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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王

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23/195

23 ミノタウロスに突っ込むな

 ミノタウロスの防具は、手足と胴体、急所を守っているが、全身を隙間なく埋めるものではない。そんなものを装備されたら、さすがに誰も倒せない。

 俺の魔法『ザン』により、むき出しの太腿に、幅3センチばかりの裂傷が走った。血が吹き出る寸前、避けた筋肉の繊維が見えた。深さも同程度ありそうだ。あまりにも綺麗な傷は、刃物によるものではなく、魔法によってつけられたことを印象付けた。


 当たりどころが悪ければ、一撃で致命傷になりかねない。その意味で、これまで使い慣れてきた『ボヤ』よりも殺傷力が高いといえる。MPも、一回の使用で5も消費する。これまで使用した魔法では最大だ。

 俺の『ザン』からわずかに遅れて、ミノタウロスの太腿から鮮血が迸った。


 近くにいた俺と、数人のゴブリンに頭から血がかかる。

 観客の声援が爆発したかのようだ。

 だが、俺は意外なほど冷静だった。ミノタウロスでも血は赤いのだと、妙なことに関心しながらも、俺は一気に後退した。


 手傷を負ったミノタウロスの動きが読めなかったからだ。傷に怯むような、可愛げがある化け物だとは思えなかった。

 だが、俺とは別の判断をした一隊がいた。血まみれのミノタウロスに5人のゴブリンが一丸となって襲いかかった。


「やめろ! 下がれ!」


 間に合わない。ゴブリンたちのうち、2人は俺の声を聞いて止まったが、残りの3人は、踏みとどまることもできず、一瞬でミノタウロスの戦斧に薙ぎ倒された。

 1人のゴブリンが頭を飛ばされ、2人がひどい傷を負いながら吹き飛ばされる。2人のうちの1人が、俺の足元に転がった。


 ゴブリンの血が舞い、観客は再び熱狂した。どちらを応援しているのか、もはやわからない。

 ミノタウロスが吠えた。俺も吠えたくなったが、足元に転がるゴブリンに目を向けた。

 顔の半分が砕かれ、辛うじて生きているに過ぎない状況だ。いつ死んでもおかしくない。反対側に吹き飛んだ1人も、同じことだろう。


 俺は、傷ついて肉がむき出しになった顔に手を当てた。傷に触れるのが怖いとか、気持ち悪いといった感情は、この世界ですっかり摩耗してしまったようだ。


「オウキュウテアテ」


 MPを使用しない、僧侶のスキルである。転職すると、能力値は転職後の能力値になってしまうが、スキルと魔法は引き継ぐらしい。『オウキュウテアテ』は、MPを使用せずにHPを5だけ回復させる優れたスキルだ。死者に使用しても効果がないことと、一度使用すると再使用に5分ほどかかるのが欠点だ。

実際には、死者に使用できなくて、5しか回復しないという段階で、かなり使えないスキルだ。僧侶の初期スキルらしいので仕方がない。数字にすると小さな変化だが、『オウキュウテアテ』をしたゴブリンは明らかに安らかな表情になった。


