27 ダンジョンに行ってみるか?
剣闘士になってからの生活は、確かに劇的に変化したとも言えるし、ほとんど変わっていないとも言える。
生活環境は良くなったし、食べ物も美味い。寝床は清潔だし、夜の相手も不自由しない(ただし、俺の場合はゴブリンだ)。
その代わり、外には出られないし、やることといったら訓練しかない。食事の時間が決まっている他は何をしていても自由なので、好きな時に好きなことをする。これも、実は剣奴だった時と同じだ。
結局、環境は劇的に変わったが、俺のやることは変わっていないのだ。
スキルを使って筋肉痛になったことからも、俺の体は完全にゲーム準拠ではない。この世界のカロン少年の肉体に、別の能力が入っているのだ。
ならば、壊れないようにカロン少年の肉体は鍛えなければならないだろう。俺はそう思い、他の剣闘士に混ざって訓練をした。
強力なスキルを身につけても、使用すれば肉体が破壊されて死んでしまうのでは意味がないからだ。
剣闘士の中では俺が、というかカロン少年が一番若かった。俺が剣闘士だと知って驚く者もいたし、事情に通じた者は俺のことをゴブリン王とか妖術師とか言ってからかった。
興行主が違えば剣闘士同士の殺し合いもあるらしいが、ほとんどが対魔物が闘技場の見世物らしく、剣闘士同士で仲が悪いということはないようだった。
俺がゴブリンのリンを連れていると、物珍しそうに寄ってきては、俺とリンの会話を聞いていた連中もいたが、そういう奴らも、すぐに首振りながら遠ざかった。どうやら、ゴブリン語に興味を持ったらしいが、ゴブリン本人が言葉などないと言っているので、この世界でゴブリンと話ができる人間は、俺だけなのかもしれない。
冒険者組合に登録しておけば、冒険者に雇われるというのは剣奴の時と変わらなかった。だが、剣闘士になると仕事が減るらしい。というのも、剣闘士に怪我をさせると興行主からかなり高額の違約金を要求されるのと、ある程度強いことが当たり前なので、そもそも単価が高いのだ。
そこまでして、難しい仕事をする必要はないということだろう。
仕方なく、俺は剣奴時代に一緒に仕事をしたブギーという半人前の冒険者を名指しで、雇われたいと伝えておいた。
俺が生き残り、自由になるためには、どうしてもレベルアップが必要なのだ。剣闘士となっても、訓練で獣を好きなだけ殺していいというわけにはいかない。訓練の内容は剣奴と変わらない。俺は、外に出て野生の魔物や獣を倒す機会を望んだのだ。
数日経つと、ブギーが俺を雇ったという話をエルフが持ってきた。エルフはあまりいい顔をしなかった。どうやら、ブギーはあまり評判の良くない冒険者らしい。その理由は俺にも良くわかるし、最初にした仕事での奴隷の扱いは最悪だった。
しかし、その分俺にとっては使いやすい。俺のことを知っているので、稼がせてさえやれば、どんなことも聞くだろう。
俺はいつものようにリンを連れて外出用(もちろん、自由に外出できるはずもない。俺が剣闘士になってから、初めての外出である。剣奴の時と同じように、という意味だ)の窓口に行くと、家畜の持ち出しは禁止されていると言われた。
家畜といわれて、俺は何のことかわからなかった。しばらくして、それがリンのことだと気付き、窓口の男を殴りそうになったが、相手は自由民である。
せっかく剣闘士になったばかりで、犯罪者になりたくはない。俺はリンに謝り、泣きそうになりながら部屋に戻るようにいうと、わりとあっさりと承知した。どうやら、俺はゴブリンに自分で思っている以上に感情移入してしまっているらしい。
ゴブリンにしか反応しなくなったらどうしよう。と思いながら、俺が自分の一物を服の上から見ていると、ドギーが現れた。
「久しぶりだな。あの時は助かった。無事だったかい?」
俺は、手枷と目隠しをされながらドギーに尋ねた。
「ああ。心配ねぇ。しかし、あんたまだ、冒険者の手伝いなんかするのかい? もう、立派な剣闘士じゃないか」
「立派な剣闘士で居続けるためには、どうしたって訓練が必要だろう。このあたりの魔物なら、危険も少ない。1人でも捕まえられるが、俺は1人で外出できないのでね。ドギーが好きな奴を捕まえてきてやるよ」
「へぇ。本当にそうだったのか。俺はまた……あっちの用かと思ったぜ」
俺はドギーに腰巻をつかまれながら歩いていた。目隠しをしているので、誘導してもらわないと、どこにぶつかるかわからないのだ。
「あっちって?」
「カロンはまだ、剣闘士になったばかりだから、指名も少ないだろう。だから……こっちだよ」
ドギーは、俺の股間を撫でた。男に撫でられて、ちょっと気持ちよかった自分が腹立たしい。しかも、ドギーは中年のデブである。
