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190/195

190 アデルなら、助けにきてほしくても、助けてくれとは伝言しない

 俺は、宿についてから、ファニーに冒険者組合で見つけたアデルの伝言について告げた。


「そんなものがあったの?」


 ファニーは、やや怪訝な顔をして声をうわずらせた。前日にも冒険者組合を訪れて仕事の確認をしている。

 気づかなかったのが悔しいのかもしれない。


「ああ。アデルが心配だ。一度、国に戻ろうと思う。心配しなくていい。王には会わないし、ドドンゴ令嬢ともできるだけ顔は会わせない。国に戻るのが嫌なら、ファニーはこの町で待っていてくれても構わない」


 俺は、アデルからの伝言を見つけてから、散々ファニーにどう告げるか考えていた。

 その末の言葉である。

 ファニーは、ケンやキサラとは話せない。事情は説明したが、いまだに2人が人間の言葉を理解できることすら半信半疑だ。

 ケンとキサラはアデルを心配している。俺も心配だ。国に戻らないという選択肢はないのだ。

 だが、それはファニーには理解できないはずだ。


「私はアデルさんをよく知らないけど、『逃げろ』っていう伝言があったんでしょう? それでも行くの?」

「ああ。アデルは強い。そのアデルが俺に逃げろっていうなら……ドドンゴ令嬢が、魔王として覚醒したんじゃないかと思う。アデルは、2年前に倒された魔王を知っている。あの魔王を倒したのは俺とアデルだ。それでも勝てないと判断したのだろう」

「なら、死にに行くようなものじゃない」

「今は勝てなくても、勝つ方法はあると思う」


 俺は、自分でも信じていないことを口にした。

 俺は、すでにレベル99の勇者だ。これ以上は強くなれない。

 可能性があるとすれば、他の職業も全てレベル99に上げることで、能力の向上を図ることだ。

 だが、勇者の職業を超える力は存在しない。

 単純に力を上げるだけでは勝てないかもしれない。


「カロン、どうするんだ?」


 ケンが珍しく、ちゃんと座ったまま尋ねた。場所は、ベッドの上である。

 ケンの頭の上に、キサラが乗っている。ケンよりもさらに小さなつぶらな瞳で、俺を見つめている。

 ファニーには、ただネコがニャーと鳴いたとしか聞こえないのだろう。


「アデルなら、助けにきてほしくても、助けてくれとは伝言しないだろう。どのみち、魔王が出たなら滅ぼさなくちゃならない。今の俺では勝てないなら……アデルを失うわけにはいかない」

「うん。そうね」


 ケンの上で、キサラが鳴いた。俺には言葉として聞こえる。

 ファニーが口を開いた。


「なら、私も行くわ」

「危険だ」


 さっきまで一緒にと思っていたが、ドドンゴ令嬢が本格的に魔王として活動を始めたのなら、俺のいた国は魔界のようになっている可能性が高い。

 ファニーを守れるかどうか、自信はなかった。


「ソマーレス公爵家なら、隅々まで把握しているわ。それに、フラウとの連絡方法もある。カロンが国王に見つからないように侵入するなら、私がいた方がいいわよ。それに……」

