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189 自分の旦那様が、ニャーニャーチューチュー話している

 俺は、冒険者組合の受付でアデルからの伝言を受け取った。

 長い手紙ではない。

 俺がどの冒険者組合のいくのかがわからないため、世界中にある冒険者組合に同じ伝言を配布するという手法だ。


 そのために、同じ文言を冒険者組合の数だけ書かなくてはならず、長文の手紙は書けなかったのだろう。

 主に生き別れになった肉親を探すために使われるシステムだと聞いたことがある。

 アデルの伝言も短かった。

 封もされていない一枚の羊皮紙に、たった一言だけが書かれていた。


『逃げろ』


 俺は、ほかにメッセージがあるのではないかと、羊皮紙を裏返した。

 羊らしい家畜の皮をなめしただけの紙だ。

 質は悪く、汚れている。

 この世界の半分を支配した魔王を倒した俺に、一体何から逃げろというのか。


 俺は、結局何も依頼を受領せずに冒険者組合を後にした。

 泊まっている宿に戻る。

 ファニーの姿はなく、床の上でケン、テーブルでキサラが寝ていた。

 キサラが高いところで眠りたがるのは、うっかり踏み潰されないためだ。


「ファニーはどうした?」


 うたた寝しているが半覚醒状態だろうと、俺はどちらともなく尋ねた。

 体は野生なのだ。熟睡はできないと判断した。

 思った通り、ケンが頭を上げた。茶トラの顔を前足で洗う。


「カロン、戻ったのか。ファニーなら、しばらく壁に向かって話していたあと、出て行ったよ」

「壁に向かって? それは少し心配だな。出かける時、何か言って行かなかったか?」

「ファニーが、私たちと話をするはずがないじゃない」


 今度はキサラが半身を起こした。体がネズミなので、頭部だけを動かしても気づかれない場合が多いことをすでに学んでいる。

 俺とアデルはケンやキサラと話せるが、ケンもキサラも、ネコ語とネズミ語でしか話せない。


 ちなみに、俺はどんなネコやネズミでも、相手に話す意思があれば会話ができるが、アデルは転生者としか話すことはできない。

 テイマーであるアデルにとって、俺の能力は喉から手が出るほど欲しいらしい。

 言葉も交わさずに拳でテイムするアデルには、俺は不要な能力だと思っている。


「俺は、ケンやキサラと話しができることを隠してはいないが」

「自分の旦那様がニャーニャーチューチュー話しているのに、正常だと思えという方が無理じゃない?」

「ファニーは、2人と話したことはなかったか?」

「あるわけないだろう。俺たちの言葉があの子にはわからないんだ」


 俺たちが旅をしてきて、2年間である。


「そうか……賑やかに旅をしてきたつもりだったのは、俺だけだったか」

「仕方ないわね。愛想を尽かされちゃったかもしれないけど、探しに行ったら? 結婚したんでしょう。許してくれるかもしれないわよ」


 体を起こし、後ろ足で立ち上がったキサラが、小さな前足で俺の肘を叩いた。


「ああ。でも、2人はファニーの言葉は理解できたはずだろう。壁に向かって話をしていたって……何を言っていたのか、わからないのか?」

「旦那様がネコやネズミと話せると思っているのよ。ファニーは旦那様を理解するために、壁と話せると思い込んだのではないかしら。壁の言葉で話していたんじゃないの? 私には、全く聞き取れなかったわ」

