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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王

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30 そろそろ入り口に向かわなければいけない

 魔法使いレベル1は、思った通り弱かった。

 僧侶はHP13にMP7だったが、魔法使いはHP7にMP13と、逆になっている。たぶん、単独で戦闘することを想定されていない。魔法も新しく覚えたものがないので、勇者が覚えるボヤとザン以外の魔法は、レベルを上げないと習得できないのに違いない。


 とにかく、早くレベル5まで引き上げることだ。俺は、さっそくヒトクイオオアリの卵割りを始めた。

 5つ壊したところで、レベルが上がる。孵化したばかりの卵から出てきたアリは、さすがに簡単に殺せた。ボヤ一発である。殴っても殺せそうな気がしたが、ステータスも低くなっているので、うっかり噛みつかれるのは避けたい。


 レベルが2に上がってから、少し休憩する。MPの回復を図るのだ。

 休んでいるうちに思いついたことがあり、俺は直接、卵に向けてボヤを放った。卵が炎上し、中から燃えたアリが転がり出てきた。経験値が少し増えた。経験値の増え方は、孵化直後のアリと同じだ。

 これなら、安全に経験値を稼げる。






 休憩とボヤの連発を続けて1時間ほどして、レベルが3に上がった。新しい攻撃魔法、ヒエを覚えていた。

 MPを回復させてから、ヒエを使ってみる。アイコンから選択すると、範囲指定が出た。これは、俺が待ち望んでいた範囲攻撃魔法だ。


 俺は、嬉しくなってなるべく多くの卵を範囲に収め、ヒエを発動させた。

俺の視界の4分1ぐらいの範囲で、卵が氷に覆われた。

 卵の殻が割れ、アリの死体が転がり出る。MPの消費は6だった。ボヤ3回分だ。

 ボヤの連発では間に合わない時などに、かなりの効果を発揮するだろう。


 俺はMPが尽きるまでヒエを繰り返した。

 地面いっぱいにあるように見えた卵も、無限にあるわけではない。半分ぐらいが壊れた時点で、俺はレベル4に上がった。

 これなら、卵を壊しきれば、ぎりぎりレベル5までいけるだろか。


 レベルが上がれば上がるほど、休憩に必要な時間が長くなり、卵を壊し切るまで、ほぼ一日を費やした。魔法使いレベル4のままだ。わずかに、レベル5には届かない。






 ヒトクイオオアリの卵がひしめいていた部屋は行き止まりとなっており、俺はその場で休憩をしてから、引き返すことにした。

 途中でアリに遭遇するかと思ったが、幸いにも出くわさなかった。

 アナグマモドキと遭遇した、枝分かれした部屋まで戻る。


 その場に、さらに三匹のアナグマモドキがいた。ゲームのように自動で沸いた可能性も考えたが、多分自生しているものだ。丸一日経っているので、システム的に発生しているのであれば、数が中途半端だ。

「ヒエ」

 俺が予測した通りの範囲で、アナグマモドキ三匹が同時に凍り付く。アナグマモドキはバタバタ暴れた。困惑しているようだ。体毛に覆われた体を見れば、寒さには強いに違いないが、突然体が凍ることなど、経験がないのだろう。


 俺は銅剣を持って近づいた。

 暴れるアナグマモドキに銅剣を突き立てる。

 筋力も落ちていたので、ヒエ一撃と剣の攻撃だけでは倒しきれず、三匹目にボヤを放ったが、なんとかレベルは5に上がった。


 さっそく、勇者レベル7に戻る。これで、範囲魔法を覚えた勇者の誕生だ。勇者に戻ってから気づいたのだが、魔法使いレベル5になったとき、もう1つ魔法を覚えていた。タイカと表示されている。補助魔法なら『退化』の意味かと思うところだが、攻撃魔法に分類されているので、ボヤの強化バージョンだろう。


 俺は気分を良くしながら、その場で休息をとることにした。

 魔法使いレベル5と勇者レベル7では、HPとMPに大きな差がある。このまま進むと、かなりHPが少ない状態で魔物と遭遇することになるため、回復させてから探索を開始することにしたのだ。






 枝分かれした別の道は、かなり深くまで続いていた。

 途中で巨大モグラと遭遇したが、ボヤとザンを数発当てたあと、銅剣でなぐると簡単に絶命した。一応肉は回収する。保存されるし、いつまた俺自身が鎖に繋がれるかわからないのだ。食料は持てるだけ確保した方がいい。