「余計なお世話だ」
「んっ? 世話をしなくて、いいのかい?」
「せ、世話? ちょっと、具体的に聞いてもいいか?」
ドギーは笑った。笑ってから、言った。
「カロンには稼がせてもらっているし、カロンの金を賭けて増やした分は、冒険者組合に預けてある。ひと財産ってわけにゃあいないが、娼館で女を買うぐらいはわけないさ」
「いいのか? 俺は、奴隷だぞ」
「奴隷は娼館には行かないな。なにしろ、普通は金がない。だけど、禁止されているわけじゃない。金さえあれば、魔物の相手でもする女たちだ」
魔物の相手をする女たち、と聞いて、カロンは思わずゴブリンを抱く自分を想像してしまった。なら、俺と同類だ。なにも問題はない。
俺は目隠しをされたまま、ドギーは往来で俺を引っ張ったまま、話している。周囲にはかなりの人間が行き交っている気配を感じるのだが、往来で大声を出しても、平気な男なのだ。見た目を裏切らない男である。
「確かに……有名な剣闘士になれば、黙っていても剣闘士と一晩を過ごすために、金持ちの奥様が買っていくと聞いた」
「ああ。そういう噂だな。俺は剣闘士だったことはないが、金持ちの奥さんが剣闘士に抱かれたがるのは、筋肉と、精力だろうよ。だから、平民と奴隷が寝るのはなにも問題はないさ。それに、いくら若いからって、あんまり下手くそだと、カロンを買ったご婦人が怒るかもしれないだろ」
「そ、そうか……」
「そうだ。だから、いい時に雇えたからな。今日は、遊ばせてやろうかと思ったんだよ」
実にいい話だ。ドギーの印象は最悪そのものだったが、本当はとてもいい奴だ。たったいま、俺は思った。だが、俺の口からはため息が出た。
「どうした? まさか、女に興味がないのか? それとも……ゴブリンを従えるってのは、以前から知っていたが、ゴブリンしかだめなのか?」
「どっちも違う。多分、次の闘技会も試合が組まれるだろう」
「そうだろうな。普通は一回試合をしたら、怪我をすることもあるし、早死にさせたいわけじゃない。2〜3回は開ける。カロンは、闘技場じゃ怪我をしたみたいだが、もうほとんど治っているようだし、売り出し中だ。体調に問題なければ、間違いなく組まされるな。たぶん……上物の客がお前さんを指名して、試合に出さなくてもたんまり興行主に金が入るようになるまでは、試合に出続けるだろう。ああ、いいなあ。俺も興行主になって、何にもしねぇで稼いでいたい」
最後の言葉はただの感想だと聞き流し、俺は目隠しをされたままで相槌を打った。
「俺は、強くならないといけないんだ。悪いが、綺麗な奥さんを抱いて、ゴラッソを金持ちにするのが俺の目的じゃない。少しでも早く自由になりたい。そのためには、強くなる必要がある。娼館の話は魅力的だが、俺は外に出たい。外で、魔物を狩りたい」
「……本心みたいだな。わかった。少し遠くになるが……ダンジョンに行ってみるか?」
「ダンジョン? あるのか?」
俺は、ダンジョンと聞いて胸がときめいた。ゲーマーである。あまり自慢できるほど熱心にやり込んでいたわけではないが、一世風靡したファンタジー系ロールプレイングゲームにおいて、ダンジョンはつきものだった。というより、ダンジョンから始まり、不朽の名作と呼ばれるシリーズもある。とにかく、実際のファンタジー世界にいる現在、ダンジョンに行かずにどこに行こうというのか。
「ああ。カロンがこの間戦ったミノタウロスも、ダンジョンの奥で捕獲されたって話だ」
「……待て。さすがに、あんなのは捕まえられないぞ。この間だって、ぎりぎりで勝ったんだ」
「大丈夫だ。そんなに滅多に出るものじゃない。それに、あのクラスはダンジョンのボスみたいなものだ。最初は弱い魔物が多くて、深く潜るほど強くなっていく。ミノタウロスは地下30階ぐらいで捕獲されたらしい。俺たちは中に入らないで待っているから、カロンは好きなだけ潜って、死に切れない奴がいたら、持って来てくれればいい。どうせ……」
ドギーが俺の耳に口を当てた。目隠しをしていてよかった。見えていたら、気持ち悪さに勇者レベル5の全力で殴ってしまうところだった。
「生きてさえいれば、回復できるんだろ? カロンなら」
ひそひそと語りかけたのは、普通はできないことなのだろう。俺は、その普通はできないことを、どうしてドギーが知っているのか、思い出そうとした。
覚えていない。ドギーの前で、回復魔法メディを使った記憶はない。
「どうして知っている?」
「やっぱりな。どう見ても死にかけのゴブリンが、カロンが触った途端に元気に起き上がった。冒険者仲間でも、あれはどうやったのかって、不思議に思った連中が多かった。心配するな。カロンが普通じゃねぇのは、俺は昔から知っている。秘密にしたいのら、誰にも言わねぇよ。俺とカロンの仲だろうが」
