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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
闘技場のゴブリン王
2/195

2 レベル2の勇者

 俺はレベル2の勇者である。

 HP5/23 MP11/23だ。うっかり、HPを回復させるのを忘れていた。


 俺の前には、見たことのあるようなオオカミがいた。俺が最初に遭遇し、倒したのもオオカミだ。

 目の前にいるオオカミは、最初に倒したのとは当然の別の個体だ。何しろ、俺を殺す寸前まで追い込んだオオカミは、現在は焦げた肉となってアイテムボックスに収まっている。

 目の前のオオカミは、鼻柱にしわを寄せながら、頭を地面ぎりぎりまで下げていた。


 攻撃体制であることは間違いない。まだ飛びかかってこないのは、こちらを警戒しているからだろう。

 まずは、体力を回復させなくてはならない。現在のHPでは、まともに噛みつかれれば一撃で死ぬ。

 俺はオオカミに注意しながら、魔法を使用するアイコンに手を伸ばす。


 魔法の種類が出る。攻撃魔法、回復魔法、補助魔法の3種類だ。回復魔法に触れると、使用できる魔法が表示される。メディという魔法一つだけだった。

 これが毒消しの魔法であれば、俺は今この場でオオカミの餌となってゲームオーバーだ。さすがに、始めたばかりで毒消しの魔法だということはないだろう。

 俺はゲーム製作者を信じてメディの表示に触れた。対象の選択を迫られる。当然、自分だ。


 HPが、瞬く間に30回復した。最高値が23なので、全快である。最高値を越えておまけがつく、ということはなかった。

 オオカミの攻撃力がわからないので楽観はできないが、一撃で死ぬことはないだろう。俺がそう思って落ち着いた時、待ち切れなくなったのか、目の前のオオカミが飛びかかってきた。


 このゲームを始めた時も感じたのだが、どうやら戦闘開始に合図はないらしい。その意味では、アクションロールプレイなのだろう。俺が身構えると、装備したままの尖った石が手の中に出現していた。装備欄から出てきたのだろう。

戦闘開始の合図がなくても、この辺りは自動判定ということだろうか。


 オオカミの特性か、俺の喉をねらって飛びかかってくる。俺は自分の首を、尖った石を持った腕で守りながら、攻撃魔法を選択した。

 攻撃魔法も、現在はひとつしかない

 魔法の選択が間に合わず、オオカミに押し倒される。大した問題ではない。


 最初の戦闘では、俺は喉を食い破られたところからのスタートだったのだ。それから考えれば、押し倒されたことぐらい、どうということはない。

 俺は慌てることなく、習得している唯一の攻撃魔法『ボヤ』を発動させた。


「ボヤ」

 オオカミの全身が炎に包まれ、殴られたようにオオカミが弾け飛んだ。俺を押さえつけていた重しがなくなり、俺は起き上った。

 一撃で倒せないことは承知しているので、俺は前回と同様、立て続けに魔法を放った。

 やはり3回、魔法を当てると、オオカミは横倒しに倒れた。

 死んだようだ。オオカミの表示が、焦げたオオカミの肉に変化する。


 ボヤの魔法は使い勝手がいい。対象に直接発動するタイプらしく、火の玉が飛んでいくわけではないから、外れる心配がない。もっとも、距離が離れた場合にもきちんと発動するかどうかわからない。それは、遊びながら試していくしかないだろう。

 俺が肉を収納したところで、さらに前方の草が揺れ、見たことのある細長い顔が飛び出した。

 またか。と思ったが、さらに横から二つ、背後からも三つの顔が、唸り声をあげながら現れる。


 オオカミは、群れで行動する習性がある。ゲームの中でも変わらないらしい。最初の一匹は、たまたま群れからはぐれたのだろう。今倒した一匹は、群れを構成する一匹だ。たぶん先行役だ。鉄砲玉ともいう。

 となれば、当然ここからが本隊だ。

 詰んだかもしれない。


 囲まれていることを除いても、今までの感覚でいうと、このオオカミたちを倒すには、MPの量が足りない。測ったわけではないので憶測だが、ボヤ一回でMPの消費は2だ。1匹倒すのに3回かかるとすると、残り3匹倒せばMPが空になる計算だ。