 ずっと洞穴のような場所が続き、期待したようなお宝には遭遇しそうにないことが残念だった。お宝を見つければ、アイテムボックスに入れてしまえば、誰にも気づかれずに自分のものにできるのだ。

 途中で、動く死体に遭遇した。どうやら、出現するのが本格的にモンスターらしくなってきた。

 これまでは、巨大な昆虫や変化した猛獣がほとんどだった。


 動くはずがない死体が出てきたのであれば、もはやファンタジー世界であることを疑う余地はない。

 だが、気持ちが悪い。

 俺は、動物ベースのモンスターと人間ベースのモンスターで、こんなにも気持ち悪さが違うのかと驚いた。


 ただだらりと立ち、策も何もなく俺に手を振り上げて向かってくる。とても、気味が悪い。

 このとき、俺はタイカの魔法が範囲攻撃であることを発見した。

 タイカを放つと、五体のゾンビが同時に燃え上がる。ゲームなら体力ゲージが減少しただけだろうが、ゾンビたちは火がついている間は苦しそうにのたうった。俺は銅剣を構えて飛び込み、剣を通して伝わってくる感触に吐き気すら覚えながら、ゾンビを打ち倒していった。


 ゾンビたちは裸でなく、武装をしていた。革製の鎧や装備品は腐って使いものにならなくなっていたが、金属の武器も錆びていたが、中に比較的新しい、鋼鉄の剣があった。

 俺は銅剣を複数アイテムボックスにしまっていたが、何回か使うとすぐに鈍器に変わってしまうので、そろそろ在庫がなくなりそうだった。鋼鉄の剣を手にすると、手にしっかりとなじんだ。死体が持っていたと考えれば気持ちは悪いが、これから使わせてもらうことにした。






 ゾンビたちは、このダンジョンで死んだ冒険者たちだろう。人間の姿で自然に沸いた、ということも考えられなくはない。だが、持っていた装備品まで沸いたとは思えない。

 冒険者たちがあっさりと命を落とすような相手が、この近くにいるということだ。

 警戒したほうがいい、と思った矢先に、俺は足首に刺すような痛みを感じた。


 足元に明かりを向けると、足首にかみつく、巨大な蛇の頭部があった。

 気がつかなかった。暗いこともあるが、まったく無音で動く大蛇に、俺の警戒は簡単に破られてしまったのだ。

「ザン」

 蛇の首筋に亀裂が入り、大量に血が飛ぶ。俺は持っていた鋼鉄の剣を振り下ろす。


 蛇の頭部を切り飛ばした。長い胴体がうねる。ばたばたと暴れていた。

 蛇の頭部が、俺を飲み込もうと迫る。

 蛇には、頭部が2つあったのだ。

 俺はとっさに剣で蛇の頭部を抑えると、胴体に向かってボヤを放った。


 一瞬蛇が怯んだ。引き下がろうとした頭部に、俺は剣を振り下ろす。

 頭部を縦に分断され、蛇が倒れる。さらに別の頭部があるかもしれないと警戒したが、頭部は2つだけだった。伝説のヒドラのように、すぐに再生するということもない。


 俺は自分の傷を見た。蛇であれば、毒を持っているかもしれない。毒であれば、これまで使う場面がなかったが、僧侶として習得した解毒魔法がある。

 だが、結局今回も解毒魔法の出番はなかった。

 俺は蛇をアイテムボックスに入れると、さらに探索を続けた。






 その後も、何度も魔物の集団に遭遇したが、手傷を負っただけで切り抜けることができた。俺は、勇者レベル8に上がっていた。

 ダンジョンに潜って3日目が経過した頃、洞穴に過ぎなかったダンジョンの様子が変わった。

 洞穴の中に、ゲートが口を開けたのだ。


 石で作られたアーチの先は、ただ暗く、なんの変哲も無い道が続いているように見えた。だが、アーチの先の地面は、土ではない。舗装された石畳となっていた。

 つまり、人工物に違いないのだ。

 かなり下ってきたから、階層にすれば地下5階程度だろうあたりをつけていた。






 これまであまり意識しなかったが、補助魔法もいくつか取得していた。補助魔法をよく見なかったのは、単に普段の俺のプレイスタイルによる。直接相手の生命を削らない魔法は、ほとんど使用しないのだ。


