19 罪を償うために、火刑に処す
俺は尋問室に呼び出され、壁につながれた。鎖で両手両足を拘束され、昆虫採集された虫のように、壁に貼り付けにされたのだ。
これなら、別に呼び出さなくても、牢の中でやればいいのではないかと思ったが、兵士たちにも意図があるようだった。
俺の前に、ゴブリンが3人、連れ出された。見たことがあるような気がしたが、やはりゴブリンの顔の見分けは、俺にはできなかった。
「話せ」
今回も、2人の兵士と記録用の文官がいた。ゴブリンたちは首を鎖で結ばれ、身動きもできない状況にある。
兵士は俺に言ったのだと思ったが、ゴブリンが口を開いた。人間の言葉を理解しているのでなければ、本当にただの偶然ということになる。
「ゴブリン王よ。大丈夫ですか?」
人間たち、兵士と文官は、驚いた様子もなく、ゴブリンと俺を見つめていた。
ゴブリンたちの言葉は、彼らにはどんな風に聞こえているのか、実に興味深い。今度機会をみつけて、ぜひ逆の立場になってみたいものだ。
「ああ。問題ない。お前たち、どうしてここに?」
俺が返事をすると、兵士たちが驚いてどよどよとどよめいた。
「捕まったのです。王が去った次の日に。人間、だと思います」
「それは災難だったな。だが、俺は常にお前たちといるわけにはいかない」
「わかっております。王は常に、先のことを見据えておられるのですね」
「ああ。こうして拘束されているのも、そのためよ」
「さすがはゴブリン王、見事です」
何が見事なのか、俺にはわからない。なにやらしきりに感心してくれるが、ゴブリンがこれほど複雑な言い回しをしているわけではないだろう。翻訳機能が優秀なのだ。
俺は驚いている兵士たちに視線をむける。
「これでよかったのか?」
「ああ……なにを言ったのかわからないが、意思が通じていることはわかった」
「なに?」
俺は不思議に思った。俺は、実際には日本語を話している。相手が日本語を知らないだろうが、翻訳機能で伝わっているのだ。ゴブリンも同じである。ならば、俺は誰とも同じように話ができるはずだ。
「……俺は、どんな言葉を話していた?」
「ゴブリンと一緒だ。言葉にすれば……『ゲギャゲギャ』って感じだな」
俺は絶句した。俺が話したい相手に向かって発言した言葉だけを、自動翻訳機能で翻訳してくれるのだ。そうだとわかってしまえば、そういうものだと納得するしかない。俺は、別のことを尋ねた。
「壁の外に、ゲコっていうゴブリンが住んでいた。人間の言葉を話していたと思っていたが……」
「壁の外のことは知らないな。ゴブリン語が話せるお前が言っても、信用できない」
兵士たちではわからないらしい。俺は、同じことをゴブリンたちにも尋ねた。
「人間に飼われるゴブリンもおります。人間に飼われ、子供を産むと、その子供は人間の言葉を覚えるそうです」
なるほど、幼児期からの学習が大切だということか。俺ももう少し……まあ、いいか。
俺は視線を兵士に戻し、言った。
「俺がゴブリンと話をできるのはわかっただろう。俺は妖術なんか使っていないし、使えない。ただ、ゴブリンと話ができるだけだ。闘技場では、たまたま外で知り合ったゴブリンたちだったから、殺し合わずに済んだ。それだけだ」
「ちっ……わかった。また、命拾いしたな。この結果を持って、貴様の罪を決めねばならん。ところで……せっかく拷問具があるんだ。試していかないか?」
「嫌だ」
俺は舌を出して拒絶した。本当なら、罪を認めるまで痛めつけられるのだろう。さすがに、そうなったら抵抗していたかもしれない。だが、俺は積極的に話した。
妖術とはなにか、そもそも知らなかったが、ゴブリンたちと話ができ、そのために知り合いだったと正直に言ったのだ。痛めつける理由がなかったのだろう。
俺は、またもやお馴染みの牢に戻された。
ゴブリンたちとは生き別れである。
いつもの薄汚い男が俺を牢に戻しにきたが、俺の体を足から頭まで眺め渡し、つまらなそうに鼻を鳴らした。
どうやら、俺が痛めつけられるのを楽しみにしていたらしい。
奴隷どうし、必ずしも仲良く、とはいかないようだ。俺も、この男に同情するのはやめようと誓った。