 俺は頭の中で自分が死ぬ光景を思い描き、逃げる事を決めた。

 補助魔法も持っているかもしれないが、どんなものがあるのか確認していないので、選択肢には入れられない。


 オオカミたちの包囲がもっとも手薄なのは、目に見えているかぎり正面だが、オオカミは賢い動物だ。そう判断させるための罠かもしれない。

 その時は仕方がない。

 持っている武器が尖った石では、まともにダメージを与えられない。武器での攻撃は最終手段として、俺はまず回復法魔法を使った。


 背後のオオカミが動いたのがわかる。俺は攻撃魔法の準備をしながら、前には飛び出した。

 怪我をする事を恐れなければ、行動不能に陥ることはないだろうと思った。

このゲームでは痛覚があるというのは腹立たしいが、オオカミに俺の動きを拘束する手段があるとは思えなかった。足に噛み付かれても、その部位が動かなくなるという仕様ではないことを祈るしかない。


 飛び出すとは思わなかったのか、前方のオオカミは面食らったように硬直していたが、そこは野生の獣である。すぐに俺の喉を狙って突っ込んでくる。

「ボヤ」

 目の前の1匹が火にまかれて吹き飛び、俺の道を空ける。


 横から飛びかかられ、体が回転した。俺にとびかかったオオカミに同じように魔法を放つと、やはり同じように吹き飛んだ。

 一撃では倒せないのは相変わらずだ。しばらくもがいた後、地面で炎を揉み消して立ち上がる。

 冷静に炎を消して、さらに俺を狙う胆力は見上げたものだが、俺はそれを待っているほど呑気ではない。


 2匹のオオカミが苦しんでいるうちに、他のオオカミに狙われていたのだ。

 俺は再び倒れていたので、すぐに起き上がり、走り出した。

 倒されては魔法を使い、魔法を使っては起き上るのを何度か繰り返し、俺は傷だらけになりながらも、逃げ続けた。


 どう走ったのかわからない。

 だが気がつくと、かなりの水量を持った川に出ていた。

 背後から、オオカミたちの息づかいが聞こえるような気がする。

 オオカミはイヌ科である。嗅覚をごまかさなければ、逃げ切ることはできない。川に入るのなら、早いほうがいい。オオカミが泳げないとは思わないほうがいいだろう。ならば、川に入るところは、見られないほうがいいはずだ。