 だが、この場面で使いやすそうな魔法があった。フラッシュというものだ。多分目くらましだろうが、暗闇を照らすのに使えそうだ。その他にも、トウシ、ヒツジ、という補助魔法を取得している。トウシは、『投資』だろうか。そんなはずはあるまい。『透視』だ。敵の情報を取得するものだろうと見当をつける。女湯の壁を透かし見る、ということも想像したが、18禁ゲームではないので、おそらく違う。ヒツジ、というのは分からなかった。ヒツジを呼んで体当たりでもさせるのだろうか。そのうち、使ってみることにしよう。


 とりあえず、フラッシュを使用してみた。一瞬、目眩がするような輝きが生じる。

 俺は石造りのゲートの入り口に立っていた。

 遺跡のような通路が明らかになる。床だけでなく、壁も天井も石造りだということがわかった。

 さらに、見られてよかったと思いながら、見なければよかったと思うものがいた。


 壁というか天井というか、巨大なものが張り付いていた。ムカデだ。

 日本の神話で神様に退治されたような巨大なムカデが、遺跡の壁にはりついている。

 遺跡に踏み込む前に気づいたのはよかった。見てしまって、後悔した。それほど、気持ちが悪かった。

「タイカ」

 ヒエよりも範囲が広い。通路全体が火に包まれた。俺は一歩下がって巨大ムカデの反応を見る。


 炎がムカデの体を燃やし続ける。炎に巻かれたムカデが、遺跡の入り口から飛び出してきた。

 ムカデの頭部が、俺の上半身ほどもある。

 鋼鉄の剣を振り下ろす。ムカデの頭部が避けた。

「ザン」

 さらに切れ込みを増やし、踏み込みながら剣を振るう。


 ムカデが立ち上がった。体の各部が燃えているので、視界は確保されている。

 無防備な胴体が壁を作っていた。剣を振るう。

ムカデの胴体が割れた。


 床に倒れる。

「タイカ」

 俺は追い討ちをかける。ムカデの生命力は強く、なおものたうちまわっていた。

 すでに戦闘力はない。俺はムカデを輪切りにしながら、遺跡に踏み込んだ。






 俺が闘技場で殺したミノタウロスはこのダンジョンの奥深くで捕まえたらしいが、長いこと誰も倒すことができなかったらしい。

 思うに、ミノタウロスがいると知られてから、まともにダンジョンに挑む冒険者などいなかったのではないだろうか。


 そう思えるほど、遺跡には人間が踏み込んだ形跡が見つからなかった。

 そうでなれば、あれほど巨大に育ったムカデが住んでいるはずがない。

 ムカデは毒もあるはずだ。魔法をつかえなかったら、たぶん俺も捕食されていた。

 実に恐ろしい遺跡だ。


 ムカデの歓迎を受けた先は、広いホールになっていた。

 地下に作った遺跡だろうか。地上に作った建物が、地盤沈下で沈んだのかもしれない。

 沈んだとすれば、自然現象ではないだろう。何者かが、沈めたのだ。それだけの力を持つ存在が、この世界にはいると思ったほうがいいだろう。


 松明の火が届かない程度には広いホールである。俺は再びフラッシュを使用した。

 天井からぼたぼたと何かが落ちた。端にいたらしい獣が唸り声をあげた。どうやら、余計な刺激をしてしまったようだ。

 囲まれて、突破できる自信はない。それだけ、動き出した影は多かった。






 ホールから、俺がムカデを倒した通路に戻る。

 焼け焦げたムカデの死体をそのままにしておいたのは、さすがに食べようとは思わなかったためだ。だが、違う感想を抱いた者もいたようである。


 ムカデの死体には、すでにヒトクイオオアリが群がっていた。俺が魔物を倒すのを待っていたのか、洞窟内のどこにでもいるのかはわからない。ヒトクイオオアリの名前も、人間でさえ食べてしまうからで、人間を専門に捕食するというわけではないのだろう。