「どうした?」

「私たちは夫婦でしょ。まだ家も買っていないのに、置き去りにするの?」

「わかった。一緒に行こう」


 俺が言うと、ファニーは小さく微笑んだ。


 ※


 10日後、俺はファニー、ケン、キサラと共に、ゼージア王国に戻ってきていた。

 2年前に戻ったときは、逃亡奴隷として指名手配されたままであることを恐れた。

 今回恐れたのは、逃亡中の王太子であることが身バレすることだ。


 立場はまるで変わったが、俺はむしろ厳重に顔を隠した。

 マフラーで口元だけでなく目の周り以外を隠した結果、ミイラのような姿になった。そのまま街に入り、皮膚病持ちだと勘違いされることになった。


「カロン、そこまで顔を隠さなくても、多分大丈夫よ」


 王都に入り、食堂で騒がれ追い出された時、ファニーが言った。


「どうして?」


 聴きながらも、俺はファニーの言うことならばと、顔に巻いた布を取り始めていた。


「あれを見て」


 ファニーは、王都の中心がある方向を指で示した。

 その先には王城がある。


「見たけど……わからない。どうして、顔を隠さなくても大丈夫なんだい?」

「あの旗、変わったでしょう?」


 ファニーが言ったのは、王城に掲げられた旗のことだろう。

 王家を象徴する旗だ。

 確かに、俺が出奔する前とは変わっているかもしれない。


「よく覚えていない。注意して見ていなかったからな」

「あの旗、以前は私が奴隷として仕えていた公爵家の旗だった」

「では……」


「カロンが王太子だった王国は、もうないみたい。王国は財政破綻して、ソマーレス公爵が王になったのね。もともとはただの商人だったのに……お金の力で国王にまでなれるのね」

「アデルは王城かな」


「ドドンゴ様は、今や本物の王女だわ。アデルさんは、私の代わりに侍女として仕えているはずね」

「ああ。なるほど。これでは、俺を探している奴なんかいるはずがないな。ドドンゴ令嬢も、王女になったんだ。俺に執着することはないだろう」


 俺は、顔の覆いを全て取り去った。


「本来のドドンゴ様が、自分の体に戻れたとしてのことね」

「……そうだね」


 ドドンゴ令嬢の体は、異世界から召喚された魔王と思われる何かに乗っ取られた。

 本来のドドンゴ令嬢の魂がペンダントの宝石に封じ込められているとは、アデルの言葉だ。

 悪魔族のアデルは、魂を見ることができるらしい。


 俺に執着していたのはドドンゴ令嬢だが、魔王が中に入った令嬢は、俺を簡単に解放した。

 その結果、俺は望まない結婚を避けることができたが、王国を追われ、王国は商人だったソマーレス公爵に金で買われたのだ。


「でも、こうなると、ファニーの知識は役に立たないな。公爵もドドンゴ令嬢も、公爵邸にはいないだろう」

「ええ、そうね。今日はどこか宿に泊まりましょう。フラウと連絡をつけるわ」

「ああ。頼む」


 俺たちは、王城を見上げる城下町の宿に部屋をとった。

 ファニーは、王都で盗賊をしているフラウと連絡をとるという。

 フラウは、俺が王太子だったころに当然のように王城の奥まで、忍んで入り込んできた。

 見つからずに王城に入る方法を知っているだろうし、現在のドドンゴやアデルのことも知っているかもしれない。


 俺はフラウへの連絡をファニーに任せ、俺自身は宿屋の部屋をとった。

 部屋にあがってしばらく待ってもファニーが戻らなかったため、俺は宿屋の一階にある食堂で食事を注文した。


 足元でケンとキサラが食べ物をねだっている。2人をテーブルの上に乗せると、店から怒られるのは間違いないので、人前では足元に控えるようにしている。

 俺は、注文を取りに来た給仕の男性に尋ねた。


「この国は、王家が変わったんだな。以前の国王はどうしているだろう?」

「聞いてみるといいでしょう。あの人から、聞けるかもしれません」


 給仕の男性は、カウンターで伏せっていた男を指差した。

 髪は白く、背中は丸まっている。

 泥酔して眠りこけているように見えるが、話を聞ける時があるらしい。

 俺は適当に定食を注文し、泥酔している男の隣に腰掛けた。


「この人に、もう一杯飲ませてやってくれ」


 俺が金を出しながら言うと、泥酔していたと思われる男が顔を上げた。


「すまぬ。この恩は忘れぬ。決して」


 男は出されたカップを口に運ぶ。

 手が震え、中身をこぼしながら、口に注いだ。

 俺は、その所作に見覚えがあった。


「……王」

「んっ? 余を知っておるのか? だが、余はもはや王ではない。革命とも呼べん。余は……我が国を売り飛ばしたのだ。もはや、余は王ではない。ただの……」

「よっぱらいだな」


 俺はカロン少年の父親かもしれない男のくたびれた姿に、もう一杯分の金を置いてその場を離れた。

 王は、俺を一方的に王太子に祭り上げた。


 その王を裏切って逃げ出した王太子の顔など、覚えてはいないらしい。

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