195 レベル表示と勇者スキルだけ潰れている
俺とアデルは、鉄格子がはまった牢屋に鎖で巻かれたまま転がされた。
見張りがつくわけでもなく、アデルと同じ牢に入れられたのは、俺たちのことを脅威とは思っていないことを意識させられた。
「アデル、どうなっているんだ? ドドンゴを見張るために残ったんだろう?」
あまりにも鎖で厳重に巻かれたため、簀巻き状態で横倒しのまま、俺はアデルに尋ねた。
アデルは舌打ちをする。
「まだわかっていなかったのかい。ドドンゴもファニーも、2年前のあの時から、異世界の魔物に侵入されていたんだ。1人は魔王、1人は魔王の側近だ」
「あの時というのは……異世界から魔王を召喚しようとしていた時だろう。誤字があったはずだ。本物の魔王がくるはずがない」
「カロン、あんたがこの世界の魔法をどれだけ知っているっていうんだい? 異世界にいる魔王のことだって、あたしたちが知るはずがないだろう。魔王がこの世界にきたがったら、来られるんだろう」
「なら、どうして……すぐに入れ替わらなかったんだ?」
少なくともファニーは、すぐに変化しなかった。2年一緒に生活し、俺が気づかなかったほどだ。
「さあね。この世界のことを探っていたのかもしれない。すぐ入れ替わったら、危険だと思ったんだろう。すぐ横に魔王を倒した勇者がいるんだ。滅ぼされるためにきたわけじゃないだろう。あたしやカロンを警戒したんじゃないか? それと、あたしたちと異世界の魔王じゃ、この世界にきてからの条件が違う。あたしたちがこの世界にきたときは、元の体の持ち主は放置すれば死ぬ状況だった。ドドンゴもファニーも、瀕死だったわけじゃない。2人の魂は、まだこの世界にある。簡単には入れ替われなかったんだろう」
俺は、鎖で巻かれたまま体を起こそうとして、牢屋の床を転がった。
「ケン、キサラ、出られるか?」
「ああ。酷い目にあった」
もぞもぞと、鎖の間から柔らかい毛玉が這い出てきた。
ケンの尾に捕まって、キサラも顔を出す。
「あ、アデル、久しぶり」
キサラが横になったアデルに飛びつく。
「キサラ、無事だったんだね」
「うん。ケンもいるよ」
キサラがネズミの小さな前足で、アデルの黒い顔をぴたぴたと触る。
「見ればわかるよ。得意の前歯で、この鎖は齧れないかい?」
「うん。無理です」
キサラが首を縦に振る。
鎖は鉄製だ。さすがにネズミの歯でも無理だろう。
「ロープだったら、引きちぎれるんだが……」
「カロン、ステータスは見られるかい?」
ステータス画面を見るのに、必要なのは見たいと意識することだけだ。動作は必要ない。俺は、横倒しになったままでステータス画面を表示させた。
職業とレベル、各能力とスキルが表示される。
そのはずだった。
職業『勇者』のレベルは、塗りつぶされたような表示となっている。
筋力等の能力値は変わらない。だが、勇者固有のスキルが表示される場所が、レベルと同様に塗りつぶされている。
「勇者の切り札、爆発魔法が無くなっている」
「……そうかい。それだけかい?」
「ああ。レベル表示と勇者スキルだけ潰れているが……」
「なら、まだマシな方だろう。あたしは、戦士と僧侶のレベルとスキルが全てなくなった。勇者を潰すのに、時間がかかったんじゃないかね」
「2年間ずっと……俺は魔王と夫婦として生活してきたのか……」
「そうなるね。だけど、体はファニーだ。カロンの……体の本来の持ち主は、本望だろうさ」
「俺は、ずっと魔王の機嫌をとってきたんだ」
「わざわざ言わなくても、わかっているよ」
慰めてくれたのは、ケンだった。ケンの体も、実は元魔王として恐れられたものだとは、本人は知らない。
肉球で俺の顔をぷにぷにと押した。
「カロン、後悔は後にしな。どうせ、勇者の力は失われたんだ。あたしと同じように、勇者以外の力も奪おうとするかもしれない。そうなったら、カロンはただの人間の男、あたしは色黒のレディーだ。ここは、逃げた方がいい。ファニーの体に入った魔王が言っていただろう。魔王は、人間も支配の一部に組み入れる。人間を滅ぼすつもりはない。魔物を従えられるなら、案外いい王になるかもしれない」