 ムカデをずるずると引きずっていく。


 俺の方には向かってこない。卵を破壊した恨み、とかはないようだ。

 俺はムカデとアリたちを背後に、ホールに続く入り口に向かって構えた。

 オオカミのような顔が突き出る。だが、オオカミにしては頭の位置が高すぎる。

 迷うことはない。どうせ魔物だ。


 俺は、鋼鉄の剣を振り下ろした。

 聞き苦しい悲鳴とともに魔物が下がる。

 俺は踏み込み、魔法を放った。

「タイカ」

 周囲が赤く縁取られ、直立歩行でオオカミの頭部をした不気味な生物が照らし出された。


 かつて、俺がこの世界に来たばかりの時に遭遇した魔物、バッキラに似ているが、あれは腕が4本あった。腕も逞しかったが、目の前の直立歩行オオカミの腕は細い。まるで、イヌ科の動物をそのまま立たせたかのようだ。

 オオカミオトコの名前が、俺の視界に踊った。


 噛まれたり、傷を受けたりすると、自分もオオカミオトコになるという伝説が、俺の知っている世界にはあった。こっちの世界の本物がどうなのかはわからないが、警戒しておくにこしたことはない。

 俺は再び、タイカを使用した。威力が大きく範囲も広いが、消費MPも多い。

 あまり連発はしたくないが、この場合は仕方がない。どうやら、オオカミオトコの群れがあるようなのだ。視界に見える限りのオオカミオトコが燃やされて、のたうっているのだ。


 俺が一歩下がると、一匹が飛び出して来た。オオカミに変化すると、まともな思考もできなくなるようだ。飛び出した一匹に、鋼鉄の剣を加える。伝説では、銀の弾丸でなければ倒せないと言われていたが、そもそも銀なんて持っていないし、弾丸を飛ばす道具がない。剣でミンチにすればさすがに死ぬだろうと、俺は剣を立て続けに叩きつけた。


 ミンチにするまでもなく、オオカミオトコか動かなくなった。

 すると、床に倒れていた毛だらけの体が縮み、毛が抜け落ちた。

 人間だ。いや、人間に戻ったのだ。

 オオカミオトコは、人間が変化した魔物らしい。これは、とても気分が悪い。


 俺は横たわる人間に向かってスキル、オウキュウテアテを使おうとして、強制キャンセルされた。使用できないのだ。すでに、死んでいるのだ。

 鋼鉄の剣の有用性が確認されはしたが、残った死体が人間では、とにかく食べられない。いや、食べなくてもいいが、実に後味が悪い。

 俺は、ここで地上で待つ冒険者ドギーとの約束を思い出した。ドギーは6個の檻を用意していた。殺したくなければ、捕まえればいい。オオカミオトコはたくさんいるし、なんとかなるだろう。






 ホールへの入り口から飛び出してきたのは、一匹だけだった。

 俺は、誘い出すことにした。

 アイテムボックスからアナグマモドキの肉を取り出し、通路とホールの間に置いた。

 俺は壁に張り付いて待ち、毛だらけの顔が飛び出た瞬間、剣を振り下ろした。


 オオカミオトコの首筋に剣を射し込んで一撃で瀕死にしたまま、ホールから引きずり出して剣を抜くと、とっさにオウキュウテアテを施す。

 瀕死だが、死ぬことはないオオカミオトコが出来上がる。

 俺に引きずり出されたオオカミオトコは、俺を警戒して唸り声をあげていたが、向かってくることはしなかった。


 あと一撃でももらえば、絶命することがわかっているのだろう。

 俺は、剣奴としての生活の中で、勝手に溜め込んで置いた鎖を取り出した。

 鎖に縛られるのを、オオカミオトコが受け入れる。多分、観念したのだろう。本物のオオカミより知能で劣るとも思えたが、引き際、あるいは死に際ぐらいは心得ているということか。


 戻る時間を考えれば、そろそろダンジョンの出口に向かわなければいけない頃だ。

 俺は、ホールで捕まえた魔物たちを引き連れて、出口を目指すことにした。

 収穫は、オオカミオトコが三匹に、帰り際で発見した大土蜘蛛、三頭大蛇、スケルトンである。


 たいして深くは潜れなかったが、入り口の付近で俺を待っていたドギーは、大収穫だと喜んでいた。

 まあ、結果はよしとしよう。俺は、勇者レベル9になっていた。


初評価いただきました。ありがとうございます。

ダンジョン探索は定番ですね。

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