数階層だ。多分、地下5階から6階というところだ。
まだまだ奥がありそうだし、確実に強くなっている実感もある。ただ、魔法使いや僧侶のレベルをこれ以上あげるのは限界だろう。勇者だけでどこまでいけるか。ちょっと厳しいかもしれない。
考えながら、俺は服を脱いだ。剣奴の頃はほぼ腰巻だけで過ごしていたし、恥ずかしいという感覚はない。服は、剣闘士には普通のものを支給してくれるらしい。ダンジョンに潜っていたせいでぼろぼろになっていたが、新しいものを支給してくれるとも言われた。
ゴラッソは、俺の体を眺め渡して、何度か直接触り、満足したように頷いた。
「カロンは、強くなったり弱くなったりしていたように見えたが、見違えたぜ。これなら、次の試合を組んでも問題なさそうだな。むしろ、どうやってここまで鍛えたのか、不思議なぐらいだ」
勇者レベル9のおかげとは、さすがに言えない。ひと月前はもっとも強い状態で勇者レベル5だったので、強くなったのは間違いない。
それにしても、戦士や僧侶に転職していたため、強くなったり弱くなったりを繰り返しているように見えていたのか。俺自身では、外見に変化はないと思っていた。長い経験を積んだ、ゴラッソだから気づけたのだろうか。
「ダンジョンに潜ったんだ」
「ほう……この辺りでダンジョンというと、地下迷宮か? ミノタウロスもあそこで捕獲されたって聞くが、まだあんなところに行く冒険者がいたか。危険だから、よほどの大隊でなければ探索の許可が下りないんだが」
「……許可が、いるのか?」
「黙って入ってもわかりゃしないが、普通は許可をとるな。そうでなければ、ダンジョン内で遭難しても、助けにいれないだろうが。まさか……取らなかったのか?」
俺が1人で潜ったことは、どうやら言わないことほうがよさそうだ。たぶん、ドギーの立場が悪くなる。
「いや……入り口までだ。そこで、アナグマモドキの集団に出くわして、戻ってきた」
「……ほう。まあ、無事でなによりだ」
ドギーには世話になった。特に、娼館に連れて行ってもらった借りは大きい。迷惑はかけたくない。これからも利用させてもらうつもりだし。もちろん、冒険者としてだ。
「それより、さっき言っていたビックチャンスって、なんだい?」
俺が尋ねると、ゴラッソがにかりと笑った。
「御前試合だ。王がご覧になる」
「……で?」
「わかってねぇな。王の前で試合をするんだぞ。剣闘士だって、奴隷のやつなら、自由になれるのは王の勅命があったときだけだ」
「……なら、俺は自由になれるのか?」
幸運が、あまりにも突然飛び込んできた。剣闘士となっても、毎回試合が組まれるわけではない。せめて、もう一年ぐらいはかかるだろうと思っていた。
「俺、出たい! 試合に出してくれ」
「はっはっ。現金な野郎だ。もちろんだ。ゴブリン王のカロンっていやあ、いまでは知らない人間はいねぇ。御前試合の時には、まず剣闘士で動ける奴は全部出る」
「……それじゃ、目立つのは難しいな。簡単には、自由になれないか」
「なに? カロン、お前は自由にはならないぜ」
「どうして?」
「お前はまだ、死刑囚だ。まず、王の特赦を得て、死ななくてもよくするんだ。自由になるのは、それからだ」
「俺は、死刑は免除された。そう言わなかったか?」
そう言われたような気がした。だが、少し違うかもしれないとは、俺も思っていた。
「前回の試合の後、たぶん大丈夫だと思った。だから、俺もそう言った。だが、ちっと間が悪かった。カロンの死刑は、取り消されていない。半年以内に特赦をもらえなければ、火炙りだ」
どうやら、俺は思ったより悪い状況にいるようだ。
「ゴラッソ、あんたまさか、俺で稼げる時間を引きのばすために、死刑囚のままにしてあるんじゃないだろうな」
「まさか。自由になったって、剣闘士はやめないだろ? お前は若いし、強い。これ以上実入りのいい仕事なんかない。まあ、奴隷のままでいてくれたほうが、俺の懐にはいる金が大きいのは確かだが、死刑になっちまったら意味がない。ちゃんと、申請はしたさ」