それからしばらく、俺は牢に放置された。じめじめした牢で、定期的にボヤで乾かしてやらないと気持ち悪い。
監視の目を盗んでいるが、何度も火で炙っているため、だんだん石造りの牢が脆くなってきた。
俺の左腕は壁につながれていているが、石壁に打ち込んだ楔が、実は取れてしまった。脱走を企てているとか言われると面倒なので、俺はしばらく片腕を自主的にあげていたが、勝手に壊れることもあるだろうと、腕を伸ばして横になった。
寝ているところを監視に見られたが、特になにも言われなかった。
気がつかないのだろうか。
俺が牢に入って、実に一月近くが経過したのではないかと思う。実に暇だ。僧侶レベル1のまま、一月近く、ただ横になっていたのだ。下手をすれば、悟りとか開いてしまいそうだ。
そろそろ、次の闘技会が近づいてきているはすだ。俺は、当然出られないだろう。
エレンはどうしているだろうか。試合に出られるのだろうか。あるいは、出られなくて安心しているだろうか。俺に会いたくて、泣いていないだろうか。
気がつくと、エレンのことを考えていた。俺に男色の趣味はない。慌てて雑念を打ち払う。
他に考えることがないのだ。
俺が毎日ぼんやりと過ごしていると、いつもの見張りだけでなく、黒い服を来た男が兵士を連れて、牢の前を通り過ぎようとした。
何事かと思った時、黒服の男に兵士が耳打ちし、戻って来た。どうやら、俺に用があるらしい。
黒服といっても、もちろんダークスーツではない。黒い布をすっぽり被り、頭だけをだしたような服で、俺はブサイクなてるてる坊主を思い出した。男はつるつるに禿げていたのである。
「剣奴、カロンだな」
「『剣奴に名前はいらねぇ』親分にはそう言われている」
俺は、嫌味を言った。ゴラッソが親分と呼ばれるのを嫌っているのも、承知のことである。
「そうか。剣奴カロン、お前の罪が決まった」
男は、俺の嫌味を全く無視してのけた上に、随分と唐突なことを言った。
「罪? 裁判もなしに?」
俺は自分で言って、目の前の男の職業に思い至った。黒い服は、裁判所の判事に似ているのだ。
「お前は罪を認め、その力を兵士の前でふるって見せたそうではないか。疑う余地がない場合は、裁判は省略することが認められている」
「罪を認めた? 力をふるった? なんのことだ? 俺は、ゴブリンと話をしただけだ」
「何をいう。その、ゴブリンと話をしたというのが、妖術使いの何よりの証拠ではないか。古来より、ゴブリンが独自に言葉を持っているのではないかという憶測はあった。だが、人間語を話せるゴブリンは、ゴブリン語を話すことができない。ゴブリンが言葉を持っているかどうかすら不明なのに、お前はゴブリンと会話をした。前例がなかったために結論を出すのに時間がかかった。だが、神聖教会の大司教たちは、ゴブリン語を使用できることは、妖術使いの特徴の1つであると結論づけた。お前のおかげで、また1つ妖術使いの特徴が判明したので、その点においては感謝もしよう。これから、罪を償う罰を言い渡す。控えよ」
俺は、言い返したいことが山ほどあったが、とりあえずかしこまった。壁と鉄格子の間はとても狭く、正座をして座ると膝と踵が圧迫された。両手を膝の上に揃えることができた不思議は、男は気づかなかった。ただ、『控えよ』と言われて俺がした姿勢に、頭を傾げた。正座はこの世界では正式な座り方ではないのだろうか。
俺の態度は気にしないことにしたらしく、男は巻物のように丸まった紙を広げた。材質は紙ではないかもしれないが、触って材質を確かめると怒られそうなので、黙っておく。
「剣奴カロンを、妖術師と認める。その罪を償うために、火刑に処す」
それだけ読み上げると、男は再び紙を巻く。
「火刑? なんだい? それは?」
「そんなことも知らんか。だから、奴隷は……ああ、奴隷といっても剣奴だから、町の中も見たことはいか。火刑とは、火炙りだ」
「俺は秋刀魚じゃないぞ。そんなことしたら、死ぬだろう」
「殺すのだよ」
「えっ? ということは、死刑?」
「ようやく理解したようだな。だが、心配はいらない。お前は大人しく罪を認めたのだ。神聖教会の神は慈悲深い」
「助けてくれるのか?」
減刑とかあるだろうか。俺は期待して男を見上げた。男は微笑んで言った。
