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184 あたしを怒れるほど綺麗な体じゃない

 俺が自主的にドドンゴ令嬢に面会に行くと言うと、ソレナン宰相は大喜びだった。

 いつもは、宰相に無理やり出かけさせられていたのだ。

 王とは普段ほとんど面会することがない。

 忙しいのか、長いこと会っていなかった息子になど興味はないのかはわからない。


「婚礼の準備を手配しておきますか?」


 喜んだソレナン宰相が口を滑らせたので、俺は落ち着かせた。


「また早いだろう」

「承知しました。『まだ早い』ですね」

「ああ」


 俺がいつもの窮屈な服を自分から着ていることも、ソレナン宰相を安心させたようだ。

 俺が背中を向けると、小さな歩幅で大きな足音がついてくる。


「随分期待させるじゃないか。本気かい?」


 アデルだ。身長が幼児並みに低いので、普段は見落とされがちである。ケンとキサラはいつもの通り留守番だ。


「本気で結婚する気かってことなら、そんなはずがないだろう。ドドンゴ令嬢がおかしくなったなら、それを理由に逃げる口実を考えるさ」

「結婚を早めようとしていただろう。父親の公爵は」

「わかっている。ドドンゴ令嬢の状況次第だ」


 俺とアデルは馬車に乗った。いつもの通り、アデルが座っている場所を中心に馬車が軋んでいる。

 それほどアデルは重いのだ。

 アデルと意見を交わしたが、やはりドドンゴ令嬢に会わなければわからないと、結論は出なかった。

 馬車から降りてソマーレス公爵邸に着くと、メイド服のフラウが出迎えてくれた。

 まるで来るのを待っていたかのように、公爵邸の門を開け、器用に馬車を誘導していた。


「まだ公爵邸で働いているのか?」


 俺が声をかけると、メイド服がよく似合う少女は少しだけ口角を上げた。


「私が盗賊だってことは、ばれていないからね。ドドンゴ令嬢、私があの場にいたことは気づかなかったみたいだ」

「ファニーはどうなった?」


「元の令嬢付きに戻されたよ。もともと、姉さんはなにも悪いことなんかしていないんだ。カロンが姉さんを気遣ったりするから、令嬢が嫉妬して、監禁されたんだからね。令嬢の前で、姉さんに色目をつかったりしないでよ」