「ゴブリン王……これは……」

「俺の力だ。生命力を少しだけ回復するし、連発はできない。お前はもういい。よくやった。離れて休んでいろ」

「まだ、やれます」


 ゴブリンは全員が戦士だ。その言葉にいつわりはないのだろう。ゴブリンのことをよく知れば知るほど、俺は無駄に死なせたくはないと思った。


「命令だ。俺に任せろ。信じろ、俺はなんだ?」

「我らの、王でございます」

「なら、従え」


 ゴブリンは起き上がり、深く頭をさげてミノタウロスから遠ざかろうと背を向けた。

 ミノタウロスは咆哮を終え、次の犠牲者を探していた。

 ゴブリンたちは、ミノタウロスの武器が届かない距離で警戒している。1人だけ、背を向けていた。俺が手当をしたゴブリンだ。


 ミノタウロスが飛んだ。俺の、すぐ後ろにいるゴブリンを狙い、戦斧を振り上げた。

 俺がいるすぐ側である。背を向けたのは、ゴブリンの責任だ。だが、下がるように命じたのは俺だ。傷を癒したのも俺だ。

 自分のしたことを無駄にさせないために、俺はミノタウロスが突進する軌道上に移動した。


「コンシン」


 スキルを発動させる。ミノタウロスは戦斧を振りかざしたまま、ゴブリンを狙っていた。俺がその前に入ったので、戦斧を振り上げた体勢のまま、俺と正面から激突した。

 俺とミノタウロスの体がぶつかり、重い音が響く。


 観客が静まり返った。ミノタウロスの突進を正面から受け止めた俺に、さすがに驚いているのだろう。

 凄い力だった。スキルを発動していなかったら、弾き飛ばされていただろう。

俺の武器は短い。お互いに接近していれば、それは利点になる。


「ザン」


 ミノタウロスの首元に、深い傷がパックリと空いた。結局武器は使わなかったわけだが、短い武器を持っていたから出来たのだと、観客に思わせるのが重要なのだ。

 先ほどとは比べものにならない大量の血が吹き出た。ミノタウロスの体がゆらいだ。

 俺はミノタウロスを弾き飛ばし、同時に反対方向に転がった。さすがに堪えられなかったのだ。


 余りにも多くの血の量に、客席が酔ったような歓声を上げた。だみ声の悲鳴は、俺が死ぬほうに賭けていた奴だろう。いい気味だ。

 まだ無傷の俺は、直ぐに起き上がった。さっきのザンが、致命傷であることを祈っていた。

 だが、ほんの少し俺より遅れただけで、ミノタウロスは立ち上がっていた。止血するまでもなく、首筋の血も、太ももの血も止まっている。切り口が鮮やかすぎて、血管が収縮し、意外と出血が少ない、ということもあるかもしれない。


 だが、俺にはそうは見えなかった。ミノタウロスが化け物だと、全身で主張しているように見えた。

 さらに咆哮した。ミノタウロスの咆哮に恐れず、ゴブリンの一団が突進した。

 隙を見つければ攻めろと、散々練習していた。ゴブリン達はなにも間違ってはいない。問題は、俺がミノタウロスの力を甘く見ていたことだ。


 突出したゴブリン5人のうち、一撃で3人が転がった。俺は、今度は止めることをしなかった。その余裕がすでになくなっていた。

 正直、ミノタウロスが恐ろしくなっていた。オオカミのボス、バッキラ戦を思い出す。あの時も、魔法を使いきる寸前、最後の一撃で倒したのだ。

 この世界のゲームバランスは、実に巧妙、であって欲しい。


「ミノタウロスに突っ込むな! 近くで威嚇だけするんだ」

「おうっ」


 ゴブリン達の反応も、心もとなくなってきた。指示そのものが弱気になっているので、これは仕方がない。俺は三度、ミノタウロスとの距離を詰めた。

 地面にゴブリン達が転がっている。

 まだ生きているのかもしれない。だが、スキルはまだ使えない。MPは温存しなければならない。


 ゴブリン達をなぎ払っていたミノタウロスが、俺の接近に気づいた瞬間、顔を動かさずに戦斧を横に薙いだ。

 俺は忘れていた。ミノタウロスの、というより、牛の視界の広さを。

 ミノタウロスの死角に飛び込んだと思った。だが、ミノタウロスにははっきりと見えていたのだ。顔も動かさず、ゴブリン達に向き合ったままで、俺の体に戦斧を叩きつけてきた。


 俺の胴体を守る革鎧はやすやすと裂けた。幸いにも寸前で踏みとどまった。俺の鎧を切り裂き、俺の腹の肉を数センチ抉っただけで、戦斧は通り過ぎた。

 俺の血が地面に撒き散らされる。観客が湧いた。さすがに、腹が立つ。


「ガマン」


 傷を一瞬で直しては、やはり怪しまれる。俺はスキルを発動させ、ガマンした。まさにガマンだ。痛みを堪え、さらに距離を詰めた。剣を逆手に持ち替え、俺に対して斧を振ったために体勢が低くなった、その肩に飛びついた。

 逆手の剣を振り上げる。


「ザン」


 ミノタウロスの肩が裂ける。俺は、その傷口に剣を突き立てた。

 唾を巻き散らし、ミノタウロスが咆哮する。さすがにこれは堪えたようだ。斧を投げ出し、俺の背中を掴んで引き剥がそうとした。俺は目一杯の力で剣を握り、ミノタウロスの体にしがみついていた。