「お前は殺してから焼かれるだろう。罪を認めなければ、生きたまま焼かれるところだ。本当に、神は慈悲深い」
「はっ? 助けてくれないのか?」
「妖術師にとって、安らかな死に優る助けはあるまいよ」
「おっ、おい。待てよ。俺は……いつだ? いつ、殺される?」
立ち去ろうとしていた男が振り向き、兵士たちを指した。
「鉄格子の中のお前に罪状を言い渡すのに、兵士が必要だと思うかね? この兵士たちの役割は、罪人を始末することだよ」
鉄越しの前に立った3人の兵士が、一斉に剣を抜く。俺を殺すのだ。そのために連れてきた兵士なのだ。
俺は、剣奴の生活に満足していたわけではない。だが、剣奴に戻れば、剣闘士になれると思っていた。剣闘士になれば、同じ奴隷でも待遇はずっとよくなるし、剣闘士として名をあげれば、自由になれる日も来ると期待していた。それからが本番だ。カロン少年が思い描いていたプラン通りに、幼馴染のファニーを探すのだ。金を貯めて、買い取るのでも、救い出すのでもいい。
そう思って、ずっと我慢してきた。
だが、もはや、全てが意味を失った。俺の我慢も、将来の夢も、全てだ。
理不尽だ。この世界の人間は平等ではない。持たない者にとって、あまりにも過酷で、その上理不尽だ。
もういい。俺は、このままでは殺されるのだ。
俺は、抵抗することにした。幸いにも、いままで、暇な時間だけはたっぷりあった。
ボヤを二回使っては休憩し、さらにボヤを使う。石や鉄は燃えないため、ボヤを使っても一瞬炎が見えるだけで、すぐに消えてしまった。だが、熱による劣化は蓄積されている。
すでに吊られていた腕がすっかり自由になっており、床を乾かすために何度もボヤを使用してきた。
俺の前、というか鉄格子の前に立った兵士に向かって、俺は両腕を伸ばした。
鉄格子を掴み、押した。
鉄格子をくわえこんでいた石畳ががこりと音を上げ、俺は自由になった。
驚いたのは兵士たちであり、裁判官らしい男である。
兵士たちは剣を俺に振り下ろそうとしたが、すでに渾身の力で鉄格子を押していた俺は止まらず、反対側の壁に男たちを押し付ける結果になった。
兵士たちを壁に押し付け、さらにぎゅっと押してから、俺は掴んでいた鉄格子を床に置いて走り出した。
目的地などない。とにかく、逃げることだ。どこに行ったらいいのかわからないので、俺は裁判官に向かって走った。
「く、くるな!」
「やだね」
一月近く閉じ込められていたのに関わらず、俺の足は結構な力で石畳を蹴りつけ、裁判官に激突し、突き飛ばした。一月閉じ込められていたからといって、ステータスは劣化していない。筋肉が衰えるとかいうことはないのだろう。便利な体だ。
だが、現在は僧侶レベル1だ。肉体能力には限界がある。
俺は突き飛ばされて気絶した裁判官を抱え上げ、急いで走り出した。
太った男である。元の世界の体力なら、いや鍛えたカロン少年でも、抱えて走るようなことはできるはずがない。
兵士たちが鉄格子とじゃれてもたもたしていてくれたのは大きかったが、それ以上に、俺を手伝おうとした奴がいた。
俺が裁判官を抱えると、目の前に出てきて、邪魔をするかとおもいきや、道の隙間から手招いた。
いままで嫌われていると思っていたし、俺も嫌っていたので躊躇したが、いまさら騙されたところで、これ以上状況が悪くなることはない。信じることにした。
男に手招かれるまま道を曲がると、俺は突然、レンガで覆われたこじんまりとした、心地よい空間に落ち込んでいた。
石ではなく、土を固めて焼いたレンガ作りだとわかる。どことなく、ほっこりする。
広さは畳にして一畳分ほどしかない。
四角くなく、壁のあちこちから廃材のようなものが突き出ているので、どうやら部屋として整備された場所ではなく、建物の建設途中でたまたまできた空間らしい。通路から繋がってしまったのを、牢の看守をしているうちに発見し、自分の部屋にしたということころだろうか。
「ここ、いいな」
「しっ。声を出すな。見つかるぞ」
男は、唇の前に指を立てた。俺はさらに驚いた。この男は、話すことができないと思っていたのだ。
「どうして助ける?」
「すぐにわかる」
男は笑った。男の笑顔を見たのも、これが初めてだった。