「壁の言葉って……いや、ファニーが創作したのか。重症だな」

「カロンぐらいには重症だろうな」


 ケンが欠伸をして、背中を伸ばした。


「わかった。ちょっと街に出て、ファニーを探してくる。そうだ……冒険者組合に行ったら、アデルから伝言が来ていた」

「へぇ。珍しいな。どうしたんだい?」

「どんな伝言なの?」


 2人とも、アデルが懐かしいらしい。俺は、アデルが冒険者組合に託した言葉を告げた。


「どういうことだい?」

「アデルになにかあったのかしら?」

「わからない。後で相談しよう。ファニーを探してからだ」


 俺は動揺するネコとネズミを残して、宿を離れた。


 ※


 俺がファニーを見つけたのは、街の中だった。

 普通だったら見つけられなかっただろう。

 ファニーは建物の中にいた。

 二階建てで、幾つもの店舗が入った大きな建物の一階にいた。


 窓が開いていたため、たまたま視界に入った人影がファニーだったのだ。

 建物は街路沿いに建っているため、庭などはない。俺は入り口を探した。

 入り口は、ファニーがいる部屋の反対側だった。

 俺は、レベル上げのために数多くのダンジョンを攻略してきた。


 頭の中でマップを作り上げる作業には慣れている。

 建物に入ると、通路に看板が並んでいた。看板の数だけ店があるのだ。

 ファニーがいたのは、行き止まりの店舗のはずだ。

 俺が近づくと、ファニーがいるはずの場所は店ではなく、集会場のような場所であることがわかった。


 サロンと言ってもいいだろう。

 やはり、ファニーは自分で商売を始めたいのだろうか。そのための人脈作りだろうか。

 長距離専門の配達は儲かるのだ。だが、それだけでは夢がないと思っているのだろうか。

 俺は、カロン少年の体に入った異世界の存在であることはファニーに話してある。


 俺が魔王を倒している以上、勇者であることも隠しておく意味はない。

 だが、アイテムボックスをはじめとする他の能力やスキルのことまでは話していない。

 大量の魔物の死体をアイテムボックス内に保管し、同様の場所に換金した金貨を保存してあることも言っていない。


 元手が必要なら、俺が用立てることもできるが、ファニーには言っていない。

 俺は、ファニーとは結婚した。

 だが、ファニーが独立を考えているのではないかと思い、焦りを覚えた。

 初めてファニーのことを本気で好きになったのだと気がついた。


 サロンでどんな話をしているのだろう。ファニーは1人ではないはずだ。

 何者かと話していた。

 俺が扉を開けると、ファニーは俺を見て、やや驚いた顔をした。


 ファニーの他に、4人の男たちがいた。

 いずれも若く、立派な身なりをしている。

 等間隔に並んだ椅子に腰掛けて話をしていたようだが、俺が扉を開けたことで俺に視線が集中していた。


「カロン、よくここがわかったわね」

「たまたま、通りから見かけたんだ。どうしたんだ? 今まで、こんな場所にはきたことがなかっただろう。旅に飽きたのなら、言ってくれればいい。俺たちは、夫婦だろう」


 俺は、集まっていた男たちの意図を知らない。

 だが、ファニーが男たちに人気がないはずがない。

 俺は、『夫婦』という言葉を強調して口にした。


「旅に飽きたのではないわ。様々な土地で必要な情報を集めるのは、旅の楽しみの一つでしょう」

「ああ。もちろん」


 俺が頷くと、ファニーが立ち上がった。俺に向かって近づいてくる。


「紹介するわ。こちらはカロン、私の旦那様で、2年前に世界を滅ぼそうとしていた魔王を倒した勇者よ」


 男たちはどよめいたが、驚いたというより、警戒を強めたように見えた。

 やはり、全員がファニー目当てだったのだろうか。


「ファニーが何かをしたいなら、もちろん俺は協力する。こういうところにくるのなら、俺にも言って欲しかったな」

「ごめんなさい。気をつけるわ」


 ファニーは言うと、俺の唇を奪った。

 男たちがさらにどよめく。


「まだ続けるなら、邪魔にならないよう、俺は外にいるが」

「いいえ。今日はもういいわ。ありがとう。参考になったわ」


 俺に抱きついていたファニーが、男たちを振り向いて頭を下げた。

 男たちは立ち上がり、一斉に腰を折った。


「では、いずれ」

「ええ。約束通りに」


 ファニーは言うと、俺の腕をとってサロンを出た。


「あいつらと、何か約束したのかい?」

「具体的なことではないわ。もし私が困っていたら、助けてくれるって」

「そりゃ有難いな。でも……」


 俺は、ファニーが閉めたサロンの扉を振り返った。


 もう男たちは見えないが、男たちがファニーを見送る時に見せた、恭しい態度が頭から離れなかった。

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