「そうか……疑って悪かった。で、俺は、次の試合には出られるのか?」
「ああ。お前が戻って来なければ、1つでかい試合が流れるところだった。御前試合の日でなければ、メインのイベントになってもおかしくない」
「……俺は、人気者みたいだな。相手は誰だい?」
「冒険者チーム、『黄ばんだブーケ』だ。カロンが倒したミノタウロスを捕まえたのがこいつらだ。自分たちが捕まえたミノタウロスを殺したカロンに、復讐してやるって息巻いているぜ」
どうやら、俺が雲の上の存在だとおもっていた相手が、名指ししてきたらしい。だが、ミノタウロスの敵討ちとは、言いがかりも凄まじい。
「冒険者ってのは、自分が捕まえた魔物が殺されたら、仇を討つものなのか?」
「いや。ただの口実だ。そいつらのチームには女がいるが、ミノタウロスに掘られていたってことはないだろうよ。最近、ゴブリン王として名前が知れてきたカロンを倒して、また一気に有名になろうって魂胆だろう。名前が売れれば、依頼も入ってくるし、闘技場でのファイトマネーが上がるからな」
なかなか、世知辛い事情のようだ。
「ミノタウロスを捕まえるような冒険者でも、金に困るのか?」
「冒険者の大半は呑んだくれだ。金を貯めて、老後に備えようっていう殊勝な奴は少ないのさ。稼げば稼ぐだけ呑んじまう。カロンのことは、いいかもだと思ったんだろうぜ」
「……『かも』? 俺は、見くびられているのか? ミノタウロスを倒したのに」
「ミノタウロスだって年をとる。カロンが倒した奴は、老衰で死ぬ寸前だったって吹聴している奴もいる。黄ばんだブーケの奴らじゃないぜ。自分が倒す相手が弱いって噂が立っても、そいつらにはメリットがない」
「つまり、俺はただゴブリンを操れる珍しい奴、と思われているんだろうな。ゴブリン30匹ぐらい簡単に倒せる。だから、俺1人ぐらい、どうにでもなる」
「まあ、そんなところだ」
「でも、それは真実だろう? 剣闘士は、人間相手には戦わないと聞いた。相手は魔物ばかりじゃなかったのか?」
「主に、魔物だと言ったんだ。状況が変われば、いつ人間同士が戦ってもおかくないんだ。まあ、普通は人間同士の試合は組まれない。黄ばんだブーケの連中は、カロンの試合を組ませるために、ミノタウロスの敵討ちだって宣言したってのが、事実らしいぜ」
「……わかった」
次の相手は人間だ。俺は、人間を殺したことはない。自分でも、動揺しているのがわかった。
「向こうは5人、カロンは、前回同様30匹のゴブリンを率いる。まあ、たぶんオッズはカロンに不利だろう。誰だって、そう思う。だが、俺は違う。カロン、お前はやる男だ。生き延びろ。生き延びて、まだまだ、俺を稼がせろ」
最後に本音が出たが、ゴラッソはもともと欲望を隠してはいない。年老いても、物欲というのはなくならないらしい。
「ああ。俺は死なない。生き残って、探さなければいけない女がいるんだ」
「ふん。くだらない、といつもなら言うところだが、生き残るのに理由があるなら、なんでもいいさ。まあ、お前が自由になる頃には、お前はたくさんのご婦人を相手にした後だろう。それでも、その女を探しに行きたいなら、行くがいい」
ゴラッソは笑った。カロン少年の一途さを知らない、大人の嫌味な笑みだ。もっとも、俺がカロン少年の一途さを知っているかといえば、それも違う。俺は、カロン少年の中に入っているが、カロン少年に会ったことはない。女を抱くことを覚えて、いつまでもファニーのことを思い続けられるだろうか。
俺は、たぶん大丈夫だ。そういうものだと割り切っている。カロン少年が生き延びてもやり遂げられなかったことを、俺はやろうとしているのかもしれない。ならば、それが悪いはずはない。
俺は、ゴラッソに言った。
「また、訓練をしたい。ゴブリンたちのうち、前回俺と一緒に戦って、まだ生きているのはどれぐらいいる?」
「それだけだ」
ゴラッソは、俺の部屋にずっといた、リンを示した。どうやら、ゴブリンたちには、再び一から訓練をしなおさなければならないらしい。




