表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/195

181 世界を統べる、異世界のたん汁

 気配を殺し、足音を消し、姿を隠す。そんなスキルは持ち合わせていない。

 誰にも見られていないことを信じて、アデルと二人でとにかく走る。


「アデル、前に人がいる」

「フラウじゃないか?」

「ああ」


 まっ暗な建物の陰に、細くしなやかな体を思わせる少女が立っていた。

 俺とアデルに向かって、軽く指を曲げた。

 手招きだと判断し、俺とアデルは立ち止まった。


「やっぱり来たね。来ると思っていたよ」


 暗いため表情はわからないが、フラウの声は笑っているように聞こえた。


「『ファニーは死なない』ってことは、無事だってことじゃないんだろう?」


 俺は、フラウがもたらした情報の内容を問い質した。


「ああ。死にはしない。だけど……あたしには、それ以上わからない。カロンとアデルが、本当に魔王を倒したっていうのなら、見れば何かわかるかもしれない。そう思ったんだ。あたしには、あのお嬢様が何をしようとしているのか、全くわからないんだよ」

「ファニーのところに案内してくれ」

「わかっている」


 フラウは小さく頷くと、器用に屋敷の壁を登った。実に軽快だ。


「まるで泥棒だな」

「盗賊だからね」

「それもそうか」


 俺の足元で口を挟むアデルに、俺は納得した。

 俺が元いた世界でも、泥棒といえば身軽な印象がある。

 鍛えたというより、生まれつきの性質だと思われる。

 この世界の盗賊ならば、職業による恩恵もあるのだろう。

 少なくとも、俺とアデルは、職業を盗賊にすれば恩恵はある。


「あたしは転職する。カロンは?」

「素の筋力で十分だ」

「だろうね。全く、勇者って奴は」


 文句を言いながら、アデルは身軽に壁を登り始めた。

 高レベルになるほど、一度転職すると、もう一度転職するのに時間が必要だとは、魔王を倒す直前まで知らなかったことだ。

 今夜は、アデルは盗賊のままだろう。


 アデルの盗賊職はレベル50ほどしかないはずだ。

 戦いになればアデルを頼れない心細さを覚えながら、俺は地面を蹴った。

 ただのジャンプで、フラウに追いつく。

 フラウは屋根の上によじ登っていた。


「おーい、早く……カロン、いついた?」

「ジャンプした」

「……人間かい?」

「多分違うね」


 呆れたフラウに答えるように、アデルが屋根の上に顔を出した。


「ファニーは、屋根裏部屋にでも監禁されているのか?」

「いや。姉さんがいるのは地下室さ。この屋敷の地下室に、見張りに気づかれないで入るには、西側から三番目の煙突から入ったほうがいいんだ」


 フラウが一方向を指差した。指の向いた方向に、広い屋根の上に何本もの煙突が並んでいる。


「入ったことがあるのか?」

「出たことはあるよ」

「なるほど」


 ドドンゴ公爵令嬢がファニーをどうしたいのか、見てもわからなかったとフラウは言った。

 地下室にいるファニーを見たのだ。

 ファニーのいる地下室から逃げた挙句、煙突から出てきたのだろう。


「煙突なら任せな。あたしが行く」


 アデルが、フラウの指差した先に率先して歩いて行く。


「任せろって、どういう意味?」

「アデルの体は鉛でできている。燃えている暖炉の上に落ちても火傷もしないだろう」

「そりゃ凄い……って、アデルこそ、人間じゃないじゃない」

「なんだと思ったんだい? あたしは、悪魔族だよ」


 歩きながら、アデルが振り返る。笑っているのかもしれないが、暗い上にアデルの肌は真っ黒いため、表情は全く見えない。


「どっちにしても、その煙突の下には暖炉なんてないけどね。使わなくなったんだろう。石で埋められている」

「なおさら好都合だよ」

「アデルならそうだろうな」


 俺も同意した。

 アデルが、指示された煙突に飛び込んだ。


「凄い。なんの準備もなく飛び込んだ。真っ逆さまじゃないの?」

「もちろんそうだ。アデルは平気だろうが、騒音がするだろう。人が集まってくる前に移動したい。俺も行く。フラウもすぐに来い」

「命令しないでよ。でも、飛び込むなんて……」

「受け止めるよ」


 俺は言うと、アデルが飛び込んだ煙突に入った。

 下から、轟音が響いてくる。

 アデルが落下し、暖炉を埋めているという石に激突したのだろう。

 俺も落下した。

 足から落ちた。


「痛い。カロンに踏まれた」

「アデルが痛いはずがないだろう」

「カロン!」


 アデルに答えていると、上から声が響いた。

 フラッシュのスキルを使用し、一瞬だけ明かりを灯す。継続した明かりは灯せないが、目くらまし用の光だけは発生させられる。

 一瞬だけ光り、飛び込んでくるフラウの位置を確認した。


 手を伸ばす。

 空中で、フラウの体を抱きとめた。

 フラウの体は軽かったが、勢いに押されて尻餅を付き、アデルが呻いた。

 爆発の魔法「バン」を使用するまでもなく、フラウを受け止めた衝撃で、アデルが封鎖された暖炉から飛び出した。


 暖炉だとわかったのは、俺がフラウを抱いたまま後に続くと、そこは使用されていない、殺風景だが居住用の部屋だったからだ。

 振り返ると、意図的に破壊された暖炉の残骸がある。


「地下牢の看守用の部屋じゃないかな」


 フラウが俺の腕から降りながら言った。


「地下牢がなんであるんだ? 王の城ならともかく、貴族だからって、勝手に監禁なんかできないだろう」

「どうしてあるのかは知らないけど、あるんだから、作ったんだろう。罪人を閉じ込めるためじゃなければ、お金をしまうためかもね。私は、逃げる時にそこの暖炉から登ったんだ。だから、ここに繋がっているのを知っていたんだ」