「……色目を使ったつもりはないんだが」

「カロンは女好きだからね」


 俺がぼやくと、アデルが囃し立てた。


「俺がアデルに何かしたことがあったか?」

「カロン、何度か記憶を無くしているだろう。どうして、あたしがカロンから離れないと思う?」


 アデルが、小さな体をくねらせた。


「……本当なの? うわぁっ、最低ね」


 フラウが、俺に汚物を見るような視線を向けた。


「いや、その……き、記憶が……」

「カロンは最低の奴さ」

「……ごめん」


 俺が記憶の一部を途中で失ったらしいことは、アデルから聞いていた。

 どの記憶を失ったのかわからないので、失ったという事実も正確には把握していない。

 だが、アデルはずっと側に居てくれた。

 きっと、かつてはアデルに欲情したこともあったのだろう。


「ドドンゴ令嬢と結婚しなくてよくなったら、責任を取るべきかな」


 俺が尋ねると、アデルは振り向いてにたりと笑った。


「冗談か?」

「さあね」


 アデルは笑い飛ばしたが、俺たちを先導しているフラウは最後まで振り返らなかった。

 フラウは口を利かず、まっすぐに公爵邸の玄関に案内した。


「ここからは、別の者がご案内します」


 俺に腹を立てたフラウが、他人行儀に言って、公爵邸の玄関扉を開けた。


「アデル、冗談がすぎる」

「あんたは、あたしを怒れるほど綺麗な体じゃないはずだよ」

「わかっているよ」


 まだ忘れていない記憶の中に、かつて人魚だった美女がいた。他にも、何人か思い当たる。

 潔癖を求める女性には、俺は汚れて見えるのだろう。

 俺は気持ちを切り替えて、公爵邸の玄関の内側に待機していたメイド服の女性に声をかけた。


「いつもは庭園にいるのに、今日は部屋にいるのですね」

「はい。お連れするように申しつかっております」


 頭を下げたのは、ファニーだった。

 昨日の夜まで地下牢に繋がれていたとは思えないほど、所作は綺麗だった。

 頬はこけ、服からのぞく手首は痛々しいほどに肉が薄い。


 俺は、ファニーだと気づいたことで、声をかけることができなくなった。

 姿を認識した瞬間に、激しく胸が高鳴ったのだ。

 だが、俺自身の気持ちとしては、何ら動揺はなかった。


「カロン、心臓の音がうるさいよ」


 俺の横に並び、アデルが苦情を言う。


「俺は心臓に持病でもあるのか?」

「あたしに聞かれても知らないよ」

「今の職業は?」

「昨日から変えていないから、盗賊だよ。一度変えると、しばらくは変えられないらしいから、必要な時まで変えないつもりだ」


「僧侶になったら、俺の心臓を見てくれ」

「僧侶は医師じゃない。治癒の魔法ならカロンも使えるだろう」

「自分の体はわからないものだろう」

「そうかねぇ」


 屋敷の中に案内され、俺とアデルが話しながら歩いている間に、ファニーが立ち止まった。

 すでに屋敷の奥であり、大きな扉の前だった。


「こちらでお待ちください」


 深く頭を下げる。

 顔を上げた。

 その瞳が、妙に潤んで見えた。


「どうした?」

「何でもございません。失礼しました」


 目をぬぐい、ファニーが部屋に入っていく。


「どうして、あの子は泣いていた?」

「あたしに聞きなさんな」


 アデルが答えを放棄したとき、再び扉が開いた。


「お嬢様がお待ちです」

「わかった。ありがとう」


 俺とアデルが中に入る。ファニーは入れ替わりに部屋を出ようとした。


「お待ちなさい」


 聞き知ったドドンゴ令嬢の声だった。

 姿は見えない。部屋の奥にいるようだ。


「はい」

「あなたも一緒に来なさい」

「しかし、お嬢様……」

「命令です」

「承知いたしました」


 俺が口を挟む余地もない。

 俺はファニーに続いて部屋に入る。

 公爵邸の室内でドドンゴ令嬢と会うのは初めてかもしれない。

 俺が部屋に入ると、ドドンゴ令嬢は書籍が積み上げられた机の上で読み物をしていた。


 この世界で本は貴重だ。

 印刷技術がないし、長期間保存できる薄い紙がない。

 ドドンゴ令嬢の財力を気にかけても仕方がない。公爵家は、すでに俺が王太子をしている国を支えるだけの貸付をしているのだ。


「お招きもしていないのに、いらっしゃってくださったのですね」


 ドドンゴ令嬢は、にたりと笑って口を広げた。

 笑っているはずなのに恐ろしい。

 そんな笑みだった。

 以前と変わらないといえる。だが、俺は奇妙な違和感を覚えていた。


「昨日のことが気になったもので」

「昨日? 婚約者の王太子殿と、何かございましたったけ?」

「覚えていないのか? 地下牢のことだよ」

「あの場に、カロン殿下がいたのですか?」


 ドドンゴ令嬢は、やはり地下牢での出来事を覚えている。


「異世界の魔王を召喚し、自分をさらわせようとしたのですね」

「カロン殿下は……私の婚約者ですね?」


 ドドンゴ令嬢は、なぜか俺の背後にいたファニーに視線を向けた。

 俺が答えるより前に、ドドンゴ令嬢が続けた。


「勇者の妻になる者は、魔王にさらわれなければならないという掟がありましたか?」

「いや……そんなことは聞いたことがないが……」

「あるはずがない。魔王がいなければ、勇者は結婚できないのかい?」


 俺の足元で、普段は顔を見せないようにしていたアデルが、顔を晒してドドンゴ令嬢を見つめていた。


「アデル、どうした?」

「カロン、この女、あんたと一緒だ。魂がこの世界の者じゃない。悪魔族のあたしには、はっきり見える」


「失礼ね。私はドドンゴ・フェル・ソマーレス公爵令嬢よ。カロン殿下、王太子の侍女として、悪魔族を連れ歩くのは関心しませんね」

「失礼した。では……婚約の継続も難しいだろうね」


 俺は、アデルの無礼を詫びるふりをしながら、婚約の破棄を切り出した。

 腰を浮かせかけたドドンゴ令嬢が座り直す。


「それとこれとは、話が別でしょう。私が、人間の王妃になるのでしたら、きっと繁栄をもたらして差し上げましょう」

「さっき、キャサリンの父君が来て、すぐに娘と結婚してくれと言われた」


 ドドンゴ令嬢が机を叩いた。

 背後でファニーが悲鳴をあげる。

 だが、魔王と戦い続けた俺には通じない。


「私という者がありながら、キャサリンなどという女を妻にするのですか? その父親、八つ裂きにしてやるわ」

「もちろん、結婚は当人同士が決めるものだ。丁重にお断りしたよ」

「あらっ……私を試したのですか? 悪い人ね。今日は泊まっていかれてはいかがです? 決して、私以外の女になどに目がいかないようにして差し上げますわ」


 ドドンゴ令嬢は笑った。


「キャサリンの父親のこと、八つ裂きにしないでくれるね?」

「ええ。もちろんです。国の重臣ですか?」

「ああ。そんなことろだ」


 俺は、一礼して退出した。

 通路の出口まで、ファニーが案内してくれた。

 扉を開ける。

 通路に出る瞬間、ファニーの腕を掴み、抱き寄せた。


 細く折れそうな体を抱いたまま、俺はドドンゴ令嬢の部屋からファニーを連れ出した。

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