どうやら、闘技場でオウキュウテアテのスキルを使ったのがまずかったようだ。それなのに、ザンの魔法を使用したことはばれていない。どうやら、この世界に知られている力と知られていない力があるらしい。また裁判所で閉じ込められるのは嫌なので、今後はもっと注意した方がいいだろう。
ドギーの鼻息が荒い。俺とドギーの中といえば、鎖に繋がれてひきずりまわされ、余り物の残飯を食わされた仲だ。第一印象を払拭するのは、実に難しい。
ドギーのことは嫌いだし、信用もできないが、利用価値はあるのは間違いない。俺は、自分に嘘をついた。
「ああ。信じている。俺たちは、親友だからな」
ドギーが嬉しそうに俺の胸を叩いた。鎖で縛られていなければ、思い切り殴っているところだ。
「じゃあ、俺をダンジョンに連れていってくれ。俺は、適当に潜る。気が済んだら、魔物を何匹か捕まえてくる。で、ドギーは檻を用意して待っている。それでいいな」
「ああ。今回も頼むぜ、兄弟」
「さすがに、ドギーと兄弟では気分が悪いな」
「わかった。言い直そう。今回も頼むぜ、息子よ」
なお悪くなった。俺は諦めて、繋がれるままに歩いていた。
「本当に、娼館にはいかなくていいのか?」
「これが終わってからでいい。俺の成果で、どの娼館に行くか、判断してくれていい。やっぱり、色々あるんだろ?」
「もちろん。その鼻息だったら、かなりの大物を期待できそうだな」
ドギーは大口を開けて、と想像できる声で笑った。
俺は、ダンジョンで狩りをすることになった。ファンタジー世界といえば、やはりダンジョンだ。この世界に、予想通り存在してくれたのは実にありがたい。
これで、レベルアップもできるだろう。だが、俺には気にかかることがあった。
「家畜のゴブリンを一人で残してきたんだが、戻るまでに、どれぐらいかかる?」
街の外に出ると、目隠しを外された。すると、馬車にいるいつもの顔、ドギーによく似た冒険者の息子たちが俺に頭を下げた。
俺の身分は奴隷だが、冒険者は実際の強さで対応を決めるという。ゴブリンの捕獲もできなかった連中だ。少しは敬ってもらってもいいだろうと、俺は堂々と馬車に乗り込んだ。
馬車は大きな荷車に、6個のケージを積んでいた。いわば、鉄格子で組まれた籠だ。帰りには、このケージに魔物が詰まっているという寸法なのだ。
街の壁近くについて、随分またされたと思ったら、馬車とケージを用意していたらしい。
俺の質問に、ドギーの息子が答えた。
「ここから、馬車で7日ぐらいだな」
「往復で14日……帰りは重くなるから、15日ぐらいか……」
「次の闘技会までには十分帰れるさ。カロンが、ダンジョンに何日も潜り続けなければな」
「ああ……俺が戻らなければ、次の闘技会のカードは俺が出ない方向で決まってしまうだろうな。どれぐらい前に決まるんだ?」
「闘技場には、闘技会の5日前に対戦内容が張り出される。だから、それより前なのは間違いない」
「なら……5日間ぐらいで、ダンジョンから出た方がいいか……普通は、どれぐらい潜るものなんだ?」
馬車は、俺と五人の冒険者、というか1家族を乗せて動き出す。俺がたずねると、御者代のドギーが振り向いた。
「カロンは一人だろう? なら、普通はダンジョンには入らない。浅い階層なら弱い魔物しか出ないといっても、一人で潜るのは危険だ。できるだけ大勢で、余力を残して戻ってくる。のが普通らしいぜ。まあ、俺たちは潜ったことはない。わかるだろ?」
ドギーは笑った。どうして、冒険者になったのだろう。いや、冒険者にしかなれるものがなかったのかもしれない。
俺が稼がせてやらなかったら、今頃は借金を背負って金策に走り回り、そのうち奴隷にされる運命なのに違いない。
「俺は家畜のゴブリンを預けて来た。一人で大丈夫だろうか」
俺は、先ほどは流された質問を繰り返した。心配だったのだ。
「大丈夫だと思うけどなあ。俺たちは、剣闘士になったことはないし……でも、ゴブリンだろ? 心配する必要があるのか?」
俺は、ドギーが何を言ったのかわからなかった。愛しいペットがきちんとご飯を食べているのか、心配するのは当然ではないのか。何より、ゴブリンだが、リンは可愛らしい。気持ちよくもしてくれる。言いかけて、俺は黙った。たぶん、ドギーの言い分が正しいのだと気がついた。
「……そうだな。ゴブリンだ」
俺の心配は、誰にもわからない。馬車が揺れる。俺が背後を振り返ると、王都はすでにとても小さくしか見ることができなくなっていた。