「フラウは、ドドンゴ令嬢に雇われていたんじゃないのか? どうして逃げることになった?」

「あのご令嬢は、見た目はともかく切れ者だ。私のこと、一目で見破って、それでもわざと雇ったんだ。それも、目的があってのことさ」

「……目的って?」


「私は姉さんを探すために、この屋敷に雇われようとした。でも、令嬢が雇ったのには、別の理由があったんだ。姉さんを助けに行ったけど……私には、何がどうなっているのかわからなかった。ただ、殺されそうになったことしかわからない。だから、二人が来るのを待っていたんだ」

「わかった。ファニーのところに案内してくれ」


 フラウは頷くと、現在は使用されていない看守用の部屋を出た。


「アデル、今の職業は盗賊だろう。敵がいたらわかるか?」

「そんな便利なスキルがないことは、カロンも知っているだろう。敵に見つかりにくいシノビアシってスキルはあるから、使っておくよ。でも、あくまでも見つかりにくいだけだ。エンカウントはランダムだからね」

「アデル、何を言っているの?」

「カロンとの秘密だよ」


 アデルの使用した言葉が理解できなかったフラウが尋ねるが、アデルは小さな肩をすくめた。


 ※


 ほとんど使用されていない。

 地下牢は誰もいない鉄格子が並んでいた。

 フラウは流石に本職の盗賊らしく、迷うことなく進んでいく。


 地下牢といえばダンジョンの語源だが、俺がこれまで攻略してきたダンジョンと違って魔物も出ない。

 壁に掛けられていた使いかけの松明に魔法「ボヤ」で火を灯し、フラウに渡した。

 俺が帰り道はもはやわからなくなった頃、フラウが足を止めた。


「ここだよ」


 無数にある地下牢の一つで、他と同じように鉄格子がはまっている。

 鉄格子は一面だけで、他の壁は削られたばかりのように激しい凹凸のある石の壁だった。

 石の壁に鎖でつながれ、ぐったりとうなだれているのは、俺が見たことのある茶色い髪を長く伸ばした女性だった。

 姿勢は膝をついて座っているが、両手首に枷がつけられ、左右に広げて吊られている。

 意識がないようで、うなだれたまま反応がない。


「ファニーか?」

「カロン、あれ、まずいんじゃないか?」


 アデルが指摘した。何を指摘されたのか、俺にはわからなかった。


「死んでいるってことか?」

「お姉ちゃんが死ぬはずがないだろ」

「違う。フラウ、あんたがわからないって言ったのは、あれだろう?」


 アデルは、壁につながれたファニーの前にある、丸い模様を指差していた。


「カロン、明かりを出すよ」

「ああ」


 小さな松明だけでははっきりと見えない。アデルがアイテムボックスからランプを取り出すと、フラウが目を丸くした。

 アイテムボックスの存在を知らなかったのだろうが、説明している暇も、隠している余裕もない。

 俺は、アデルが取り出したランプに「ボヤ」で火をつけ、高く掲げた。


 アデルが指差した床の模様は、描かれているのではない。

 石を堀り、溝をつけてある。

 ただし、色が黒い。

 黒い色は、血によるものだという印象を受けた。


 この世界で、血はもはや見慣れたものだ。

 再びファニーに目を向けるが、ファニーが血を流しているわけではなかった。

 俺は、牢の中を見回した。


 同じ部屋の中に、石造りの四角い箱が二つあり、石の箱には小さな穴が空いている。

 少しずつ流れ出た血が、ファニーの前に刻まれた模様に流れ込んでいるのだ。

 丸い模様の中に、細かな文字がびっしりと刻まれている。俺は、模様の中の文字を指差した。


「アデル、何かわかるか?」

「あたしには、この世界の文字は読めない。フラウが読めないなら、普通の文字じゃない。カロンなら読めるんじゃないか?」

「全ては読めない。文字が間違っていて、そもそも意味を成していないのかもしれない。だが……何かを呼び出そうとしているみたいだ」


「召喚の魔法陣ってことかね。例えば……なんだい?」

「『世界を統べる、異世界のたん汁』って文字があるな。なんだ、

あれ? 俺は、文字そのものはわからない。『たん汁』って、『魔王』とかと綴りが近いのか?」

「私も知らない文字だから、わからないけど……じゃあ、『魔王』みたいなものを召喚しようとしているんだよ」


 フラウが緊張した声を出す。


「魔王を召喚する? 誰が? 何のために?」


 俺が尋ねると、暗闇に乾いた音が鳴り響いた。


「誰だ?」

「来ると思っていたわ。だって、カロン殿下は、勇者ですもの」


 暗い通路の先に浮び上ったのは、巨大なスライムのような容貌をしたソマーレス公爵令嬢ドドンゴだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