「アデル、自分だけ良い方に言ったのはひとまず置いておくが、本気で言っているのか? この世界の人間の戦士は、同じ体格の魔物に武器や魔法でようやく互角ってところだ。魔王は前魔王の生き残った4人の魔将軍を従えた。人間は、種族として弱いんだ。人間にとって住みやすい世界になるはずがない」
「それは、魔王のやり方次第だろう。第一、カロンはもう勇者の力を失ったんだ。爆発の魔法はもう使えない。一対一では、魔将軍にも勝てないかもしれないよ」
「それは……わかっている」
俺の強さは、この世界に来るきっかけとなったゲームに依存している。魔将軍といえば、中ボスクラスだろう。
勇者という職業を失った現在、直接の戦闘で勝てる自信はなかった。
「わかった。逃げよう。しかし、この鎖はどうすればいいんだ?」
鉄の鎖ですまきにされているのだ。常人であれば、鎖の重さで潰れている。
俺やアデルでも、転がることしかできない。
「カロン、盗賊には転職できるね?」
「ああ。あまりレベルは上げていないが」
勇者以外にも、戦士、魔法使い、僧侶、盗賊の職業が存在する。
勇者になれるのは俺だけだったらしい。
アデルは戦士と僧侶の職業を奪われたと言っていた。
主にその二つの職業を強化していたはずだ。
一度転職すると、数時間は他の職業にはなれない。
すでに奪われた勇者に戻れることはないだろう。
俺は、じくじたる思いで盗賊に転職した。
「レベルは?」
「30だ」
「あたしより低いんだね。あたしは50だ」
「仕方ないだろう。勇者はレベルが上がりにくいから、使用しない職業を上げている余裕はなかったんだ。アデルも知っているはずだろう」
「まあね。でも、レベル30あればスキル『罠解除』を使えるだろう」
「ああ。ダンジョンでしか使ったことがなかったが……おっ、便利だな」
俺がスキルを使用すると、俺はグルグル巻きの鎖の隣にいた。
どちらが移動したともわからなかった。
ただ、大量の鎖を罠だと認識したスキルが、俺を鎖から解放したのだ。
見れば、アデルも脱出していた。
「カロン、ステータスは?」
俺は、再びステータス画面を呼び出した。
空中に文字が躍る。
「最近はあまり確認していなかったな。魔王と戦って以来だから……2年以上だな。確認していなかったが、多分勇者レベル99の時より、かなり低い」
「……そうかい。やっぱり、手遅れだったか……カロン、勇者の次に高いのはなんだい?」
「魔法使いのレベル45だ」
「……あたしは、魔法使いってのは性に合わない。盗賊を極める。カロンは、僧侶と魔法使いと戦士だ」
「それじゃ、多すぎ……アデル、魔王と戦うつもりなのか?」
「戦わないつもりかい?」
アデルが漆黒の目で見つめてくる。
ケンとキサラは、床に転がった鎖で遊んでいた。
「1人では、魔将軍にも勝てない。それはアデルが言ったことだ」
「カロンは、1人じゃないだろう」
「キサラやケンを数に入れるのか?」
「ほかにいないのかい?」
「……いるな」
俺の呟きに、アデルは真っ黒い口角を上げた。
俺は独りではない。少なくとも、アデルがいる。それ以外にも、この世界には、魔王とは関わらない強い者たちがいる。
「すぐにでなくてもいい。さっきも言っただろう。ファニーだった魔王は、案外人間にとって住みやすい世界をつくるかもしれない」
「ファニーとドドンゴの魂も、魔王たちが持っている。いずれ、助けてやらないとな」
「ドドンゴの魂は、ペンダントの中で変化していないようだ。急ぐことはないだろう」
「では……」
「ああ」
「逃げるか」
「スキル、ピッキング」
「このゲームのスキル名って……」
「言いなさんな。今更だよ」
「そうだな」
俺はアデルに同意し、牢を破った。
かつて存在した異世界の魔王によって、世界の半分が滅んだ。
再び現れた異世界の魔王がどう動くのかわからない。
俺とアデル、ケンとキサラは、魔王を迎えた世界がどう変化するのかわからないまま、潜伏することを決めた。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
カロンたちが潜伏を決めたところで、お話はいったん終了となります。
魔王となったファニー、奴隷よりは幸せでしょうか。