「今だ! 攻めろ!」


 ゴブリン達に総攻撃を命じる。俺を引き剥がそうと躍起になっているミノタウロスに、ゴブリン達の持つ武器が突き刺さる。銅製の安物ではあるが、一応は金属でできた武器を所持していた。

 ミノタウロスの全身を覆うほどの血が流れ、突き立てた剣ですら滑り、俺は空中に投げ出された。

 地面に落ちる。

 背中を打った。


 スキル、ガマンがまだ効いているとは思えなかったが、俺はすぐに起き上がった。すでに全身が痛い。だが、寝転んでいる余裕があるとは思えなかったのだ。

 案の定、血まみれのミノタウロスが、俺の目の前にいた。

 もはや武器すら持っていない。巨大な手で、俺に掴みかかる。


 俺は大きく背後に飛んだつもりだったが、実際にはほとんど動いていなかったようだ。体力の限界なのだろうか。HPにはまだ余裕があると思っていたが、体が動かなかった。

 だが、俺にはミノタウロスの両手は届かなかった。

 途中で止まっていたのだ。ミノタウロスの右手に5人、左手に5人、ゴブリン達が全身で抑えにかかっていた。


 悔しそうなミノタウロスの咆哮を聴きながら、俺は剣を握り直した。

 振り下ろす。


「ザン」


 ミノタウロスの眉間が割れ、血が吹き上がる。

 まだ、倒れない。

 俺はさらに同じことを数回繰り返した。

 俺を殺そうと、ミノタウロスは暴れ続け、ゴブリンを振り払う。

 転がったゴブリンを踏みつけるミノタウロスに、スキルの待機時間が経過したことを確認した俺が、渾身の力で地面を蹴る。


「コンシン」


 俺の体が地面を離れ、暴れるミノタウロスの頭上近くに達した。


「ステミ」


 剣を振り下ろす。


「ザン」


 2つのスキルと魔法が合わさった攻撃は、ミノタウロスの首から肩にかけて、深く傷を作った。

 地面での着地に失敗し、俺は地面に崩れ落ちる。

 まだ、安心はできない。

 俺が身構えた時、ミノタウロスがゆっくりと振り向いた。

 まだ終わらないのか。


 俺がそう思った時、ずっとぐるぐると回転するように周囲を探っていた目玉が、この時は動いていないことに気づいた。

 俺は、剣を握ったまま様子を伺う。ゴブリン達も動かなかった。

 やがて、立ち尽くしていたミノタウロスの膝が折れ、不自然に、地面に崩れた。

 大量の血が地面を染め上げ、ミノタウロスは最後まで目を見開いたまま、死んでいた。






 俺が、血まみれの剣を振り上げる。

 歓声と怒声が上がった。俺が生き残ったことに怒っている連中がいるのだろうか。いや、実際には多いだろう。俺が死ぬほうに賭けた人間のほうが、ずっと多いはずだ。


 だが、それでも歓声が圧倒していた。人間が、ゴブリン達を率いているとはいえ、ミノタウロスを倒したのだ。どんな剣闘士でも勝てなかった化け物を倒したのだ。喜ばない人間はいないだろう。

 俺は、歓声が収まるまで剣を掲げていた。


 闘技場で試合前に声を張り上げていた男が、俺の勝利を宣言する。再び歓声が爆発し、俺は客席に向かって腰を折った。

 地面に、大量のゴブリン達の死骸が転がっていた。だが、まだ生きている者達もいる。被害は、およそ半分だろう。俺も気がつかないうちに、死んでいたゴブリンも多かったのだ。


 まだ、息があるゴブリンもいるかもしれない。俺なら、瀕死のゴブリンでも助けられるかもしれない。だが、試合が終わった後で、たぶん俺以外の人間が使用できないスキルを使うのは躊躇われた。俺は、まだ動けるゴブリン達に、生きている者を運ぶよう命じただけで、闘技場を後にした。

 背後では、いつまでも歓声と拍手が俺の背を追いかけてきた。


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