 痛覚があるゲームであれば、水も冷たいと感じるだろう。俺は迷った挙句、川に飛び込んだ。頭まで沈む。

 かなりの深さだ。

 一旦沈んだ体が、自然の浮力によって浮き上がる。

 浮かなければ、死んでしまう。水中では呼吸ができない。ゲームの世界なのに、どうやらそこまで再現しているらしい。


 これはひょっとして、ゲームの中で死んだら、本当に死んでしまうのではないかと思ったほどだ。

 水面に顔を出すと、川岸に立つオオカミたちが見えた。

 俺は一瞬、呼吸が止まるほど緊張したが、オオカミたちが俺を追って川に飛び込むことはなかった。苛立たしげに、逃げた獲物を睨みつけるだけだった。






 一息つけた。川にぷかりと浮かびながら、そう思った。

だが、オオカミたちが群れをなしながら、水の中に飛び込まなかったのには、別の理由があったのだ。

 その理由が、俺の背後に出現した。

 水からざばりと突き出した物体が影をつくり、俺の頭上に落ちたのだ。

川の水は深かったが、ぎりぎり足がついた。溺れる心配はなく、俺は落ち着いて振り向いた。いい予感はしなかった。


 太い柱、と思われるものが、水の中から立ち上がっていた。

 丸太ほどもある太い柱の先端が、俺に向かって折れる。

 先端に丸い穴があり、その内側にずらりと牙が並んでいる。まさに、口だ。

 俺の目に、アクアワームという名称が飛び込んできた。水中の、虫だ。ただし、でかすぎる。

 牙が並んだ口が、俺を食おうと動く。


 口の内側に並んだ牙が、器用に前を向いていた。

 つまり、俺の胸に向かって、かぞえきれない牙が突き出されたのだ。

 俺は、持っている唯一の装備、尖った石で迎え撃った。

 牙のほとんどは防げず、腕に突き刺さった。血がほとばしる。痛い。

 もう、魔法も限界だ。水中にいる相手にボヤが通用するかどうかもわからないが、とにかく逃げるしかない。


 俺が背中を向けると、アクアワームは当然のように追い打ちをかけてきた。

 何度か攻撃を払うが、水中にいるうちは逃げられない。水中を動く速度が違う。名前からすれば、陸に上がれば追ってはこないだろう。

 だが、必死で逃げる俺の耳に、さっきから嫌な音が聞こえていた。

 川の流れは徐々に早くなり、下流から水しぶきがあがっている。しかも、少し視線を下流に向ければ、川がすっぱりと切れているのが見える。


 普通に考えれば、滝だ。

 アクアワームから逃げるのには、滝を利用するしかないのかもしれない。

 だが、どれだけの高さがあるのか、下の状況がどうなっているのか、まるでわからないのだ。

 あえて落ちるには危険すぎる。

 俺は滝から逃げるように背を向けた。


 正面に、アクアワームの顔があった。

 どうにもならない。もう、何度も死ぬ場面はあった。

 あと1回ぐらい、運が残っているだろうか。

 俺は突き出される牙から顔を守り、後方に飛んだ。


 水の勢いに流される。

 アクアワームが俺の胴体に食いついてきた。

 背後に押され、さらに流される。

 急激に流れが早くなった。

 浮遊感が全身を包む。


 俺は、滝から押し出されるように飛び出した。

 下には、きっと滝壺がある。滝壺に十分な深さがなければ死ぬ。途中で岩が飛び出していたりすれば、死ぬ。まっすぐに落ちずに岩壁に激突すれば、死ぬ。

 運しかない。ただ、俺の腹を食おうとしていたアクアワームも、俺と一緒に落ちている。全身は、ただ細長い虫だ。巨大な蛆虫に口をつけたようにも見える。実に気持ち悪い。


 俺は宙に投げ出されながら、首を落下方向に向けた。

 幸運だった。

 目の前は、瀑布で何も見えなかった。巨大な滝壺があるのに違いない。

 俺は落ちた。

 水の中に深く沈んだ。


 隣に、アクアワームも落ちてくる。

 滝壺の底に、巨大な蟹が沈んでいるのも見えた。

 蟹が反応する。

 さすがに、俺が狙われたらもう避けられない。だが、蟹はより大きな獲物を狙った。

 俺と一緒に落ちたアクアワームが、巨大なハサミで掴まれた。


 俺は安堵しながら、必死で水をかいた。もちろん、水面に出るためだ。蟹の気が変わるのを恐れていたのも当然だが、水の中では俺は呼吸できないのだ。

 水面に出る。

 水しぶきでほぼ何も見えないが、まだ綺麗な森に囲まれているのはわかった。


 滝壺を泳いで渡り、ごつごつとした岩場に上がる。

 水しぶきの影響で濡れた場所を脱出し、乾いた岩の上に出ると、俺は横になった。

 どうやら、まだ生きている。


 いや、ゲームの中だから、死んでも問題はない。

 本当にそうだろうか。

 あまりにも、リアルだ。ゲームの中で死んだら、本当に死ぬのではないだろうか。

 耳の中に、ゲームを始める直前のテレビのキャスターの声がこだました。


『……ゲームの中から、戻ってこられない可能性があります』

「……まさか、な」


 俺は、不安を拭うためにあえて口に出してから、まずはステータスを確認した。

 HPは5まで減っているが、MPは幸いにも3残っていた。回復魔法メディが使える。俺は、最後に残った魔力でメディを唱えた。以前に使用したのと同じように、HPが30回復する。


 あちこちにできた怪我が治るのはありがたい。だが、破れた服は治らなかった。まあ、仕方がない。

 経験値を見ると、あまり増えていなかった。主観的には大冒険だったはずだが、殺したのはオオカミが2匹だ。ほかには、ダメージは与えたものの、とどめを刺していない。


 ダメージを与えただけでは経験値として換算されないのは、いかにもゲームといった感じだ。

 今日は、もうこのぐらいでいいだろう。


 俺は、ログアウトすることにした。

 その時、ゲームを終わらせる機能がどこにもないことに気がついた。


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